ちょっと時系列を変えています。
滝先生自身、教室での評判は気にしていない様子だった。自分が担任として抱えるクラスに吹部の部員は少数いるにも関わらず、サンフェスというイベントを人質に取って技術の底上げを迫ってきたという。
部員ですらない女子からは、相も変わらず黄色い声援を受けてるけど、俺の知る限りでは井上さんと堺さんからは初対面時の余所余所しさは雲散霧消。本当に教師なの?とでも言いたそうな疑惑の視線を向けていた。塚本に至っては、ホームルームで名指しされた時にピクリと震える始末……部活で本当に何が起きたんだ?
それはそれ、これはこれ。今日は音楽の授業が無いから放課後を待って、吹奏楽部のパーカッションが根城にしている音楽室へとやってきた。他と違って楽器自体の移動が困難だから、合奏が終わっても唯一居座るパートである。中学でもそんな事情があったっけ。
この前の見学でパートリーダーの田邊名来先輩には『パート練習が終わるか、準備前ならいいぞ』と大義名分を得て、グランドピアノを触りに来ている。ありがとう先輩方に同級生達、バイトが決まれば何かご馳走しますんで。
「お邪魔しまーす。田邊先ぱーい、言われた通りの時間に見学……あら?」
各種打楽器を並べて拍の一つでも取ってるかと思えば、そこには授業として訪れる音楽室の光景が。机と椅子が規則正しく並べられた、普段の整然とした教室そのもの。金管は後ろとか、音の小さな木管は前とか、それを議論する以前の配置だ。
「ごめん!パーリー会議が終わるまで練習は──って、君は……」
「えっと確か、矢田明宏君だよね?昨日手伝ってくれてた、先生のクラスの委員長さん」
そんな音楽室らしからぬ教室にいたのは、肩に掛かる位に短めなおさげの三年生と、同じく三年生で綺麗に切り揃えたボブヘアーの先輩。吹部だとしても両者共に接点は皆無で、無理矢理こじつければランニングの日に顔を見られた気がする……そんな程度。見学したパーカッションの先輩ですらない。
「はい、その節はどうも。あのー見知らぬ先輩方、田邊先輩がいると思ってたんですが」
「ナックルを苗字で!……って違う違う、ナックルに何か用事?悪いんだけど今日は練習休みになっちゃって」
「田邊先輩自体に用はないっていいますか……ピアノを弾かせて貰おうと!一応パーカッションの皆さんから許可は得てます!」
改めて思う、ナックルだなんて凄いニックネームだ。名来からナックルへと変貌を遂げさせる女子のセンス、その犠牲者にならなくて良かった。それを受け入れている田邊先輩も器が大きい。けど今の本題はそこじゃないから、呼び名の話を隅に追いやった。
「……香織、あすかの言ってた通りの子だよ」
「うん、本当にピアノが好きなんだね」
肩を並べて先輩達は呟いた。脳内名簿であすかと言えばただ一人。どの通りなのか、どういう噂が流されているのか。面白おかしく吹聴してそうな先輩の、脳内にいる俺を案じる前に吹部の事情を気遣った。
「えっと多分、吹部の先輩っすよね?会議でここ使うんですか?それならまたの機会にしますんで!」
「うーん、パーリー会議は明日別室でやるんだけど……鳴らしても大丈夫かな?」
「良いと思うよ?晴香と練習が休みな事、誤解してる子達には伝えたと思うし。後は戸締まりするだけだから……私も聴いてみたいからどうぞ、矢田君」
「じゃあお言葉に甘えて!」
休みになった経緯までは分からないけど、先輩達の言質は取れた。勝手知ったる他人のピアノと思って蓋を開けて着席、演奏の体勢は整えた。向かい側にはおさげの先輩が両手の指を合わせて不安げに、ボブヘアーの先輩は腕を後ろに回して腰の辺りで組んでいる。
整えたのは良いんだけど、セットリストが浮かんでこないな。折角だし、許可をくれた先輩へ伺ってみるか。観客のリクエストに応えるのも乙よな!
「すんません、そこのお二人の、えっと……」
「あっ!もしかして私の名前?」
「そういえば、一方的に知っちゃってたもんね」
余程他人に興味が無いか物覚えが悪くなければ、滝先生経由で吹部全体に名前を知られた。この前は部活動の一環であっても自己紹介の場面じゃない。例外を除いて、あの日はただ走り、楽器を鳴らす人達の光景を目撃しただけだった。
「私は小笠原晴香、バリトンサックス担当。吹部の部長をやってるの」
「同じく吹部の中世古香織です。トランペットのパートリーダーだよ」
「小笠原先輩に中世古先輩、折角なんで何かリクエストでも聞きますよ!知ってる曲でよければ!」
「り、リクエスト?急にそう言われても……ごめん、直ぐには思いつかないかも」
「そんな時は気分とか、趣味とかを教えてください!自分の方でそれっぽい雰囲気にするんで!」
「晴香、こんな時は今の気持ちを伝えればいいんだよ」
「今の気持ち?そんな事言ったって……先生には駄目だしされるし、みんな私を急かすし同じ曲の練習なんてとか好き勝手言うし、サンフェスだって参加も分からなくなってきたのに、このままじゃ結局去年よりも──」
中世古先輩は温かい先輩って印象を受けるけど、小笠原先輩は少し引き気味というか気が弱い。部長になった理由も恐らく押し付けの類いだろう、漏れ出る恨み節で察したけど、それがもし本当なら同情する。
そういう人には、俺なりに背中を押す曲と……初挑戦だけど、これまた背中を押せるパフォーマンスを添えてみるか。そこに浮かんできた曲調に反して優しくイントロのテンポを緩めて、小笠原先輩に向けて語りかけた。
「──先輩はさあ、部員が纏まってくれないとか、先生からの叱責で快方に向かうの?とか色んな不安が渦巻いてるんじゃねーかな!」
「えっ何!?ライブのMCみたいになってるけど!?」
「俺はさあ、部長って重責を引き受けただけでも尊敬してんすよ!先生にボロクソ言われても悩めるその姿勢、並大抵の奴にはできねーっすよ!」
言いたい事を言い切るまで、延々とイントロだけを繰り返す。勿論、原曲に繰り返し記号なんてない。俺なりの即興によるアレンジ。
「でも小笠原先輩は引き受けた!大所帯を率いる大仕事なんて出来ないだなんて思ってるっす!そんな無理だよーって思ってる先輩に、部外者としても引っ張っていって欲しいと思うんです!弾きますよ?弾きますよ?弾きますよ!何弾くか?今思い付きました、『できっこないをやらなくちゃ』!」
「イエーイ!」
「香織!?」
思いの外ノリの良かった中世古先輩に感謝して、鍵盤をイントロから解放した。曲そのものが抑えつけた勢いで教室中を跳ね回る、まるで小さなライブハウスみたいに。
この曲が好きな所は、挑む事や負ける事自体は否定しない所だ。打ちのめされようと流されちゃいけない、悲しい言葉で心を暗くしちゃいけない。空に光が衰えて、世界中に夜が来たような雲がかかっても、君だけが持っている力がそこにあるんだ!だから灯りを!
その想いは、男声にしてはの高めの音域で歌い続ける部分にも表れてる。曲中でも低い出だしながら、所謂テナーの人には歌いづらい箇所だと思う。それがサビに入った途端、パワフルに声を張らないと出しにくい音が続く。ピアノだからこそ音自体は鳴らせるとしても、低音域をしっとり。高音域をパワフルに。
俺も出来ない事だって、ピアノがあれば出来るんです。小笠原先輩も、絶対にやれますよ。そんな意志を、一音一音に記されたアクセント記号に乗せて弾ききった。
「ありがとう!ございました!」
弾きながらのMCなんて入れた事は無かったけど、案外やれるのかもしれない。自分自身の可能性もなんとなく広がっている予感がした。
「凄かったよ矢田君!まるでライブに来たみたいだったもん!この迫力は私達だけじゃ勿体ないなー?」
「ううっ……なんだか泣きそうだよ〜」
「ちょっ、本気で泣くのは止めましょうよ!?」
悲喜こもごもな先輩達からの拍手に、少し所在なさげにオドオドした。それっぽい雰囲気を作るとは宣誓したけど、今ので泣くほど辛い部長生活送ってるんですか!?去年もそんなに酷かったんですか!?あ、それを引き継いだから心労が?よく分からんけど誰かー!この人を無条件に褒めてやってくれ!
「そんなに感情を表にして喜んで貰えたのは久しぶりというか初めてというか。と、とにかく俺も嬉しいっす!」
「いいの……去年一年生が沢山辞めた時も引き止められなくて苦しかった時もあすかが断った部長の座を引き受けるしかなかったあの時もライブに行く余裕なんて無かったのに──」
「ストップです小笠原先輩!なんか俺の知らないゾーンに入ってます!」
「もう晴香、後輩の前で情緒不安定な所見せちゃ駄目だよ?ほら、涙拭いて」
「うん……」
サラッと爆弾発言というか、内部事情を零してきた吹部部長。今の言葉で点と点が線で繋がりつつあった。滝先生が赴任してきたのも、そんな吹部を建て直す為に?いやでも、本人は新任とかぬかしてたしな。
こういうごちゃごちゃした時は──聞かなかった事にしよう!多分忘れられないけど。
「矢田君、今の晴香の発言は内緒にしてほしいな?」
「了解っす、言われなくてもネガティブな事は話さないんで!」
「眩しいよぉ〜……」
何曲か弾いて帰ろうと思ってたけど、観客が感極まってそれどころじゃない。寄り添うならほぼ初対面の俺より適任な先輩が既に涙を拭ってあげてる。それなら俺は、この場をクールに去るとしよう。
「おっとそうだ、戸締まりするんでしたよね!俺はもう帰るんで窓でも扉でも閉めて帰ります!」
「そう?アンコールとかは……ううん、ありがとう。戸締まりは私達がやっておくから」
「今日はありがとう。矢田君のピアノ、また聴きたいな」
「そっすか。ではまた!」
立つ鳥跡を濁さずの精神の申し出は、部長さんの厚意に甘えてお任せした。
人間ってそう簡単には変われない。多分あのネガティブな側面はまた出てくる。だとしても今こっちを気遣った部長の顔は、どこか親しげのある表情で。立ち去るのに後腐れなんてまるで見当たらなかった。
「ねえ香織?」
「何?」
「ウチの部では見たことないタイプだったね、矢田君」
「そうだね……あすかが入部させたがってた理由、なんとなく分かっちゃうなあ」
「俺自身の問題が、まだなんだよなあ……」
サンフェス出場取り消し未遂の問題を抱えた吹奏楽部と時を同じくして、俺にも抱えた問題がある。バイトが決まるか分からない問題だ。
極端な話、決まらなくても高校生活を送れるといえば送れる。部活には入らずじまいだけど、学級委員長としての肩書きは手に入れた。この現状で欲しいのはあとひとつ、アルバイト先だけ。数日前に履歴書を用意して送ったまでは済ませたものの、折り返しの連絡は未だに来てない。入試の時以来じゃないか?これだけソワソワしてるのとか。
そんな迷子になった感情を誤魔化すつもりで、まだ足を踏み入れていない未踏の地へと冒険をしにやって来た。グラウンドより何メートルもある高さ、校舎からは歩いて数分掛かる立地、そして柵こそあれど傾斜のあるスロープ、登り切った先にはゆらゆらと花房の垂れ下がる藤棚がある。生徒の憩いの場にしたいんだろうけど、休み時間を割くには少し遠い。だからこそ、放課後という時間は冒険するには最適解だった。
「こいつにも、花言葉ってあるのかね」
倒れる様にベンチへと身体を預けて、垂れ下がる花の天井を見上げてみる。生い茂ったその花は、日差しの一片も差し込ませないとばかりに埋め尽くされていた。そのお陰でひんやりした風が気持ちいい。
風に撫でられて、段々と意識を落としても良いか。そうやって身を預けようと目を閉じかけたそんな時だった──突然、針で刺すような鋭く甲高い音が学校中に轟いた。しかもこの響き方、やけに近い。
身体を起こして辺りを見渡すと、簡単に音の主は見つかった。スロープを登り切った頂上で、藤棚を背に音を確かめてる。少しだけ手持ちの楽器が見えたけど、あれはトランペット、それに音色的にもあの黒髪の女子で間違い無い。
立ち去るとしては物音で邪魔になりそうだし、こちらを気付いた様子とも違う。今は黙って、堂々とトランペットを構えた女子の演奏を聴くしか無かった。
この曲は確か、『新世界より』。小学校でも中学校でも、下校時刻になると流れてたからすんなりと耳に馴染んだ。
昔、音楽の授業で教わったのは新天地のアメリカから、作曲者の故郷……ボヘミアへと向けられたメッセージが込められているという事。ふと思い出してしまったのは曲のせいというか、作曲された背景が俺の今と重なったから。
まだ右も左も分からない世界で、ただ1人やってきた俺自身が、産まれ故郷へと送る想い。育った孤児院、それに学校。離れてるけど平気だぜ!なんてメッセージをトランペットが届けてくれるかもしれない。微かながらほんのり淡い期待を抱かせてくれる、素敵な演奏を魅せてくれた。
「めっちゃうま──」
「わああぁぁ──────つ!!!!!!」
そのトランペット奏者から、喉にスピーカーでも搭載してるのか?と思わせる程の叫びが木霊して、拍手を送ろうとした手が止まる。トランペットよりデカい声って何だ?楽器を担いで声楽家でも目指してるのかこの子は?
一頻り叫び終わってその子は息を整えだした。そりゃそうだ、一曲吹いた上に髪が逆立つ勢いで叫ぶんだものそうなるわ。
「あのー、大丈夫ですか?」
流石に心配になって、居ても立ってもいられずに声を掛けてしまった。この『大丈夫?』には色んな意味を含めてるけど、他人の手前で口にはしない。
「っ!」
「ごめん急に、そこで考え事してたら『新世界より』が聴こえたから、つい……もしかして『家路』の方だったり?」
「……貴方、もしかして矢田明宏?」
まただ、一方的に名前を知られてる。同じ一年なのは見て伝わるけどクラスにはいない。それなら吹部か、或いは悪目立ちした噂を聞き付けたか。現状、一年の間でそんな噂が立ってると聞いた覚えはないけど。
「ああうん、もしかしなくても。そっちは吹部の人?」
「……ねえ、滝先生の事、どう思ってる?」
「滝先生??」
「貴方、滝先生が受け持つクラスの委員長なんでしょ。そこではどうなの?」
「どうって言われても……」
名前の件もだし、なんだか会話も一方的だ。独奏と大声の後で疲れてるんだろうか?
曲の話も所属する部活の話も意に介さず、あっちから言葉をドッジボールみたいに投げてくる。受け止められるボールなだけマシだと思って、軽く投げ返してみた。
「そうだなー、一言で言えば放任主義だな。クラスの運営を良くも悪くも全部こっちに投げてくるし、片付けたら礼はしてくれるけど、それなら最初から関わってくれよ!って思うかな」
「……なんですって?」
おっと反応が刺々しいぞ、思った事をそのまま言い過ぎたか?吹部の中にも黄色い声援を送るタイプの女子がいたのは想定外。それならもう少し思ってる事を伝えようか!
「でも音楽の授業の滝先生はすげー楽しそうでさ、その上真摯に教えてくれるものだから受けてる側も楽しくてな」
「そう。それで?」
「この前ピアノを演奏しようとした時なんか『Let it be』をリクエストされてな、それを弾いたら想像以上に褒められて。挙げ句練習してきた背景まで言い当てる鋭さで!音楽に対しては何処までも真剣で、そこはカッコいいと思ったな」
「……ふーん、そう」
田中先輩よりもめんどくさいかと思いきや、その実態は単純明快。良いところを列挙しただけで語気が軟化した。滝先生のファンを拗らせすぎて分かりやす!それはそれで心配になるけど……まあこれならこっちの話も通るだろ。
「そんな先生よりも下の人間に褒められても嬉しくないだろうけどよ、『新世界より』すげー良かった!何かを目指してるって感じの……とにかくトランペット上手いんだな!」
「……ありがと。私は特別になりたいから、こんな所で止まってられない」
会話さえ出来れば素直なその子は素っ気ない返事だったものの、俺からの賛辞を受け止めてくれた。そしてこの場に用は無いとばかりに、即席会場から去っていく。
「矢田!」
藤棚を背景に舞台に上がったトランペット奏者は、何を思ったか数歩先でこちらに振り返ってきた。
「私、高坂麗奈。それじゃ」
「……名前聞いて無かったの、今の今まで忘れてたわ」
ごく普通に、ありきたりな自己紹介を残して去っていった。俺の応答を聞くまでもなく立ち去る様は余りにも堂々としている、言葉より音で語る不器用さんだった。
『矢田君、お花屋さんでアルバイト始めるんだね!』
「おう!さっき連絡があってさ、明日の放課後に初出勤だ!」
別に危惧する問題では無かった事を、時間が教えてくれた。できっこないを先輩の前で演奏したその日の帰路、電車待つ俺のスマホに見覚えのある番号からの着信。履歴書を送った花屋の番号から『ウチでよかったら』と伝えられた。
『おめでとう!でもいいの?校則とか、ピアノの時間とか』
「校則はあっても無くてもするつもりだったし、ピアノに至っては逆に時間を増やす為だぞ?なんせ八十八鍵盤のキーボードが家に欲しいからな!」
『……そっか、良かったあ』
心底安心した、とでも言いたそうなため息がスマホを通じて耳に届いた。黒江の声は甘ったるくて、くすぐったい。以前は揺らぎもしなかったのに、電話でやり取りを始めた頃から、毛布に包まれるような安心感と、声に悶える身体を自覚しだした。でも、不思議とこの空間だけは手放せない。
「良かったって、何が?」
『私の知ってる矢田君が、引っ越した先でも矢田君らしく振る舞えてる。お友達も出来たし元気にしてる。それがなんだか嬉しくて』
「お前は親か!」
周りは黒江をママと呼んでいた記憶がある。母性が云々かんぬんで小学生時代からそう呼ばれてたみたいで、同じ中学になってからも母性を遺憾無く発揮した結果……中学でもママの呼び名を得るに至った。
俺だけはそう呼べなかった、ママとは何かを知らなかったから。何より黒江の事を、対等に見てあげたかったから。優しさをひっくるめて親というツッコミに込めたけど、正しいのかは分からない。
「そっちこそどうなんだよ?吹部は順調か?」
『うん!コンクールに出る課題曲も自由曲も決まって、毎日大変だけど楽しいよ?それと清良はね、イベントでは専用のユニフォームで演奏するから楽しみなんだ〜!』
「そうか、良かった……そっちも順調っぽいな!」
『もうっ、矢田君もお父さんみたい』
パパってのも、正直知らない概念だ。俺は俺なりに接してるだけなのに、お父さんみたいと言う。きっと、黒江の感覚では似たようなやり取りを何度も繰り返して来たんだ。そう考えたら、お父さん扱いを受けるのは吝かではなかった。黒江がちゃんとした家で育ってきた証だから。
「馬鹿いうなよ!……なあ、黒江?」
『何?』
「……お互い、頑張ろうな」
『うん!──いつかまた、矢田君と合奏したいから』
それから寝るまで、互いの学校で起きた話とか、中学とのギャップとか、他愛のない会話を繰り返す。そうしてどちらかが本当に眠りそうだったら通話を切る。これが、初日に取り決めたルールだった。
「あー黒江、今欠伸我慢したろ!んじゃ今日は終わり。またな」
『い、言わないでそういうの!…………またね、おやすみ矢田君』
「おう、ちゃんと寝ろよ〜」
やがてルール通りに通話を切った後、慣れないSNSの通知画面に井上さんの名前が。『サンフェス出場決定!』『委員長は観に来る?』飛び跳ねて喜びそうな文面と、何故かパーカスの一団での写真まで添えられていた。
俺の高校生活も、北宇治高校吹奏楽部も、どうやら始まったばかりらしい。網戸を通り抜ける夜風が、壁に掛けられたカレンダーを捲る。もう四月も終わりそうだ。
これで北宇治高校のチュートリアル終了、みたいな……?
ここから先の話ですが、部員ではないので関わらないイベント、登場人物が当然います。短編集レベルの話も原作やアニメの流れも全部書いてしまうと100話を超えかねないので負担が凄いです。要するに進行が早くなるかもしれません。細かな展開を望まれている方には心苦しいですがご了承ください。
これは全くの余談ですが、5話投稿後妙に伸びてる?と思ったら23日には日間の20位辺りに入っていたのが分かりました、まだ序盤も序盤なので恐縮です。ありがとうございます。