ホグワーツに入学して2日経った。持って来た荷物は全てきっちり整頓してスッキリ。今日は髪型を『過去』の女の子のように真似て、ふんわりさせた四つ編みを低い位置でシニヨンにしてみた。爆発おさえるの大変だから早く油を作れれば良いんだけど、材料を見つけるのに自分ひとりじゃ行き詰まってしまった。これは魔法薬学のシャープ教授か、薬草学のミラベル・ガーリック教授にでも訊ねてみようか、なんて考えてる。
「今日何回も見て思ったんだけど、髪型とっても可愛い」
大広間で昼食後のデザート、ジャムタルトを食べてると、わたしの右隣に絶対座るようになったアンがかぼちゃジュースを飲みながら言う。
「そ、そう?」こういう凝った髪型にしたのは初めてで自信が無かったから、わたしは正直に嬉しかった。
「魔法で?」
「ううん、自分の手よ」
「イーリス手が器用なんだね。凄い!」
「あ、ありがとう」わたしは顔が熱くなった。自分が決めてやり始めた事を人に褒められるのが慣れてないせいだ。
午後からの授業は飛行術。スリザリンの談話室にある掲示板にお知らせがあって、『──1年生の皆さんへ、本日からの飛行訓練はレイブンクローとの合同授業です──』って掲示されてた。
場所は西塔にある飛行訓練の芝地。わたし達はそこへ集合し、レイブンクロー生とスリザリン生で対面するように並んだ。訓練用の箒は、ひとりひとりの足元にあらかじめ置かれてた。
「楽しみにしてたんだあ」ロバーツと会話してるレイエスの声が聞こえる。
「久しぶりだよ乗るの」レイブンクロー生の誰かが言う。
クィディッチは魔法界で知らない人がいないくらい、世界大会もある大人気のスポーツ。だからわざわざ観戦しに行ったり選手を目指したりする人も多い。入学したばかりの殆どがみんな、既に箒での飛行経験があるらしい。隣にいるアンやセバスチャンでさえもあるくらいに。
わたしは、無い。父は在学中この学校でシーカーをやってたみたいだけど、家では一切その話をしない。何の理由かはわからないけど、多分伯父が理由。だから家ではクィディッチの話をしないし、箒で乗るなんてしてこなかったし、それにわたしが婚姻前に怪我をして顔や体に傷が残ることを恐れてるみたいだった。
そういうのがあって、わたしは箒未経験者だ。
「皆さん初めまして。私はチヨ・コガワ! この飛行術飛行訓練の講師です。本日はみなさんに安全な箒の扱い方を覚えてもらいます!」
コガワの声量は凄まじく大きかった。因みに彼女はホグワーツの寮対抗クィディッチで審判をしてるみたい。
「では、右手を箒の上に突き出します!」コガワがその動作をし、わたし達もそれに習う。
「『上がれ』と言いましょう!」
みんなで一斉に「上がれ」と言うと、次々と飛び上がった箒が手に収まっていく。アンやセバスチャンは一発で。オミニスは4回程。わたしは5回目でやっと手に収まった。中には最後まで上がらない人もいた。次にコガワが箒に跨り、わたし達もそうし、箒の握り方も教えて出来てない生徒を指摘して直したりした。
「片足を上げ、両足で箒を挟んで! みなさんは地面を強く蹴りましょう! 箒は手でしっかり押さえたまま浮上します! 笛が聴こえたら直ぐ降りて来るように!」コガワが合図の笛を吹き、わたし達は実行した。
「わ……っ」フワッとした感覚、足が地面から離れ、すーっと上に浮上。
「きゃー」レイブンクロー生の子が高さに半泣きだ。
「流石私!」慣れた様子のレイエス。
「楽勝楽勝!」アンとセバスチャンも余裕だった。
ふらつく箒を押さえる手が痛い。力が入ってるせいだ。笛が鳴る。わたしはゆっくりと地面に足をついた。
「はい。浮上出来なかった生徒は出来るまでチャレンジしてもらって、成功した生徒はこっちへ集まって下さい!」そう言ってコガワが出来た人を離れた場所へ誘導する。
「この中で箒に乗った経験がある人は?」
半数が手を挙げる中、わたし含め10人くらいは未経験者みたい。
「では未経験の皆さんは、そこの中庭にあるリングを飛びながらくぐり抜けるようになるまで。経験者の皆さんは上のコース、城周りにあるリングをくぐり抜けて下さい。何周でもオーケー」はいスタート。コガワの笛でみんな飛び立つ。
わたしは恐る恐る空を飛び、中庭のリングをぐるぐるとくぐり抜けた。
箒を持つ手には力が入っちゃうけど、浮遊する事に抵抗は感じられなくて意外にも楽しく思えた。
「Ms. ブラック!」コガワが地面からわたしを呼ぶ。中庭のリングをくぐれていたわたしに、上のコースをやるようにと声を張り上げて言うのだ。わたしは頷いて1人、経験者達がやっているコースに参加した。
「わあっ!」目に飛び込んでくる景色には圧倒された。
入学した日、ボートで湖を渡った時を思い起こす。古い船小屋の側を通り、崖下。水面ギリギリまで急降下。リングをくぐる時、大きな吸盤を持ったイカの足が水面から真横から飛び出して来て驚いた。噂に聞く、湖に生息してる大イカなのかも。驚いた拍子に前屈みになったわたしは、自然にスピードを上げていく。
何とも言えない解放感。高揚。鳥になる、風になるってこう言う事かも。なんて気持ちいいの。
気づいたら何周かしてたみたいで、コガワの笛の音で我に返る。
芝地に降りて使った箒を片付けていると、後ろからアンが抱きついて来て軽く悲鳴を上げそうになった。
「イーリス! あなた本当に箒に乗った事が無かったの?」アンは興奮気味にわたしに訊いた。
「え、ええ。初めてだけど、何?」どうしてアンがこんなにも目を輝かせてわたしを見るのかわからない。
「イーリス・ブラック!」レイエスまでもが目を剝いて寄って来た。
「はいはいはい! お喋りは終わってからにして頂戴!」そこへコガワがやって来てアンとレイエスを黙らせる。
「これで本日の合同飛行訓練は終了です! 上手く飛べなかった生徒は次こそは飛べるように。飛び慣れた生徒は生徒同士で速さを競い合いましょう!」
ではまた次回に。コガワが終わりを告げると、わたしはアンとレイエスに挟まれながら移動する羽目になった。
「私より後に上のコース入って来たのに速いんだもん。吃驚しちゃった!」
「そ、そう?」
「ねえ! 何であんなに速かったのよ! 未経験者だなんて嘘ついて!」
「嘘じゃないわ」
アンはわたしを恥ずかしいくらいに永遠に褒め、レイエスからは罵倒に近いものをずっと言われ続けた。その日の夜まで、しつこくね。
次の日。午前の最後の授業、魔法薬学が終わって直ぐ、わたしはシャープ教授に声をかけた。勿論みんなが去ってから。
「すみません、教授。今、良いですか? ご相談したい事があります」
「どうしたMs. ブラック?」椅子に座っている教授は、無愛想に分厚い本に目を通しながら答えた。
「授業とは関係の無い質問ですみません。今わたしは、髪の毛に使う油と香料として使う匂いを探しているんですが」
「油とにおい?」教授は本からわたしへと顔を向ける。
「はい。わたしの髪は、朝爆発しやすいので……その、おさえたくて。そういう薬があるのなら髪油にしてみようかと。匂いはおまけというか、好きな匂いをつけたくて」理由が少し恥ずかしくて顔が熱くなった。
「髪を逆立てる薬というものはあるが、爆発した髪をおさえる薬──」教授は考えながら「因みに、髪を逆立てる薬の材料には何が必要か言ってみたまえ」わかる素材だけでも良いぞ。と、授業では無いのに質問を投げてきた。
「ええっと──、ネズミの尻尾2つに蜘蛛の牙3つ、毒ツルヘビの皮1つとざくろ液2滴……です」
「毒ツルヘビの皮はどうする? 刻むか、そのまま茹でるか?」
「き、刻みます」
「正解。それを習うのはまだ当分先だがよく学べているな。咄嗟に出した質問に答えられたのにも感心だ。スリザリンに5点」
「あ、りがとうございます」
まさか点数をもらえるとは。教授は今この時もにこりともしてないのに。てっきり『授業とは関係無い話をするな』って叱られてしまうかと思ってたけど。
髪の油を作ろうとしたのはあの匂いを求めたついでみたいなもので、そういうものが無いか調べてる時になんとなく髪を逆立てる薬の材料を覚えただけっていう。正解を答える事が出来て点数ももらえて良かったけど、不正解だったら減点だったのかな。
「君が探している髪の、爆発したのをおさえるという薬はおそらく無い。だが髪を逆立てる薬と大体似た素材を調合すれば作る事も可能だろう。蜘蛛の牙とざくろ液は髪にとても良い作用があるからな。におい、に関してだが、蜘蛛の牙は独特な臭みが出る為、香料を入れたところで消えはしない。別の素材を探した方が良いぞ」
「はい」教授の言葉を忘れないように、わたしは持っていた羊皮紙にそれらの内容を書き記す。
「あの、授業が無い時にこの教室の調合台を使用する許可をいただきたいのですが……」
「空いている時間なら許可しよう。だが使用後はきちんと片付けをするように」
「はい。それは勿論」
「才能を活かすのも大いに結構。だが授業は疎かにしてはならない。それは忘れるな」
「ありがとうございます教授。わからない事があればまたお聞きしても?」
「ああ、かまわん」
わたしの周りの大人は、わたしが決めてやろうとする事を否定する人ばかりだったから、シャープ教授が理解のある人で良かった。それに油と匂いを作る場所に困らなくて済む。
魔法薬学の教室を後にして、わたしは大広間へと走った。
午後からの授業は闇の魔術に対する防衛術。この授業では闇の魔法や闇の生物からの防衛方法を実技と座学で学び、闇の魔法使いとの決闘を想定した授業も行われるみたい。でも決闘は2年生からで、基礎知識を覚えてからなんだそう。
「今日は武装解除呪文、『エクスぺリアームス』をみんなに覚えてもらうよ。この呪文は敵や決闘において、武器や杖を強制的に吹き飛ばす便利な呪文さ」
ダイナ・ヘキャット教授によってペアを組まされ、対面して交互に杖を吹き飛ばし合う。わたしはアンと組んだ。アンはコツを掴んで楽しそうだったけど、わたしはなかなか上手くいかなくて苦戦した。
授業が終わり、スリザリン寮へ戻って教科書を置いた後、わたしは西塔の芝地の隣にある中庭に向かった。今日はもう授業が無いし、夕食までの空いた時間を使って探したいのがあったから。飛行訓練の時に箒で飛びながら気づいたんだけど、この中庭には花やハーブ類が生えてる。『匂い』に近しいのが無いかなって、あればラッキーだなって軽い気持ちで探しに出た。
中庭では他にも生徒がまばらにいた。わたしは中庭の噴水周りにある自然に生えたハーブと、鉢に植えられてる花々に鼻を近づけて匂いを探し回った。時々、小瓶に入ってるサシェの匂いも嗅いでみたりもした。
「おいイーリス・ブラック」背後からわたしを呼ぶ声が。振り向いたら同じ1年生の、レイブンクローの男の子達3人と女の子1人がいた。
「何?」
レイブンクロー生がわたしに何の用なの。彼らは睨みながらわたしを取り囲んだ。
「いい気になるなよ。ちょっとばかり魔法薬学が出来るからって」
「それが何?」
「どうせまぐれに決まってる!」
「そうだそうだ!」
彼らが何を言いたいのか初めはよくわからなかったけど、多分、今日の魔法薬学の授業中、シャープ教授からの質問に正しく答えられなかったレイブンクロー生が今この場にいる事から、わたしがその後直ぐに正解の答えを出せたのが余程許せなかったらしい。
「お生憎様。そうね、偶然あの質問に答える事が出来たのは、前の日になんとなく教科書を読んで覚えていただけかも。大体みんなそうでしょ? あ、もしかして物凄く勉強していたけど、答えられなかった人もいたんだっけ?」
わたしの言い方にとても腹が立ったのか、4人の顔は怒りから真っ赤に染まった。自分達のプライドが傷ついたのかもしれないけど、そんな事こっちは知らないし、難癖をつけられても困る。今わたしは『匂い』を探しているんだから邪魔しないでほしい。
「ブラック家のプリンセスだからそりゃあそうよね」女の子が顔を引き攣らせて言う。
「お、お前なんかどうせ校長に頼んでズルしたに決まってる!」
「そうだ! 初めから質問される内容を教授を脅して知ってたに違いない!」
「ズルだ! プリンセスはズルしてる!」
聞き捨てならない。わたしの口から「はあ?」と怒りを含んだ声が出た。
「そんな事をするわけないでしょ!!」
伯父が校長だしそう思う人も少なからずいるのはわかってたつもり。だけど実際目の前にして言われたら我慢がならなかった。完璧を求められる家で生まれて、プレッシャーを感じながら口うるさく言われたくなくて、嫌々ながらもなんとか自分なりにやってきた。それは母に言われたからやってるんじゃなく、自分の為にって。伯父に頼んでまで教授を脅して問題の答えを教えてもらうなんて、そんな卑怯な事わたしはやらない。
「うるさい!」レイブンクローの男の子のひとりがわたしの肩を強く突き飛ばし、反動でよろめいたせいで手からサシェの入った小瓶が離れ落ちてしまった。
「あ!」わたしは慌ててそれを拾おうと手を伸ばす。だけど──。
「なんだこれ?」
わたしより先に小瓶を手にした男の子は、人を馬鹿にする様な嫌な顔をして小瓶をわたしに向けた。
「返して! 返しなさい!」
「やーだね! 返してほしかったら校長にでも泣いて頼んでこいよ!」
「アハハ!」
レイブンクロー生の4人は面白おかしく笑って、小瓶を奪ったまま右側の城壁にある側防塔へと走り出した。
「待って! 返して!」わたしは必死になって追いかけた。大事なサシェの入った小瓶を取り戻さないと。
「いい加減にして! くだらない事は止めて! 返しなさいよ!」
「返してやるよ! ほら!」
小瓶を持ったその男の子は、側防塔の横にある扉を開いて中へ小瓶を投げ入れる。
「ちょっと!」わたしは慌てて中へ入った。
中へ入ったその時、バタンとドアが閉められる音と鍵がかけられる音。わたしの視界が闇に染まる。
「ひっ!」
大嫌いな暗闇だ。わたしは悲鳴を上げそうになった。
「開けて! 出して!!」
「誰かが開けてくれると思うよ」4人の嘲る声が遠ざかる。
「開けて!! 開けなさいよ!」
嫌だ。恐い恐い恐い────。わたしは開かないドアの前に座り込んだ。
「やだやだ! だ、誰か!」わたしはパニックを起こしそうになる。
どうしよう。待って。恐い。待って。何で。嫌だ。息が苦しい。待って。待って。
母にお仕置きで閉じ込められた記憶がよみがえり、色々な事がフラッシュバックする。知ってる記憶と知らない記憶がごちゃごちゃになってわたしを苦しめる。
「る……ルーモス!!」
持っている自分の杖を探して掴み、習ったばかりの呪文を唱える。杖先が眩しく光り、わたしを暗闇から救った。
荒くなった息を整える。杖を前に出して中を確認すると、側防塔の中らしきこの空間は広くもなく狭い場所。物置きにしか使用されていなくて窓も無いから砂埃で息苦しい。
「小瓶が!」
放り投げられた小瓶を思い出して地面を見ると、残念な事に小瓶は割れていて、中身のサシェが出てしまっていた。酷い──。わたしは制服のポケットからハンカチーフを取り出し、それを広げてサシェを包む様にして綺麗に畳んでポケットに戻した。
許せない。明かりもあって落ち着いてくると、さっきよりも怒りが増してきた。でもドアを開ける呪文なんてまだわからないし、誰かに気づいてもらわないと此処から出られない。わたしは杖をルーモスのままにし、ドアを叩いたり誰かを呼び続けた。
だけど誰も来てくれる気配は無くて、わたしは暫くその中で閉じ込められたままだった。
「お腹すいた」お腹がぐうって鳴いた。多分もう夕食の時間を少し過ぎた頃だと思う。
「誰かあ」何度目だろう。ドアを背にして箱の上に腰を下ろしていたわたしは、力無くドアを叩いた。
このまま誰も来なかったら。ひとりでも平気なのに、急に心細く恐怖に駆られたのは、ルーモスだけを頼りに暗闇の中にずっといるからだ。ずっとルーモスは使ってられない。でも暗闇は嫌だ。
泣きそうになった。すると──。
「ん? 何で鍵がかかってんだあ?」ドア外から誰かの声がした。
「あ! あの! ドアを開けて下さい!」わたしは慌てて箱から離れてドアを叩いた。
「え! 中に誰かいるのか? ちょっと待ってろ!」外の人はまさか中に人がいるとは思ってなくて、大慌てで呪文を唱えて鍵を開けてくれた。
「おいおい、閉じ込められちゃってたのか? 今時もやるんだな──じゃなくて大丈夫か?」ドア外にいたのは管理人のムンだ。
「ありがとうございます。助かりました」
外はもう星が出て暗かった。力尽きて杖を持つ手を下に振るとルーモスが解かれ、わたしは新鮮な空気に深呼吸をした。
「では、失礼します」
「お、おう。気をつけてな」
ドアを開けてくれたムンに敬意を払ってカーテシーをしたわたしは、憔悴し切る身体を奮い立たせて大広間へと向かった。わたしの頭の中は酷く冷静で、とても空腹だった。
鐘楼の中庭を通って歩いてると、わたしを見た通りすがりの生徒達が囁いた。それはきっと、ローブや制服、髪も砂埃まみれだったからだ。
「プリンセスが砂埃まみれだ」
「何で? どうして?」
そんな声を気にも留めず大広間の方向へ歩いていると、アンとセバスチャン、オミニスが見えた。アンは向かって来るわたしに気づいて大慌てでわたしに駆け寄って来た。
「イーリス! あなた夕食にも来ないし何処にもいないから心配し──どうしたのこんなに汚れて!」近づいてわたしが砂埃まみれなのを驚いたアンは、わたしのローブについた砂埃を手で叩き落とし始める。
「何かあったの?」
「大丈夫よ」
わたしはアンから別へと目を向けた。それは、彼らがタイミング良くわたしの目の前に現れ、わたしの姿を見て真横を通りながら嘲り笑い去ろうとしたからだ。
わたしはアンの手を止め、彼らを追って走った。
「ねえ」わたしが背後から呼ぶと、大事な小瓶を奪って投げ割った男の子が振り向いた。
「何────っ」
左足を前に。右肩を軽く捻って真っ直ぐに右腕を伸ばし、一発。拳が男の子の頬に入り、男の子はそのまま吹っ飛んで床に倒れた。周りは騒然。殴られた男の子は赤くなった頬を押さえてわたしを唖然と見上げ、残りの子達も唖然呆然とわたしを見る。
「次、また同じ事をしたら、今度は鼻をへし折るから。わかった?」わたしが見下ろしながら拳を前に出すと、男の子は無言で何度も頷く。
「あなた達も、ね?」残りの3人にも拳を見せると、同じように頷いた。
「ああ、そうだ。殴られた事を伯父上に告げても良いわよ? ───言えるものならね」
何も言い返せずに固まったままの4人に「では、ごきげんよう」と丁寧な捨て台詞を吐いたわたしは、周りなんて気にもせずに大広間へと歩いて行く。とてもスカッとした気分。
大広間に着いて直ぐに夕食を口にし、空腹を癒す。食後のデザートの糖蜜パイは格別に美味しく感じた。お腹が膨れると殴った拳が少し痛む。明日になったら医務室へ行こう。その前に寮に戻ってサシェを新しい小瓶に入れて、シャワーを浴びて寝よう。なんて考えながら寮に戻った。
スリザリンの寮に入ったら上級生達から「やるね!」って褒められて少し拍子抜けした。レイブンクロー生にムカついてる人は割と多いみたい。寝室でレイエスも同じ事を言ってた気がする。アンは拳の心配してたのと、わたしが閉じ込められたのを知ってわたし以上に憤慨してたのは何だかこそばゆい気持ちになったのは内緒。
伯父に告げられる覚悟はしてたけど、あの子達はやっぱり告げられなかったみたいで、伯父からその事に関して呼び出されたりはしなかった。
わたしの噂話はまだ絶えないけれど、その日以降、わたしを閉じ込めた子達がわたしを避けるようになってくれたのは、心から良かったって思う。
けれど、別の煩わしさがわたしを待っているなんて……。
※『髪を逆立てる薬』の素材ですが、明らかにされてるのはネズミの尻尾だけです。