未知なるキヴォトスを夢に求めて   作:きらきら虫

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第七話 アビドスは滅びぬ、何度でも蘇るさ。

 

「うへぇ、これは⋯⋯」

 

 酷い、その一言に尽きる。砂嵐の翌日、砂に埋もれた街をウンザリしながら登校してやっとの思いでアビドス高校にたどり着くと、目的地だったはずの学校は見る影もなくなっていた。

 

 まず遠目から気付いたのは、校門が無くなっていることであった。正確に言えば足元に埋もれていて容易く跨げるほど僅かに残っているのだが、遠目からみれば背丈ほどあったはずの校門や塀がパッと見無くなっているので、まるで別の場所のように思えた。

 

 そして肝心の校舎といえば、一階部分がほとんど埋まってしまっており、玄関が見当たらない。土台が無く不自然にそびえ立つ二階より上は壁や窓には砂に塗れて、立派だった校舎が幾らか小さく見える。

 

 登校中に見た街の被害も中々のものだったが、ここの被害は輪をかけて酷い。まるで砂嵐が意思を持ってアビドス高校を狙っているかのようで、やるせない気持ちになる。他の生徒もそう思っているのだろう、私を含めこの有り様を見たアビドスの生徒たちは、ただ茫然と見通しの良くなったアビドス高校を眺めていた。そこでは本校舎の正面おそらく玄関のあるあたりで、ユメ先輩がたった一人で穴掘りをしていた。しかし、誰一人として手伝おうとはしていない。それ程までに絶望的なのだ。

 

 しばしそうしていると、確か屋外の器具庫があった場所だろうか、砂の中からひょっこりとホシノが顔を覗かせた。器具庫は完全に埋もれているが屋根を壊して入ったのだろう。

 

 ホシノはこちらを一瞥して引っ込んだかと思うと、再び姿を現した彼女は両手にスコップをを持っていた。彼女は一直線にこちらの方へ向かって来ると、仏頂面で私にスコップを突き出した。

 

「何ですか?私と宝探しに行きたいんですか?」

「違います。先輩を手伝うんですよ」

「ええ?もういっそ全部砂に埋もれるのを待って、アビドス地下帝国高等学校にしましょうよ」

「何馬鹿なこと言ってるんですか。口よりも手を動かしてください。ホラ!あなた達も動いて!」

 

 私がとても素敵な提案をしても、ホシノには全く相手にされず、無理矢理スコップを押し付けられてしまった。そのまま声を上げて他の生徒も促すと、あれよあれよという間に彼女たちは学年関係なく渋々校舎の発掘作業を始めた。大したものだが、おかげで私までつまらない穴掘りをさせられるはめになった。

 

 

 

 

 

「なんてこともありましたけど、案外何とかなりそうですね」

 

 砂嵐から数日。砂に埋もれたアビドス高校は地下一階を新しく手に入れたが、学生の本分は穴掘りではなく勉強である。したがって私たちのやることは以前と変わらず、意外にも早くアビドス高校は日常を取り戻していた。なお、諦めたともいう。

 

「えぇ、街の方の復興も進んでますし、被害は⋯⋯まぁ、最小限ってところでしょう。しかし、学校の方は⋯⋯」

「うん。だから別館に移転しようと思ったんだけど」

「荒れましたねぇ」

 

 当然、砂嵐の被害を受けたのはアビドス高校だけではない。アビドスの自治区内にある商店街や住宅街など、あらゆる場所が多かれ少なかれ被害を受けた。中にはアビドスを離れる選択をした人たちもいたようだが、多くの住民は生活がかかっていることもあってか、協力して迅速に復興が行なわれた。

 

 しかし、徐々に復興しつつある市街地に対して、肝心のアビドス高校本館は全くと言っていいほど手がつけられていなかった。巨大な校舎、使われていない施設、広大な敷地。勿論、今のアビドス高校にそれらを元通りにするだけの人手やお金がある筈もなく、だから今日の日、ユメ先輩が生徒会長として比較的砂嵐の被害が少なく、管理のしやすいアビドス高校の別館に校舎を移転する決断をしたのだが、いざそれを発表してみれば、非難轟々の嵐であった。

 

「言わせておけばいいんですよ。どの道決まった事なんですから。私はユメ先輩の判断は正しかったと思いますよ」

「ありがとうホシノちゃん」

「大丈夫です!アビドスは滅びません、何度でも蘇りますから!」

「駄目なやつじゃないですかソレ、ところで今日は何かします?」

「ごめんね、今日もやる事があるから、先に帰っててくれる?」

「手伝いますよ?」

「うんん、生徒会長としてやらないといけない事だから。生徒会でもない二人に手伝ってもらうわけにはいかないよ」

 

 過ぎたこと(どうせいなくなる連中)の話を切り上げて今日の活動を訊ねると、ユメ先輩はホシノの協力の申し出すら断り自分一人でやると言い出した。ここ数日、ユメ先輩はこう言って一人で生徒会の活動をしていることが多かった。恐らく別館に移転する決断もこの時されたのであろう。

 

「そうですか。では、私は少し商店街の様子でも見ていこうと思います。どうも最近、不良が多いみたいですから」

「あ、その辺に前々から気になってるラーメン屋さんがあるんですよね。せっかくですし、食べに行きませんか?」

「まぁ、いいですけど」

 

 ホシノが正義の味方よろしくパトロールをすると言うので、特にやる事のない私は彼女の予定に乗っかることにした。ついでにいつかは訪れようと思っていたラーメン屋(芝関ラーメン)に行こうと誘うと、彼女はそれほど嫌がる素振りを見せず承諾した。これがデレというやつか。

 

 

 

 

 

 ホシノと無駄に広いアビドス高校の敷地内を歩き、ようやく校門までたどり着いてさあ下校しようと思ったその時、私はふと忘れていたことを思い出した。

 

「あっ!」

「何ですか?いきなり大声出して」

「リュックサック型の水筒、生徒会室に置いて来ちゃいました。あれ、邪魔なんですよね」

 

 まだユメ先輩が死ぬその日(あの日)はもう少し未来の話だが、この水筒を買ってからどうにも不安で手放せないでいた。あわよくば高値で水を売りつけてやろうとも考えているが、今のところ売れたことは無い。

 

「全く。じゃあ、なんで持ち歩いてるんですか」

「砂漠で迷子になってもいいようにですよ」

「⋯⋯、そんなのユメ先輩ぐらいでしょう」

 

 呆れ顔でそう言うホシノに私は曖昧に笑うしかなかった。好みも考え方も異なり、あまりそりも合わない私たちだが、ことユメ先輩についてのみ我々は分かり合うことができるのだ。

 

「急いで取りに行くので、ちょっと待っててください!」

「はいはい、分かりましたよ」

 

 

 

 

 

 忘れ物を取りに生徒会室に向かっていると、目的であるその部屋から話し声が聞こえた。ユメ先輩は当然居るのであろうが、私とホシノ以外がこの場所に訪れるのが大変珍しかったので、私は素直に入室せずに聞き耳を立てて様子を伺う。

 

「ユメちゃんさぁ、やる気あるの?」

「頑張ってはいるんだけど、⋯⋯ごめん」

「ごめんじゃないだろ!お前がなんとかするって言うから全部任せたのに、なんだこの有り様は!」

「本当にごめんなさい⋯⋯」

 

 扉越しに聞こえてくる声の雰囲気はあまり愉快なものではなかった。話している相手はユメ先輩と同じ3年生だろうか、関わったことはないが生徒数の少ないアビドスでは嫌でもわかる。彼女に非難されているユメ先輩は明らかに元気がなさそうであった。すると今度は別の声が淡々とユメ先輩に問いかけた。

 

「ところでさ、自治区の砂を撤去した費用どこから出た?」

「⋯⋯」

「それと、校舎を別館に移転する話。偶然じゃないよな?」

「⋯⋯うん」

 

 感情のない声はどこか明言を避けていたが、その意図は会話の外にいる私にさえ明らかであった。ユメ先輩は先日の砂嵐で砂に埋もれた自治区を復興する為の資金として、アビドス高等学校本館を売ったのだ。そして何も売却したのはこの校舎だけではないだろう。いくら立派な建物といえど、砂上の楼閣には大した価値はない。おそらく件の別館以外、自治区の土地はほとんど売ってしまったと思われる。そしてこれは、2年後にアビドス廃校対策委員会が直面する、アビドス自治区の土地の権利問題のいざこざに繋がるというわけだ。

 

「お前、学校を売ったな!誇りあるアビドスの歴史をなんだと思っているんだ!」

「でもっ!もう、この校舎は私達には管理しきれない。それに、アビドスで暮らす人たちが困っているのを、私はアビドスの生徒会長として見過ごせない!」

 

 いきり立って声を荒げるアビドス生を前に、ユメ先輩もまた語気を強めて言い返した。私なら自治区の被害など放置するか手段を選ばなければもっと良い方法は幾らか思いつくが、善良な彼女にとってはこれが窮余の策だったのだろう。まさか喜んで売ったわけでもあるまい。しかし、それでも一般的なアビドスの生徒にとって納得出来るかは別の話だが。

 

「そうやってまた、良い子ぶって──」

 

 興味本位で生徒会室の扉を少し開けて覗いてみると、言い返してきたユメ先輩に対しアビドス生の内の一人が歩み寄って胸ぐらを掴む。そしてグッと引き寄せて拳を上げとうとしたその時。

 

「やめろっ!!」

 

 気が付けば私は生徒会室に乗り込んでいた。ユメ先輩に殴りかかろうとしていた奴は動きを止め、他の奴らも何事かとこちらに顔を向ける。そして当のユメ先輩も驚いた様子で目を白黒させていた。

 

「は、誰だお前?」

「こいつアレだよ。例の頭のおかしい転校生」

「ち、チカゲちゃん!なんでここに!?」

 

 ああ、らしくない。こんな面白くない(・・・・・)こと、何も知らないふりをして明日からもいつも通りに接していればよかったではないか。私はこの場に飛び出したことを後悔していた。自分がここにいることに、おそらく私自身が一番困惑している。まるでホシノの奴みたいではないか。しかし、出てしまったものは仕方がない。私は一度深呼吸をしていつも通りに悪戯っぽく笑った。

 

「んふふ、いつもニコニコあなたのそばにいるのが奇星チカゲですから。皆さんが楽しそうにお話する声が聞こえたので来ちゃいました」

 

 いきなり現れたかと思えばペラペラとよく喋る頭のおかしい転校生に皆が怪訝な表情を浮かべた。そんな彼女たちの様子に気分を良くした私はさらに舌が回る。

 

「話は聞かせてもらいましたよ、大変そうですねアビドス。しかしまぁ、私からすれば、起こるべくして起こったことですね」

「どういう意味だ」

「だってそうでしょう、ユメ先輩一人に責任を押し付けて、誇りあるアビドスなど初めから無かったのでは?ようやく収まるべきところに収まったとも言えますね」

「余所者のくせに何が分かる!」

「知りませんよ。でも、諦めて腐ってたあなた達より、諦めなかった先輩の方がよっぽど立派だってことは分かります」

「何だと、このっ!」

 

 私の発言に逆上した彼女は、とうとう携帯していた銃を構えて発砲してきた。今の一発は射線が見え見えだったため当たりはしなかったものの、こんな狭い部屋で尚且つ人数不利でいざ戦うとなれば勝てないだろう。だからといって逃げるわけにもいかない、そうすれば矛先がユメ先輩に向いてしまう。どうにもさっきから自分の言動が思い通りにいかなかった。

 

「もうやめてっ!!」

 

 私が自分自身の短慮さを恨めしく思っていると、ユメ先輩が机を叩いて大声で制止した。私を含め皆の注目が彼女に集まる。

 

「私が悪かった。私が悪かったから!勝手にやったことも、皆んなの気持ちを考えなかったのも、全部私の責任だから!」

 

 声を振り絞ってそう言うユメ先輩は目に涙を浮かべていた。そう言い切って少し落ち着くと、今度は無理矢理笑顔を作って静かに話し始める。

 

「実際に生徒会長になってから分かった。私って馬鹿だから良い案なんて思いつかないし、要領も悪いから一人じゃ何にも出来ない。⋯⋯だからお願い。新しいアビドスで、もう少しだけ力を貸してくれない?」

 

 どうしてそこまでできるのかさっぱり分からないが、ユメ先輩は他の誰も責めることなく自分の非を認め、生徒会室にいる全員を見渡して協力を頼みこんだ。しかし、これまで上手くいかなかったものが、今更どうにかなるはずもなく。

 

「チッ、やってられるかっ!」

 

 決まりの悪い罪悪感に居心地が悪くなったのか、私に銃を向けていた彼女とその他の生徒は悪態をついてさっさと出て行ってしまった。きっともう彼女たちはアビドスを離れるだろう。それは夢で知っていなくても分かった。

 

 行ってしまった人たちを見送って、生徒会室に二人だけになってしまった私とユメ先輩は、しばらく無言で見つめ合っていた。何と言えばいいか分からない。しかし、少なくとも彼女たちがアビドスから離れる決め手になったのは私が原因だろう。

 

「すみません、ユメ先輩。私が余計なことを言ったせいで──」

「チカゲちゃんのせいじゃないよ、私が生徒会長に相応しくないのがいけないの。それでも、チカゲちゃんが庇ってくれて嬉しかった。私もちゃんとやれてるんだって、そう思えたから」

 

 ユメ先輩はそう言いながらこちらにに歩み寄ると、ゆっくりと私を抱きしめる。私はされるがままで先輩を見つめていたが、前向きな言葉とは裏腹に彼女はあまり上手く笑えてはいなかった。

 

「先輩⋯⋯」

「あれ、おかしいな?涙が出できちゃった。嬉しかったはずなのに」

「嬉し涙じゃないですか?アビドスに現れた超新星。完璧で究極なアイドルである私に出会えたことにユメ先輩は感動しているのです」

「あはは、チカゲちゃんはまたそうやって」

「どうせなら面白いほうが良いでしょう?」

 

 そういうことにしよう。彼女が泣いているのはあまり面白くない(・・・・・)から。

 

「ごめん、やっぱり涙、止まらないや⋯⋯」

「笑い過ぎなんですよ、先輩」

「⋯⋯今日のこと、ホシノちゃんには言わないで。⋯⋯きっと、とっても怒るから」

 

 ユメ先輩に言われて想像してみるが、激昂したホシノが彼女たちをボコボコにして、ユメ先輩に対して謝罪を要求する姿が容易に想像できた。ユメ先輩がそれを望んでいない以上、ホシノに今日あった事を言うのはあまり賢い選択ではない。彼女を止めるはめになるのはきっと(なぜか)私たちなのだ。

 

「⋯⋯でしょうね。ここだけの秘密にしておきましょう」

 

 思い浮かぶ苦労にウンザリとした気分でそう結論づけて納得しかけたそのとき、私はふと忘れていたことを思い出した。

 

「って、しまった!私、ホシノちゃんを待たせているんでした!」

「うん?そうだったね。ありがとう、もう私は大丈夫だから」

 

 ホシノとの約束をすっぽかしたことに慌てる私を見て、ユメ先輩も私たちの予定を思い出したようでパッと抱擁を解くが、それが今度は私にとって心細く思えた。

 

「いやいやいや、私が大丈夫じゃないです。このままじゃ私、ホシノちゃんに拷問されてあることないこと話しちゃうかも知れません!」

「そこまで怒らないと思うけど、⋯⋯たぶん」

 

 恐れ慄く私にユメ先輩はあまり頼りにならないフォローで逆に不安を煽る。ブチ切れたホシノに言えと詰められれば、何があったか言ってしまうだろう。どうせいなくなる奴らの代わりに私が痛い思いをする気などさらさら無い。

 

 しかし、ユメ先輩に言わないと約束した手前そう簡単に口を割るのも気が引ける。それに、今あったことを話して手が付けられないほどブチ切れたホシノを止めるというのもさらに面倒くさい。少なからず楽しみにしていた芝関ラーメンに想いを馳せるていると、私の賢い頭脳は二者択一を選ばない名案を叩き出した。

 

「そうだ!私がユメ先輩を誘っていたということにしましょう。先輩も一緒に来てください!」

「で、でも。まだやらなきゃいけないことが⋯⋯」

「お願いです!人助けだと思って!」

「わ、分かったから!」

 

 そうと決まれば話は早い。私はユメ先輩の手を取ってホシノの待つ校門まで急いで駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホシノちゃん、チカゲちゃん、ここが新しい校舎だよ!」

「新しいって⋯⋯ただの別館じゃないですか」

「それはそうだけど⋯⋯」

「分かってませんねぇ、気の持ちようですよ」

 

 心機一転、意気揚々と新しい校舎を紹介するユメ先輩と、それに無粋なツッコミを入れるホシノ。そして、やれやれと首を振る私を合わせた3人は、移転することになった別館に訪れていた。

 

「⋯⋯もう、私たちだけになっちゃったね」

「いなくなった人たちのことは忘れましょう。期待するだけ無駄だったんです」

「そういう言い方は良くないと思うの。だって、悪いのは砂漠化でしょ?」

「⋯⋯」

「自分の自治区を離れるのは、誰しもつらいんだよ」

 

 結局、私たち3人以外のアビドス生徒は全員アビドス高校を自主退学してしまった。次々と叩きつけられる退学届に私は思わず笑ってしまいそうになったが、それを受け取る立場の生徒会長であるユメ先輩はかなり堪えていたし、ここ数日それを見ていたホシノはかなり不機嫌であった。

 

「⋯⋯でも、結局みんなアビドスを捨てたじゃないですか!」

「みんなじゃないよ、ホシノちゃんもチカゲちゃんもいる」

「そうですよ、この私がいるってだけでアビドスの勝ちです」

「⋯⋯」

「それに⋯⋯私も、ね?」

「⋯⋯先輩」

 

 いなくなった人たちに憤るホシノを、なぜか一番怒る権利があるはずのユメ先輩が宥めると、ホシノの怒りはひとまずの鳴りを潜めた。流石の包容力だ、器の大きさで彼女に勝る者はこのキヴォトスにはいないだろう。牛乳でも飲もうか。

 

「これからは、三人で頑張っていこう。お互いにお互いを守るの」

「⋯⋯チカゲさんはともかく、ユメ先輩はことだけ考えてください。弱いんですから」

「そ、そんな言い方しなくてもぉ⋯⋯」

「そうだぞ!鬼、悪魔、小鳥遊ホシノ!これ以上強くなったら私に勝ち目がなくなるじゃないですか!」

「そんな日こそ、絶対に来ませんよ」

「というか、ホシノちゃんが特別強いだけじゃない?」

「⋯⋯いえ。もっと、強くならないと」

 

 ホシノから私に目配せが送られる。私は軽く頷き返して用意していたものを取り出すと、ホシノと一緒にユメ先輩に差し出した。

 

「そのためにも⋯⋯まずは先輩、これを受け取ってください」

「うん⋯⋯?生徒会に入ってくれるの!?」

「引越し祝いです。まあ、お祝いって雰囲気じゃないですけど、少しくらい良いことがあってもいいじゃないですか」

 

 私たちの手渡した生徒会加入の紙を受け取って、ユメ先輩は目を輝かせた。

 

「やっ⋯⋯って、どうして⋯⋯?」

「生徒会かどうかに拘ってる意味がないと思ったので」

「ええ、邪魔者がいなくなった今、生徒会長の座を狙う絶好のチャンスでしょう?⋯⋯なんちゃって」

「⋯⋯あ、でもあのダサい手帳は──」

「私にください!」

「やっぱり欲しいですっ!」

「なんでですか!本当はいらないくせに!」

「あなたに渡したくないんですよ!どうせ碌なことしないでしょう」

「まあまあ、それはまた今度ね」

 

 ホシノと私が言い合っていると、ユメ先輩はとりあえず話題を変えようとした。

 

「それにしても、夢みたい。うんん、奇跡だよ」

 

 先輩は私たちから受け取った紙をまじまじと見つめて、久しぶりに一切の曇りなく嬉しそうにしていた。そして、ふと何かを思い立ったようにカバンを漁ると、カメラを取り出した。

 

「そうだ、記念に写真撮ろうよ!」

「別に、わざわざ撮らなくても⋯⋯」

「お祝いの時は、記念に写真を撮るものだから!」

 

 訳のわからない理屈を言いながら、ユメ先輩は三脚を立てカメラを置いて写真を撮る準備を進めた。

 

「ほら、ホシノちゃん、チカゲちゃん。もっと寄って」

「ち、近いです先輩。それに、なんで私が真ん中なんですか」

「そりゃあ、収まりがいいから──ぐぇ」

「ふふっ、それじゃ、はいチーズ!」

 

 ついつい余計なことを言ってしまいホシノに足を踏まれたが、そんなことじゃ私の素敵な笑顔は崩れない。撮り終わってから確認してみると、多少作り物っぽい笑顔だが、悪くない写真であった。

 

「うん。良く取れてる!」

「ホシノちゃん、もうちょっと愛想良く笑えないんですか?そんなんじゃ、後輩から怖がられますよ」

「余計なお世話です。そういうのはチカゲさんがやればいいじゃないですか」

 

 相変わらず写真でも無愛想なホシノにケチをつけていると、彼女は至極鬱陶しそうに後輩の面倒を見る役割を押し付けてくる。まあ、悪い気はしなかった。

 

「ふぅん。ところで話は変わりますが、そのチカゲさんって呼び方やめません?」

「は?⋯⋯何ですか急に」

「だってホシノちゃん、いつまでもさん(・・)付けで、他人行儀じゃないですか」

「じゃあどうしろと⋯⋯」

 

 とぼけるホシノに私は溜息が出そうになった。言わなきゃ分からないのか、この朴念仁め。

 

「チカゲちゃん(・・・)って呼んで欲しいです」

「嫌ですよ」

「私はホシノちゃんと仲良くしたいだけなのに、ホシノちゃんは私と仲良くしたくないんですね、よよよ⋯⋯」

「あなたは私のこと舐めてるだけでしょうが」

「えー、いいじゃん!そっちの方が友達っぽくていいよ!」

 

 恥ずかしがって中々呼び方を改めようとしないホシノに攻めあぐねていると、思わぬところから先輩の援護射撃があった。すると、ホシノは苦虫を噛み潰したような表情で随分と迷った後、顔を真っ赤にして虫の鳴くようなか細い声で私に呼びかけた。

 

「⋯⋯ち、チカゲ、ちゃん」

「「キャー、可愛いー」」

 

 恥ずかしいことを認めるのも恥ずかしいのだろう。彼女は黄色い声を上げる私たちを前に、地団駄を踏むだけで無駄な抵抗はしなかった。または、本当に友達だと思っているのだろうか。

 

「じゃあさ、じゃあさ!私のこともユメちゃんって呼んでみてよ」

「駄目です。ユメ先輩は先輩なので、そこら辺はしっかりしておかないと」

 

 ユメ先輩は自分もちゃん付けするようホシノに頼み込んだが、ホシノは一瞬にして表情を取り繕いもっともらしい理由で断ると、ユメ先輩はガックリと肩を落としてしまった。個人的にはちゃん付けで呼んであげても良いが、その方が面白いので私も同意するように深く頷いておく。

 

「そんなぁ。⋯⋯でもそれって、私が先輩として頼りになるってことだよね!」

「「⋯⋯」」

 

 しかし、そこで我らがお花畑先輩は我々の可愛らしい意地悪を随分と好意的に受け取ったらしく、そう前向きに解釈した。好意や敬意はともかくとして、頼りになるかといわれれば口を紡がざるおえない。そして、態々そんなことを言葉にするほど素直でない私たちは、誤魔化すように明後日の方向を向いた。

 

「な、なんとか言ってよぉ」

「さっ、行きましょうかホシノちゃん。はやく新しい校舎を探検しましょう!」

「そうですねチカゲちゃん。それに掃除もしないといけないでしょうし⋯⋯」

「ちょ、ちょっと待ってってばぁ〜」

 

 置いていかれそうになって慌ててカメラを片付けているユメ先輩を尻目に隣を歩くホシノを見遣ると、彼女はしたり顔で笑っていた。

 

 

 

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