早朝。あんなに痛くて眠れなかったのに、いつの間にか寝てたみたい。『過去』の夢も見た気がするんだけど、今回はあんまり覚えてない。起きたわたしに気づいたマダムが鏡を用意し、見せながら「腫れも引いて歯もちゃんと生えてるわ」って言ってくれた。治って本当に良かった。
ホグワーツ内で広まるかと思ってたわたしの口元の怪我の事は、全く誰も噂しなかった。きっと伯父がそうはさせなかったんだろう。
アンは、セバスチャンとわたしが同じような怪我をしているのを気にしていた。でも、わたしが「ただの偶然よ」と言い張ったから、それ以上追及することはなかった。
この怪我が、セバスチャンにぶつかられたせいだと伯父にまで知られたら大変なことになる。もしセバスチャンが退学にでもなったら、アンは悲しむに違いない。
だからわたしは、セバスチャンに「ぶつかったことなんか忘れて」と伝えた。
そして、ホグワーツに入学して1ヶ月以上が経った。
「イーリス、ちょっと待って。君に聞きたい事があるんだけど」
呪文学の授業が終わってスリザリン寮に戻ろうとしていた時、セバスチャンがわたしを呼び止める。彼はあの怪我の後から、頻繁にわたしに話しかけてくるようになった。
「何?」わたしは立ち止まり、先へ歩いて行くアンに目を向けた。アンはオミニスと会話しながら歩いていて、わたしが立ち止まったのを気づいていないみたいだった。
「あのさ……」セバスチャンはアンがこっちを見ないかどうか気にしながら、声を潜めて言った。
「アンの誕生日プレゼント、君は何を贈るのかなって思って。あ、ほら、プレゼントの中身が同じにならないようにしたくてさ」
確か9月の終わりに会話の流れから偶然聞いたのは、アンの生まれた日付。今週アンが誕生日を迎えるって知ったわたしは、初めて友人に誕生日プレゼントを贈ろうと思い、何を贈ろうかと悩んでいたところだった。
「わたしもアンに何を贈ろうか考えてたところだったの。でも、いくつか候補があるわ」
「そうなんだ。どんなの?」
「リボンか、ハンカチーフか、ブローチのどれかにしようと思ってる」
「良かった、教えてくれてありがとう! それならプレゼントがかぶらない!」
セバスチャンは安心したように満面の笑みを浮かべると、アンとオミニスが歩いて行った方向へ駆けていった。
妹の誕生日だから、きっと張り切っているのかも。仲の良い兄妹ならそういうものかもしれない。
その後ろ姿を見つめていたわたしは、ふと気づいた。
────セバスチャンも、同じ誕生日だった。
誕生日当日の朝。わたしはいつもと変わらずに身支度を整えると、手のひらくらいの大きさで、茶色い紙に赤いリボンを巻いて包んだ物をそっと隠し持って寝室を出た。わたしが向かうのは大広間。今日はアンの誕生日だって事もあって、わたしは妙に緊張していた。
何故なら、わたしが初めての友達に誕生日プレゼントを渡すからだ。こういうのは、実は今まで経験が無い。贈り物もどういう物を渡せば良いのかわからないし、父や母のようにただ高価な物を買って渡せば良いという考えしか思いつかなかったから、わたしの家に仕えるハウスエルフに聞くという考えが浮かんで良かった。
アンの誕生日の2日前。わたしはふくろう便で手紙を送り、ハウスエルフの彼をホグワーツへこっそり呼ぶと、わたしの部屋に置いてあるブローチ、リボンを全部持って来させた。場所にはシャープ教授にお願いして、誰もいない時間の教室を使わせてもらった。
彼の名前は『タピオ』。タピオは父のだけど、生まれた時からわたしを世話していたので、わたしの頼み事もよく聞いてくれる。
「お嬢様、これで全部です」
「ありがとう」
調合台の上にハンカチーフを広げ、その上にすべてのブローチとリボンを並べてみた。
アンは、わたしが身につけていたリボンやブローチにとても興味があったみたいで、「綺麗! 可愛い!」って目を輝かせてた。タピオには「贈り物をするなら自分の持ち物から選ぶと良いです」と勧められていたので、この中からアンに贈るものを考える。
これらは母が「あなたはこれを着けなさい」と言って贈られたものと、伯父の妻である伯母のアーシュラが贈ってくれたものだ。わたしは、母のリボンやブローチはあまり好きではなく、伯母がくれたものを好んで身につけていた。
アンに渡すなら伯母のものにしよう。さて、どれにしよう──。
そうして決めたプレゼントを、本日渡す事が出来る。
「おはようイーリス!」アンが大広間に現れ、いつものようにわたしの右隣に座った。
「お、おはようアン」わたしの気分は落ち着かない。だからさっきから手が震えてしまうの。
「おはよう!」セバスチャンがわたしに挨拶をして、オミニスと一緒に向かい側の席に座る。
「おは、よう!」セバスチャンに軽く挨拶を返し、わたしは座りながらアンに体を向けて小さく息を吐いた。
「どうしたの?」
いつものわたしとは何か違うと察したアンは、緊張して顔が引き攣りそうになるわたしと向き合った。
「あ、あのね、アン……。その、これをあなたに」わたしは制服のポケットからプレゼントを出して、それをアンに手渡す。
「え!」驚いたアンが声を上げ、わたしから受け取ったプレゼントを凝視した。
「お誕生日おめでとうアン。わたし今まで友達にプレゼントなんてした事が無くて。だからね、ちゃんと選んだ────」
「イーリス!!」
最後まで伝える前にアンに抱き締められた。騒がしいわたし達を気にしてなのか、周りの席に座ってる他の生徒達からの視線が恥ずかしい。
「嬉しい! イーリスからの贈り物!」
「アン、先ずはプレゼントの中を見てほしいの」わたしが必死にそう言うと、アンは名残惜しそうにわたしから離れ、急いで茶色い包み紙に結ばれた赤いリボンを解いた。
「わあ! 素敵!」
アンに贈ったプレゼント。それは、スイレンの花の形をした、中心に小さな真珠がついている銀細工のブローチだ。
「わたしのお気に入りの1つよ。つけてあげる」
わたしはそのブローチを手に取ると、アンのローブの右の鎖骨あたりにそっとつけてあげた。
「このブローチは正装だけじゃなくて普段使いにもぴったりなの。それに、年齢を問わないデザインだから、いくつになっても身につけられるわ」
「でも、これはイーリスのお気に入りなんでしょう? 本当に良いの?」アンはブローチにそっと触れながら尋ねた。
「勿論。わたしを親友だと言ってくれたあなたにこそ贈りたかったの。何を贈れば良いのかわからなくて、ハウスエルフに相談して選んだの。気に入ってもらえたら嬉しいんだけど……」
「本当に嬉しいよ、イーリス!」
アンは再びわたしに抱きついた。彼女はとても喜んでるみたい。だからプレゼントを渡す前の緊張は解けたし、わたしの心は温かくなった。だからわたしも嬉しくて彼女を抱き締め返す。
「今日は本当に嬉しい日だよ! ポピーにも此処へ来る前に会ってね、あの子わたしの誕生日覚えてて、それとオミニスもさっきも言ったけどまた言うね! ありがとう!」
わたしから離れたアンがオミニスに笑顔を向けて言った。いつものように終始無口だったオミニスは、頬を赤らめながら「そんなに喜んでもらえたのなら良かった」と返す。この会話を聞いて、オミニスがもうアンにプレゼントを渡したことがわかった。
オミニスはアンに何を贈ったのだろう? 少し気になったその時、上から「ホー」というふくろうの鳴き声が響いた。わたしは思わずその音に意識を向ける。あれはワシミミズク、わたしのふくろうだ。
「ふくろう便? 何か持ってるみたい」アンが指差す。
ふくろうが一直線にこちらへ向かって飛んで来た。並んだ朝食を器用に避けると、わたしの頭上に向けてある物を落とした。それは少し大きめの本くらいの包みで、茶色い紙に包まれ、紺色のリボンでしっかりと包まれた物。
「それは?」ふくろうが落とした包みを手にしたわたしにアンが問う。
「これはね──、はい、セバスチャン。あなたによ」
パンを食べるセバスチャンにそれを差し出すと、彼は一瞬、それが何かよくわかっていない様子で、口の中でパンを少しかじりながら目を丸くしてわたしを見つめた。
「何、それ?」
「何って、アンが誕生日ならあなたも誕生日でしょう?」
アンへのプレゼントの中身を聞いて来たセバスチャンも同じ誕生日だって気づいたわたしは、セバスチャンへのプレゼントもハウスエルフに頼んで用意してもらっていたのだ。
「そ、そうだけど、何で僕にも?」セバスチャンは戸惑いながらもわたしからの包みを受け取った。
「だって、二人とも誕生日なのに片方だけに贈るのも変じゃない?」自分がおかしな事を言ってるとは思わない。
「ねえセバスチャン! 中身は何? 早く教えてよ!」目をキラキラさせたアンが、早く包みのリボンを解くように急かす。
「待ってよアン。そう急かさないでくれよ」
セバスチャンは慌てて紺色のリボンを解いて包みを開けた。中から出されたのは、真新しい羽根ペンと羊皮紙だ。
「あなたには何をあげたら良いかわからなくて。だからわたしも使っている羽根ペンにしたの。とても書きやすくて、しかもインクが要らないのよ。あ、羊皮紙はね、凄く良い匂いがするしその羽根ペンとも相性が良いわ」
羽根ペンと羊皮紙がいかに良いものかを自分なりに説明したけど、セバスチャンはそれをじいっと見つめて動かない。変に思ったアンが声をかけてもだ。
「新品よ! 代わりにハウスエルフが買ってくれたんだけど、わたしのお小遣いから買ったんだから! 安心して」
お古だと思われてないかと焦った。けど、それでもセバスチャンは何も言わないままだ。
「もしかして、嫌だった?」
「ち、違う!」セバスチャンは勢いよく否定すると、顔を真っ赤にしながら慌てて付け加えた。「ただ驚いて、頭が真っ白になっちゃっただけだよ! まさか君からプレゼントをもらえるなんて思ってなかったからさ!」
セバスチャンの必死な様子を見ても、なんとなく不安が拭えない。
「本当に?」わたしはもう一度問いかける。彼が「嫌じゃない」と言ってくれるのは嬉しいけれど、羽根ペンや羊皮紙が好みじゃなかったんじゃないかと、どうしても気になってしまう。それに、オミニスだってセバスチャンにプレゼントを渡している筈。もし贈り物がかぶってしまっていたら、どうしよう。
そんなわたしの心配を察したのか、セバスチャンは少し微笑んで言った。「本当だよ。正直、自分の誕生日だってあんまり意識してなかったからさ、君が祝ってくれるなんて思いもしなかったんだ。それに──、すごく嬉しかったよ」
彼はわたしの目を見つめ、照れたように肩をすくめる。「だから、その……イーリス、僕にプレゼントをくれてありがとう」
セバスチャンが、やっとわたしを真っ直ぐに見て笑顔を向けてくれた。けれど、オミニスの贈り物と同じものだったかどうかはまだわからないままだった。
「アン、セバスチャン、お誕生日おめでとう」
大広間でアンとセバスチャンの誕生日をささやかにお祝いしてから、またひと月。11月も終わりを迎えようとしてた。
爆発した髪をおさえる薬は、何度も試行錯誤を繰り返しながら調合していたおかげで、順調にゴールが見えてきた気がする。そして並行して探していたのは『匂い』だ。そこで、薬草学のミラベル・ガーリック教授に材料について話を聞いてもらっている。
とてもおおらかで優しくて、滅多に怒らない。わたし達生徒を「バラ」と呼ぶガーリック教授は、学校を卒業して直ぐに教授になったばかりの人で、このホグワーツの教授達の中で1番若くて人気のある人だ。
今日も授業後、ガーリック教授に自分のサシェの匂いを嗅いでもらい、高価なジャスミンやミュゲの代用になりそうな匂いを放つ薬草がないか尋ねた。すると、教授はその匂いに近い薬草をわたしの前に用意してくれた。
「やっぱりこの匂いならひらひら花が近いし、満月草の茎の匂いなんてどうかしら?」
「この匂いなら代用できますね!」嬉しそうに答えるわたしに、教授はにっこりと微笑んだ。
「ひらひら花は刻んで揉み込めば匂いも強まるし、満月草の茎はそのままでも良いけど、乾燥させるともっと良い匂いになるから、試してみてね」
わたしは興奮を抑えきれず、頷きながらも「はい!」と答える。今までの試行錯誤の努力が報われる瞬間が近づいている気がして、胸が高鳴った。
「それと、柑橘系の甘酸っぱさと爽やかさも加えたいのよね?」
「ええ。そうです」
まだ探している途中の匂いの最後は、柑橘系の甘酸っぱさと爽やかさ。全部を混ぜた時に同じ匂いになるのか分からないし、すべてが合わさった後に、爆発した髪を抑える薬と混ざっても支障がないようにしたい。
「柑橘系なら、そのまま果物を使うのも良さそうね。オレンジやレモンは試した?」
「教授が今教えてくれた、ひらひら花と満月草の茎と一緒に混ぜてみようと思ってます。でも、オレンジやレモンの代わりになるような植物はありますか?」
「代わりになりそうな植物か……」ガーリック教授は独り言のように呟き、周囲の植物を見渡しながら考え込む。
「そうよ暗照草よ!」教授の顔がぱっと明るくなり、勢いよく叫んだ。
「あんしょうそう?」
「Ms. ブラック、ちょっと待ってて!」
そう言い残した教授は、どこかへ駆けて行ってしまった。
わたしはぽつんと取り残されて、少しだけその場に立ち尽くしていた。暫くすると、ガーリック教授が分厚くて古びた本を抱えて戻ってきた。
その本は押し花標本集って表紙に書かれてて、とても古くて重そうだった。
「暗照草というのはこれよ」
ガーリック教授は本を開いてページをめくる。そのページに現れたのは、シダのような小さな葉っぱを持ち、薄紫色のスズランに似た花が咲いている植物だった。紙の端は黄ばんでいて、押し花も色褪せている。相当昔のものなのかもしれない。
「この花が暗照草?」
「ええ、そうよ。古いから匂いは殆ど残っていないけれど、嗅いでみる?」
教授に言われるまま鼻を近づけると、花から微かに匂いが漂ってきた。この匂いはまさか。
「教授! これ、わたしが探していた匂いに凄く似ています!」興奮して声を上げると、わたしは直ぐに質問をした。
「この植物はどこで手に入りますか?」
「そうね、でも、この植物はね……」嬉しくて喜ぶわたしとは対照的に、教授は少し残念そうな表情を浮かべて答えた。
暗照草──、太陽の光が届かない洞窟の中で育つ植物。大昔にこの葉と花は、傷を癒す薬の材料として使用されてたんだけど、あまりに貴重だった為、乱獲されるくらいに重宝されたらしい。この植物の花が咲く期間は非常に短く、だいたい今の時期から12月の始めまでしか咲かないから、薬としての利用には効率が悪過ぎたみたい。やがてより効率的な代わりの薬草が見つかると、暗照草は、いつしか人々の記憶からも忘れ去られ、誰も使わなくなってしまったそうだ。
「今では知っている人も少ないくらいよ。私はそういうものにとても興味がある魔女だから、この学校の生徒だった頃に探しに行ったこともあるの。────内緒よ? でも、その時でも見つけたのはたった1本だけだったから、採るのはやめておいたのよ。だから今も生えているかどうかは分からないわね」
ガーリック教授は、似たような匂いを感じて暗照草のことを思い出したらしい。でも、それがかえってわたしに期待を抱かせてしまったことを申し訳なく思ったのか、教授は静かに謝った。
「あの教授、教授が暗照草を見つけた場所を教えてくれませんか?」
「見つけた場所を?」
「はい。一応」
わたしは、ガーリック教授が探しに行って見つけたことがあると聞き、その場所だけを注目していた。 今は誰にも使われず、もう生えているかどうかすらわからないその植物。そんなものは放っておいてオレンジやレモンに集中すればいいのに、わたしには暗照草がとても魅力的に思えて仕方なかった。
「でも教えたら、あなた絶対探しに行くでしょう?」
「危険な場所なんですか?」
「危険……、だと思う」
「でも教授は行ったんですよね?」
「うーん、それはそうだけど」ガーリック教授は、生徒にそのことを教えるべきかどうか悩んでいるようだった。
「蜘蛛がいるわ。とっても恐ろしいの!」
「それは怖い! わたし蜘蛛が大嫌いなんです、教授! ごめんなさい、実は行こうと思っていたんですけど、それを聞いたら怖くて行けません!」
「そうよね! あなたのような可愛らしい女の子は蜘蛛なんか大嫌いよね! ほんと、蜘蛛は恐ろしいものよ!」
「はい! でも教授、その場所、具体的に何処なのか是非教えてほしいんです。わたしには行ける筈もないのですが、教授が教えてくださった暗照草には本当に興味があるんです。わたしは魔法薬学が得意なんですけど、これからは薬草学にも力を入れたいと考えているんです。薬の調合には薬草が無いと薬なんて作れませんからね」
わたしは内心で舌を出してみせた。でも薬草が無いと薬は作れないし、薬草学も頑張ろうと思っているのは嘘じゃない。
「Ms. ブラック、あなたが優秀だっていうのはシャープ教授から聞いているわ。そうね、薬草学は魔法薬学を学ぶ上で欠かせないものよ。だからこそ、あなたが薬草学にも力を入れたいって言ってくれてとっても嬉しい。私が薬草学に興味を持ったきっかけのひとつは、暗照草なの。だから特別に教えてあげる。でも、決して行ってはいけないわよ?」
「はい教授! 怖いので絶対に行ったりしません!」
「絶対よ? その場所はね────」
※オリジナル設定薬草
『暗照草』とは。Cavernlight Herb(キャヴァンライト・ハーブ。
洞窟や地下で育ち、太陽の光が届かない場所に生える植物。
11月末から12月初頭に花が咲く。葉は小さなシダのようで花はスズランに似ている。
傷を癒す薬の材料として使用されるも、花が咲く期間が短い為、薬としての利用には効率が悪い。
現在では忘れ去られた薬草。