賢者は使い魔   作:超高校級の切望

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吸血鬼

「お兄様! どうしてあんなことしたのね!!」

 

 キュイキュイ吠えて文字通り噛み付いてくるシルフィードに、ケントは鬱陶しそうに顔を歪める。タバサも無言で見てくる。理由を話すということだろう。

 

 防音の魔法を使い音が漏れぬようにしてから話し始めた。

 

「あの男は既に死んでた。屍人鬼(グール)だ」

「!」

「キュ!?」

 

 タバサとシルフィードは目を見開く。一般的に屍人鬼(グール)は吸血鬼同様、そうであると見抜く手段はないはず。

 

「死者を蘇らせる事はできない。下手な騒ぎ起こして、婆さんが吸血鬼として殺されるよりマシだろ」

「────」

 

 村人達はアレキサンドルが屍人鬼(グール)であると知ればマゼンダを吸血鬼と断じるだろう。

 

 恐れもなく襲いに行ける理由にも気付かぬまま、敵討ちという正義と吸血鬼退治と言う栄光に酔って罪なき命を奪う。

 

「きゅい〜。でも、おばあさんが可哀想なのね」

 

 まだカプカプ噛み付いてくるシルフィード。心根が優しい子なのだろう。わけも分からず一人息子を殺された老婆を思うと、敬愛するお兄様でももう少し噛んでやろうかと思えてくる。

 

「あのリーダーぶってた無能とその取り巻きは兎も角、まともなのも何人かいた。自分達が騒いだせいで一人息子を失った無実の老婆の世話はそいつ等がするだろうよ」

 

 だからこそ、アレキサンドルは屍人鬼(グール)ですらないただの被害者でなくてはならない。元より貴族が平民を殺すなどありふれた光景なのだ。特に不審に思われないだろう。

 

「吸血鬼が誰かも、知ってる?」

「ああ。だが、こっちの精霊魔法は土地と契約して効果を高めるんだろ? 動くまで待つ」

 

 つまり、吸血鬼が万全の準備を終えるまで待つという。

 

「考え直すのねお兄様! 危険なのね〜!」

「騎士様。お食事のよう……い!?」

 

 腹に座りガクガク揺さぶるシルフィード。ちょうど村長が入ってきた。防音の魔法で中の様子を少しも感知しなかった彼がみたのはベッドで横になる騎士の上にまたがる美女。

 

「し、失礼しました!!」

「きゅい。ご飯なのね〜! ごはん〜!!」

 

 慌てて扉を閉めようとする村長だったがシルフィードはぴょいと飛び降りると首をカクカク揺らす。

 村長は睦事の最中だと思ったので困惑していた。

 

 

 

 食事を取り、酒を飲む。元々入れ墨のおかげもあって粗暴な印象も与えるケントが酒を飲むと、その姿はなんとも横暴なくせに頼りない貴族のようだ。

 

 吸血鬼に狙われるからという理由で一箇所に集められた少女達は怯えた目をケントに向けている。彼女達の家族も不安と不満の目を向けていた。

 

 まあ村人が一人殺されているから、陰口などは決して聞こえぬようにして震えながら給仕に勤しんでいるが。

 

 

 

 吸血鬼の準備が終わるまで待つというケント。

 それでも人死が出ないようにするというので、タバサはそれ以上は踏み込まなかった。

 

 手足となる屍人鬼(グール)を潰されたからか、吸血鬼が現れる様子はない。と、その時…………

 

「きぃあああああああああ」

 

 か細い悲鳴が聞こえた。少女達が集められた部屋ではない。

 

「みてこい」

 

 ケントはそれだけ命じる。つまり、危険はないと判断しているようだ。それでも心配なシルフィードは駆け出し、近くの納屋で身を潜めていたタバサも駆け出す。

 

「いやあああああああああ!」

 

 割られていた窓から飛び込むと中には毛布を被って震えるエルザ。怪我は、してない。だからって、とケントのいる方向を睨むシルフィード。

 

 

 

「男の人がいきなり入ってきて、私の体を掴もうとしたの…………」

 

 夕食の残りのスープを温め飲ませ、落ち着かせた。杖を持つタバサにメイジなのかと怯えながら尋ねたエルザに、タバサは預かっていただけと杖をシルフィードに渡す。

 

 一応はケントの持ち物という扱いだが、来ないのだから仕方ない。流石に別の部屋に置くわけにもいかない。

 

 魔法は使わない? と言う問いかけに使えないと答えると、エルザはポツリポツリと話し始める。

 

 耳元で荒い息づかいが聞こえ、目を開けたら男が立っていたという。口には牙が生え、涎を垂らした男。顔は暗くて見えず、タバサ達が来るのに気づいたのか逃げていった。

 

「だから、おねえちゃん達が吸血鬼だと思ったの………」

「出ていく姿は見えませんでしたわね。入れ違いになったみたいですわ」

 

 恐らく飛び込んできたのは屍人鬼(グール)だろう。また村人の血を吸ったのか、近隣の人間をあらかじめさらっておいたのか。

 

 屍人鬼(グール)の数は吸血鬼一匹につき1体。食事のペースがどの程度か知らないが、複数いる可能性もあるか。

 

「お兄様、グールからもちゃんと守ってほしいのよ。怖い思いをさせてしまったのね!」

「ん? ああ、いいよ」

「きゅい!」

 

 怖がっていたエルザを見てシルフィードがそう頼めば、意外にもあっさり了承してくれた。

 エルザはタバサに懐き、タバサ達の部屋で寝ることとなった。

 

 杖はケントが預かり、いざという時投げ渡す立場。ケント自身は杖を必要としないので問題ない。

 

 

 

 翌日、5歳のエルザが襲われたとあって村長宅に慌てて押し寄せる子持ちの親達。一気に数が増えた。

 襲われたが犠牲を出さなかった騎士達を信用する気になったのもあるだろう。

 

 

 

 孤児院さながら子供達の声が響く村長宅。村長の家に泊まった娘達が料理を運んできた。

 サラダのムラサキヨモギは村の名物だがとても苦く、子供舌のシルフィードは吐き出しタバサは気に入りお代わりしていた。

 

「ねえおねえちゃん、野菜も生きているんだよね」

 

 唐突に、エルザが問いかける。タバサは頷いた。

 

「スープに入っているお肉も、焼いた鶏も、全部生きてたんだよね?」

「うん」

「全部殺して食べるんだよね。どうしてそんな事するの?」

「生きるため」

 

 タバサは短く答えた。エルザはキョトンと首を傾げる。

 

「吸血鬼も同じじゃないの?」

 

 無邪気な言葉で問いかけてくる。

 

「吸血鬼がにんげんの血を吸うのも、生きていくためじゃないの?」

「そう」

「だったら、何で邪悪だなんて言うの? やってることは同じなのに………」

 

 給仕の女の子はそんなエルザを窘めた。

 

「エルザちゃん。吸血鬼に血を吸われて、死んじゃったら嫌でしょう? そういうことよ」

「うん。でも、牛さんだって野菜だって、食べられたらいやな筈だよ?」

「お肉やお野菜は、おいしく食べられて幸せなんだよ。私達の身体になるんだから」

「だからそれは、吸血鬼も同じじゃないかなって私は思うの」

 

 給仕の女の子は言葉に詰まった。

 

「いや牛と鶏と野菜は、例えとして違うだろ」

「ど、どうして?」

 

 ポリポリと揚げた芋を食っていたケントの言葉にエルザは怯えながら尋ねる。

 

「子を残せる。長生き出来る。人間が守り、餌を与え、番を用意するからな。家畜や野菜ってのは人間の糧になる代わりに繁栄を約束されてる。吸血鬼が人間を育てて血を吸うなら兎も角、ただ殺すだけで人間を増やさねえなら別物だ」

 

 吸血鬼は人間を一方的に殺し、人間に何か特に与えることはない。対して家畜や野菜は人間が育て、子供や種を残す。

 

「でも、森でイノシシさんとか狩るよ?」

「黙ってやられるイノシシがいるなら見てみたいな」

「………抵抗しても、殺されるじゃない」

「そうだな。それが俺の前に派遣された騎士だった」

「人間とイノシシ、吸血鬼と人間は同じ?」

「同じだな」

 

 村長は目を丸くする。メイジ嫌いのエルザが、あんなにもメイジに話しかけるなんて!

 

「同じなら、どうして吸血鬼だけが悪なの?」

「人間にとって悪だから。そして、吸血鬼にとっての悪が俺だ」

 

 揚げ芋がなくなったのを確認すると、ケントは立ち上がり杖をタバサに向かって投げる。

 

「磨いておけ」

「はい」

 

 これでタバサは魔法は使えないが杖を持つ従者。ケントは魔法を使えるが杖を手放したメイジ。吸血鬼が狙うとしたら、果たしてどちらか。

 

 

 

 

 その夜、夜風にあたりに家から出たケント。不意に振り返ると、エルザが物陰から見ていた。

 

「なんのようだ」

「あ、あの………あのね、騎士様………」

 

 怯えながらも、勇気を出すように近付いてくるエルザ。健気な様子に、村長あたりが見たら涙ぐんだろう。

 

「森に、走っていく人が見えたの………で、でも。でも、その人が」

 

 その人が疑われるようなことをしたくないと、その態度で見て取れる。秘密裏に追ってほしいのだろう。

 ケントは懐からナイフを取り出すと案内しろ、とエルザに言う。

 

「騎士様、メイジじゃないの?」

「杖が使えない時に備えた。急ぐぞ」

 

 エルザを抱え森の中へと走るケント。風のように速く、エルザはわぁ、と目を輝かせた。

 

 暫く走ると、洞窟を見つけた。奥には昼間でも日は差さぬであろう深い穴。吸血鬼が隠れるには丁度いい洞窟だ。

 

「こ、ここに居るのかな?」

「さあな」

 

 エルザは怯えるようにケントにしがみつき………その首筋に牙を突き立てた。

 

「………………」

「ありがとう騎士様。優しいね」

 

 牙から流れ込む『水の力』。生命に干渉し、本来なら傷癒すことに使われる力は、吸血鬼にとっては相手を己の意のままに染め上げる悍ましい力となる。

 

「メイジの屍人鬼(グール)って初めて。魔法は使えるのかしら? あ、安心して。騎士様の従者も、ちゃんと食べてあげるから」

「そうか」

「…………え?」

 

 エルザが困惑した瞬間、投げ飛ばされる。

 風が渦巻き地面に激突する前に体がふわりと浮き上がり、着地したエルザは直ぐ様叫ぶ。

 

「枝よ! 伸びし森の枝よ! 彼の自由を奪い給え!」

 

 森の木々の枝がまるで蛇のようにケントに巻き付いた。

 

「この状況で拘束とはな。随分と気に入られたものだ………師匠(せんせい)といい、見た目だけの偽幼女にモテるのか俺?」

「余裕だね。杖もないのに………どうして屍人鬼(グール)にならないの」

 

 吸血鬼のエルザはそう問いかける。メイジには効かない、とか? そんな話、聞いたこともない。何か………彼が特殊な何かを行ったとしか思えない。

 

「俺の故郷にはお前よりも遥かに恐ろしい吸血鬼が沢山いるからな。体内に入り込んだ魔力を阻害するのは、必須の力だ………しかし、見た時から思ったが面白いなあ、これ」

 

 楽しそうに語るケントはやけに饒舌になっていた。テンションがハイになっている? 死への恐怖、には見えない。

 

「魂を死体に縛る死体操作(ネクロマンス)は山程見てきたが、魂を縛らず肉体の記憶のみで生前と変わらぬ思考を行えるとは。はは! こんなの向こうにも居ないぞ。魂を扱える分、肉体から読み取るまでは兎も角扱いが発展しなかったと言われればそれまでだが、これを生物の機能の一つとして手にするとは」

「騎士様、状況解ってる?」

 

 ひょっとしてこの人は頭がオカシイのだろうか?

 屍人鬼(グール)にならないのは確かに驚きだ。故郷と言っていた………顔立ちからして、異国の者。エルザが知らないだけで吸血鬼の国があり戦争でもしていたのだろうか?

 

 とは言え、支配出来ないなら殺してしまえばいい。彼の血を全て吸い、自分の一部にする。ゾクリと背筋を震わせ、幼い見た目にそぐわぬ淫靡な笑みを浮かべる。

 

「とは言え、精霊魔法に関しては初歩の域だな」

 

 枝を操り噛みやすく跪かせようとしたが、その枝がボロリと崩れる。

 

「契約を優先というか、ありのままを尊びすぎているというか………強化もしないと来た」

 

 纏わりついたままの枝の欠片を指で摘み、少し力を込めるとボフッと腐りかけの木の如く砕けた。

 

「何、が………杖、は?」

「こっちでは契約した精霊を育てることから始める」

「…………え、これ………精霊の……」

 

 突風が吹き荒れ、周囲の木々を吹き飛ばす。

 

「紹介しよう。風の精霊、鴉嵐(アラン)だ」

「ガア」

 

 何時の間にやらケントの肩に乗る一匹のカラス。カラスの姿をしているが、精霊の力を感じとれるエルザには解る。精霊だ。それも、エルザが契約している精霊とは格が比べ物にならない。

 

 ラグドリアン湖に住むと言われる水の精霊のような、ただそこにあるだけの精霊とは違う、意志を持つ力の塊。

 

「………………!」

 

 エルザが逃げようとするも、彼女の逃亡を手助けする筈の風にそっぽを向かれ、どころか散らばった木の残骸の枝が伸び彼女を縛り上げる。

 

 風のみならず、木々まで。契約を一方的に上書きされた!

 精霊の力を扱う者として、エルザとケントには天と地程の差があった。

 

「何で、どうして人間が? もしかして、エルフ?」

「…………まあ()()()()()()()()から、その血もあるかもな」

 

 つまり、混血? エルフと人間の? いるのか、そんなの。

 どっちにしろ、自分に微塵も勝ち目がないのは変わらない。

 

「お願い。殺さないで、私は悪くない。人間の血を吸わなきゃ、生きていけないだけ。人間だって獣や家畜を殺して食べる。何処も違わないんでしょう? 騎士様、言ったよね?」

「俺がお前の悪だとも言ったな」

「っ!!」

 

 吸血鬼が人を食うことが悪とされるのならば、人が吸血鬼を殺すことも悪となるだろう。少なくとも被害者側からすれば。そして、どちらが真に正しいかなんて論じる意味はない。

 

「やだ。いやだ…………死にたくないよお」

「誰だってそうだろうよ」

 

 

 

 

 森の奥から、夜闇を消しさる巨大な火柱が上がった。少しして戻ってきたケントは吸血鬼を殺してきたと村人達に伝えた。

 

 なおもしつこく吸血鬼はマゼンダだろう、と言い張る馬鹿はいたが、彼はもうどれだけ叫ぼうとリーダーにはなれない。声がでかいだけの若者はこの先どんどん発言力を失っていく事だろう。

 

 翌日、タバサ達は村を後にする。村長を含めた数人が見送り。その中にマゼンダも居た。

 心配そうに支える若い村人達。我が子を失った母に寄り添う彼らはケントを睨む。

 

「………………」

 

 しかし意外にも、マゼンダは深くお辞儀をした。周りが困惑する中、ケントはほんの数秒彼女を見つめ、しかし直ぐに背を向けた。

 

 

 

 

 

「…………ルイズに謝らなきゃ」

「?」

 

 帰り道。タバサがポツリと呟く。

 

「貴方を、数日借りていた」

 

 本人が望んだとは言え、他人の使い魔を借りていたのだ。真面目なタバサは戻ったらルイズに感謝と謝罪をするつもりだ。

 

「ああ、問題ない」

「どうして?」

「俺がいるから」

 

 と、聞こえた声は後ろから。振り返ると、ケントがいた。もう一度振り返る。ケントは変わらずそこにいる。

 

「…………遍在(ユビキタス)?」

「似たようなものだ。おかえり俺、成果は?」

「ただいま俺。それなりだよ」

 

 2人は1人になった。まさか、この数日ずっと遍在を維持していたというのか。だとしたら、それは一体どれだけの魔力量が必要なのか………。それとも、それも東方の術理?

 

「知りたいならお前も放課後の授業に参加すると良い」

 

 

 

 

 さて翌日。()()()()()()()()シエスタはケントの為に食事の席を用意する。そろそろ来るはずだ、と……。

 

「あの、こんにちは………」

 

 現れたのは小さな女の子。誰だろう? 誰かの妹だろうかと顔を見合わせる使用人達。

 

「ケントお兄ちゃんが、ここでご飯もらってこいって」

「まあ。ケントさんのお知り合いですか? お名前は?」

「エルザ…………」

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