導入部分なので、短めでいいのかな?なんて思ったり。
「一年五組の皆さん初めまして、担任となった滝昇です。科目は音楽を担当します」
威厳もへったくれもない将軍のお出迎えから少し。入学式は滞りなく終わり、誰がどんな基準で振り分けたのか分からないクラス分けの通りに教室へ。
分かりきってはいたものの、そこには地元に根差した、周辺地域の旧友達の再会場所と化していた。さながら若者の集う公民館。
交友関係が無かったとしても『どこ中だった?』で通じ合う世界。そこに宇治どころか京都府外の中学校の肩書きは、介在の余地なんてある筈もなく。転校初日の黒江も、こういう鬱屈とした心を抱えてたんだろうか。
「私自身、ここに赴任する事もクラス担任の責を任される事も初めてです。これから一年……産まれたての雛みたいに、一緒に成長していければと思っていますので、どうぞよろしくお願いします」
内なる声を知ってか知らずか。教壇に立って挨拶を述べているのは、如何にも人当たりの良さそうな、シャツに無地のカーディガンの似合う優しそうな男性。女子からの黄色い声が上がる程の美形だ。この滝昇という人が担任になるらしい。
俺からすればイケメンというよりはハンサムで、身長は……勝ってる、多分。ただ、新任の人にしては緊張感がない。のんびりしている雰囲気じゃなくて、隙がない。
「そこで早速の提案なのですが、皆さんから軽く自己紹介をお願いしたいのです。趣味や好きな事、何でも構いませんよ。私はこの教員名簿と座席表を照らし合わせて、漸く皆さんを認識している状況です。中には私以上に交流の浅い生徒もいるでしょう。今更と感じる人もいるかと思いますが、新しい知己を得ると思って席順に頼めますか?……えーっと井上さん、からどうぞ」
「はい!初めまして井上順菜です、中学では吹奏楽部に入ってました──」
初めて担任を受け持つとは思えないファインプレー!中学の担任は出欠確認で終わるあっさりとした幕開けだったから、自分をアピールする機会があるのはデカい!それを周囲に出来るなら尚更!
一つ問題があるとすれば、あいうえお順に並んだこの座席で行くと……大トリの自己紹介になってしまう所。何の因果か、や行は俺だけ、ら行とわ行に至っては該当者無し。自己紹介そのものに飽きるんじゃないかと冷や汗をかいた。
それならせめて、印象に残る紹介をしようと意気込んだものの、孤児院出身を開示するには関係が浅すぎるし……かといって無骨に名前だけってのも居場所を失いかねないし。ここはひとつ、先駆者達を参考にさせてもらうか!
淡々と、かつ和気藹々と進む自己紹介の行列。出身中学を主張したり、入りたい部活を宣言したり、趣味や習い事を打ち明ける人もいた──身長のでかい女子がタイプって開示は、流石にやりすぎじゃないか?好みというか性癖じゃねえか。
ああじゃないこうでもないと悩む内に、自己紹介の番は手前まで来た。平均値を取るなら、結局無難な自己開示に落ち着く訳ですが果たして。
「ありがとうございます。では最後の……矢田君、どうぞ」
「っ、はい!」
立ち上がる勢いで、膝裏で椅子を押し出す。難しい事じゃない、入学試験はもう済んだ。今は自らの存在を主張するだけの時間だ。やるぞ、俺!
「えっと、矢田明宏です!家の都合で和歌山から来ました。特技って言い張れるかは分かりませんが、ピアノをちょっと弾けます。小学三年からやってたので八年目に突入しました!京都歴は一ヶ月未満の古株ですが、よろしくお願いします!」
誰かのぷっと吹き出す笑いと共に、一人ずつ贈られてきた拍手が俺にも贈られた。見渡す限り、周囲の表情さ柔和になってるし、必殺『そこ威張るとこ?』作戦は功を奏したっぽいな!編み出した技を即実践、バトル漫画の王道だよな!
「皆さん、自己紹介ご苦労さまです。これを機に、仲睦まじい学校生活が送れる事を願います。本来はこれで解散でも構いませんが、ホームルームを終えるには時間を持て余しますので……学級委員長でも決めておきましょうか」
それ以外も役職はありますが、リーダーを決めれば後が楽ですからね。とは滝先生の台詞。教科書や体操服の購入も済んでるし、後は帰るだけな初日の言葉にしては一理あった。
「様子を伺っていた限りでは初顔合わせ、といった面持ちですので自己申告といきましょう。何方か名乗りを挙げる人はいませんか」
正直な所、俺は余所者だし上に立つ様な器じゃない。孤児院では一番年長だったり中学時代に色々取り保ったりしたけど、気苦労も絶えなかったから。背負うべきはそれを苦と思わない豪胆な人間だと思う。或いはそれすらも楽しめる、逆境でも器用に立ち回る人物。
だったらなんだってんだ。余所者だったらなんだ。居場所ってのは作るもんだし掴み取るもんだ。作り方ってのを間近で見てきた筈だろ矢田明宏──方法も方針も違えど、黒江が引っ越しの度にやってのけた事だろ。だったら俺なりに、俺の居場所を作るだけだ。
「はいはいはーい!俺引き受けまーす!学級委員やらせてくださーい!」
「元気があって良いですね、他にやりたい人はいませんか?いなければ拍手を。学級委員長は矢田明宏君でよろしいのなら、ですが」
周囲の迷いを押し退けて、天井に届きそうな勢いで手を挙げた。その勢いは他の誰にも折られる事はなく、拍手で背中を押されて学級委員としての肩書きを手に入れた。北宇治高校での第一歩、しっかりと踏ませて貰ったからな!
「ここが音楽室……」
初日のホームルームを勢いで乗り切って、今日は下校の運びとなった。
自薦で引き受けたのが幸いしたのか、話し掛けるよりも先にあちら側から交友関係を築きに来てくれた。出身地の話を聞こうとしてくれたり、単に『よろしくな、委員長』と囃し立ててくれたり。流石に全員と声を交わしてはいないけど、おかげで呼び名は『委員長』で既に定着しそう。変な渾名を付けられるよりは、健全な名前でとてもいい。
そんなクラス中が部活の勧誘に揉まれようと校舎から出る中で、一人学校の探索に赴いた。住んでる地域が変われば校舎の風習まで違うかもしれないし、初めて訪れる場所にも心が踊ったから。この勢いなら、宇治市の探索にまで乗り出すのも視野に入れるのもアリか──最も、本来の目的は別にある。
「ん……?開いてる?」
ピアノが、弾きたかった。キーボードよりも、人工象牙や木材を加工して作られた重い鍵盤が。
孤児院には保育士や指導員の人が、演奏を披露してくれる電子ピアノが置いてあった。小三の頃から興味本位でそのピアノに触れだして、曲が通せる様になれば施設のクリスマスパーティーで披露したり、中学になれは度々伴奏も請け負った。手を変え品を変え、更には曲のジャンルも変える程に、弾きたい欲は溢れ出した。
それだけなら少し欲求を抑えれば済んだ。聴かせなきゃならない相手もいないから。でも、里親の家にはピアノが無かった。それこそ、保育園児が吹くようなピアニカでさえ。
やり様は他にあるとしても、京都に訪れて浅知恵を働かせた結果、今は学校のピアノを弾かせてもらおう。そんな単純かつ確実な結論に至った。
端的に換言すれば……音楽室は何処?って話。
「失礼しまーす。あったあった、グランドピアノってやっぱりデカいな」
探索の末……四階まで上がった後、渡り廊下の先から右に曲がるとそこはあった。お目当ての品物も、入って右手に鎮座していて。
「……人の気配は無いし、なんか開いてたし、今日からここの生徒だし、一曲だけ、一曲だけで帰るぞ……!」
誰も居なさそうなのを良い事に、ピアノの屋根も開けて突上棒で支える。閉めたままでも弾けるけど、折角お高いピアノで弾くのならこれ位はしてやりたい!
「新たな門出を祝して、あれでも弾くか!」
自分のこれからに向けて、時を同じく北宇治に入った皆に向けて。それから、遠く離れた福岡にいる黒江にも向けた『全力少年』。
イントロは、八分音符の繰り返し。それを締め括る小節が挟まり、更にそれを繰り返す。弾いてるだけで、期待感を醸してくる。
歌いもしないのに、奏でる小節で想起される歌詞がこれからの生活を後押ししてくれる。それだけ親しんだ曲でもあるし、暗譜する程弾き慣れた曲の証左になっていた。
これから、凝り固まった慣習をぶっ壊す時が必ず来る。世界には不毛な物で溢れてるし、覚悟を決めても仕方ないと割り切るべき瞬間はある。でもその仕方ないこそが、壁を超える為のバネになる。誰もが止め処なく溢れるパワーで世界を開けるんだ、そういう歌だと思いながらこの演奏を贈る。
頭の楽譜が一番のサビに入った所で、二番まで弾いてやろうかと逡巡した。偶然開いていた音楽室に勝手に入って、勝手に弾いて。防音壁ではあるものの、誰かが勘付いてもおかしくない音量を鳴らした自覚はあった……フォルテでも無いのにフォルテッシモで弾いた様な。
曲から後押しされたとはいえ申し訳なさが勝り、二番に行かすそのままアウトロへ。静かに、消え入る様に優しく白鍵から手を離した。
「……いいな、ピアノ」
ふと、口から言葉が溢れ出た。演奏を贈るとは言ったものの、鍵盤を叩いた感想だけは、他の誰でもない自分自身に送っておいた。そういう事にしておこう。
用事も済んだし、明日からの高校生活に向けて英気でも養おうと思い立ち、顔を譜面台より上げて。
「見ぃ〜た〜な〜……」
「うわっ!!」
──眼鏡を掛けた妖怪じみた女子が、ピアノの向こう側から顔を覗かせていた。そういうの心臓に悪いから止めろ!
「び、ビックリした……」
「ビックリしたのはこっちだよー、誰もいやしない筈の音楽室から急にピアノの音が聴こえるんだもん。北宇治の七不思議遂に爆誕!?って思っちゃったじゃん」
「な、七不思議にしては曲選が近現代だろうが……」
「幽霊だって進化する、新しい曲も聴く。その方が面白いと思わな〜い?」
何の話だよ全く、声も無く現れて幽霊より掴み所の無い……冷静にツッコんだ所で、喋りながら歩いてきた女子に目線をやった。
既視感のある髪型、体格、緑の三角タイ。おまけにタクトまで。登校早々、情けない『暴れん坊将軍』の指揮を執っていた、少なくとも年上の先輩その人だった。不味い……一瞬タメ口効いたぞ俺。
「よぉ〜く見たらウチじゃ知らない顔だねぇ、他の部も勧誘で出払ってる時間だし……何々、もしかして迷える新入生!?」
「あっ、はいすみません!和歌山から来ました一年、矢田明宏です!!」
「いいよーん別に謝んなくて。無断で入ったのも含めて、今のでチャラにしてあげるから!荒っぽいのにスッキリした演奏を聴かせてくれたお礼ってことで」
「た、助かります!」
「まあ他に誰かが聴いてたら止めらんないけどね〜!あ、私田中あすか。三年だよ」
よりによって最上級生に『だろうが……』とか言ってしまった悪行から、正した姿勢を戻せなくなった。どうか寛大な措置を……それから一刻も早く立ち去る許可を……。
「因みに何処から聴いてました……?」
「聴く以前かなー、そこの楽器室……すぐそこにあるんだけどね。そこにいたら足音が聴こえちゃって。勧誘をサボる不届き者!?ってな感じで覗いたら、音楽室に入る違う不届き者がいたってワケ」
特に足音を消したつもりも無かったけど、まさか見られてたとは。校舎前の賑わいをこれ幸いと無警戒すぎたか……ああもう許可とか待ってられるかよ!
「初日からいきなり無断侵入に設備の無断利用!入学早々悪巧みを重ねるなんて、矢田〜あんた相当面白いじゃん!ところで──」
「き、恐縮っす田中先輩!俺これで失礼します!ご清聴ありがとうございました!!」
「あ、こら!話の途中でしょー!こっちも清聴しなさいよー!」
通学鞄を慌てて掴み、音楽室から走り去った。あの手の人は何かをネタにして強請ってくる!多少強引でも三十六計逃げるに如かず!さよなら北宇治、また明日!!田中先輩は……また何処かで!!
新入生──いや、侵入生矢田明宏。
後藤みたいな背格好ながら、性格は忠実な方でウチにいない類いの明るさ。入学初日に学校を探ったであろう冒険心と、鍵が開いてたからって勝手に入る度胸。新入生への歓迎を彼に任せたかったと思わせる位の、荒削りにしても迷いの無い運指から来る音色。
「輝く原石、みーっけ!」
何を書いてもあすか先輩になったならなかったりで分からなくなってきた……色々喋らせたいキャラなのに……!
登場が思ったより早いと思いますが、この作品では滝先生にクラス担任も勤めてもらう事になりました。現実でも科目の指導だけ任される教師もいるとはいえ、滝先生にはハードモードですかね?