「フフーフ、よかったですねぇ。上手くいって」
「うん、こんなに上手くいったのは初めてかも!」
セイント・ネフティスとの砂漠横断鉄道売買の契約を終えて、同社のビルを私たちは晴々とした気分で歩いていた。結果としてネフティスとの取引は大成功と言っていいものであった。その成功の裏には先方の負い目からくる配慮というのも多分にあるのだが、それを抜きにしたってユメ先輩は立派に取引をしていたし、ネフティスがアビドス高校に協力的なのも彼女のこれまでの頑張りの賜物である。
むしろ、鉄道利権が100万円で買えて、尚且つ頭金もたった1万円ぽっちで良いという余りにも美味い話だった為、私は詐欺なんじゃないかと疑ってしまったほどだ。契約書は何度も読み返したし、火で炙ってみたり、ブルーライトを当ててみたりしても何ひとつ怪しいところが無かった。大人というのは生徒に理不尽な契約を持ち掛けたり、怪しい研究の実験体にしようとしたりする存在ではなかったのか。お陰で私は大恥をかく羽目になった。この恨み晴らさでおくべきか。
「帰ったら、ホシノちゃんに自慢してやりましょう!一週間くらいは大人しく言いなりにできますよ」
「お手柔らかにね」
久しぶりの手応えのある成果に良い気分で帰路に就こうとしたところで、まるで水を差すように(水であればどれだけ良かったか)私たちの視界いっぱいにソレは映り込んだ。
「うわっ、砂嵐だ」
「うへぇ、勘弁してくださいよ」
たった数時間前までは全く予報にも無かったというのに、いつの間にか現れた砂嵐は、私の予想より遥かに激しいものであった。轟々と吹き荒れる風によって砂が巻き上げられ、まだ昼だというのに太陽の光は遮られて辺りは薄暗い。天も地も一緒くたに黄土色に染められてしまったここは、まさに渾沌の世界のようであった。
「⋯⋯駄目ですね、砂嵐のせいで通信障害が起きてます。それに、この様子だと電車やバスも止まってるでしょうね」
砂嵐を尻目にスマホを確認してみるが電波が届いていないのか圏外になっており、時間を確認できるだけの文鎮と化していた。これだけの災害である、安全の為に電車やバスなどの交通機関は運休だろう。すると必然的に移動は徒歩のみとなる。ただし、こんな状況で砂漠を超えた先にあるアビドス高等学校別館まで歩いて行こうというのは、いくら神秘を持つ頑丈な私たちと言えど、危険極まりない行為である事には違いなかった。
「そうだ!私の家に泊まって行きませんか?あまり人を招きたい場所ではないのですが、ここから近いですし、砂避けくらいにはなるでしょう」
予定ではさっさと学校に戻ってさっさと仲直りさせてしまおうと思っていたのだが、こうなってしまっては背に腹はかえられない。仕方なく
「駄目だよ、早く学校に戻らないと⋯⋯」
「は、何言って──」
「だって、ホシノちゃんが待ってるかもしれない」
「だからって、危険です!」
彼女の戯言に私は少なからず憤りを感じた。こんな時に一体何の心配をしているのだろうか。連絡がつかない為ホシノの居場所は分からないが、もし彼女がアビドス高校にいたとして、いざという時の為にあの学校には十分な備蓄がある。たとえ砂嵐にあったからといって、あそこなら数日くらい余裕で生き残れるのだ。そして、その判断を間違えるほど彼女は馬鹿でない。むしろ、死に場所に自ら向かおうとするユメ先輩の方こそよっぽど危険なのである。
「その危険なことをホシノちゃんがしたらどうするの!あんな書置きしておいて!」
しかし、そのユメ先輩が口にした言葉に私は動揺せざるを得なかった。書置き。それは、私たちがホシノに仕掛けた
「それは自業自得ですよ!どうせ放っておいたって死にやしな────」
私は慌てて説得を試みたが、それは頬を張られたことで止められてしまった。
「やめて。冗談でも言わないで、そんなこと」
私は咄嗟にユメ先輩を見上げたが、彼女はふいとそっぽを向いて表情を窺い知ることはできない。しかしこれは、きっと怒っていることだろう。
「大丈夫、私一人で行くから。チカゲちゃんはお家で待ってて」
「……嫌です。私も行きます」
一人で行こうとするユメ先輩を何とかその腕を掴んで引き留め、私はまさに手の平を返すようなことを言った。当の彼女はコロコロと態度を変える私に困惑しているようであった。大丈夫、そもそも砂嵐の中で砂漠を渡る準備はしてきたのだ。決して迷子にならないように、たとえ遭難しても死なないように。
「でも」
「先輩はこの砂嵐の中、迷子にならず帰れるんですか?地図は持ってます?コンパスは?」
戸惑うユメ先輩にそう問いかけると、彼女は少し考えたあと自らの荷物を物色し始め、やがて忘れ物に気が付いたようでみるみるうちに顔色が変わっていった。その様子が可笑しかったものだから、私はいつも通りニコニコと笑みを浮かべて、用意していた地図とコンパスを取り出して彼女に語り掛けた。
「お手伝いしてあげましょうか?」
「ひぃん、ごめんね⋯⋯」
砂嵐吹きすさぶ8月下旬、奇星チカゲを隊長とする探検隊はアビドス高等学校を目指して砂漠の奥地へと向かった。──とはいえ通常であれば精々数時間程度の道のりであるが、今回はそうとも限らない。私が用意した『ユメ先輩救済セット』は、まるでジャングルの奥地へ向かう探検隊のようであった。水と食料、その他諸々。それらを担いで足元の悪い砂漠を歩くというのは、中々に大変である。
「そんなに沢山の荷物重くない?半分くらい持つよ」
「大丈夫です」
さりとて、いくら万全な準備といえど殆どが私のエゴで用意した
「あの⋯⋯、さっきは叩いたりしてごめんね」
「いえ、悪いのは私の方ですから」
あれは焦って軽率な事を言った私の落ち度だった。未来が「そうなる」というだけの話で、決して冗談などではなかったのだが、それを知る由もない彼女にあんな紛らわしいことを言うのは、たしかに質の悪い冗談である。
「やっぱり怒ってる?その、許してくれるなら、仲直りしたいなぁ⋯⋯って」
いい加減よそよそしい態度が鬱陶しくなって半眼でユメ先輩に目を向けると、何故か彼女はおどおどとした様子でこちらを見ていた。普通逆ではないだろうか、相手の顔色を窺うべきも、失敗を省みるべきも。まったくもってこの先輩はどこまでも甘いのだから仕方がない。
「⋯⋯じゃあ、仲直りの握手でもしながら帰りましょうか。片手が塞がってしまうので、先輩はコンパスを持っててください」
「う、うん。えへへ⋯⋯」
なんだかむず痒いやり取りで仲直りを果たすと、ユメ先輩はしきりにこちらを見てははにかんでいた。どう見たって彼女は集中していないし、これでは私だって集中できない。
「ほら、私じゃなくてコンパスを見ててください。迷子になりますよ」
「そ、そうだったね⋯⋯。って、あれ?針がグルグル回って⋯⋯故障かな?」
「そんなわけ──」
言われてそちらを見ると、彼女の手の中にあるコンパスは確かにその針が激しく振れていて、狂ったように回転していた。
「どっ、どういうこと!?」
「分かりません!でも、こんなのあり得ませんよ!」
コンパスは地磁気を利用している道具であり、おおよそ北と南を指し続けている。よしんば壊れたとしても、精々針の向きが南北で反対になるくらいで、こうやって激しく回転するなどあり得ない。明らかに異常事態だった。
「チカゲちゃん!危ないっ!」
突如ユメ先輩がそう叫んで私の前に飛び出し、彼女の愛用する折り畳み式の盾を展開して構える。その瞬間、目の前が真っ白になるほどの光と、空を割るような轟音が私たちに襲いかかった。
光が晴れて何事かとユメ先輩が盾を構える先を見遣ると、そこには石でできた仮面と王冠のようなものがあった。それらの装飾品を身につける存在は、体がまるで幾つもの稲妻が束になったような光体であり、凡そ生き物とは思えない巨大な怪物が砂嵐の中に浮かんでいた。
それはセトの憤怒と呼ばれる怪物。私たち生徒と同じように神々の神格を持ち、
「あれは⋯⋯セト!?何でここに!」
「知ってるの、チカゲちゃん?」
「——とにかく逃げましょう!」
私はユメ先輩の手を取り怪物を背に走り出した。しかし砂で足は取られるうえに、荷物が多くて走りにくい。
「なんなのあれっ」
「あれはセトの憤怒。雷と砂嵐をあやつる化け物です」
もっともらしく説明してみるが、実際のところは見たまんまの情報でしかない。本当はあれが何であるか詳らかに説明したいところだが、もし今ここで未来の話をして死にかけでもしたらと思うと迂闊なことは言えなかった。
「砂嵐⋯⋯じゃあ、あの怪物が暴れているから、アビドスに砂嵐がくるってこと!?」
「おそらくは」
「じゃあ、なんとかしないと!」
そう言って彼女は身をひるがえすと、足を止めてセトの憤怒と正面から向き合った。当然セトは雷を放って攻撃をしてくるが、ユメ先輩はそれを盾でいなして声を上げた。
「お願い、もう止めて!これ以上砂嵐が起きたら、アビドスがなくなっちゃう!」
化け物に言葉なんて通じないだろうに、よりにもよってユメ先輩は銃ではなく言葉でセトに対峙しようとしていた。
「あなたが何で怒っているのか分からない。でもね、ここにはたくさんの人が暮らしていて、私たちにとって大切な場所なの。だから、こんなふうにアビドスをめちゃくちゃにしていい理由にはならないよ!」
雷の化物相手に啖呵を切って見せるユメ先輩に対し、意外なことにセトの憤怒は攻撃の手を止めた。まさかあのセトの憤怒に言葉が通じると思ってもいなかった私は自分の目を疑った。確かにユメ先輩は決意のこもった瞳で、セトは何を考えているのか読み取ることの出来ない石仮面で何をするでもなく見つめあっている。そんな中、私はどこか落ち着かずに視線を泳がせていた。すると、ふと視界の隅に石造りの巨大なリング、セトの手に位置するものが見えた。その両手は私たちから少し離れた左右に位置し、セト本体を注視する視界には映らない。まさに私たちを包囲するように構えられたそのリングは、いつの間にか青白く帯電しており私たちに向かって狙いを定めていた。
「危ないっ!」
セトの両手から青白い稲妻が発せられる瞬間、私は咄嗟にユメ先輩を突き飛ばした。何か考えがあったわけではない、考えるよりも先に体が動いてしまっていたのだ。しかし、代わりにセトの敵意の矛先に立ってしまった私は軽挙妄動の代償を受けることになる。
刹那、身体を内側から焼かれるような痛みが私を襲った。いくら頑丈なキヴォトス人と言えど、痛いものは痛いし、死ぬ時は死ぬ。そしてこの雷はまさに『死ぬほど』痛いものであった。
「――チカゲちゃん!」
しかし、かかった獲物が本来の標的ではなかった為か、セトの憤怒は私が消し炭になってしまう前に攻撃の手を止めた。おかげで命拾いはしたものの、幾多の稲妻をもろに受けてまさに死にかけの状態である。
「チカゲちゃん!!お願い、しっかりしてっ!」
「先、輩⋯⋯早く、にげてください」
ユメ先輩が悠長に私の安否を確認している間にも、怪物は次なる攻撃の準備を始めていた。片手を空高く掲げ力を溜めると、その手中にはまるで空から落ちてくる稲妻をそのまま何十本も束ねたかのような雷の槍が現れる。先程の攻撃とは明らかに込められた殺意の量が違う、まさに必殺の一撃。セトはそれを掴むと大きく振りかぶって勢いよく私たち目掛けて投擲してきた。
もはや雷と呼ぶには強大すぎるそれは、着弾と共に爆け一面を青白い光で覆い尽くす。四方八方に雷が飛び交い、爆発の余波で飛ばされた砂粒でさえ鉛玉のようであった。
しかしついぞ雷の直撃を受けることはなく、私はいくらか砂を浴びる程度で済んだ。それはやはり、駆け寄って来たユメ先輩が彼女の盾を使ってセトの雷を防ぎ切ったからである。
「しっかりつかまってて」
そう言ってユメ先輩は最低限の荷物以外を捨て私を背負いあげた。
「私のことはいいですから⋯⋯、先輩だけで」
「そんなこと出来るわけないでしょ!」
人ひとりを背負って走ろうとすれば、当然そのぶん歩みは遅くなる。よりにもよって私がユメ先輩の重荷になるなどあってはならないと背負われることを拒否しようとしたが、彼女は私の言うことになど耳を貸さずに駆け出した。おそらく放っておいたところでセトの憤怒は私のことなど一顧だにしないだろうが、この梔子ユメに他人を危険な所に置き去りにして逃げるなんて考えがあるはずもなかった。
幸いにもセトは先程の雷槍で力を使い切ったのか追い打ちをかけてくるようなことはなく、項垂れるような姿勢で停止していた。ただしきっとそれも時間の問題であり、じきに動き出して
「奴の、セト狙いは、アナタなんですよ」
「えっ――」
そのたった一言を口にした途端、腹の奥底から言いようのない吐き気がこみ上げてくる。なんとか堪えようとも思ったが、サァーっと体温の抜けていく身体とズキズキと痛む意思ではその流れを押し止めることなどできなかった。ダラダラと流れていく私の血が、ユメ先輩の肩部を染めていく。
「血が!チカゲちゃん、血が出てる!しっかりして!」
「私のことはいいですから、はやく……」
「だからって、そんな状態で置いていけるわけないでしょ!絶対に離さないから!」
語気を強めて私の言うことを否定する様子に、私は自身の失策を悟った。きっとユメ先輩は私の言うことを信じていない。方便で自らを犠牲に先輩を助けようとしているように見えることだろう。私はそんな善い人間ではないと言いたいところだが、ついさっき身を挺したおかげで言い争いをするほどの余裕がない。もしユメ先輩の手を振り切って彼女の背中を離れたとしても、彼女は意地でも私を拾い上げていくだろう。自惚れではなく彼女がそういう人間なのだ。そうなってはかえって彼女を危険にさらすことになる。せめてこれ以上は足手まといにはならないようにと、なけなしの力を振り絞ってユメ先輩の背中にしがみついた。
砂嵐の中をやみくもに走り続けどれくらいたっただろうか。いつの間にか動き出したセトの憤怒との距離が段々と狭まり、さらに
「はぁっ、はぁっ――」
ユメ先輩の荒い呼吸だけが洞窟内に響く。私は、疲れているだろうに丁寧に降ろしてもらった場所から血と汗でべったりの彼女の姿を見て、不甲斐なさから何と声をかけてよいか分からず歯噛みしていた。そうしていると次第にユメ先輩の呼吸も落ち着いてくる。なのでこの先どうするべきかを話し合う為に、意を決して口を開きかけたそのとき。「ドンッ」という爆発音のような音と共に、岩山が揺れた。
「な、なに!?」
驚いて咄嗟に天井を見上げるも、そこには洞窟の天井があるだけである。しかし、ぱらぱらと塵や小石が降ってきた。すると立て続けに「ドンッ!ドンッ!」とまたもや爆発音が鳴り、洞窟内が先程よりも大きく揺れ動いて落下物もより多くなっていく。おそらくセトの憤怒が私たち(主にユメ先輩)を洞窟内に生き埋めにしようと、あるいは追い出そうと岩山に攻撃しているのだろう。
「ねぇ、チカゲちゃん。さっきの話って本当なの?」
「話って」
「あの怪物が狙っているのは私って話」
急場だというのにユメ先輩は突然、至極落ち着いた声でそんなことを訪ねてきた。私は彼女の様子に違和感を感じながらもうなずきを返した。
「なんで」
彼女らしくない端的な言葉は「なんでそんなことを知っているのか」とも「なんで狙われているのか」とも取れた。おそらくどちらも聞きたいことなのだろうが、いま彼女に必要なのは後者である。私は慎重に口を開いた。
「あるところに砂漠の王とその弟がいました。王は国を自分の息子に継がせようとしましたが、王の弟はそれが許せず、兄である王を殺して弟が砂漠の王になろうとしたんです」
「何の話?」
「あなたの話です。ユメ先輩。アビドスの生徒会長、砂漠の王は――――ゲホッ、ゲホッ!」
「チカゲちゃん!血が、無理しないで!」
話の最中にいきなり血を吐き始めた私を制止して、ユメ先輩は私を安静にさせた。いい加減言ってはならない知識をしゃべり過ぎた。いよいよ限界かもしれない。セトに受けた雷の傷がぶり返すようにズキズキと痛みだすし、血がのどに絡んで呼吸だってしづらい。夏だというのに寒気がして、気持ち悪さで意識を保つのも辛かった。
「……そっか、私のせいだったんだね」
「それは違う!」
自意識過剰で勘違いも甚だしい思いこみに対して、どこにそんな力が残っていたのか殊の外大きな声が反射的に出てきた。ただ無理をしたせいか、眩暈がよりいっそう酷くなる。
「ううん、私の責任だよ。アビドスの生徒会長である私の」
反論しようにも具合が悪くて頭の中で言葉が上手くまとまらない。いつもなら戯言なり妄言なりいくらでも言いくるめられるというのに、こんなときに限って役に立たない口を恨めしく思った。私が何か言い返さなければならないと思っていたところで、不意にこれまでより一際大きい音が洞窟内に響いた。続けて天井から砂礫に混ざって洞窟が崩れた岩までも降ってくる。
「このままじゃ、ここも危ないね……」
努めて平静に感じられる声でそう言ってユメ先輩は立ち上がった。もう息は上がっていない彼女は一人で荷物の整理を始める。ただし、彼女が手にしたのはわずかばかりの水とスマホのそれだけだ。ネフティスと取り引きした大事な書類が入っている鞄も、愛用している折り畳み式の大楯も置きっぱなしなのである。そして、この私も視界の隅に押しやられていた。その様子に私は嫌な胸騒ぎがして恐る恐る声をかけた。
「先輩、なにしてるんですか」
「ごめんね。少しだけここで待ってて欲しいの」
「それって……」
「大丈夫、あの怪物は私がひきつけるから」
それはつまり、彼女は自分が囮になると言っているのだ。確かにこのままでは二人して生き埋めにされてしまうし、ユメ先輩がここを出ていけばセトの憤怒はそちらを追いかけるだろう。そうなれば私を背負っていくことは負担でしかなく、彼女が逃げ果せることも難しくなる。しかし、しかしだ、きっと今ユメ先輩を一人にしてしまっては彼女は助からない。合理的な理由ではなく、漠然と運命的な予感からそう思わせられるのだ。
「だめです、それじゃだめなんです……」
「ねぇ、チカゲちゃん。私ね、二人が生徒会を継いでくれてとっても嬉しかったの。きっと私ひとりじゃどうにもならなかったことも、辛かったこともいっぱいあっただろうから。だから、私がいなくなってもホシノちゃんのこと、一人にしないでね」
この期に及んで勝手な事ばかり言うユメ先輩に私は痺れを切らす。
「ユメ先輩!あなたは死ぬんですよ!」
ついに私は言うまいとしていた決定的な事実を死ぬ気で叫んだ。満身創痍の体に鞭を打っているのだから苦しくて仕方がない。しかし、新たに血反吐を吐くことも気持ち悪さに襲われることも
「ありがとう、おかげで私は自分で選択できたの。だから自分を責めないで」
「違う、そんなつもりじゃ……」
何か言わなければとそう思っている間にも、彼女はすぐに身を引いて立ち上がった。下手くそな笑顔だ。眉尻が下がっているし、口角が強張っている。
「これからもよらしくね、チカゲちゃん」
「嫌だ!待っ――」
いってしまうユメ先輩を止めるべく手を伸ばそうとするが、体が思うように動かず砂を舐める。それでも彼女は顧みることなくセトの憤怒が待つところへと向かっていき、ただ最後に一瞥をくれたかと思うと、サッと飛び出して行ってしまった。
「う゛うぅ……、あ゛ぁ」
口から意味のない呻き声が漏れ出す。今さら何を言ったってユメ先輩は戻って来やしないのに。静かになった洞窟内とは違って、外からは断続的に雷の音が聞こえてくる。聞こえてくる度に少しずつ小さく、遠ざかっていく雷の音を聞き、私はユメ先輩がまだ死んではいないことを確認していた。この音ができるだけ長く続けばいいのに、あるいはいっそのこと聞こえなくなってしまえばいいのにと思いながら、私はその音に耳を澄ませた。
段々と雷の音が遠く、遠くなっていく。そのことがそのまま彼女がいなくなってしまうことのように感じられて胸が軋んだ。一体何がいけなかったのか、どこで間違えたのか、手遅れだというのにそんなことばかりが頭の中でぐるぐると繰り返される。いっそ今から全部上手くいく奇跡を願ってみるが、そんな都合の良い救世主が現れることはきっと
やめて!セトの憤怒の特殊能力で、アビドス自治区が砂嵐に覆われたら、生徒会長としてアビドスを背負って立つユメ先輩の精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないでユメ先輩!
あんたが今ここで倒れたら、ホシノちゃんやチカゲとの約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、セトに勝てるんだから!
次回「ユメ先輩死す」デュエルスタンバイ!
つら……