北宇治のまえせつさん   作:コーヒーまめ

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穿ったというか、こういう立場からのお話にしていきます。


4 憂慮の末に

 

 担任を観客に据えたピアノコンサートの一日から、北宇治高校での身の振り方について考える事が増えた。

 熟慮のしすぎで知恵熱でも出る位には時間を割いて、放課後を無為に過ごす余りに窓の外が夕闇に染まったりもした。居座りすぎて馬鹿者!と檄を飛ばされたりもした……この時代に古風な叱り方をする先生もいたもんだな。

 叱られるまで考えてる割には、吹部への誘いにも乗るかどうか決めあぐねてるけど。

 

「よっ、何の漫画読んでるんだよ」

「漫画じゃなくてきゅーじんし。バイトでも探そうと思ってな」

「矢田、バイトするんだ。アテとかあるのか?」

「無いからこんなコンビニのフリーペーパー読み漁ってんだよ、塚本」

 

 塚本秀一。同じクラスになってから喋る機会の多くなったクラスメイトの一人。井上さんや堺さんが異性の友達だとしたら、こいつは男子として、肩の力を抜いて話せる仲間として認識してる。俺の知らない漫画の話を繰り出す塚本は、中学時代の旧友を想起させてくれる。

 その漫画好きは俺の前の座席に腰を下ろして、放課後事情を探ってきた。

 

「これも読んだりスマホで調べてるとさ、北宇治周りはホント住宅地だな」

「線路沿いなら結構募集してると思うぜ。何か欲しいのかよ?」

「それもあるけど……出来る限り自分で賄いたいと思ってな」

 

 結局、先立つ資金が必要だと結論づけてアルバイトを探す事に決めた。

 ノート一冊を買うとしても、出来れば自分で汗をかいて済ませたい。毎日学校のピアノを弾きに来るのは手間が掛かるし、どうせなら孤児院にあったのと似たモデルで、模様替えの一環で八十八鍵盤のキーボードが欲しかった。弾けるのなら、学校で弾きたいけどな?

 

「立派だな、俺もバイトとかした方がいいんだろうか」

「バイトをする事自体が目的なら止めとけよ。勉強とか部活が疎かになるからなー」

「そういうもんか?」

「俺もやった事ねえけど、一日の何時間かを拘束されると思ったらそうなるだろ」

 

 話し相手の塚本も、女子二人と同じく吹部希望の一人らしい。女所帯の部活に臆する事なく入部を決める所は凄いけど、それなら尚更バイトを勧める気にはなれない。バイトをしなくても済む環境なら、それに越した事なんてないから。

 最も、バイトを探す事自体……誘いをかけられた自分にも返ってくる諸刃の剣。そんな状況で求人情報を漁る手は、小さな鉛を括り付けられたかの様に鈍かった。

 

「まっ、そういうこった。塚本は吹部に入るって決まってんだろ?そっちを頑張った方が良いんじゃねーか?」

「んーと、そうだな……そこまで言うなら焦んなくてもいいか」

「今度おすすめの漫画とかジャズでも教えてくれよ、バイトが決まれば俺が買ったのを貸してもいいぜ」

「本当かよ!?じゃあ早く見つかるといいな!」

「奢る訳じゃねえから勘違いすんなよ」

 

 現金な奴だなー全く、貸すとは一言も発言してねえのに。誰も漫画ともジャズとも言ってねえのに。

 

「にしても矢田はバイトか、それなら一緒に吹部は難しいか……体験入部期間、今日で終わっちまうのにな」

 

 滝先生みたいに堅苦しい勧誘ではなかったけど、初日の自己紹介の後に『一緒に吹部入らねーか?』と塚本に肩を叩かれた。同性への気軽さが故にこっちも二つ返事で返しかけたけど、井上さんに対して送った台詞と似たような断りを入れて先送りしている。所謂誤魔化し。

 

「簡単なバイト、若しくは簡単な部活。それならどっちも両立出来るとは思うけど、実質体育会系の大所帯に飛び込むには、財布と体力の都合が合わねーかな」

「お前、俺より身長高いだろ。そんなにひ弱にも見えないぞ」

「そっちこそ……何だっけ、大吉山北中ってとこでホルン吹いてたんだろ?肺活量なら負けるぞーきっと。今度身体測定で勝負すっか!」

「いいぜ、俺が負けたらアメリカンドッグ奢ってやるよ」

 

 土地勘の無い俺にとって、こういう雑談は周辺地域の事情の仕入れ先としては貴重な機会だった。

 我が母校には主に南中学、大吉山北、冗談かと思ったら東西と名の付いた中学校があるらしい。主に北宇治に進学するのはその辺からがよくある進学先なんだとか。

 いやいやこんな出身中学の話がしたかったんじゃねえ、もっと近い未来の現実的な悩みが進行中なんだっての!

 

「おっと話が逸れたわ、線路沿いならありそうなんだろ?どれどれ……」

「一応宇治に住み始めたんだろ?それなら……」

『えー、突然だが生徒の呼び出しがある。一年五組、矢田明宏。至急、二階職員室に顔を見せるように。繰り返す──』

 

 再度求人探しを開始しようと意気込んだ所で、語気の強めな校内放送に呼び出しが入った。瞬間、目を細めた塚本が求人誌から視線を外す。

 初日の音楽室侵入以外で、特にやらかした覚えは無いんだけどなあ?学級委員の仕事も、そつなくこなしたと自覚してるんですけど!

 

「矢田、お前なんかしたのか?この声多分、松本先生だぞ」

「覚えがねえから固まってんだよ……あーお前らも憐れむな!こっち見るなしっしっ!」

 

 全校に響き渡る呼び出しを喰らった以上、目下の目的だったバイト探しを中断。求人誌を鞄にぶち込み、困惑の色を隠せないまま職員室へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しまーす、呼び出されたので来ましたー」

「来たか。まずはこっちに座れ、矢田。コーヒーは飲めるか?」

 

 職員室の一角、そこにはパーテーションで仕切られた応接室があった。室というより休憩所の様な簡素な模様だったけど、覗きに来ないと見えない場所として通された。

 

「良いんですか?それならありがたく頂戴して……あのー、松本先生?」

 

 滝先生と同じく、音楽を担当している松本先生は、生徒に対して厳しく律するその物言いで『軍曹先生』だなんて呼ばれてる。居残ってて叱ってきたのもこの先生だ。

 俺からすればもっと高圧的な人間を見てきた以上、ぶっちゃけ軍曹でもなんでもない、単なる女性教師の一人にしか見えない。一応、呼び出しを受けた理由も分からないから下手に出て様子を伺う。

 

「何故俺を呼んだんです?お叱りだとしても、話すだけなら応接間じゃなくて良いでしょう?」

「そう警戒するな。今日矢田を呼んだのは別件でな」

「別件?」

 

 話が見えてこない。松本先生は確か三組を担任してると聞いた。その三組の連中とも接点は無いし、生活指導の先生なら別にいる筈だからだ。

 

「入学式の日の放課後、ピアノを鳴らしたのはお前だな?」

 

 前言を撤回しよう。俺は今、追い詰められている。警戒するなってのが無理な話だ。音が漏れてたのは自己責任だとしても……京都府の神様仏様、どうかこの場を乗り切る力を俺に。

 

「えっと、さあ……?」

「これでは白状しないか。あの日の『全力少年』、職員室では少し噂になっていたんだがな?」

 

 更に言葉を続けようと、湯気の立ち昇るマグカップを口元で傾ける松本先生。

 

「これは滝先生が話してくれたのだが……目の前でピアノ歴八年の『Let it be』を堂々、披露してみせたそうじゃないか」

「ええまあ、許可を頂いたのでフル尺で」

「これも滝先生からの話だが……その時の演奏と入学式での演奏が、同じ人物の可能性がありますね。等と彼は推測している……矢田。入学式の日に、勝手に備品に触ったな?」

 

 血の気が引くとはこの事か……技量が裏打ちした背景までも言い当てる滝先生の耳には、隠し通せない悪行らしい。ってかそっちも聴いてたのかよ!

 

「…………すみません。どうしても、欲に抗えなくてつい」

「全く。学級委員に立候補するような者が、一時の衝動に身を移してはいかんというのに。本来手本となるべき立場というのを自覚して欲しいものだな?」

「それは本当に、申し訳ありませんでした!」

 

 そこは、悪い事をした自覚があったので素直に謝意を示す。真面目な人にここで口答えをすると、話が拗れる。

 

「構わん、叱責をすべきと考えたのも事実だが、本題は別にある」

「別、ですか」

「矢田明宏。お前は体験入部期間が今日で終わるのは、知っているな?」

「……はい、もしかして届け出とかを忘れてたって感じの?」

「進路調査ではないからな、そんなものはない。私は──」

 

 少し安堵した。てっきり中学後期みたいに進路希望を出さなきゃいけない決まりがあると勘繰ってしまった。

 

「それでは何故?恐れながら、松本先生のクラスの人と接点を持った覚えすら……」

「話を聞け矢田明宏!私は今、吹奏楽部の副顧問としてお前と話をしようと態々呼んだのだ」

「へっ?副顧問?」

 

 これまた初耳だった、けど合点がいった。新任の滝先生の前がどうしていたかが不明瞭だったし。松本先生が顧問の座を譲ったか、元々副顧問で今年代役として滝先生が呼ばれたって感じか。そこは別にいいか!

 ただ、その先の言葉をなんとなく想像出来た。この先生も、吹奏楽部に入って欲しがってる。叱ってから断りづらくさせて、要求を飲んでもらおうとする方針だ。全校放送で名前を呼んだのも、初めから……。

 

 

「滝先生からも学友からも、その腕を見込んで吹奏楽部を勧められたのだろうが……私はな矢田明宏、それを断っても構わんと思っている」

 

 

 副顧問の肩書きとして、また勧誘をされると身構えていたものだから、肩透かしを喰らった気分だ。

 

「……意外です、これまで入ろう入ろうと誘われてきたので。でもどうしてですか?」

「私は副顧問という立場である以前に、生徒達を指導する教師でもある。分かるな?」

「まあ、はい」

 

 教師としての立場だとこちらに問うてから、松本先生は横目に職員室の様子を伺った。その直後、ひそひそ話でもするような声量で他所の学級委員に語り掛けて来た。

 

「だからこそ矢田の家庭の事情について、教員会議にも上げさせて貰った事がある。組分けの際に議題としてだ」

「……それは、どうしてです?」

「矢田の保護者の方から入学前に相談を受けてな。里親として引き取ったものの、私達だけでは不安だから力になってほしいと。あの子が見知らぬ土地だからこそ、先生方の助けが欲しいと……深く頭を下げてまで、懇願されてな」

「……」

「志願書から矢田の通った中学に連絡を取り、事情を伺った。そこから議題になるまで時間はかからなかったぞ?組分けの基準に関しては公表出来んがな」

 

 今俺は、どんな顔をしているだろうか。口を開いたままか、瞬きも忘れる程に目を見開いているか。自分を見つめられる気がしない。胸を刺す様な言葉と事実が雷になって突き刺さり、脳天をそのまま揺さぶられた。

 俺が人生で歩む道は、善意と配慮で舗装されている。それはきっと、この先も。

 

「……そこまで多方面から気に掛けて頂いていたなんて、寝耳に水です」

「まあ要するにだ!矢田、お前には自由な選択があって然るべきだと私は思っている。周りは才能を買ったかもしれんがな?孤児として育ってきたお前にとって、吹奏楽部のみに囚われる事のない、自由な高校生活を送って欲しい。それがこの松本美智恵、いち教師としての願いだ」

「松本先生……」

 

 ふと、淹れて貰ったコーヒーを喉に通してみる。銘柄も何もかも知らない俺にとって、香りも味も温度すら、安堵と共に胸を浸した。陽だまりを見つけた鳥になれた気分だった。

 

「勿論、それでも尚入部を希望しているのなら止めはせん。滝先生と共に最大限の支援と指導を約束する」

「様々な配慮、痛み入ります」

「私は矢田の選択を尊重するが、腹は決められそうか?」

「俺は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしよし、一年は三人確保!まあこんなものかな」

「チューバにもユーフォにも一人、新しくコンバス担当も。やったね後藤君!」

「多いのが良いとは限らない」

「そんな事ないでしょー!ごめんねみんな?」

「あはは……」

「大丈夫です!みどりは知ってる人と同じパートになれたので!」

 

 北宇治高校吹奏楽部には、凡そ二十人の新入生が入部した。体験入部が済んだ直後に楽器の振り分けが行われ、トランペットやパーカッション、それぞれの島に新しい部員が漂着した。低音パートにも、黄前久美子を初めとした三人がその島の住人として流れ着いた。

 その低音パートを取り仕切る副部長、田中あすかはというと。

 

「ふむ、それにしても……ありゃ?やっぱりだ」

 

 浜辺の漂着物を探す遭難者みたいに、音楽室を背伸びしながら見渡している。振り分けの時間も終わるというのに、珍しく貪欲な姿勢のあすかを二年の後輩、長瀬梨子は不思議に思った。

 

「どうしたんですかあすか先輩、もう楽器の振り分けは終わりましたよ」

「いやーそれがね梨子ちゃーん。入学式の日に私は……この音楽室で!ピアノを奏でる男子の新入生、輝く原石と運命の出逢いを果たしたのだよ!あれがそう、私にとってのデスティニー!」

 

 仰々しい物言いに一年生の三人は勿論、梨子も苦笑いしか返せなかった。後藤に至っては仏頂面だ。そもそも全員、言ってる意味が分からないというのもあるが。

 

「そんな大袈裟な」

「後藤ノリ悪ーい。その一年ってば、コンサートで場慣れしてるって言われても異論の出ない上手さだったしー、その他諸々も私にとってはかーなーり使えそうで。低音かダブルリードの超有望株だと思ったんだけどねー……見渡しても、他のパートにも入った様子が無いのよね〜」

「それってつまり、入部すらしていないんじゃ?」

「みたいだねぇ。アキヒロヤタめ、他の部活に捕られたかー?一年の皆の衆、矢田明宏がどうしたか知らなーい?」

 

 矢田明宏。二年は勿論、低音パートに加入した一年にとって、聞き馴染みの無い名前があすかの口から飛び出した。そんな男子の名前を、彼女達が知る筈もない。

 

「はい!そもそも顔も名前も分かりません!」

「同じく……私達三組なんですけど、矢田って名前の人はいないというかなんというか……」

 

 ただ一人。コントラバスの経験者でもある川島緑輝が、閃いたとばかりに昼間の出来事を思い返していた。

 

「葉月ちゃん久美子ちゃん、今日松本先生に放送で呼び出されてた人じゃないですか?矢田明宏君って。放送で一年五組って呼ばれてた気がします」

「サファイアちゃん、それ本当!?」

 

 流れ着く食料でも見つけたような勢いで、僅かな情報に喰らいつくあすか。存在感だけならコントラバスより大きな先輩に、思わず半歩後ろに下がる。

 

「みどりですぅ!はい、お昼休みに聴こえてたような……」

「ふむふむ、あの美智恵先生直々の呼び出し。無断侵入に無断利用に、北宇治の不届き者として順調に悪行を重ねてるっぽいねぇ。感心感心!」

「先輩はそんな不良を勧誘したかったんですか」

「──よし!黄前ちゃん加藤ちゃん、そしてサファイア川島!」

「「はい!」」

「みどりですぅ……」

「初の副部長命令だよ!一年五組、矢田明宏について調査してらっしゃい!あわよくば吹部に引き込んで!」

 

 低音パートはただ一人の三年生、田中あすかのテリトリー。理由はどうあれ、そんな副部長直々の発案とあれば、止められる生意気な後輩は皆無であった。

 

「なんだか探偵みたいですね、了解です!」

「わかりました!みどり、命令を受諾します!」

「ええ……はい」

 

 

 こうして副部長の下で、矢田明宏調査指令が下された。標的の預かり知らぬ世界で繰り広げられる作戦に、一年五組の学級委員だけが蚊帳の外のまま、音楽室の時計の針が回っていた。




矢田、部活入らないってよ。なルートです。部活物の作品で大丈夫?と言われればまあハイ……。
これで1期2話相当の地点です。そもそもアニメだと、滝先生は学校にも姿をみせていないので独自の展開にはなってますけど。

余談ですが、今更みんなの話を購入しまして、黒江真由という人物像についてまた新しい解釈が生まれてしまいまして……短編を書く前にこれを読んでいたらまた話違ってたのでは?いや逆にこれからの展開に組み込める?とか悩みが新しく出てきまして。恐るべし、響け!。
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