北宇治のまえせつさん   作:コーヒーまめ

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前回で合宿回の裏側……というような話をしましたが矢田君がいる時点で裏どころかオリジナルの別視点、になるんですよねきっと。
それと今回は長さの都合で前後編に分けたうえ、入院中に原稿用紙に書いた物を書き起こしたので多少変になっている可能性があります。ご了承ください。


18 善意とか浅慮とか 前編

 

 傘木先輩との初対面を果たした次の日も、その次の日も音楽室でのセッションは続いた。

 

「傘木先輩、今のところめっちゃ良かったっすよ!アドリブにアドリブで返すのはもうジャズですって!」

「矢田こそ初日から思ってたけどさ……すっごくピアノ上手いよね〜!視線をこっちに向ける余裕はあるし、私の意図をちゃんと演奏で汲んでくれるんだもん!」

 

 吹部が宇治市の山中で合宿するのと同じように、俺も音楽室へ毎日通い続けた。そこには先回りするかのように傘木先輩がいて、どっちが言い出すまでもなくセッションの準備に取り掛かる毎日が過ぎていった。

 たった数日の出来事なのに、不思議と濃密な時間を浴びている。合奏としての完成度も演奏自体への満足度の高さも、色々引っ括めて夏休みのせいだと思ってる。

 

「合奏の経験は少ないっす〜って言ってたのに息ピッタリだよね、正直驚いちゃったな」

「伊達に八年もやってきてねーっすよ!それよりそろそろ休憩しません?授業期間ならもう昼休みじゃないっすか」

「もうそんなに吹いてたんだ!それなら休もっか、最近近所にパン屋さんが出来てさ……そこのクロワッサンが美味しそうだったんだよね〜!」

 

 本当の部活動には及ばないとしても、鍵盤蓋を降ろす指が少し重い。正午を過ぎても尚鍵盤を叩き続けた指が羽休めを訴えていた。キーボードを打鍵する軽さに慣れすぎたか?

 

「先輩、パン好きなんすか?」

「うーん、普通かな?朝はトーストで、チーズとか卵も足すんだけどお米だって食べるし。矢田はどっち派なの?」

「慣れ親しんだのはパンですねー、高校に上がってからはご飯の頻度が増えた感じっす。今日は母さんが夏休みだからいいってのに弁当を用意してくれまして」

「あははっ、愛されてるね!」

 

 夏休みの北宇治へ通う思惑を父さんと母さんに打ち明けたら、弾けるだけ弾いておいで!と前向きに冒険へ送り出す勢いで弁当をこれでもかと詰めてくれた。授業期間でもここまで豪盛なおかずは見たことない、運動系の部活を手伝う日でもねえのにな。

 

「コンビニとか購買で済ませてたんで張り切ったんすよ、きっと。単にピアノを弾きに来ただけだってのに……」

 

 自分でも分かる、口調で嬉しさが隠せていない。鏡があれば口角が上がってる俺が映りそうだ。音楽漬けになりたい、ピアノ漬けになる日々がずっと続いてほしいという想いの裏返しだ。

 

「素敵な家族じゃん、大事にしなよ〜」

「……っす。ところで先輩、三日も通っといて今更なんすけど」

「どーした?」

「こんなに暑いのに、なんでわざわざ北宇治まで来てるんすか?移動が困難なピアノならいざ知らず……」

 

 習慣として根付きかけたせいで麻痺してたけど、特に理由を聞いてない。そういや俺からも話してない。言葉でなく音楽で語り過ぎたせいで、傘木先輩の目的が不明瞭なままだ。

 

「矢田と一緒だよ、ここでフルートが吹きたいし練習したいの」

 

 クロワッサンを齧り、飲み込んでから答えてくれた。その答えはありきたりで、普通じゃない俺からしてもどこまでも普通の答え。

 

「先輩って市民楽団なんすよね。だったらなんかこう、大人に混じって吹ける場所とかじゃ駄目なんすか?」

「私の入ってる楽団ってね、普段は公民館で練習するからそう毎日は通えないんだ。ああいう場所って、借りて集まるから私一人だと使わせてくれないし。それに大人って集まれても夜になるもん」

「夏休みだからって独占出来るんじゃないんですねえ」

 

 だから朝には開放されてる北宇治ってありがたいんだよね〜!そう傘木先輩は語ってくれた。細かい事情こそ違えど、合間を縫ってでも楽器に触れようとする理由に心で頷いた。

 この人は好きなんだ、フルートが。俺がピアノを好きなのと同じように。

 

「好きなんすね、フルート」

「それはもう好きだよ、大好き。このフルートだって中学の頃、親に頼んで買ってもらったんだ」

 

 ふと、自転車置き場でソロパートを吹いていた中世古先輩の姿が重なった。組み立てられたフルートに注がれる目に愛おしさが込められている。

 俺の知る限り、フルートは安価なモデルでも普通のキーボードより高い。懇願する方もされる方も、それなりの覚悟を以て購入に踏み切ったに違いない。それに、素人目に見ても安物とは思えないモデル。こういうのは値段だけじゃないとは思っていても、強請るだけの熱意がそこにはあった。

 

「てことは中学から市民楽団に?凄い気合いっすね!」

「……どうして、そう言えるの?」

「いや、中学って大体吹奏楽部はあるじゃないですか。北宇治でもそうっすよ、それでもこれだけ吹ける人なら……大人と切磋琢磨したくなるのも納得だなーって。この数日で思ったっす」

 

 一瞬だけ、先輩の顔が強張った。

 わざわざ子供が大人と組んで演奏するだなんて並大抵の度胸じゃないと感じたから、同世代と肩を並べずに入団する道に進んだ。高価そうなマイ楽器を携えたのも、その覚悟の表れだとばかり。ただその反応を伺う限り、微妙にズレている……らしい。

 

「あの腕前なら吹部のコンクールメンバーだって余裕で選ばれてましたよ?先輩の腕前を知ってた人なら絶っ対に勧誘したに違いないっす!」

「そうかな……」

「そうっすよ!それなのに先輩がどこ中とか知りませんけど、友達が経験者である先輩を勧誘も引き止めもすべきだったのに、同級生も見る目が無いっていうか……去年入学した時点で先輩達も傘木先輩に目を付けないなんて、おかしい、っていうか……」

 

 捲し立てながら、微妙なズレの正体に触れた気がして寒気がした。お化け屋敷をうろついている時みたいな、ホラー映画の導入を観ている時みたいな。冷房を点けながらも暑がっていた熱気が一気に冷めてしまう感覚。物語の核心に触れたと思いたくなくて、褒める言葉を切り返して恐いもの見たさで一つ尋ねた。

 

「──傘木先輩って、どこ中っすか」

「……南中だよ」

「もしかして、その南中で吹部に入ってました?」

「……うん、その流れで北宇治でも入部したんだけどね」

「てことは、辞めちゃったんすね」

 

 ただ静かに、それを傘木先輩は肯定した。思ったよりも深く、北宇治の過去に土足で踏み込んでいたらしい。部員ですらない俺が、吹奏楽部の過去に踏み込んだどころか……ど真ん中を踏み抜いてしまった。

 まだ井上さん達がサンフェスの練習に勤しんでいた頃、それとなく北宇治に何があったのかを聞かされた。やる気に溢れた南中出身者達が怠惰な当時の三年生に楯突いたと。小笠原先輩達が退部する後輩達を引き止められなくて苦しかったと。隣の先輩は、当時の吹部に見切りをつけて一斉に退部した内の一人だった。

 さっきまで合奏の完成度だの、アドリブだのを語り合ったとは思えない程に落ち込んだ雰囲気にしてしまった。箸で掴んだ米粒も心なしか重い。

 

「あーえっと、すんません、そんなつもりじゃ」

「矢田。こっちこそごめん!」

「は、え、なんで?」

 

 聞かれたくなさそうな話をそれとなく訊いてしまった罪悪感で謝ろうとして、逆に謝られてしまった。先輩の台詞を反芻する限りだと、向こうが何かを隠してた風に受け取れる。

 

「あのー先輩、今のは俺が謝る所で」

「そうじゃなくて、黙っててごめん!」

 

 何を黙ってたのかがまるで分からない。たった数日築いた関係なんて、隠し隠される物じゃないのか。そう思わずにはいられない台詞だった。

 

「何を、黙ってたんです?」

「本当は私、矢田の事は知ってて近付いたんだ。吹部の部員じゃない事だって」

「何の為に……?」

「部活に戻りたいの」

 

 謝られた理由からの言葉の流れが繋がらない。そういう話なら、もっと相応しい人間はちゃんといる。部員じゃないのを知ってたなら尚更接触してきた理由が分からない。

 

「それなら先輩。小笠原先輩とか滝先生とか、副顧問の松本先生だっているじゃないっすか。俺、一応部外者っすよ」

「──私ね、あすか先輩からの許可が欲しいんだ。知ってるよね、田中あすか先輩」

「まあ、色々と有名人っすから」

 

 ここで出された名前が、田中先輩。副部長ではあるしそれなりの権限を持ってる筈だから間違いではない、と思う。ただ、復帰を願うにしては権力的に弱いというのが俺の主観。

 

「矢田が知ってるかは知らないけど、去年の三年と揉めちゃって。他の子も混ざって喧嘩みたいになってたんだ」

「……それでしたら、噂程度には」

 

 噂程度どころかガッツリと聞き及んでるけど、それは今はいいか。

 

「真面目にやりたいのに、三年生は聞いてくれないし無視されるし、音を外しても気にしないのにA編成。そんな所で頑張ったって意味なんてない。だから辞めますってなってた所を引き止めてくれたのが、あすか先輩だったんだ」

「田中先輩は、その時なんて?」

「『下らない三年生なんて卒業までほっとけばいいのに、それまで待てない?』って。結局、あすか先輩が正しかった。これ以上どうしようもないってなったから辞めたのに、それが今年関西大会。馬鹿だよね〜私」

 

 見た通りの性格だから、腑抜けてた部活をどうにか引っ張ってやろうという正義感?でも持ってしまった傘木先輩。それが当時の上級生の癪に障り……後は多分俺も知ってる話。

 それよりも少し意外だった。あの利己的な田中先輩が後輩の、どう考えてもパートの違うフルートの部員に口出しするなんて。自分さえ良ければ、が本心っぽく見える人なのに。干渉しそうにないパートに一人戻った所で、先輩が不自由するとは微塵も思わない。

 

「……キツイ話っすね」

「あすか先輩、今年で最後でしょ?演奏出来なくてもいい、役に立ちたいって。そうやって直談判も含めて色々やってきたんだけど結局駄目で。そんな中、今でも吹部に残ってる友達が話してくれたの。あすか先輩が随分気に入ってる『矢田明宏』って一年がいるよって、ピアノが好きらしいからもしかしたら音楽室で会えるかもって。ウチらが合宿に行った日に、って」

 

 正直、傘木先輩に俺の話をした友達が誰かなんて知る訳がない。吹部全体に名前が知れ渡ってるのは自覚してるから。行動パターンも割と把握されている。

 ただ、これまでの動機が本当なら、藁にも縋る想いで俺の下へとやって来た。そして出会った。友達が垂らしたらしい蜘蛛の糸を、傘木先輩は掴んでいる。それを辿って俺の所へ来た。

 

「あすか先輩の気に入ってる後輩なら、どんな形でも力になってくれると思うって教えてもらえたんだ。そしたら十七日のあの時、ピアノの音が本当に聴こえてさ!私、音楽に救われたと思ったの初めてだったな〜!」

 

 音楽で人助けなんて、生涯でなし得るかどうか分からない経験だろうな……きっと。

 そんな人の手前で言いたくないけど、田中先輩を説得出来る光景が浮かんで来ない。本人が頭を下げても駄目なら俺でも無理だ、田中先輩の事だから本人なりの断る理由がある。余計に拗れるのが目に見える。

 

「だからお願いっ!矢田に何の得も無いのは分かってる、でもあのあすか先輩が熱を上げる矢田がいれば、部活に復帰出来るかもしれない!さっきも言った様に演奏出来なくてもいいの、最後だけでも、あすか先輩の役に立ちたいの!だからっ……」

「ちょっ、とりあえず頭を上げてください!」

 

 立ち上がったかと思えば、床に手が届きそうな位に深く頭を下げてきた。恐らく田中先輩にも同じ事をしてきたんだろう、曲がりなりにも後輩相手に迷わずお辞儀をしてみせた。

 

 傘木先輩は、市民楽団ではなく北宇治高校吹奏楽部に居場所を見出している。そのかつての居場所に戻ろうとして、見ず知らずの後輩なんかを頼ってきた。

 ──俺にはそれに、誰かが居場所を掴み取りたいという想いに、応える権利と義務がある。施設で暮らしていた時から、黒江が引っ越してきた時だって、そうして生きてきた。先輩達が勝手にやってるなら、俺も勝手にやる。

 

「先輩、フルートを構えてください。合奏再開です、今はこの雰囲気を蹴散らした方がいいっす」

「やっぱり駄目、だよね……」

「今日、吹部の連中が帰ってきます。夜遅くにはならないとしても、弾けて後一時間っす。音楽室でやるべき事はお願いじゃなくて音楽です」

「……うん」

「きっちり一時間後、ここを出てから田中先輩を説き伏せる作戦を建てましょう。力は貸しますから。悲しみを飲み込むのもいいんすけど、吐き出してリズムにした方が、みんな喜ぶっすよ」

「──うん!」

 

 先輩が俺と挑むのは、あまりにも分の悪い勝負だ。基準が曖昧なオーディションよりも質が悪い。最上級生かつ田中先輩という、自分本位な人間相手の無茶な策謀だ。でも、偶にはいいよな?こっちから田中先輩に迷惑かけるのも。




あすか先輩が復帰を拒んだ細かな理由とか、『届けたいメロディ』で見せた表情の理由を自分なりに解釈して色々と考えているのですが、どう書いても意見が分かれそうな気がするんですよね。ミステリアスです。

月2話を目標にしてたのですが、色々とすみません……。
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