ワルツは昏き闇の中で   作:あまてら

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Bump into

 

 

 夕食の為に大広間へ行く足取りは軽い。だって鬱陶しい取り巻きの3人はいないし、空いた時間で図書館へ行ってシャープ教授に出された宿題に集中出来て、20センチくらいはもう終わらせる事が出来たから良かった。

 大広間に入ってスリザリンの寮生が座る長いテーブルに向かっていると、真ん中の席にパーキンソン、トラバース、ロウルが席についてて、わたしを見るなりばつが悪そうな顔をして目を合わせないようにしてた。わたしは全く気にもせずに彼らを通り過ぎて、最前の方の席へ腰をかけた。食事はもう既にテーブルの上に用意されてる。

 

「イーリス! ねえ、ハッフルパフの生徒が言ってたんだけど、あの3人を投げ飛ばして聖マンゴ病院送りにしたって本当?」驚きながら駆けて来たアンが、わたしの右側に座って言う。

「そんなわけないでしょ。真ん中の席にいるじゃない。それにわたしはそこまで暴力的じゃないわ。鬱陶しい事ばかり言うから、私の前から消えてって言っただけよ。でもまあ、悪くない噂ね。気に入ったわ」

「じゃあもうあの子達イーリスのそばに来ないんだ」真ん中にいる3人を確認しつつ、アンは嬉しそうだった。

「やっとあいつらから解放されたのねイーリス・ブラック」

 

 同じように嬉々として現れたのはレイエス。ロバーツも一緒。その後ろにはセバスチャンとオミニスの姿もあった。レイエスは、わたしの向かい側の席に。ロバーツは左側へ。その右側に座ったのはセバスチャンとオミニス。先程の事もあってだと思うけど、わたしがいると知ったオミニスの表情は、少しだけ曇ってるように見える。

 

「ねえ、あなたもどうせクィディッチをやるんでしょ? だったらスリザリンでシーカー目指しなさいよ」

 

 飛行術の授業でやったスピード対決に負けてしまったレイエスは、しつこいくらいずっと同じ事を言ってくる。

 

「しつこいわね。わたしがクィディッチなんて無理に決まってる」チキンとハムのパイを一切れ取って自分の皿にのせたわたしは、それをフォークとナイフで一口サイズに切り分けながら返事した。

「どうしてそう言い切れるの? イーリスならチームにも選ばれると思うけど」スプーンでシチューを飲もうとしたアンも会話に入ってくる。

「伯父上が絶対許さない」

「何でそこで校長なのよ。あなたの父親はシーカーだったんだから理解あるでしょう?」

「伯父上はブラック家の当主で家では絶対なの。わたしがクィディッチを許されない理由は、怪我をして顔や体に傷をつけない為だって。そうじゃなきゃわたしだってもっとクィディッチに詳しくなってる」

「クィディッチに怪我は付きものなのに。あなた本当に大事にされてるのね」

 

 レイエスの言葉にわたしは鼻で笑う。そんな温かみを持った大人達だったらどんなに良かったか。

 

「何がおかしいのよ」わたしが鼻で笑ったのが癇に障ったらしいレイエスは、更に理由を聞こうと身を乗り出そうとした。でもわたしはそれ以上相手したくなくて、「わたしの顔に傷なんて出来たら大変な事になるから。クィディッチなんて無理よ」ってそれだけを返して食事に集中した。

 けれどレイエスやアンに言われてあらためて気づいた。わたしは別にクィディッチが嫌いなのではなく、知らないだけで多分、好きなんだって。

 

 寝るまでの自由時間を図書館で過ごそうとしたわたしは、寝室から魔法薬学書と羊皮紙、まだ途中の宿題を持って行こうとした。スリザリンの談話室の居心地は最高だけど、宿題をするには自分的に向いてない。夕食前に行った図書館で思ってたよりも宿題が捗ったから、そっちの方が良い気がする。

 

「イーリス、今から何処へ行くの?」

 

 スリザリンの談話室でセバスチャンとオミニスが魔法使いのチェスで対戦しているのを見ていたアンが、わたしに気づいて声をかけてきた。

 

「図書館よ。シャープ教授に出された宿題を早く終わらせたいの」アンにそれだけを伝えて談話室を通過し、螺旋階段を上がって寮を出ると、足早に図書室へと向かう。途中、ホグワーツに住み着くポルターガイストのピーブズが、甲高い声を上げてわたしの前を歩く生徒を脅かして来た。今のうちだ。隙を狙って先を急ぐ。ゆっくり見てたらこっちにまで度が過ぎるイタズラを仕掛けて来るから、本当にこのピーブズは苦手だ。

 

 図書館に着くと空いている席を探して中を歩く。利用してる生徒は結構多い。ふと、中心にあるテーブルの席に座る知った顔にわたしは足を止める。スウィーティングだ。1人で宿題と睨めっこしてるみたいだった。

 

「あなたも宿題を?」

「イ、イーリス!」スウィーティングは、右隣りの席に座ったわたしを見て驚いたらしく、大きな声を出した。

「しーっ」司書長のアグネス・スクリブナーの様子を確認しながら、人差し指を口に当ててスウィーティングに静かにするよう言うと、彼女は「ごめん」と小さく謝る。幸いにもスクリブナーは、こっちを睨む程度で済んだ。

「あなた1人?」スウィーティングは辺りを気にして言う。

「ええ。宿題を早く終わらせたくて」

「そうよね。わたしなんかよりずっと宿題が多い」

 

 テーブルの上にやりかけの宿題と魔法薬学書、羽根ペンを置いたわたしを横目に見たスウィーティングは、まだ申し訳ないという表情をしてる。

 

「もしかしてまだ気にしてるの?」

「それは──、少し」

「そこまで気にするんだったら、次の授業からわたしに手助けされないようにすれば?」声の大きさをおさえ気味に、広げた魔法薬学書のページをめくり、羽根ペンで宿題に取りかかる。

「落ち着いて、半分多くする材料を半分減して。後は教科書にでも書かれてるとおりにやれば良い。難しく考えないで。シンプルよ」

「でも私自信が無い。授業が始まったら凄く緊張しちゃってわからなくなる。あなたみたいに自信が持てないの」

「あら。わたしだってそうよ。自信ある時なんて、この前の『忘れ薬』の授業の時くらい。毎回これで良いのかって緊張しながら調合してるわ」

「そうは言うけど薬は完璧でしょう?」

「失敗しないようにしてるだけ。怒られたくないから必死。事前に教科書をよく読むとか、誰でもやれば出来る事をしてる」

「そのやれば出来るっていうのが一番難しいと思う。だから凄い」小さなため息を漏らすスウィーティングも、宿題を再開しようと羽根ペンを持った。

「そうなの?」

「ええ。そうよ」

 

 2人で他愛ない会話を挟みつつ宿題を進めていると、宿題用の丸めた新しい羊皮紙と羽根ペンを持ったアンが、わたしの隣りに腰をかける。

 

「私も宿題をやるわ」

「2人は? 一緒にいなくて良いの?」わたしはセバスチャンとオミニスの事を聞いた。

「談話室よ。私はイーリスと宿題をする為に来たの。あ、私イーリスの友達のアン・サロウ」アンは、わたしの左側にいるスウィーティングに笑顔で挨拶をする。

「ねえ待って。わたし達っていつから友達になったの?」正式になった覚えは無かった。

「同じスリザリンで同じ寝室だし、食事をする時も一緒。もう友達よ」

「そ、そうなの? じゃあその理屈ならレイエスもって事?」

「レイエスは違う」はっきりとアンは言った。

 

 どう違うんだろう。とは思う。けど、アンがわたしを『友達』だって言った事を強く拒もうとは考えなかったし、不思議と嬉しい気持ちにはなった。

 

「あなたもイーリスの友達なの?」アンは問う。

「え? ええっと、私は……」羽根ペンを持つ手を止めたスウィーティングは、わたしをチラリと見つつ何かを言おうとして口篭った。

「それなら──。一緒に宿題をやっているし、彼女はもう友達だと思う」スウィーティングの代わりにわたしが答える。咄嗟だった。

 

 顔が熱い。これを言うのはとても緊張したけど、『友達は自分で選ぶ』って決めたんだもの。それにアンがわたしを『友達』だって言ってくれた事でなんだか勇気が湧いたんだと思う。

 

「わ、私がイーリスと友達……で良いのなら、友達、だね」頬を赤く染めるスウィーティングは、はにかんだ笑顔でアンに向かって言う。

「だ、だったら、イーリスが友達だって言うなら、そうよ。私もあなたと友達。ええと────名前は?」

「私はポピー・スウィーティング」

「じゃあポピー。これからもよろしくね」

「よろしく。アン」

 

 わたしを挟んでアンとスウィーティングも友達になった。とても変な感じ。まさかホグワーツに入ってこんなにも早く、わたしに友達と呼べる相手が出来るとは思わなかったし、くすぐったい気持ちになる。ふと、脳裏に誰かが過った気がするけど、それが誰なのかわからなくて、でも直ぐにどうでもよくなった。

 

 シャープ教授に出された宿題は難なく終わらせる事が出来た。提出日に宿題を渡す時、量が沢山だから本当にちゃんと書いたのかって疑うような眼差しを向けてきたけど、全てに目を通していた教授の表情は険しさから遠ざかっていったように見える。

 

「今後も思い上がらず、浅はかな慢心を持たぬように」

「はい、教授」

 

 前回の反省を活かし、ポピーも落ち着いて調合をやれていたようだし、わたしも自分の調合にだけ集中した。

 授業を終えてわたしとアン、ポピーは3人並んで歩く。午後の授業が終わった後、図書館で宿題をやろうという約束をしながらだ。周りからは変わった組み合わせだと思われてるだろうけど、わたし達は全く気にもしなかった。だってこういうの、とても新鮮で楽しかったし。

 昼食はアンと食べる。ポピーといる時と違って、アンはとてもわたしにべったりになる。

 

「今日の髪型も素敵。どうやってやるの?」

「簡単よ。手先が不器用でも出来るわ」

「じゃあ教えてほしいな!」

「良いわよ」

「やったあ!」

 

 いつもとはちょっと違うって思われたわたしとアンを変に思ったのは、かぼちゃジュースを飲みながらこちらを気にするセバスチャンだ。

 

「アン、ちょっとべたべたし過ぎだろ。何か変なのでも食べた?」

「失礼ね。変なものなんて食べないし。それに私、イーリスと親友になったの。だからよ」

 

 そう言ってわたしの腕にアンは抱きついた。というかいつの間に友達から親友に昇格したんだろうか。こうやってべたべたとしたりする事にわたしが拒否をしないから、それも嬉しくて、だから余計になんだろうと思う。最初は恥ずかしくて止めてほしかったんだけど、彼女は友人にくっつくタイプの人間なんだって理解してからは放っておいてる。

 セバスチャンはアンに呆れていた様子だったけど、それ以上は特に何も言ってはこなかった。

 午後からの授業は変身術。それも平和に終わってやっと自由時間が来た。

 

「イーリスごめん、グリフィンドールの友達とゴブストーンで対戦する約束を思い出したの。だから図書館へ私行けるかわからないから、宿題はポピーとして」

 

 前から約束をしていた事を思い出したアンは、凄く残念そうに謝った。

 

「気にしなくて良いわ。先に約束していたのならそっちを優先するべきよ」

 

 アンは沢山友達がいるし、こういうのは仕方ないって思う。

 

「じゃあまた後でね」

 

 アンと別れてポピーとの待ち合わせの大広間へ向かうと、ハッフルパフ生の女の子がわたしに近づいて声をかけて来た。

 

「ねえイーリス・ブラック?」

「何?」

「スウィーティングから伝言を頼まれたんだけど────」

 

 その女の子の話によると、ポピーは前日に魔法史のビンズ教授から出されていた宿題、『マグルによる14世紀の魔女の火あぶりの刑が無意味であったこと』についての感想が非常に良く書かれていたと教授から喜ばれたらしく、呼び出されて絶賛今捕まっているという。だから待ち合わせには遅れるから、アンと先に図書館へ行っててほしいそうだ。

 何だ。ポピーもなのね。

 まあ2人とも仕方ないし、それに別に1人だって悪くは無い。そう思ったわたしは、まだ図書館には向かわず、湖が見える側の庭に出てお気に入りにした場所へ歩く。噴水を通り過ぎて見える景色に息を吐き、下に降りてベンチに腰を下ろした。もし宿題が終わるまでにポピーも図書館へ来なければ、爆発した髪をおさえる薬の試し調合をしようかな。なんて思いつき、此処でゆっくりしようとしたけどやっぱ今から図書館へ行こうって直ぐにベンチから離れる。

 その時だった。

 

「此処にし──わあっ!」

 

 誰かが下に降りて来ようとして余所見をしたのか、坂になってる場所から躓いたみたいで、慌てて体勢を整えようとして失敗し、そのままこっちに転げるようにわたしに突進して来た。

 危ない。なんて言う間も無くゴツンって硬い音。目の前に星が現れ、口元が物凄く熱くなる。わたしは、ぶつかられた衝撃で地面に両膝と両手をついた。

 

「っつ……」

 

 地面にポタポタと何かが滴り落ちる。真っ赤な鮮血だ。口の中に違和感と何かがあると思って、左手の上にそれを吐き出した。

 

「は──、歯?」歯が2本。どうやら折れたらしい。しかも前歯。わたしは慌てて右手で口を押さえ、ぶつかって来た相手に振り向いた。

「あ、あなた……」

「い、イーリス!?」

 その相手はセバスチャンだった。セバスチャンは地面に尻餅をついた状態で鼻血を流し、唇が少し切れているみたいだった。

 

「た、大変だっ」

 

 セバスチャンの顔が青ざめる。それはきっと、口元を隠したわたしの手が物凄く血だらけだったのと、止まらない出血のせいで制服にまで血が垂れ落ち、悲惨な事件のようであったからだと思う。

 

「セバスチャン!」遅れてオミニスがやって来た。

「一体、どうしたんだ?」

「どうしよ、う。オミニス、イーリスが、僕、僕のせいで大変な事に!」

 

 軽くパニックになったセバスチャンを、オミニスが何とか支え起こす。

 

「早く、医務室に連れて行かないと!」

「待って!」慌てて行こうと、わたしに近づく彼を止めた。

「落ち着いて。今、わたしを連れて医務室へ行ったら、あなた、退学させられる」

「え!」セバスチャンとオミニス、2人が同時に声を出した。

「わたし、歯が折れたの。唇も切れたし顔が腫れるわ。もしわたしの顔を怪我させたって伯父上が知ったら……。だから、一緒になんて行かない。セバスチャン、あなたはぶつかって来てもないし、何処かで転んで怪我した事にして」

「で、でも!」

「言うとおりにして!」

「わ、わかった」青ざめた表情のセバスチャンは、大きく頷いた。

「わたしが先に医務室へ行くから、5分かもう少し経ってから来て」

 

 わたしは2人をその場に置いて、口元を手で隠したまま医務室を急いだ。さっきの場所に他に誰もいなくて良かった。

 わたしとすれ違う生徒達がみんな振り向くのは、出血のせいだと思う。絶対また変な噂を流される事は覚悟した。

 

「どうしたんですMs. ブラック!」

 

 血だらけで現れたわたしに驚いた校医達が凄く慌てながら1番前に置かれたベッドに誘導して座るよう言うと、他にも来るかもしれない生徒に配慮して仕切りのカーテンを引いた。そして口元から手を離させ、わたしの状態を診る。

 

「躓いてその──、転んだ拍子に、地面に口をぶつけてしまったんです」

「ああ、だから唇が切れているし、口の中も?」

「はい。あの、歯が取れて」わたしは握りしめていた2本の歯を差し出した。

「まあまあまあまあ! 口を開けて!」焦る様子の校医のマダムは、わたしの口の中をしっかりと確認する。

「ああ、良かった。その歯は乳歯だから、また直ぐに生えてくるわね」

 

 やっとマダムに笑みが。わたしも安心して力が抜けそうになった。マダムは魔法でわたしから出た血を全て消し、腫れをおさえる薬と、歯を生やす薬を用意するから待つように言い、伯父にも連絡を入れたようだった。その間わたしはおとなしくベッドの上から動かなかった。

 

「一体どういう事か説明してもらおうか!」

 

 暫くしてから医務室の入り口の方で伯父の怒号がした。マダムが対応しに走る。来ないでほしいって願ってたんだけど、来たみたい。

 

「姪御さんは転んだ拍子に口を切って歯を2本……、ですが大丈夫ですわ校長。乳歯だったので生えてきますし、薬も飲ませましたし、腫れ止めの薬も。ですから1日安静にしていましたら傷も消えます」

 

 マダムが説明しながら伯父をわたしのいるベッドに案内し、眉間に皺を物凄く寄せた伯父と顔を合わせた。伯父は手を軽く上げて合図をし、マダムを下がらせる。

 

「お、伯父上。その、わたくしが自分の不注意で────」

「言い訳は無用だ!」わたしの言葉を遮るように伯父が言う。

「忙しい私を煩わし、呼び出されたと思ったらまさか! しかも顔に怪我などと!」

 

 怒りに任せた伯父がわたしの顎を鷲掴み、他に傷が無いかを強引に確認する。わたしは痛みから少しだけ声を漏らした。

 

「顔に怪我をしたと聞いたら君の母親にどれほどの文句を言われ、家にまで話が回って来てややこしくなるではないか!」わたしの顎を離し、伯父は自分の額に手を当ててため息を吐いた。

「ごめんなさい、伯父上。次からは気をつけます」

「当たり前だ! 傷が残らなかったから良かったものの、君にはブラック家の人間としての自覚をもう少し学ぶ必要がある! 我々は美しく在らねばならん。富、名誉、美があってこそ! 嫁ぎ先もまだ決まっておらぬのに、顔に傷などつけば価値が下がる! 今日の事は黙っていろ。医務室にいる者、全てに言うぞ! イーリス・ブラックは口に怪我などしては無い! 私の話を含め、噂を広めた者は即刻退学とする!!」

 

 医務室全体に響き渡る大きな声で言うと、伯父は怒りを持ったまま医務室から去って行った。

 しーんと静まりかえる室内でわたしは深くため息を吐き、「クソジジイ」とつい汚い言葉が口から漏れ出た。そしたらカーテンの向こう側から吹き出す笑いが聴こえて、わたしは急いでカーテンを開けてその相手を見る。

 

「せ、セバスチャン!」

 

 カーテンを仕切られた隣のベッドにいたのはセバスチャンだった。校医に治療されたであろうセバスチャンの口元には、テープで止められたガーゼが貼られてある。

 

「ああ、そうよね、あなたも来てたのよね」さっきの伯父の話も聴かれてしまっているってわかって、わたしは少し恥ずかしく思った。

「あの、イーリス、それ、大丈夫?」気不味そうに眉尻を下げたセバスチャンが、同じく口元に貼られたガーゼを気にして言った。

「うん、大丈夫。あなたは?」

「僕は、ちょっと痛かったけど、平気さ。それよりもごめんイーリス。あの……」

「セバスチャン」わたしは彼に黙ってもらおうと自分の唇に人差し指を当てる。校医がいるからぶつかった話はしたくなかった。

「ごめん」

「気にしないで」

 

 ほんのちょっと気不味い空気が流れる。多分、お互いなんて会話をしたら良いかわからなかったからだ。それにアンとはよく話すけど、改めて思い起こすとセバスチャンとはまともな会話すらしてこなかった。

 

「僕ら今日は医務室で寝てなきゃいけないのかな?」沈黙を気にしたセバスチャンから会話が始まった。

「そうみたいね。夜になったら口の中も外も腫れるって言ってたから」

「うげっ。痛いだろうな」

「あなたはマシ。わたしなんて歯が生えてくる痛みに堪えなきゃいけないんだから。でもそれよりもつらいのは、夕食のデザートが食べられない事よ」

 

 食事は明日の朝まで食べられないそうで、わたしにとっては傷の痛みよりも悲しかった。

 

「アンがいつも言ってるよ、君が甘いお菓子に夢中になるって」

「わたしの話をアンとするの?」

「いつもさ。君と一緒にいない時は特に。あ、偉人カードありがとう。伝えるの今になったけど」

「ああ、あの蛙チョコの。あれはアンから貰ったお菓子だったし、あなたが集めてるって聞いたから。それにわたしはお菓子の方にしか興味がないのよ」

「そんなにお菓子が好きなのか?」

「ええ。でも買えるのはホグワーツ特急の車内販売とホグズミードしかないってアンから聞いたの」

「そうだね。ホグズミードのハニーデュークスにお菓子が沢山売ってるよ」

「3年生にならないとホグズミードに行けないなんて信じられない」

「校長に頼んでみたら?」

「あなたねえ、さっきの伯父上を見ても同じ事が言えるの?」

「あー、駄目なの? 君なら許されるかと思ったんだけど」

「そんなお優しい伯父上なら、今頃ホグワーツではみんな伯父上を慕っている筈よね。許可を出してなんて頼んだら4年生にまで延ばされてしまうから、頼まない方が良いと思う」

「それはそうだな。止めといた方が良い」

 

 セバスチャンとは、それからずっと似たような会話を続けた。校医のマダムが止めるまでね。

 夕食の時間が過ぎたぐらいになると、医務室が少し賑やかになった。アンとポピー、オミニスがやって来たからだ。アンは大慌てで現れ、マダムに叱られてた。3人は直ぐにマダムに追い出されてしまって、名残惜しそうに医務室から去って行く。

 

「薬を飲んだのだからもう静かに」

 

 わたしとセバスチャンはベッドの上で安静にするように寝かされ、それ以上話をしないように再度カーテンで仕切られてしまった。

 その日の夜。わたし達2人は、薬による回復の痛みでうなされながら夜を明かした。

 

 

 

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