The Girl of the Black Family
入学の季節になると、いつも思い出す。
学校生活に胸を躍らせる新入生達。
学年が1つ上がり、後輩が出来た2年生。
悪戯も悪知恵も、ますます巧妙になる3年生。
誰かを意識し始める、思春期のまっただ中にいる4年生。
O.W.L. に怯える5年生。
将来を考えながら、何かに抗おうとする6年生。
大人として歩み出そうとする7年生。
そのすべてが、決して色褪せることはない。
嬉しいことも、悲しいことも——全部。
君を────、
君だけを────、
Toujours Pur.
──純血よ永遠なれ。
ブラック家。聖28一族にも数えられ、魔法界でその名を知らない者はいない、高貴で由緒正しい純血家系の名門。それがブラック家だ。
自分達を事実上の王族と驕り、数多くの純血の魔法族と婚姻を結んだブラック家は、まさに純血至上主義。
でもわたしは知ってる。全員が、じゃない。
純血至上主義に反した者達も存在してるのだ。
スクイブ、マグル生まれ、半純潔。
ブラック家に伝わる家系図のタペストリーには、そんな反した者達の描かれた顔の部分が焼き消され、元々存在していなかった、としているだけ。
だからブラック家には純血者しかいない。
マグルとマグル生まれの魔法使い、魔女に差別感丸出しの者ばかりが多い純血至上主義の一族の一つ。そんな大層なブラック家で、わたしは生を受けた。
名前はイーリス・ブラック。父の名はタウマス。母はエレクトラ。10以上歳の離れた幼い妹にハルピー。
名門に生まれたこの身は、他からとても羨ましがられるもの。確かにブラック家は大層お金持ちでとても見目麗しい。
でもわたしはブラック家が大嫌いだ。謎に湧き上がってくる嫌悪感を時々感じてるくらいに。
きっとみんなは怒るだろう。恵まれた者がそれ以上の贅沢を言うな、文句を言うなって。でも言わせてほしい。
名門だからって、お金をもってるからって、綺麗だからって幸せだとは限らない。
わたしは両親からの愛を知らない。愛してくれた事なんて一度も無かった。
現当主のフィニアス・ナイジェラス・ブラックを兄に持つ弟である父は、当主を絶対として自分が無くブラック家のイエスマン。分家しているのだから父としてしっかりとした態度であれば良いのに、何もかも伯父の仰せのままに。我が子には無関心の人。
過激派純血主義と噂のカロー家から嫁いで来た母はそんな父に従順とし、完璧主義者でマグルに対してのガッチガチの差別主義者。ハウスエルフにわたしや妹の子守りをせるくらいの子供嫌いで、愛情も無いのに干渉だけはしてくる。
そんな二人を両親に持ったわたしの未来は、生まれる前から既に決められていた。成人すれば伯父が決めるどこかの純血家へといずれ嫁がされるのだそうだ。
わたしの意思など必要とされない。両親にとってわたしは大事な娘ではなく、ブラック家の所有物。繁栄させる為だけの道具でしかなかった。
この家の為に美しく着飾りなさい。
完璧である為に聡明になりなさい。
この家を誇りなさい。
純血は絶対。絶対。絶対。
毎日のように母から言い聞かせられた。言う事を聞かなければ仕置きとして、許しが出るまで真っ暗な部屋に閉じ込められる。寝る時に小さな灯りが無いと今でも寝れないのはこのせいだろう。
幼い頃、愛されていた誰かの真似をして母に思い切り抱きついて甘えたことが一度だけあった。
わたしだって、そんな母にでも愛されてみたいと思ったから。
「やめて気持ち悪い! そんな汚い手でベタベタと触らないで!」
整えられたブロンドの髪を振り乱しながら母はわたしを冷たい目で見下ろし、わたしの手を強く振り払って突き飛ばした。
父はそんな母を見ても、悲しみに打ちひしがれて父を求めるわたしを見ても知らないフリをしていた。
わたしはブラック家が大嫌いだ。
両親が大嫌いだ。
そして、それを抗うことが出来ない幼い自分自身が大嫌いだった。
「入学許可証よ! これであなたも魔女ね」
11歳の誕生日を迎えて直ぐ、わたし宛にふくろう便でホグワーツ魔法魔術学校への入学許可証が届いた。
「お前がスクイブじゃなくて良かった!」
両親は喜んでいた。その笑みは愛を持って我が子に向けるものじゃなく、自分達がスクイブの親にならなくて良かったという安堵の表情に近い。
わたしが魔女である兆候を見せたのは7歳。悪夢を見て泣き喚くと、部屋中の窓ガラスが全て割れてしまった。そして9歳。母親に躾で暗い部屋に閉じ込められ、恐怖で泣き喚いた瞬間に、閉められたドアを激しく吹き飛ばした。これらの事から素質を認められたのだと思う。
9月1日の入学期に備え、既に購入されてた教科書や羊皮紙、羽根ペン以外の必要な物を買いに、両親を連れ立ってダイアゴン横丁へ。
先ずは制服に普段着ローブ、冬用マント。三角帽に安全手袋。
洋装店で寸法を合わせたり生地の質を選んだり、兎に角両親はお金に糸目をつけない。ブラック家が粗末な物を使ってはならないと思ってるから。
続いては杖、大鍋、薬瓶、望遠鏡に真鍮製秤等……。
「おやこれはこれは……」
薬問屋に入ると、両親に気づいてアッシュブラウンの髪色をした二人の男女が近づいて来た。どうやら両親の知り合いらしい。わたしの両親よりかいくつか年上に見える。
「お二人も入学の準備に? わたくし共も、ですの」女性が洋扇で口元を隠して上品に笑う。
「こちらはご息女ですかな?」
総髪を後ろへなでつけた髪型の男性は母の真横にいるわたしに気づくと、目を細めて父へと問うた。
「ええそうです」
「上の娘のイーリスですわ。ご挨拶なさい」
「はいお母様」
カーテシーの挨拶をすると、満足気な母が「先にオリバンダーの店で杖を選んでなさい」と、わたしにこっそりと耳打ちをして促す。
大人同士の会話に子供のお前は必要無いというわけで、わたしは再度二人へカーテシーをして薬問屋から出ようとする。去り際、アッシュブラウンの髪色をしたもう1人、わたしと同じくらいの男の子が、男女の背に隠れるように立っていたのが見えたような気がした。
1人で向かったオリバンダーの店は、狭くて埃っぽくて骨董品の様だった。
チリンチリンというベルの音が鳴り、『いらっしゃいませ』と奥から老人の店主が現れる。この人がオリバンダーという人なのかな。
「こんにちは。杖を買いに来ました」
わたしがそう言うと、店のお爺さんはじいっと静かにわたしを見つめて考えている様子。
「右利きか左利きかどちらかね?」
「右利きです」
「成る程。それでは腕を伸ばして」
肩から指先等の寸法が採られる。待ってるこの間が居心地悪いなと思いつつ、天井近くまで積み重ねられた、おそらく千以上の細長い箱の山に視線を流して気を紛らわす。
「ブラック家のお嬢さん」
と呼ばれて意識をそちらへと戻せば、お爺さんはごにょごにょと独り言を呟きながら1つの箱を奥から持って来た。
ところでわたしは自分の名前を言った?
「お嬢さんが入って来てからずっと呼ばれておったよ」
「呼ばれて?」
「魔法使いが杖を選ぶんじゃなく、杖が持ち主を選ぶのだよ」
箱から取り出されたのは、持ち手の部分にくびれのある焦茶の色をした杖だった。
「14インチ! トネリコの木とドラゴンの心臓の琴線の芯で出来たこの杖は、1番初めの主に忠実。誰にも譲らぬように。早くに馴染みやすいが頑固だのう。強い精神を持ち、うぬぼれた浅はかな考えは決して持たぬ事をおすすめするよ」
オリバンダーの杖にはひとつとして同じ杖は無い。さてどうかね。そう言ったお爺さんから杖を手渡された瞬間、わたしの指先に熱を感じた。
「軽く振ってごらんなさい」
言われるままに杖を軽く振ると、杖先から火花と小さな風と緑の葉っぱみたいなのがブワッと溢れ出て来て驚いた。それにとても手にしっくりとくる。
「わっ!」
「実に喜ばしい! これでお嬢さんはその杖の主だよ」
杖に選ばれ、母から渡されていた代金を支払って店を出たわたしは、何だかとても夢見心地。ふと我に返って辺りを見ると、両親は店の外にいなかった。
まだ話をしてるのか。
薬問屋に戻ろうかと思ったけど、目の前にあった古書の店に何となく足を踏み入れた。中はオリバンダーの杖と変わらないくらい狭くて埃っぽい。そして古臭い臭いがする。本棚には色々な大きさの物があって、とても綺麗に整頓されているとは言い難かった。
何か面白い読み物でもあれば良いな。
上段の棚の本を流し見しながらふと気になった橙色の背表紙。今にも壊れそうな梯子を使って手に取る。50ページくらいの束幅しかない本で、表紙には何かの字で書いてあったけど、全く読めなかった。
状態からして古い本らしいけど、中を開いたら果実みたいな柔らかくで甘い香りがした。今まで嗅いだことの無い、柑橘系の甘酸っぱさと爽やかさもある不思議な匂いだった。
「良い匂い」
とても良い香りに惹かれつつ、ページをめくる。文字は書いてあるけど、やっぱり読めないのだ。何語なんだろうか。そう思って梯子を降りると、いつの間にか店主らしきお婆さんがいた。
「おやまあ。その本がうちの店にあったとはねぇ!」店主のお婆さんはとても驚いてる様子だった。
「お店の本じゃないんですか?」
「うちは古書を扱ってるけど、たまに不思議な魔法の本が迷い込んで来る事があるのさ。その本はレア中のレア! 長年生きてきてアタシも初めて見たよ!」
「それじゃあこれは何て書いてあるんですか?」
「表紙に書かれてる字は異国の文字でアタシにも読めやしない。なんでもその本は、前に手に取った者の関わる『過去』の一部と、新しく手に取った者の関わる『未来』の一部を魅せてくれるそうだよ」
「過去と未来? 一部?」
何の魔法の本なの。って変に思いながらその本をまた開けば、瞬く間にスウって透明になってわたしの手から消え失せてしまった。
「え! 本が消えた!」
「ああ、また何処かの世界の時間へ行ってしまったんだね。お嬢さん、アンタ運が良い」
レアな魔法の本に出会えて幸運だと店主が言う。だけどわたしには何が幸運なのかよくわからない。だってその本は消えてしまってもう無いし、過去や未来なんて見てもいなかったからだ。
近いうちに魅れるだろうよ。店主の言葉を何となく流すように聞いてわたしは店を出た。
他に何かの本を探しても良かったけど、何故か今はもう良いやって気持ちになったし、詳しく聞いてもどうせわからないからこのまま気にしないでおくことにする。
ただ、あの匂いはとても好きな匂いだったな。
「杖は選んだの?」
店を出たら両親がオリバンダーの店前で待ってて焦る。怒られてしまうと思ったけど、人前を気にして何も言われずにすんだみたいで心からほっとした。
「最後はふくろうよ。早くしなさい」
「はい、お母様」
夕方。必要な物リストに記されていた全ての物が揃い終えると、わたしと両親はダイアゴン横丁を後にした。
その日の夜、不思議な夢を見た。
わたしは何処かの国の年頃の女の子だった。ダイアゴン横丁で初めて見た、アジア系の人達のようにも見える。
大きな街、いくつもある高い塔みたいな建物、行き交う人々の服装は見た事が無かった。薄い絵画の様な物の中では色々な変化があって、家にも飾られてある動く肖像画よりも動いて喋ってる。手のひらの大きさの黒い板はどうやら必需品。ずっと手放せない。誰かと話をしたり、動く絵を観たり、音楽を聴いたり、色々。
彼らは魔法使い? それともマグル?
言葉はわからない。ただ女の子は本が好きで、日記を付けるのが好き。
【 2023 】
唯一、日記の表紙に書かれてある数字だけがわかる。
2023って、何の数字?
女の子は自分を磨くことに興味があって、冊子にある髪型を真似て可愛くしてみたり、お洒落な服を着たり、爪を綺麗な色に染めたりしてた。
鏡に映る自分の姿に自由を感じる。女の子はとても嬉しそう。
不思議なんだけど、夢の中なのに本を開いた時に香ったあの匂いがした。目覚めてから暫く経っても、あの良い匂いがわたしを包んでるみたい。何処かに売ってる香水か、石鹸の匂い?
前に手に取った者の『過去』────。店主のお婆さんの言葉をなんとなく思い出す。
この夢は、わたしの前に橙色の不思議な魔法の本を手にした人の『過去』なのかな。
それからというものこの『過去』は、わたしの夢に時々現れるようになった。ただ、いつも内容が同じだった。ある程度の様子が見えると、巻き戻って何度も同じ事が繰り返された。
「さあ、行きなさい」
9月1日。キンクズ・クロス駅の9番線と10番線の間の壁の前で、上っ面の笑顔を見せる両親との別れ。少しも哀しくない。わたしは何も返さずに壁を通り抜ける。
9と3/4番線からこの紅色の蒸気機関車、ホグワーツ特急に乗ってホグワーツに向かうみたい。
荷物はもう中。乗車する時、少しだけ心臓が高鳴った。それはこれから先の事、学校生活、友達も出来て色々、色々……。何かの期待と不安からかもしれない。
「どいてどいてー」
「久しぶりー」
「新学期が楽しみだよ」
ホグワーツの学生達の楽しそうなお喋り声。人混みを掻き分け、荷物を避けて通路を通り、自分の荷物が置かれた真ん中の車両のコンパートメントの席に腰掛ける。まだ他に誰も居なくてわたし1人。
「ねえ、ここ、良い?」
すると急に、女の子がわたしがいるコンパートメントの戸を開けて入って来た。大荷物からして同じ1年生なのかも。断る理由も無いからわたしが頷くと、女の子は通路側へと顔を向けて声をかける。
「セバスチャン! 良いって! ここに入ろう!」
女の子よりも大量のトランクを両手に抱えて現れたのは、顔がそばかすだらけの、その女の子よりも頭ひとつ分背の低い男の子だった。
「もう限界! 重過ぎて疲れたよー!」
茶色で癖っ毛の髪質の男の子は、額に若干の汗を滲ませて荷物ごと無理矢理中へと入る。一瞬、窓側に座るわたしと目が合って固まったように見えた。
「ありがとう。他はいっぱいで入れなかったから助かったわ!」
女の子が男の子と一緒に荷物達を何とか隅に寄せてわたしの横へと腰掛けると、「アン・サロウよ」と初対面なのに親し気に自己紹介してきた。
「こっちは双子の兄のセバスチャン」
アンが代わりに紹介したセバスチャンという男の子は、額の汗を袖で拭いながら頬を染めて「君も1年生?」と、わたしに問うてくる。
「ええ。そうよ」わたしは窓の外へ目を向けて素っ気なく答えた。
普通なら多分、殆どの人はこの流れから自分も名前を言うと思う。でもわたしは名乗らない。別に気取ってるんじゃなく、"ブラック"の名前を言いたくなかっただけ。学校に行けば嫌でも名前が知られるわけだし。
歳の近い子達に話しかけられるのにも慣れてないし、何を話せば良いのかわからない。なるべく会話を避けるように、わたしはわざと窓側に頭を傾けて瞼を閉じる。
つまり寝たフリだ。
目を閉じてしまったから2人の様子はわからない。でもきっと、わたしが話をしないから諦めてくれたのだと思う。
寝たフリだったのにいつの間にか寝てしまったのは、昨晩よく眠れなかったせいかも。
暫く経って、うつらうつらしたまま目を開けて窓の外を見ると、日が暮れかけた景色に真新しい変化など特に何も無くて、少しがっかりした。
「ねえあなた達、ホグワーツに着く前に制服に着替えたほうが良いわよ! ローブもね!」知らない誰かがコンパートメントの戸を開ける。
わざわざ知らせに顔を覗かせると、それだけを言って次の部屋へと移動して行った。
「もうホグワーツか」
「着替えましょ」
サロウ兄妹が制服に着替えようと荷物を探り始める。わたしもそうしようとトランクに手を伸ばせば、わたしに目をやったアンが「あ!」と大きな声を上げた。
「セバスチャン、着替える間、あなた他のコンパートメントに行ってよ!」
「何で? いつも一緒に着替えても気になんかしなかったよね?」
「バカね! いいから早く行って!」
セバスチャンは面倒だなと口を尖らせて、自分の着替えの入っているトランクを持って何処かへと出て行った。
「ごめんね。私達いつもそうだったからつい……」
アンは気遣ってくれたらしい。わたしも世話をしてくれているハウスエルフがいる感覚で着替えようとしていたから、アンの気遣いにはお礼を言わなきゃって思ったけど、わたしの口は『そう』って愛想の無い返しをしてしまった。
静かな間が流れ、わたしとアンは無言のままに制服へ袖を通す。着替えてからも終わらない沈黙に、アンはさぞ気不味い思いをしてるだろう。
「アン! もう直ぐ着くって!」
この息苦しい空間を壊すように、ガラリとやや乱暴な戸の開け方をしてローブまで身につけたセバスチャンが入って来た。それともう1人、同じ背丈くらいの、アッシュブラウンの髪を七三に撫で付けた男の子も一緒だった。
「誰その子?」アンが訊く。
「着替えに入ったところに居てさ、退屈そうだったから連れて来たんだ。僕達と同じ1年生だって!」
「そうなんだ! 私アンよ! セバスチャンの双子の妹なの。よろしくね!」
「ぼ、僕はオミニス。よろしく……」
オミニスと名乗った男の子は少し恥ずかしそうに頬を染めて、わたしとアンが座る向かい側、セバスチャンの隣に腰を掛けた。
微妙な間が流れる。サロウ兄妹からの視線を感じつつ、わたしは窓の外から目を離さない。またこの流れでわたしも名乗らないといけなくなるかもって内心嫌だなって思っていたら、断ち切ってくれるように『後5分でホグワーツに着きます』と車内中に響く声がした。
荷物はそのままにと言われ、コンパートメントを出ようとみんなが席から立って通路に出ると、通路は人の群れに溢れてて混雑してた。流れに身を任せて列車から外へ。窓の外ばかり見てたから夜になってたのはわかってたけど、少しだけ肌寒いと思った。
「おーい。1年生達! 集まれー! こっちこっち!」
灯りのついたランプを持ってプラットホームで1人待っていたのは、アジア系の中年の男の人だった。
「俺はグラッドウィン・ムン。ホグワーツの管理人だ。さあ、ついてこーい」
他の学年の生徒達が通り過ぎ、ホームに残ったわたし達1年生は、管理人のムンの後をついてぞろぞろと狭い小道を降りてく。少ないのか多いのかわからないけど、1年生の人数は多分100人くらい。
真っ暗な道。鬱蒼とした木々の間を通って少し歩いていると、狭かった道が開けて大きな湖のほとりに出た。
「もしかしてあれがホグワーツ?」誰かが興奮しながら指差す。
「そうだ」
ムンが答えると、周りから一斉に声が湧いた。向こう岸の高い山のてっぺんに城が見えたから。勿論、わたしの胸も列車に乗る前より高鳴った。
「よし、じゃあ4人ずつでボートに乗るんだ!」
ムンの言われるとおりに従い、岸辺に繋がれている小船に次々と乗り始める。サロウ兄妹とオミニスとは自然に離れ、わたしも別の子達とボートに乗り込んだ。
確実に全員がボートに乗船したと確認したムンが、「進め!」と声を張り上げれば、1年生を乗せた全てのボートが一斉に動き始めた。
「すっげえ大きい!」
「わあ!」
徐々に近づく城。わたし達はみんな口をあんぐりと開けてそびえ立つホグワーツ城を見上げる。
ブラック家の伯父の邸より何倍も凄いと思う。
「頭下げろよー! 怪我したくなかったらなあ!」ムンに言われてみんなが頭を下げる。ホグワーツ城の真下にある崖下だ。
蔦カーテンをくぐって穴が空いてる崖の入り口へ順番に進み、暗いトンネルを通って地下の船着場に到着した。
「みんな降りたな?」
1年生全員がボートを降りてムンのもとへと集まった時、ムンが城の扉を叩いた。
「Mr. ムン、ご苦労様」
開かれたドアの向こうから現れたのは、壮年のご婦人。赤毛と眼鏡が印象的だった。
「ウィーズリー教授、後はお願いします」
ムンからの引き継ぎを受けたご婦人────、曰くウィーズリー教授という人は、「さあさあ皆さん、ホグワーツに入学おめでとう。私はマチルダ・ウィーズリー。この学校の副校長よ。はぐれないように此方へついて来なさい」と、わたし達を学校の中へと誘導する。
高い天井に石壁、大理石の階段に石畳のホールを横切ると、入り口側から大人数の声が耳に入ってきた。
「さて」
大広間の入り口前にいるわたし達1年生に向き直り、ウィーズリー教授からのお言葉が始まった。
「大広間では新入生の歓迎会が行われますが、その前に1年生の皆さんが入る寮を決めるとっても大事な儀式があります」
教授が言った儀式、話には聞かされていた組み分け帽子の事だ。元々その帽子は、ホグワーツ創設者の1人である、ゴドリック・グリフィンドールが愛用してた普通の帽子だったとかなんとかってやつ。
グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。わたし達はこの4つのどれかに入り、卒業までをこのホグワーツで過ごす。
「ホグワーツにいる間の行いは自分の属する寮の得点になり、規則に違反すれば勿論減点になる。学年末では最高得点の寮が発表され、名誉ある寮杯が与えられます。皆さんひとりひとりが、良い行いを心がけていくように」
まもなく大広間に入りますよ。ウィーズリー教授が最後にそう言うと、みんなの緊張感が一気に高まった。
大広間の大きな扉が開かれる。何千何百の蝋燭が空中に浮かび、4つの長いテーブル。色分けされた上級生達が席についてて、中へと入って来たわたし達を一斉に注目した。
大広間の上座にもテーブルがあって、他の教授方も座っている。その中には、面倒くさそうに眉間に皺を寄せた伯父の姿もあった。
「此処へ」先頭を歩くウィーズリー教授が誘導する。
上座のテーブルの所にわたし達を1列に並ばせ、教授方を背に、上級生達へ顔を向けさせた。
「わっ、天井に空がある!」誰かが小声で言ったから、何となくわたしも天井へと目を向ける。綺麗な夜空だ。
「あれは本物じゃなくて、そう見える魔法だよ」また誰かが言った。
聴こえていたのかウィーズリー教授がひとつ咳払いをして、わたし達の前にスツールとボロボロのとんがり帽子を置いた。なんだかつばの縁の割れ目が顔みたいに見える。
置かれたと同時に静まり返る大広間。何が始まるのかと思って帽子に注目したら、帽子が突然大袈裟に動き出して歌を歌い出した。
「私は綺麗じゃないけれど〜〜」
変な歌だったけど、よく聴いてたら4つの寮の事を歌ってたみたい。
帽子が歌い終わって直ぐ、大広間の全員が拍手喝采し始めて、わたしも遅れながら拍手をした。
再び静かになる帽子にみんなが注目する。いよいよらしい。
「ABC順に今から名前を呼ぶから、呼ばれた者は椅子に座って組み分けを受けて下さい」
長い羊皮紙の巻紙を持ったウィーズリー教授がゆっくりとそれを開きながら言った。
「それじゃあ1人目────」
羊皮紙に書かれているであろう誰かの名前が呼ばれてく度に、わたしは憂鬱になってく。
呼ばれなきゃいけないけと、呼ばれたくない。
心構えは出来てるつもりだった。
ふと、わたしの隣にいる、コンパートメントで確かオミニスと言ってた男の子が、顔を下に向けて両手をぎゅっと握り締めて震えてるのがわかった。
緊張してるのかなって思って、気がそっちに向いてたその時だ。
「ブラック、エルフリーデ、イーリス!」
ウィーズリー教授がわたしの名前を呼べば、上級生側と1年生の一部が明らかに騒つき始めた。
「ブラックって、あの?」
「ブラック家の?」
わたしの背後から囁き声が聴こえる。
わたしは気合いを入れるように歯を食いしばり、前に出て帽子を深く被って椅子に座った。
騒がしさを静める為にウィーズリー教授が咳払いをすると、それに従って静かになった。
「これは久しぶりのブラック家の女の子だ!」帽子の中から低い声が聞こえてきた。
「君のお父上もお母上もスリザリンだったが、君もそう望むかね?」
帽子からの問いかけに間を置かず、「どこの寮に入っても目的は1つよ」と答える。わたしにはある目的があるんだ。
「やりたい事が?」
「ええ。これだけは絶対に。何が何でも。何をしてでも」
「よし、ならば君は──」
帽子が数秒黙って「スリザリン!!」と高らかに叫べば、スリザリン側の席から大歓声と拍手が起こる。ブラックの名前がスリザリンに選ばれたから余計にだろう。
帽子を外してスツールの上に置いたわたしにはウィーズリー教授から魔法がかけられ、ローブやネクタイがスリザリン色のエメラルドグリーンと銀に変わる。そしてスリザリンの上級生達が座るテーブルへと歩いた。
「ブラック家ってあの校長のだよな?」
「ねえ見て、フランス人形みたい」
コソコソとわたしに対しての言葉が聴こえてくる。「フランス人形みたい」ってのは、母に「こうしなさい」って決められた、くるくるの強調した巻き髪と髪留めの大きなリボンのせいだ。
わたしは迎えられたスリザリンの上級生達に偽物の笑みを返して席に着く。組み分け帽子はまだ終わってない。
「サロウ、セバスチャン!」
サロウ兄妹の兄が元気良く帽子を被って椅子に座る。
「スリザリン!!」
どうやら彼もスリザリンで、その妹のアンもスリザリンに組み分けされた。上級生達の拍手で迎えられたサロウ兄妹は、アンがわたしの隣に。セバスチャンがテーブルを挟んで反対側へと座る。
そして────。
「ゴーント、オミニス!」
わたしと同じかそれ以上に周りが騒ついた。さっき下を向いて震えてた男の子、ゴーントだったんだ。
わたしも知ってる。ゴーント家は、ブラック家と同じく古い歴史ある一族。ホグワーツの創設者の一人であるサラザール・スリザリンの末裔で、ペベレル家の血も引く家系だって。
「スリザリン!!」
そりゃあそうだろう。スリザリンの上級生から聴こえてきた。
オミニスは杖を前に出し、掲げてスリザリンのテーブルへと歩いて来る。その時杖の先端は赤い光りを放ってた。
何あの不思議な杖。
「オミニスもスリザリンで良かった!」
セバスチャンが隣に座ったオミニスの肩を組んで喜ぶと、アンも同じように喜んでた。
「さあ組み分け帽子も全て終わった! 1年生の諸君おめでとう。私はフィニアス・ナイジェラス・ブラック。このホグワーツの校長だ」
組み分けが終了したと同時、伯父が立ち上がって前に出る。わたしはうんざりした表情で前を向いた。
「今から歓迎会だが、歓迎会だからといってダラダラと大広間に居座らず、さっさと食べ終わって明日からの授業に備えるように! 以上!!」
周りから軽い愚痴とブーイングが起こる。こっそりと。上級生達の嫌な表情から、伯父が嫌われてるのがなんとなくわかった。
伯父が両手を上げてひと叩きすれば、4つのテーブルに豪華な食事が現れた。パイやらプディングやら色々だ。正直見飽きてる。
「わあ! 凄い! こんな料理見た事が無い!」
隣に座るアンが目を輝かせて食事を始めると、周りのみんなもそれぞれに食べ始める。わたしも遅れて目の前の豆を皿に移して食べたり、にんじんスープをスプーンですくって飲んだ。
夕食にはもう興味が無くてテーブルナプキンで口を拭く。
「もう食べないの?」アンが食べないわたしを気にして問う。
「デザートは頂くわ」
「デザートは?」わたしの返しを変だと思ったらしいアンは、シェパーズパイを口にしながらかぼちゃジュースを手に取った。
みんなの食事がある程度終わった頃、やっと念願のデザートが現れる。いい加減かぼちゃジュースで待つのは嫌気が差していたところだった。
やった! アイスクリームだわ!
色々な味のアイスクリームにドーナツ、糖蜜パイにゼリー。わたしの目の前には、キラキラした沢山の宝石が広がっている様にも見えた。
アイスクリームを何個か取ってガラスの器に盛り、遠慮なく口に含む。なんて冷たくて幸せの味。さて次は糖蜜パイ、ドーナツ。
周りが食事でお腹を膨らまし、デザートをスプーンやフォークの端で突きながら談笑する中、わたしだけはデザートを食べる事に夢中になってた。
「イーリス、あなたそんなに甘いもの食べて平気なの?」
アンが心配して話しかけてくる。わたしの名前、組み分けの時に聞いてもう覚えたんだ。
食べてたから返事をしなかったのだけど、だから食事は抑えたのよって心の中で答えた。
「ブラック家のお嬢様がそんなにデザートを欲張るなんて、なんか無作法じゃない?」わたしの向かい側に座る同じ1年生の女の子が、半笑いで嫌味を言う。
食べかけのドーナツを皿に置いて、わたしはその女の子を睨んだ。
あーこの幸せの時間をぶち壊されて食べる気が一気に失せた。
「私はイメルダ・レイエス。あなた校長の親戚か何か?」
小馬鹿にした表情のレイエスにムカつきを覚える。何その自己紹介。
「校長は、伯父よ」
「あらそうなんだ」
「だから何?」
「別に。私が思ってたお嬢様像と違ったから吃驚しちゃったの」
「で、だから?」
わたし達の間に不穏な空気が流れる。
「ねえ、歓迎会なんだから楽しくしようよ。同じスリザリンなんだし」隣にいるから気になったアンが間に入る。
「おいアン、やめとけ」セバスチャンがこっちを気にしつつアンを止めた。
スリザリンの1年生、わたし達の席だけが嫌な空気に包まれた時、テーブルのデザート達が全て消えてしまった。
「みなさん、食事は済みましたか?」ウィーズリー教授が伯父の代わりに立ち上がって言う。歓迎会の終わりの締めだろう。
それによってこの場は解放されるから良かったけど、レイエスのせいで折角のデザートを完全に食べ損なったのは本当に腹立たしい。
ウィーズリー教授がクディッチ参加について知らせたり、わたし達1年生にホグワーツ構内にある"禁じられた森"に入るのは禁止だって言って歓迎会は完全に終わりを告げた。
────待って。最後には自分達の好きなメロディーで歌う校歌があったけど、本当にみんな好きに歌ってバラバラに終わった。
「僕はスリザリンの首席の監督生だ! 1年生はみんな僕についてくるように!」
『P』のバッチをやや見せびらかすように颯爽と歩くスリザリンの監督生。わたし達がついて行く先はスリザリン寮だ。聞くと地下にあるらしい。
「僕達スリザリンのシンボルは、生物の中でも最も賢い蛇だ。他の寮とは飛び抜けて違う。史上最も有名な魔法使い。そう──、かのマーリンは!」
先頭を行く首席監督生は、玄関ホールを出て地下へ続く二つの階段の一方に下り、湿ったむき出しの石が並ぶ壁の前で立ち止まった。
「スリザリンのこの寮で学んだ!」
「入り口は何処に?」セバスチャンが首席監督生に質問した。
「此処だ。他の寮生が入らないように合言葉を言うんだ。『水』」
首席監督生が『水』と言うと、壁に隠された扉がするすると現れた。まるで蛇が這ったみたい。
「さあ中へ!」
扉の向こうの天井と壁は荒削りの石造り。更に階段を下ると冷たく陰気な印象を受ける空間が広がってた。低い天井には丸い緑がかったランプが鎖で吊るされて薄暗い。なのに、壮大な彫刻が施してある暖炉もあって暖かみと安らぎを感じる。
「此処がスリザリンの談話室。さっきの合言葉は2週間おきに変更されるから、この掲示板に貼られる合言葉をちゃんと確認するように」
間違っても他の寮生に教えたり、中へ入れたりするな。階段下の掲示板をひと叩きした首席監督生は、談話室の真ん中までわたし達を引率すると、『此処からは女子と男子で別れる』と言って談話室で待っていた女子の監督生を呼んだ。
「女の子達、私について来て」
「ボーイズはこっちだ」
わたし達は二手に分かれた。
「此処が私達女子の寝室。トイレとシャワー室は奥。部屋割りは扉の前に名前を張り出されてるから、各自で確認してね」
さあ、これで解散よ。明日に備えて寝なさい。わからないことがあれば聞いて。女子監督生が最後に「解散」と言って談話室へと去ると、残されたわたし達1年の女子は、それぞれに動いて部屋の扉の前にある張り出された羊皮紙を確認して歩く。
「あ! イーリス、私達同じ寝室よ!」
たまたま見ていた張り出された羊皮紙に自分の名前を見つけると同時、アンが横から顔を出してわたしに引っついて来た。
「イーリス・ブラック! まさかあなたと同じだとはね」
嫌なレイエスの声が背後からした。最悪──。
「これからもよろしくね、イーリス」
「仲良くやっていきましょう。イーリス・ブラック」
休まる気がしない。わたしは深いため息を吐いた。
こうしてホグワーツでの初日は終わり、明日からスリザリン生としての日々が始まる。