北宇治のまえせつさん   作:コーヒーまめ

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デカリボン先輩が出てくるなら、つまり?


11 あなたの方が

 

「ここでいいわね」

 

 掃除を終えて帰宅直前な一年五組に現れたのは……リボン関連の有識者の言う通り、装飾品まで含めれば俺の肩まではありそうなシルエットを象る二年の先輩。

 その先輩にちょっと面でも貸しなさいよ、的な首の使い方に乗せられて薄暗いゴミ捨て場まで着いてきた。歩く度に頭上のリボンが揺れる物だから、視線が揺れるリボンを追っていた。

 

「自販機はこっちじゃないっすよ。ジュースタカりに来たなら奢りますけど何欲しいんです?」

「要らないわよ!」

「じゃあ焼きそばパンっすか?コンビニまで走りましょうか?」

「品物の問題じゃないっての!お腹も空いてない!」

 

 誘い方には薔薇より棘があったし、雰囲気にもトゲトゲしさを纏っていたから少し警戒した。『目立つから話し掛けてやったのよだからパシられなさい!』とか言われそうで。

 自分より背が高い相手にも臆せず言ってのけるんだから、気が強いのは間違い無い。女子版番長……なんだったかな。とにかく北宇治の番長みたいな人、そういう印象が強くなった。ある意味田中先輩より関わりにくい。人となりもまだ掴めてないしちょっと探ってみよう。

 

「じゃあ一体何の用ですか?急いでないしゆっくりで良いっすよ、名も無きリボン先輩!」

「私には吉川優子って名前があるの!変な渾名付けないでくれる!?」

 

 揺さぶった初手から人間性が表出し、勝手に抱いた第一印象は早くも崩れ去っていった。調子に乗った自覚のある台詞にやまびこよりも早く返せる、釜屋さん風に言うならツッコミ。吹奏楽部の副部長さんには悪いけど、とっつき易い先輩だな!

 

「調子狂うわねアンタ、そんなだからあすか先輩が目を付けたのかしら……」

 

 名誉か不名誉かはさておき、あの人は二年生にも特別な変人カテゴリとして分別されてるんだろうか。部外にも轟いてそうなその異名、畏敬の念でも抱くべきだったり?

 

「あすか先輩って、吹部の田中あすか先輩っすか?」

「他に誰がいるのよ」

「いえその、吹部じゃない人にも知れ渡ってる有名人なのかなーと」

「何考えてるか知らないけど、私は吹部でトランペット担当なの。部員が自分の部活の副部長を知らない方が変よ。大体、吹部に限れば四月のランニングの時に見てたでしょ」

「四月のランニング……」

 

 四月にランニングと言われて思いつくのは、体育の授業の初日の体力テストか滝先生に手伝いを依頼された日。授業は流石に学年が違うとして、肩を叩かされた日は人が多すぎて知人以外の印象がほぼ皆無。

 なんでこのリボンを着けていて覚えてなかったんだ?とは逡巡したけどまあいいか。俺に余裕が無かった事にしておこう。

 

「すんません吉川先輩、あん時は人が多くて一人ひとり覚える余力が」

「ふーん。まあそこはいいわ、知りたいのはそれじゃないし」

 

 知りたい事って?と問い返す前に矢継ぎ早に捲し立てるリボン先輩。その問いかけは寝耳に水でもなんでもなく、つい昨日の話だった以上は身に覚えが凄くあった。

 

「朝練前にその噂で持ちきりだったんだけど……アンタがウチの部長や副部長、それから香織先輩とあがた祭を周ってたって噂、ホントなの?」

 

 みみっちいと一蹴された懸念が二十四時間経たない内に現実の物になろうとは。着替えず制服のままあがた祭に来てる生徒もちらほらと見掛けただけに、まあそうなるなとしか思えなかった。他校の生徒も来てたから気には留めて無かったけど。

 勝手に入って無許可でピアノを弾いていたのとは理由が違うし、寧ろ此処に居る二人よりも立場が上の人達から持ち掛けられた話。隠す必要はまるで無い。

 

「ほんとも何も事実っすよ」

「んなっ、ななな……なによそれ!少しは否定しなさいよ!?」

 

 首根っこを掴む勢いで教室に突撃してきた番長から一風変わって、テストが赤点レベルでも分かりやすく狼狽えるリボン先輩。否定して欲しかったって事は、噂が嘘であって欲しかったのか?ボディーガードとして一緒に祭を観て周っただけなんだがなあ。

 

「香織先輩、まさか一年の男子との先約があったから遠回しに私と行くのを断ったんじゃ……」

 

 そう来たか、私が先に約束してたのにーなパターンでしたか。そういう意味では先約どころか後約束ですよリボン先輩、予約無しのその場で降りた許可なんで。

 

「あー吉川先輩、それは違うっすよ。昨日一の鳥居前で田中先輩から呼び止められたのが発端なんで」

「本当でしょうね!?」

「本当っす、そこは当事者の先輩方に聞いて頂ければ一目瞭然ですよ」

「誓える!?」

「誓います誓います」

 

 井上さんも噂がどうのこうの言ってたけど、この話であってくれ。数が増えても大変だからな。

 それはそれとして、このリボン先輩への好感度が少しだけ上昇している。噂を噂のままで宙吊りさせずに自らの足で確かめに行こうとするその行動力、大したもんだ。棘さえ引っこ抜けば友達に一人は欲しくなるタイプではある……いやちょっと微妙だな、リボン系統はもう堺さんが枠を埋めてるし。

 

「昨日の先輩方、すげー優しかったんですよ。小笠原先輩は写真撮影を手伝ってくれましたし、田中先輩は……色々唐突でしたけど声を掛けてくれた張本人ですし。中世古先輩は皆で行けば楽しいよ?てな感じで一人の俺をずっと気遣ってくれたんで!」

 

 おさげの部長さんは躊躇いを見せてたけど、結局同行を良しとしてくれた。画角にまで凝りだしてたし根も真面目。俺からしてみれば皆優しい人の範疇に入ってる。結果的に、キーボードの下見に向かわなくて良かったと思える写真が撮れた。まだ現像してないけど。

 

「そ、そう。部員じゃない男子にも優しいなんて、流石香織先輩マジエンジェル!」

 

 さっきから話をしてるけど、既視感の様でいてそうじゃない様な、ランニングの日以外でも会った事あります?とでも言いたくなるデジャヴを感じてしまう。特定の人を尊敬する余り、感情を抑えつけるので精一杯な所とか特に……。

 

「あのー吉川先輩」

「何よ」

「なんとなく思ったんすけど、中世古先輩の事かなり尊敬してますよね。トランペットって事は同じパートだし」

 

 この台詞がいけなかった。石橋を叩いて渡るどころか、叩き過ぎて舗装してしまい俺自身に大きな隙を晒してしまった。

 

「はあ!?当たり前でしょそんな事!?いい?香織先輩はサングラスを掛けても眩しい位にはマジエンジェルで──」

 

 それから少なくとも時計の長針が三十度動く程度には、中世古先輩自慢を聞かされた。サンフェスの衣装は似合うだの、他の部活からも慕われているだの。

 これはあの人だ、何時ぞやの滝先生ファンである高坂さん……その言葉数が多い版だ。確かあっちもトランペットだった気がするし、類は友を呼ぶんだろう。

 なんにしてもそろそろ聞き飽きたし、出来ればまたの機会にして欲しい。尊敬度合いは十分伝わったからその熱意を部活に回してくれると助かる。

 

「他にも楽器の担当を振り分けた時だって──」

「すんません、そろそろ解放してくれると嬉しいっす」

「何よ?矢田が急いでないって言ったんじゃない。良い機会なんだから聞いていきなさいよ」

 

 良い機会ってなんだ、それならゴミ捨て場よりも相応しい場所があると思うけどそれで良いのかリボン先輩。

 とりあえず中世古先輩への入れ込み具合はよーく伝わった、だとしたらこちらの言い分を聞かせる材料は持っている。

 

「いやー吉川先輩の熱意に充てられたといいますか、そのおかげで用事が出来たといいますか」

「はあ?アンタまさか香織先輩に会いたくなって──」

「──中世古先輩、昨日私服だったんすよ」

「なっ、なんですって……!?」

 

 うん、凄く効いてる。余りにも狼狽えすぎてこっちが心配しそうになるけど効いてる。尊敬してやまない三年が祭に私服姿で現れたという話は効果抜群らしい。

 

「田中先輩は自分の活かし方を分かってるファッションでしたし、小笠原先輩は色合いこそ派手でしたけど似合ってました。ただ、その上を行っていたのが中世古先輩だったんです」

 

 昨日の先輩達の服装を思い返してみる。音楽よりも上とか下とか分からないのがファッションの世界だけど、意外性って意味では確かに上だった。表立って言わないけど、中世古先輩はあの性格であの服装を選ぶのか。そんな衝撃が何処かにあった。

 

「吹部の事情はよく分かんないっすけど、マドンナ扱いされてる人が観光客も訪れる場所に、あんな私服で姿を見せるとは思いも寄らなかったですよ?田中先輩がボディーガードを頼んできたのも納得っすね」

 

 女子相手に使っていいかは怪しいけど、生唾を呑み込む音がリボン先輩の喉から聴こえた。これは俺からの情報を今か今かと待ちわびる、狩人の音。

 

「あれはもう、北宇治の男子諸君には見せてはいけないっす。目に猛毒です」

「ど、どんな私服だったのよ……?」

「──敢えて肌を露出する肩出しルック」

 

 

 肌をの部分で目を見開き、露出するの部分で頬に両手を当てて、肩出しの部分でワナワナと震え上がった。黄色い歓声はこの世の言語ですらない。そんな先輩の脳内は、今なら中世古先輩の私服以外の情報を遮断するに違いない。

 

 

「いやー女子への耐性はあるつもりでしたけど、そんな俺でも目のやり所に困りましたよ!あれじゃあ北宇治どころか、京都中の女神が嫉妬するんじゃないっすかね!」

「他は!?色とか小物の情報は!?」

 

 流石に渇望し過ぎじゃないかこの人……?

 

「んー実は昨日、このカメラで風景だけじゃなく先輩方のスリーショットも撮影したんすよ。中世古先輩たっての希望で」

「その写真は無いの!?」

「昨日は遅かったんでまだっすね。なので早く現像して御三方に渡そうと写真館に行くつもりだったんですけどー……吉川先輩が熱弁してるのに立ち去るなんて失礼じゃないっすか!このまま何時間でもどうぞ!そうなると写真館は閉まるわ中世古先輩も悲しむわで散々かと思いますが!」

 

 頼まれて撮ったのも事実で現像したら渡す約束も事実、でも別に急いではいない。だから多少の煽りを含んだけど、しおれるリボンに弱る語気。『中世古先輩』の名前には滅法弱くなる人だった。

 でも先輩に見せていい態度じゃないし、失礼だったからほんの少しサービスでも加えるか。お詫びってやつ。

 

「なので今すぐ帰してくれるなら、吉川先輩の分も焼き増ししてお渡しします。無論内緒にしてくださいね?本来写ってない人に渡す事になるんで」

「ぐっ…………いいわ、今日はこの位にしといてあげる」

 

 折れた。勝負をした感触も仕掛けられた感触も無いけど、リボン先輩が折れて俺が勝った。最初は田中先輩より厄介かと身構えたけど、裏を返せばかなり分かりやすい類いの先輩だったわ。

 

「あざっす!それじゃあ今日はこれで。ラミネート加工でも頼んどきますね」

「っ、待ちなさい。もう一つだけ聞きたい事があるの」

 

 見逃してくれたのか逃さないのかどっちなんだ、そもそもまだ変な噂がこびり付いてるんじゃないだろうな?

 

「聞きたい事?」

「香織先輩の私服だって気になるけど、こっちはこっちで吹部として気になる話なの。矢田、アンタの担任でもある滝先生の話よ」

「一体なんです?」

「矢田の感覚でいいから答えて──滝先生って、大切な時に誰かを贔屓すると思う?」

 

 矛先が変わった事に安堵したけど、立場が立場なら割と深刻な問題になる話が舞い込んで来た──滝先生が、贔屓?

 

 正直、俺の感覚ではあり得ない。授業は当たり科目として持て囃されてるしクラスの雰囲気も穏やかだ。ただそれが贔屓によって成り立ってるかと訊かれると……違う気がする。良くも悪くも生徒に対して関心が薄い。あの目と耳は、どこまでも音楽に費やされて生きている。

 

「それって、オーディションでって話っすか?」

「詳しいじゃない。パーカスの練習に顔を出してるのも本当みたいね」

「まあクラスにも吹部が居るんで耳にはしますよ。そんで贔屓するかって事っすけど……あり得ないって言いたいです」

「どうして言い切れるの?」

「生徒への関心がほぼ無いんすよあの先生。北宇治への赴任も初、担任を持つのも初、だとしたら思い入れなんて無いに等しい気がしたんで」

 

 そこまで答えると、リボン先輩は腕を組んで黙り始めた。オーディションが始まってもいなければ、結果も出ていない段階での疑惑。釜屋さんみたいに、腕を認めても人としては認められないという複雑な心境なんだろうか。

 

 立ち去るには間が悪いし何処となく居心地が悪くなって、視線を校舎の通用口へと向けると……ポニーテールの誰かがこちらに忍び寄ってきていた。三角タイの色は青、リボン先輩と同級生だ。

 そのポニテ先輩は俺と目が合うと、手を合わせた後に人差し指を口元に当てる、俗に言う『静かに』のサインを送ってきた。矢田流処世術で考えるなら……黙ってみよう。なんだか面白くなりそう。

 物思いに耽りすぎて俺の存在をも忘れていそうなリボン先輩の背後に、音ひとつ立てずに忍び寄り、顔を耳元へ持ってきて口を少し尖らせて。

 

 

「ふっ」

「ひゃあっ!?」

 

 

 思ってた勢いより数倍は強い吐息がリボン先輩の聴覚を襲った。そのリボン先輩からも数倍大きな音がゴミ捨て場に響いた。音量だけならトランペットよりデカくなかったか今の?

 

「何すんのよ夏紀!」

「優子こそ、後輩相手に何無言のだる絡みしてんのよ。何の話してたか知んないけどそいつ、部員でもないでしょ」

 

 ナツキ、と呼ばれたポニテの先輩はリボン先輩とは気心の知れた仲らしい。悪戯といい口調といい慣れてる人達の距離感だ、少し羨ましい。

 

「別に、だる絡みなんてしてないんだから……」

「はいはいじゃあそれでいいよ。それより早くトランペット室に行きな?香織先輩がパー練前の打ち合わせに、優子ちゃんが来てないから探して欲しいってさ」

「それを先に言いなさいよ!?や、矢田!約束は守りなさいよね!?」

「言われなくても〜」

 

 憧れの人に心配させた、そんな負い目から足早に校舎に戻るリボン先輩。言い負かされただけかもしれないけど、とことん中世古先輩の名前に弱い人だな?

 

「すいません、なんか助かりました」

「いいよ別に……ウチのバカが迷惑掛けたし。それに、矢田明宏だっけ?あんたにちょっとお礼が言いたかったしさ」

「お礼っすか」

 

 礼をしたいと言われても、目の前の先輩に親切を働いた覚えがない。名前を知られてるって経験で言えば、このポニテの人もランニングで顔を合わせただけ。

 

「うん、優子みたいにランニングで顔を合わせた程度だけどね。間接的に色々あったから」

「てことはえっと……先輩も吹部でいらっしゃる?」

「何その語尾。まあそうだね、私も吹部だよ」

 

 入部してないってのに、何かと縁のある吹奏楽部。その内クラスメイトよりも吹部の部員の方が知り合い増えるんじゃねーかな。籍を置いてないだけで実は部員なのか俺は?明日からマレット持って練習した方が良いのか……?

 

「一応、お名前お聞きしてもいいっすか?本当に知ってたら不味いんで」

「中川夏紀。中川でも夏紀でも好きに呼んでいいから」

 

 優しさに脱力感を足すと中川先輩になるんだろうか、ネガティブでもないけど間の長い喋りでもない。なんにせよ知らない先輩で一安心。知らなくて安心するってのも奇妙だけど。

 

「じゃあ中川先輩、お礼って?」

「必ず言わなきゃ駄目って話でもないんだけどさ、私のパート……幾つか楽器が混ざってる低音パートでね、そこにいる先輩がずっと機嫌良いんだよ」

「低音ならチューバとかユーフォのとこっすね」

「やっぱり、詳しいんだ」

 

 吹奏楽部についての事情は中学の頃から知っている。各々の楽器の部品までは流石に未知の分野ではあるけど、低音パートがどんな楽器の集まりなのかは特に。それ故にずっと機嫌の良いらしい先輩が誰なのか、ほぼほぼ検討がついてしまった。

 

「特に矢田の話になると目を輝かせて食いついて、どうすれば部活に来てくれるか作戦なんて立てたりしてさ。そうしてたら休憩中の雰囲気も明るくなってね。パーカスの練習に出入りしてるって発覚した日は……そっちじゃないでしょー!って感じで荒れてたけど」

 

 何時頃バレたんだろうなー、ピアノ弾くだけなら井上さんでもあり得る話だけど。女子の噂話ネットワークってすげーや。作戦が水面下で実行されてた可能性があったのもすげーや。

 

「とにかくリラックス出来てた分、みんな練習に力が入ったんだよ。私もユーフォが上手くなった気もするし、だからありがとね」

「聞く限りじゃ単に虫の居所が良かっただけっすよね?先輩のユーフォも含めて俺、関係ないんじゃ……」

「かもね。あっははは!」

 

 こうも反応に困るお礼ってのも初めてだ。間接的どころか俺じゃなくても成り立つ話になる。まあ皮肉とかじゃないなら言われて悪い気はしないし、言葉のままに受け取っておくか。

 

「まああんたの話で機嫌良くなってたのは本当だし。別に構えなくていいよ、優子を探してたら偶然矢田も居たってだけ。私の自己満足だと思っといて」

「は、はあ」

「ホント黄前ちゃんといい今年の一年は色々いるなー、そんじゃ私も練習あるから。優子に絡まれて災難だったねー」

 

 

 言いたい事を言い終えたのか、あっけらかんとした顔で離れる中川先輩。ダウナー系かと思いきや、立ち去る姿は川沿いに吹く風よりもすっきりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー今日はさあ、写真の現像にキーボードの下見に回ったけどすげー楽しかったわ!」

『お疲れ様。欲しいキーボードは見つかった?』

「一応候補は絞ってたからな、スタンド付きのが良いってなってたけど別売りでも置いてるみたいでさ。それならもうちょい高いやつって思ったけど、シンセサイザーみたいに何個も機能いらねーし。目星は付けたから後は買うだけだ」

『買ったら教えてね?矢田君の演奏また聴きたいから!』

「勿論!」

 

 先輩の呼び出しから解放された反動で、少し遠めの家電量販店へ足を運んだ。何かに追われている訳でもなく、誰かの注意をひく訳でもなく。自然と一段飛ばしで歩いた階段も、俺を遮ったりはしなかった。

 

「それに昨日滅茶苦茶デカい祭があってさ、そこで撮った写真も今度送るわ。もうぜんっぜん規模が違いすぎたけど景色もすげー綺麗でな!」

『昨日って平日だよね?それでもお祭りがあったの?』

「おう。俺もその、昨日クラスの友達に聞いて初めて知ったんだけどな。ウチのみならず他校の生徒も……制服のままたこ焼きを頬張ったりしてたぜ」

『へ〜っ制服でお祭りかあ!良いなあ、私も行ってみたいな〜そのお祭り』

「俺は着替えて向かったけどな。福岡だって祭は沢山あるだろ?清良の友達でも誘ってみろよ」

『うん!敢えて制服で巡るって楽しそう!』

 

 黒江に昨日と今日の戦果を伝えたくて、ウキウキしながら電話を繋いだ。こういう個人的な楽しみは、黒江にいの一番に教えたい。

 ただ、今日はもう一つ議題を抱えている。急用ではないにしろ、思い出すとつっかえる類いの議題。

 

「本当に行くなら、ソースの匂いとか染みないようにしろよな。ところで黒江、ちょっと聞きたい事があるんだわ」

『いいよ!聞きたい事って何?』

「多少聞きにくいんだけどよ、吹部ってオーディションやるだろ?そんな時に贔屓されるって……あると思うか?」

 

 場所は違えど同じ吹奏楽部の人間として、知恵とか意見が知りたかった。なんなら吹部じゃなくても聞ける内容ではあった。個人に肩入れしてしまうなんて、誰にでもある話なんだし。

 

『オーディションで、贔屓?』

「悪い、急過ぎたな」

『ううん平気だよ。でもどうして?』

「俺も詳しい事情は分かんねーけど、先輩に顧問の人物像を尋ねられてな。何度か話したろ、クラスの担任が吹奏楽部を受け持ってるって」

『うん、人当たりの良い先生なんだよね。その先輩さんは、矢田君の担任が誰かを優先させちゃうかも。って思ったのかな』

「だろうな、贔屓相手が誰かってのもまるで分かんねーけど。中学のじっちゃんはどうだった?そういうのあったっけ?」

 

 中学の時も、黒江は吹奏楽部に入っていた。部員じゃなくてもじっちゃんと慕われるその顧問に教わっていた一人として、議題の参考になると踏んで昔話を振ってみた。

 

『どうかな……じっちゃん先生は厳しかった分、みんなに優しかったから。だからA編成の子にもB編成の子にも、ちゃんと教えてたよ?』

「成る程……」

『あっ、でもね矢田君。私の考えを聞いてくれる?』

 

 楽しいとは言いにくい話題だろうと黒江から何かを話してくれる、それだけで俺は嬉しかった。流されがちだった黒江の、芯となる物を見せてくれている気がするから。同じ場所で同じ時間を過ごしたのに、受け取り方の違う黒江からの話は何時だって新しい。

 

「いいぜ。何だよ?」

『吹奏楽ってね、楽器毎のバランスもそうなんだけど……顧問の先生がどんな音楽にしたいのか、っていう意向が強く出ると思うんだ。大人の楽団もきっとそうだよ』

「意向かあ」

『大会で主張を強めたいから金管を増やす先生もいると思うし、印象を柔らかくしたいから木管を多めに取る、そんな先生もいると思うの』

 

 自由曲は学校次第で変わるけど、課題曲となると必然的に同じ曲を演奏する。候補こそ数曲あれど、曲選が被れば何処だって比較される。学校の特色を出せるのが編成なんだ。個々の技量は大前提だとして。

 

「贔屓ってかあれだな、コンクールに向けた作戦だよなそれ」

『あっえっとその、あまり気にし過ぎないでね?私の経験則に過ぎないから』

「いーや流石黒江だ、色んな所を見てきた実話に裏打ちされてる意見だもん。かっけーよ!」

『……そうかな』

「なーんで黒江がそこで落ち込むんだ?俺がカッコいいって言ってるんだから自信持てって!お墨付きを与える俺に根拠はねーけどな!」

『……ふふっ』

「だからって笑うかそこで?」

『ううん、矢田君らしいなって思ってみたらつい』

「ったく……そういう所は黒江らしいっていうかなんていうか」

 

 何度だって言える、俺は嬉しい。どんな話題だろうと黒江から自分の主張を返してくれるこの時間が。最近は、こうやって言葉を交わす瞬間に愛おしさすら覚えてしまう。次は何を、明日は何を話そうか。

 

「こっちでこんな話題が出てたんだ、清良もオーディション近いよな。じゃああんまり遅く喋ってると支障出ちまうよな」

『ぎ、逆にもっと話してもいいんだよ?明日のオーディションに向けて元気になれるし!』

「明日!?尚更駄目だ、俺は黒江の事を応援してるんだからな?日付も変わりそうだし、おやすみ黒江。ちゃんと寝ろよ」

『もうっ……矢田君こそ、お花屋さんのアルバイトで無茶しないでね?……おやすみ』

 

 

 黒江からの激励を受け止めて、電話を切り端末の電源を落とした。現状、花屋で無茶する業務は無いけどな。

 俺は吹奏楽部には入ってないし、学級委員の肩書きを持つ帰宅部に過ぎない。それでも黒江に意見を求めてしまったのは、大きなリボンを頭に乗せた……何処までも真っ直ぐな瞳の持ち主の想いを受け止めたからこそだと、そう結論づけて布団に潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 矢田君からの気遣いで、今日のお話は終わり。私の部屋には、さっきまでの楽しげな会話がふわふわと漂うような静寂だけが残された。通話アプリを切る効果音も、シーツとパジャマが擦れる音も、床に沈んで静まり返る。

 

 矢田君は、頻りにカッコいいと褒めてくれる。褒められるのは嬉しい。でも私は、カッコよくなんかない。流されて楽しさを探しているだけの私なんて、カッコ良さの欠片だってない。

 

 なんとなく眠りたくなくて、机の本棚に仕舞ったアルバムを手に取った。自分の思い出を綴じてばかりだった空白に、先月送られてきた京都の景色や……とある学生ピアニストの一枚も綴じてある。紛れもなく、彼自身。曲までは知り得ないけれど、音色まで聴こえて来そうな躍動感がそのフレームには切り取られていた。

 違うよ、矢田君。私はカッコよくなんかない。見知らぬ土地でも、どんなに孤独でも、迷いも躊躇いも抱えて自ら踏み出せる、貴方の方が……ずっと。

 

 

「──あんたん方が、ずーっと……カッコよかよ」

 

 

 まるでスポットライトを当てるみたいに、窓から差し込む月明かりが、ピアニストである彼を照らしていた。

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