北宇治のまえせつさん   作:コーヒーまめ

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以前投稿していた短編を少し弄って、続き物になりそうな形で投稿しています。また、黒江真由という人物に対して、作品を通して自分なりの解釈が混じっています。それを承知の上で読んでくださると幸いです。


1 別れからの……歓迎?

 

「転校、するんだよな」

「……うん」

 

 放課後の教室。先程まで質素ではあるけど開かれたお別れ会の会場に、私達はいた。改めて口にする事実は私にとっては特別ではなくて、隠す様な物でも無かった。

 すっかり慣れてしまった。親の都合、親の都合、それからまた、親の都合。北海道や静岡、東京に山口、次に向かう福岡も親の都合。明日にもなれば、この和歌山を出て行く。

 出て行くっていうのも違うかも。何処へ行こうにも、通過点の一つでしかないから、途中下車みたいにして、通り過ぎるだけ。

 

「お別れ会、終わったぞ」

「……知ってるよ」

 

 その通過点で、私は幾度となく当たり障りない優しさを振りまいてきた。それが楽しさに繋がると解っていたから。特別な環境を作らなくても、土地が変わっても、楽しく過ごせる私なりの正攻法。

 人間関係に正攻法なんて、本当は無い。それでもその正攻法を、私の在り方として振りまいてきた。この和歌山でも、それは正しいって証明されて、餞別のプレゼントをさっき、託された。

 

「……みんな、帰っちゃったよ。閉めなくていいの?」

「わかってる、戸締まりは俺の役目。黒江が帰ってから閉める」

 

 初めて転校した小学生時代のある日、方言や風景、慣習に環境の変化に至るまで、酷く鬱屈とした感情を抱えた覚えがあった。咄嗟に出た優しさが、防衛本能として出てきたそれが、小さな私を護ってくれた。

 既に形造られた『楽しい』を無茶苦茶にする事なく、そして私なりの『楽しい』を見出せて、そのお蔭で価値観を築いて来れた。『特別』は、そこには要らなかった。

 

 部活動でも、私は楽しむ為にユーフォニアムを吹いていた。お母さんに買ってもらったからじゃなくて、上手な方が楽しいから。楽しめるレベルになるまで練習した。そこで初めて衝突した。楽しいの在り方が違ったから。それでもコンクールで賞を貰ったのは、みんなの楽しさが噛み合えた結果だと思ってる。

 

「ねえ、矢田君」

「……何?」

「矢田君は、楽しかった?」

「……何がって部分がわかんないけど、そんな事聞くって事はさ、黒江は楽しかったのかよ」

「楽しく無かったら、ユーフォも吹いてないし、ここにもいないかな」

「……そっか」

 

 それでも、これだけ形成してきた価値観でも、分からない事が、測りかねている人がいた。転入初日から、それとなく世話を焼いてくれた男の子……矢田明宏君。

 初日は無難に優しさを振りまいたけれど、転入したクラスには少しハマってなくて。北の地方から越冬するみたいにやってきた私にとって、思わず再冬眠したくなる様な記憶が埋め込まれた。そんな初めての記憶の中で、彼は微笑んだ。

 

『俺、矢田明宏。よろしくな黒江さん!みんな転校生イベントとか初めてで緊張してるだけで、すぐ慣れるって!』

 

 前に出るような性格じゃなかった私にとって、隣の席になった矢田君の存在は、転校生活の潤滑油みたいな、大事な存在になってくれた。

 クラスに一人はいる面倒見のいいタイプで、さり気なく方言を翻訳してくれたり、学食の裏メニューを教えてくれたり。初日の移動教室の時は、『男子と一緒じゃ居心地悪いし』とクラスの子に頼んでくれた。その子が吹奏楽部だったのは、偶然と言っていたけれど。

 

 再冬眠を挟む事もなく友達が増えてきてからも、甲斐甲斐しいという単語を擬人化した様に関わってくれた。

 お父さんへのプレゼントを贈る為にカタログを片手に悩んでたら、『お酒のアテにもなりそうな辛い梅干しがあってな』ってお店を教えてくれたり。授業後に先生が中々捕まらないのを察して『吹部のじっちゃんはな、授業後より前の方が暇してる』ってボソッと呟いてくれたり。

 女の子同士で過ごす時間が増えてからも、控え目な私を気に掛けてくれたし、私もそれに甘えた。何処となく、楽しかったから。

 

 ある日、尋ねてみた事があった。そこまでしてくれるのはどうして?異性だなんて楽しくないよ?って。それを聞いた矢田君はこう言った。

 

『内緒。でも楽しい』

 

 要領を得ない答えが、何度も返ってきた。その度にことり、と首を傾げてしまう。

 楽しいの基準を作ってる私からすれば、筋が一つも通らない、飄々とした様な言い草で。楽しんでくれている事にホッとしたけれど、だったらどうして関わってくれるのか。たかが転校生一人にどうして。そこが謎のまま、お別れ会は幕を閉じた。

 

「黒江、次は何処に行くんだっけ」

「福岡だよ。清良女子っていう吹奏楽部の強い学校に行くの」

「……そっか、やっぱりそういう基準で選ぶのか。格好いいな」

「矢田君は、進学先は京都だったよね?」

「ああ。黒江よりは後になるけど、ちょっとした都合でここを出る」

 

 お別れ会の最中の賑わいが嘘みたいに静まり返る教室。どれだけ他愛の無い会話をしても、無音のロングトーンみたいな時間が繰り返される。

 これまでの転校先では、思いを馳せる事はあっても、深入りをする間も無く去って来た。それでも気になってしまう、ここまで気に掛けてくれた理由が。だからこそ、無音だった基礎練習を終わらせるつもりで訊く事にしたの。福岡へ行けば、そんな機会も失くなるから。

 

「こんな餞別は、要らないかもしれないけど。ちょっとした秘密を聞いてほしい」

「……秘密?」

「ああ、秘密」

 

 遮られてはいないけど、矢田君が言葉を被せてきた。私は選択を誤ったかもしれない。こんな風に深入りしそうになるなら、思い付きで居座らなければ良かった。これまでだって、そうして来たから。

 

「俺、黒江の事がずっと羨ましかった」

 

 何が羨ましいんだろう。転校を繰り返す事が、一般的には良い事だとは思わない。友達が多くて楽しい事もあるけれど、慣れただけ。可哀想って哀れみや変な勘繰りはあった……でも、羨望を向けられた事なんて、これが初めてで、返す言葉を紡げなかった。

 

「転校してきたあの日、親の都合でって聞いた日もそうだった。今みたいに、また親の都合で着いて行くのも、俺には羨ましくて仕方がなかった」

「どうしてそんなに羨ましがるの?私は別に、転校が楽しい訳じゃ──」

「──俺、両親の顔を知らないんだよ。産まれた時から養護施設、つまりは孤児院に住んでる」

 

 

 言葉が頭には浮かばず、喉からも出てこなかった。少なくとも、楽しいとは対極の位置にありそうな、語るのも憚られそうな秘密。

 

 

「場所は言えないけど、気が付いたら今の施設にいて。小学中学と、そこから通ってきた。特に気にしてなかったけど、授業参観とか、運動会とかがある度に、自分の環境の異質さを恨んでな」

「誰かを恨むような事、してなかったと思うよ。矢田君」

 

 彼の立ち振舞いは、一年半という期間だけでもわかる。誰かを思い遣り、尊重する人のそれだった。今の恨むだなんて単語は、そこからも最も遠い物に思える。

 

「恨んだのは環境で、他人じゃない。親を恨むとしても、事情すら分からない以上、どうしようもない」

 

 振舞いどころか、言葉がそれを証明してる。これ以上の深入りはしないし、矢田君にすら出来てないんだと思うけど、顔の知らない親すらも慮れる優しい人。

 

「そんな中、黒江が転校して来たんだ、親の仕事の都合って言ってな」

「それって……」

「家族がいて、選ぶ権利があって、何度も着いて行こうって思える環境にいる。俺が昔から、一番欲しかった物を黒江は持ってた。だから羨ましかった。駄々を捏ねてたとしても諦められる、そんな居場所のある黒江が」

 

 私には、居場所が無いと思っていた。特別な存在なんてものはなく、あっても家族だけだと。そんな私を、あろう事か羨む人がいるなんて。転校を繰り返す事じゃなく、そんな居場所が既にあるという事を。

 

「私は……そんな……」

「そんな黒江に、お願いがある。これを逃したら、もう会えないかもしれないから」

「もう会えないなんて事……それに、お願い?」

 

 懇願とも言える声量とお辞儀の後に、リュックを漁る矢田君。その男の子らしいリュックから取り出して来たのは、私がお父さんから貰ったのと同じ様な、両手に収まるフィルムカメラ。色褪せていない辺り、最近買ったんだと思う。

 

「これで黒江と写真を撮りたい、そうやって居場所を作りたい。此処にいた証として……黒江がいるのは、今しか無いから」

 

 私は、私の写る写真が苦手。撮るのは好きで、これまでも、風景や人物を切り取って来た。過ごして来た日々を現像して、アルバムに挟んである。

 それでも撮られるのが苦手なのは、ゾッとしちゃうから。周りは気軽に撮ろうとして、気付けばフレームに納められてしまう。私が残したいのは、私じゃない楽しい事。これまで写真を撮り続けて来たのは、外の世界に楽しいが溢れているから。

 

 それでも、そんな風に思う私でも、こんな風に真正面から、撮りたい。そうやって想いをぶつけてくれるのなら。居場所を作りたいという想いなら。撮らせてあげたくなった──いや、撮って欲しくなった。

 

 

「ピント、合わせてね?」

「あ、ああ!三脚は無いけど、机に置けばいける!」

 

 

 何よりも私自身が、此処を居場所として、認められた気がしたから。渡り鳥みたいに飛び立つ私自身が、気丈な彼の居場所になれたみたいで、嬉しかった。

 

「シャッターボタンがこれなら、タイマーがこれで、ピントを合わせて半押し……っとそうだ、黒江?」

「どうかした?」

「ありがとな。撮られるの、苦手そうなのに」

「──ふふっ、私がズボラなだけだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、清良女子高校に転校した。親の福岡への転勤と時期が丁度合わさったから、入学の方が正しいかもしれない。

 これから、この清良女子で『楽しい』を探す。強豪と呼ばれるこの吹奏楽部で、友達を作り、楽しい時間を過ごす。どれだけアルバムに写真が挟まるのか、また転勤があるのかは、分からないけれど。

 

 学校が始まって初日の授業も、部活の歓迎会も終わり、福岡での新居へと帰ってきた。今日は私が一番速く帰るのは分かってたから、郵便物を回収するのも私の役目。

 予め教えられた番号通りに、マンションのポストを開ける為のダイヤルを回す。その中身は近隣のお店の広告や、地域の広報誌。その隙間というか、ひっそりと隠れる様に。

 

「手紙?しかも私宛……あっ!」

 

 差出人の名前を目にした途端、一目散に自室へと駆け込んだ。慌てて駆け込む程の、その差出人は──矢田君。

 

 あのお別れ会の余韻で、写真を一緒に撮った後。現像した写真が欲しくなったという理由で、逡巡もせずに転居先の住所をメモして渡した。間違っていたらどうしよう……という不安を払拭する形で、こうして彼からの手紙が届いた。

 住所位はスマホで送れる時代だけど、矢田君はそれを持っていなかった。周りはそれをネタに弄っていたけれど、あの秘密を知った以上、それも仕方無かったと振り返って思う。

 

 封を開くと、現像された白フチ付きの写真と共に、手紙が添えられていて。思わず先に読んでしまった。

 

 

『黒江へ  現像、遅れてごめん。自分で直ぐに出来る物だと思ったけど、色々調べた結果、写真屋に現像して貰う事にした。素人目にはピンボケしてないと思うから、それを送る。そっちの学校や吹奏楽部がどんな校風かまでは分からないけど、写真の黒江みたいに、満面の笑みで過ごしてくれたら俺は嬉しい。手紙が届く頃には俺も高校生活が始まるけど、願わくば、黒江がこれからも楽しいを見つけて過ごせますように。矢田明宏より  追伸・もし大きなコンクールがあれば、絶対応援に行く!その為かよってタイミングで、スマホも買い与えて貰えたから、良かったら友達登録をしてほしい!まだ見知った顔しかいないんよ!番号は──』

 

 

「ふふっ、矢田君らしい」

 

 矢田君の、力強い止めやハネを意識したであろう、男の子らしい文字。何ヶ所か見える消しゴムの跡に、悩みの形跡まで読み取れる。これは、手書きならではの味だと思う。

 書いてある番号を登録して、手紙を折り目の通りに畳む。それから白フチ付きの写真を取り出した。そこには、飾り付けの残された教室と、少し懐かしい制服に身を包んだ私と矢田君が、満開の桜みたいな笑顔で納められていた。

 

 

「……あんたんこと、好いとーよ!」

 

 

 ──二人で写ったその居場所は、デジタルカメラの色合いよりも、とても好きな色をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「府立北宇治高等学校、ねぇ」

 

 並木道が桃色に染まる頃。俺は京都に籍を移した。

 里親になりたいだなんて好奇心か親切心か、それを計りかねる老夫婦がやってきたのは何時頃だったか。孤児院のお荷物にもなりたくなかったし、和歌山の外にも興味が湧いて、引き取られる話に頷いた。そんな御託よりも、これで少しでも黒江の境遇に近付ける……羨望の方が大きかったって所は、多分墓まで持っていく。

 

「……よし!」

 

 未だ里親の老夫婦とも親密になりきれてないまま、京都の土地勘も掴みきれていないまま。制服が届いて、教科書を買って貰って、電車の定期券まで買い与えて貰った。

 これから少なくとも三年間、俺はこの北宇治高校に通う。送り出してくれた孤児院にも、引き取ってくれた里親にも、恥をかかせない高校生活であれ……見てるかどうかも分からない神様に一人で祈る。寺社仏閣が沢山あるしきっと誰かが拾ってくれる、そんな期待を込めながら。

 

 最寄り駅である六地蔵駅を降りてから、見知らぬ同級生達と同じ道を歩く。電車でもそれなりに制服姿を見かけたけど、駅とは別の方角から合流する人もいて。学び舎への流れはより強くなっていった。

 

「久々に緊張してるな……」

 

 なだらかな坂を上り、校門の敷居を跨いだ直後。電流こそ走らなかったものの、小匙程度の不安が脳裏を過った。この感覚は、運動会のリレーでバトンを渡された直後のそれ。渡された以上は、駆け出すしかないな!高校の敷地を歩く足取りは、重圧とは裏腹に軽やかに動いてくれた。

 

 

「新入生の皆さ〜ん、北宇治高校へようこそ!」

 

 

 そんな足を、押し寄せる流れも一緒に引き止める声が轟いた。溌剌な声の主の胸元には、深緑の三角タイ。少なくとも、同級生の身に着ける色じゃない。堂に入った台詞も演技の混じった身振りも、新入生の醸す物じゃない。

 その後ろに並ぶ形で、階段の段差に一人ずつ、多種多様な楽器を携えた先輩達。それを見た誰かが『吹部だ』、と呟いたのを聴き逃さなかった。上段の方には、黒江も吹いていたユーフォを抱える人もいる。

 

「輝かしい皆さんの入学を祝して!」

 

 声を張った眼鏡の人の手元には、オーケストラ指揮者の振るうタクトが。中学時代、あの指揮棒を指針として、合唱コンクールで腕を奮った。歌じゃなく、ピアノの伴奏という形で。

 名前も知らない先輩がそのタクトを振り上げ、合奏の態勢に入った。各々が楽器の歌口に唇を当てたり、ドラムスティックを構えたり。如何にも吹部らしい歓迎の仕方に、心で握り締めたバトンに力が入った──入った所までは、良かった。

 

 吹部の演目は『暴れん坊将軍』。大河ドラマとしても曲としても、俺達の世代にまで名を馳せる名曲。この世に蔓延る悪を必ず成敗する、そんなストーリーが原曲には籠められてる……気がしたけど。

 タクトの先端を追うのをハナから諦めたメロディーは、テンポを打楽器に委ね、その打楽器も振るわれる指揮から半分はズレて。辛うじて曲って体を成してたとしても、悪を懲らしめるどころか、これから裁かれる立場に立たされたような、酷く弱々しい将軍が立ちはだかった。後押しのつもりのビブラスラップが、より情けなさを強調して。

 

 中学時代に黒江が所属してた吹部がどれだけ上手かったか、サビに入る前から思い知らされたというか……これがバトンを受け取る前で良かった。

 それでも曲としても体裁だけは保ってるし、歓迎の意思は伝わった。楽しそうに見物してる人だっていた。それなら今はただ、先輩達の立場を尊重しようとサビの後に拍手でも──。

 

 

「駄目だこりゃ……!」

 

 

 偶然近くにいた赤い三角タイの女子が、情け容赦無く切り捨てたのを俺の耳が拾ってしまった。他人ながら、その呟きを拾ったのが俺だけで良かったと、まだ演奏中で良かったと、心底安堵した。

 

 

 拝啓、黒江様。それに孤児院の皆や中学時代のクラスメイト様。俺の高校生活は、配慮の欠片もない女子の一言で幕を開けたみたいです。

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