未知なるキヴォトスを夢に求めて   作:きらきら虫

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初投稿。


第三種接近遭遇
第一話 的な話


 

 梔子ユメは夜道を駆けていた。

 

 今が何時かは分からない。まんまるのお月様が随分と高い所に昇っていることは確認出来たが、そこから現在の時刻を測るような知識を持ち合わせてはいない。当然、スマホを見れば考えるまでもなく分かるのだが、カバンのどこに仕舞ったのか分からないそれを探し出す余裕は、息をせき切って逃げている梔子ユメにはなかった。

 

 この日、彼女は莫大な借金を抱えたアビドス高校復興の為、協力を呼びかけるチラシを配っていた。先日仲良くなった後輩からは口を酸っぱくして止めろと言われたこの活動だったが、やはり沢山の人が協力してくれたら、きっと上手くいくだろうと思ったし、何よりこの活動で協力してくれる人がいることは先日の後輩が証明済みだった。

 

 そうしてチラシ配りを続けていたのだが連日のように上手くいかず、いつの間にか辺りは真っ暗になってしまった。明日も頑張ろうと帰宅の準備を始めたところで不良と鉢合わせてしまい、金を出せ、むしゃくしゃするから殴らせろ、など理不尽な要求をされた為逃げ出し現在に至るというわけだ。

 

「まてや、コラ!」

「逃げられると思うなよ!」

 

 テンプレのような脅し文句と共に発砲してくる不良達、お互い走りながらではそうそう当たることはないが、たまに命中したところで少しばかり頑丈さに自信のある彼女にとっては大して問題はない、しかし体力的な限界の近い彼女は着々と追い詰められていた。これがただのかけっこなら負けなかっただろうが、今の彼女は沢山のモノを抱えている。それは愛用の折りたたみ式の大楯、復興活動の協力を求めるチラシ、立派な胸部装甲、どれもそう簡単に捨てられるものではなかった。

 

 とにかく、このままでは部が悪いと思った梔子ユメは、見通しの良い大通りを避け、住宅街の入り組んだ裏路地を駆けた。不良達の追跡から逃れようと曲がって曲がって、今一度曲がったそこは逃げ場のない袋小路であった。

 

「あ、あれ?」

「ハハハ、追い詰めたぞ!」

 

 思いがけない行き止まりに困惑していると、不良達はすぐに追いついてきた。彼女達は攻撃的な笑みで各々の銃をユメに向けている。梔子ユメは喧嘩が得意ではない。なにより暴力を振るうことが好きではなかったし、そうでなくても彼女は自他共に認める程に鈍臭い。これが件の後輩なら鎧袖一触で切り抜けられるのだろうが、無い袖を振ることは出来ない。

 

「この前はよくもやってくれたな」

「たっぷりとお返ししてやるぜ」

「ひ、ひぃん」

 

 彼女は今になって漸く後悔した。こんなことなら、あのしっかり者の後輩の忠告を聞くべきだったとか、せめても頼み込んで一緒に来てもらうべきだったと考えていた。

 

「ホシノちゃん助けて⋯⋯」

 

 届くことはないと分かっていながら思わずそう呟いた。彼女は後輩に嘘をついて来たのだ。先日危ない目に遭ったから今日は大人しく帰ると、流石の後輩も昨日の今日で同じ過ちを繰り返すとは思うまい、ユメ自身も思わなかった。ただ、捨てる神(捨てられてない)あれば拾う神あり、彼女の助けを求める声に応える声があった。

 

「はーい」

 

 随分と軽い調子の聴き覚えのない声が閑静な住宅街に響いた。そして不良達の足元に何処からか転がる複数の物体、一体何だろうと思っている内にそれらは白い煙が噴き出して狭い路地は煙に包まれた。

 

「煙幕だ!」

「だ、誰だ!」

 

 いきなり現れた襲撃者に慌てふためく不良達、間髪入れずに煙の中から銃声が響いた。

 

「痛っ!」

「どこに居る!」

「いいから撃て!」

「おい、こっちを撃つな!」

 

 混乱する煙の中、誰がどこに居て、何を言っているのかはもう誰にも分からなかった。

 

「に、逃げろ!撤退、撤退だ!」

 

 誰かがそう言って一斉に逃げ出す不良達、なかには煙中から抜け出した先に梔子ユメを見て、(実際にはその奥の行き止まりを見て)慌てて踵を返す者もいた。

 

 打って変わって静まり返る住宅街、そのせいかユメの耳にはにはバクバクと音を立てる鼓動と、ゆっくりとこちらに向かってくる襲撃者の足音がやけに大きく聞こえた。

 

「だ、誰?」

 

 煙の中から現れたのは白いシャツに水色のネクタイ、梔子ユメと同じアビドス高校の制服を着た見知らぬ銀髪の少女だった。彼女は困惑するユメの前に立つと妙なポーズをとりこう言った。

 

「いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌、奇星チカゲです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー昨日は危なかったですね!私が居なければあんな事やこんな事になっていたかもしれません」

 

 小鳥遊ホシノは困惑していた。先日から何かと縁があるユメ先輩からお昼を一緒に食べようと誘われ、断る程の理由も無かったので彼女に連れられ生徒会室で昼食を摂っていると、いきなり現れた少女が我が物顔で居座りユメ先輩に親し気に話し始めた。あまりに自然な流れだったのでホシノは一瞬、彼女と旧知の中の様な気さえした程だ。

 

「あの、誰ですか?」

 

 ホシノは見知らぬ少女本人ではなく、彼女が親し気に話す先輩に訊ねた。何となく彼女は話が通じなさそうだと思ったからだ。

 

「今日から転校してきた奇星チカゲちゃん。昨日ちょっと助けてもらって⋯⋯」

「はじめまして小鳥遊ホシノです。こんな時に転校ですか?」

 

 今度は件の転校生、奇星チカゲに向かってホシノは訊ねた。こんな時というのは二つの意味がある。一つ目は時期的な問題で、今現在ホシノがアビドス高校に入学してから幾らか日数が経っている。そんな時期に転校というのは些か中途半端だと思ったのだ。二つ目はアビドスに転校して来たということだった。今のアビドス高校は砂漠化が進む前の偉大な学校だった面影どころか、いつ廃校になってもおかしくない学校なのだ。今日明日で無くなる訳ではないが、そんな学校に態々転校してくるということは大変奇妙なことである。

 

「そうです。親の都合で色々ありまして、こんな時期に転校になってしまいました。まぁでも、丁度良かったですよ。この私がアビドス高校を支配した暁には、アビドスは強大な力を取り戻し、ゆくゆくはキヴォトス全土を手に入れるのですから。最弱学校の転校英雄譚〜滅びかけの学校に転校した少女はいずれ世界をひっくり返す、あと追放もされるしスローライフもおくる〜というわけです」

「はぁ、そうですか」

 

 意味不明な言葉の羅列に、ホシノは転校生と会話を試みたことを早くも後悔していた。言っていることが嘘か本気か分からないが、どちらにせよ狂人の類いだと思った。ユメ先輩なんかは無邪気に拍手をしているが、恐らくアビドスの復興に協力的であることしか理解出来ていないだろう。でも良いのだろうか、コイツがアビドスを支配するということはユメ先輩は生徒会長の座を追われることになる。アビドスの危機、いやそんなに危機ではない、考えるだけ無駄である。

 

「ところでユメ先輩、昨日助けてもらったって何があったのですか?」

「えっ!」

 

 ユメ先輩は露骨に動揺し始めた。目線は泳いでいるし、口をモゴモゴと動かして気まずそうにしている。明らかに言いたくない様であるが聞かなくてはならない、この先輩は放っておくとすぐに危ない事に巻き込まれるのだ。そうしてジッと見つめているとユメ先輩は観念した様に話し始めた。

 

「えっと、昨日ホシノちゃんと別れたあと⋯⋯、住宅地の方にアビドス復興のチラシを配りに──」

「はぁ!?行ったんですか!」

「ひぃん」

「それで、また不良達に絡まれたんですね!」

 

 立ち上がって詰め寄るとユメ先輩はホシノの予想した通り首を縦に振った。

 

「まぁまぁ、落ち着いて下さい、偶々私が助けたので何ともありませんでしたし、ノーカンですよ、ノーカン」

「ノーカンじゃないですよ、この人は何日か前のにも同じことをして不良に絡まれていたのですから」

 

 ホシノがため息をついて座り直すと、ユメ先輩はバツの悪そうな顔でごめんねと謝罪していた。その顔を見てすっかりと毒気が抜かれてしまったので今度は冷静に問いただすと、ユメ先輩は事のあらましを話はじめた。

 

「それで、何でこんな事をしたのですか、この前はもうやらないと言っていたじゃないですか」

「うん、でもね、この前あんな事があってホシノちゃんと仲良くなれたでしょ?だからまた、ああやって活動してれば協力してくれる人がいるんじゃないかって⋯⋯」

「だってさホシノちゃん」

 

 ホシノは先程よりも大きなため息をついた。ニヤニヤしてこちらを煽る奇星チカゲも腹が立つが、何より自分がユメ先輩の言い分を証明しているのだから遣り切れない気持ちだった。

 

「そんなんじゃ命が幾つあっても足りませんよ。それにしてもチカゲさん、一人で不良達を退けるとは相当強いんですね」

「そうなんだよホシノちゃん、チカゲちゃんったら煙幕の中で不良の子達をバッタバッタと」

「ふふふ、そうでもないですよ」

 

 チカゲはそう言いながらも得意気な笑みを浮かべると、その笑みを隠す様に手のひらで自分の口元を覆った。

 

「うへ〜動いてないのに暑いよ〜」「や、ホシノちゃん、久しいね」

「えっ?」

「その声は!」

「こんな風にして、煙幕の中で⋯⋯」

「だ、誰だ!」「痛っ」「いいから撃て!」「に、逃げろ、撤退だ!」

「とまぁこんなところですかね」

 

 そう言って隠すことをやめたチカゲの口元は、してやったりと先程よりも深い笑みを浮かべていた。

 

「私はあの有名な暁のホルスみたいに強くありませんから、ちょっとだけ手品を使わせてもらいました」

「凄いよチカゲちゃん!私の声にそっくりだった!」

「ちょっと待って下さい、今のは私の真似ですか、私はそんな間抜けな喋り方しません!」

「さて、どうですかね」

 

 ホシノは唸るしかなかった。チカゲの云う手品の技術はあまりにも完成度が高く、視界の悪い所で使えば確かに区別がつかないだろうと思った。ホシノとユメの声真似も喋り方は兎も角、声質は自分が声を上げたのかと思う程そっくりで、喋り方を変えたのも揶揄うつもりでやった事というのが彼女の表情からありありと伝わる。

 

「ねぇ、それどうやってやるの?」

「うーん、本気で成り切るでしょうか」

「うへ〜、動いてないのに暑いよ〜」

「全然似てませんね」

 

 そうして暫く昼食を摂ってから三人で話していると、スピーカーから昼休憩の終わりを告げるチャイムの音が聞こえた。

 

「あ、お昼休み終わっちゃった」

「全く、誰かさんと話していると余計に疲れますよ」

「楽しい時間というのは、往々にしてそういうものですよ」

 

 ゾッとする話だ、そういう仲でもないだろうに。ホシノは簡素なパイプ椅子から腰を上げると、さっさと部屋を出ようとした。

 

「何の話ですか、私はそろそろ失礼します」

「待ってホシノちゃん、チカゲちゃんも連れて行ってあげて」

 

 呼び止められて転校生の案内を任されるホシノ。すっかり忘れていたが、チカゲは転校生だ、どこかの学年に所属している筈である。可能性は三分の一、否、ホシノに頼まれた時点で答えは出ていた。

 

「も、もしかして」

「そういえば言ってなかったよね、チカゲちゃんはホシノちゃんと同じ一年生だよ」

 

 同学年、それは他の学年よりも特別な意味を持つ。更に廃校寸前のアビドスでは、一学年が他所の学校の一クラスよりも遥かに少ない。つまり小鳥遊ホシノはこれから三年間、奇星チカゲと多くの時間を共にすることになるという訳だ。

 

「チカゲちゃんが偶々此処に来てくれて良かったよ、ホシノちゃんとも仲良くなれたみたいだしね」

 

 なんてユメ先輩は呑気に言うが、ホシノとしては勘弁して欲しかった。奇星チカゲは厄介な手合いだと彼女の勘が告げている、その証拠にチカゲはそんなホシノの内心を見透かした様に笑っていた。

 

「いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌、奇星チカゲです。よろしくね小鳥遊ホシノちゃん」

 

 早速、追放してやりたくなった。

 

 

 

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