ジンジャーブレッドマンに対して「折る」「砕く」と当たりが強すぎる。
というわけで本編でマスコットが登場するのはいつの日になるのか。
第27話、始まります。
定期公演に向けたレッスンが始まる前日のこと。ライブに関する説明が終わり、幸哉が一足先に帰ったところで茜がアイドル達を集めた。
「はいちゅ〜もく〜!というわけで第一回、765プロレジスタンスの会議を始めたいと思いま〜す!」
「へ?」
大仰に開催を宣言した茜に対し、皆一様にぽかんとした表情で彼女を見る。説明もなしにいきなり始まったことで、状況が飲み込めていない様子だった。
「茜さん、何……言ってるの?」
「いきなりで分かんないぞ~!もっと詳しく説明して!」
杏奈と響が皆の考えを代弁するように言った。いきなり集められてこれでは何もわかったものじゃない。ため息をつきながら奈緒が説明を始めた。
「茜がな、みんなで氷室さんと戦おうって言うてんねん。意味わからんやろ?」
呆れたような奈緒の言葉に皆は考え込んでいたが、少し経ってから真が手を挙げた。
「それってさ、みんなで力を合わせてクビを撤回させようってことでいいんだよね?」
「そゆこと!」
自信有りげに首を縦に振る茜。しかし、活動の内容はまだ分からないままだ。
「でも何するんだ?レジスタンスって言われてもそこが分からなきゃ協力できないぜ」
ジュリアが質問した。
最もな言葉に皆が頷いて肯定する。それに対して茜もなるほどと頷いて答える。
「うんうん、やることわかんないと動けないよね。えーっと……」
言葉を濁した次の瞬間。
「何したらいいんだろ?」
「「ああ~っ……」」
あまりにも間の抜けた、調子の狂う台詞が口から飛び出る。さぞや計画を練ってきたのだろうという期待を砕かれ皆がずっこけた。落胆する声が茜の耳を揺らす。
「いや、何も考えてへんかったんかい!」
奈緒が突っ込むのに対し、茜は俯き加減に周囲を見回して恥ずかしそうに言った。
「いや~……ね?茜ちゃん、こういうの初めてだしそもそもプロちゃんに物申す人なんて誰もいなかったわけで……」
「茜もビビってるんじゃん!」
「じゃあ何するの?」
「説明してよ~!」
のり子からも突っ込まれ、更に仲間内から追求の声で茜が気まずい表情に変わり、頭を抱え打つ手なしといった様子。
そんな中で状況を見守る……というよりも何をしたらいいかわからないのでただ立っていた未来が口を開いた。
「あの、だったらまずは『みんなに相談する』っていうのはどうかな~って」
「……それだ!そうだよ未来ちゃん!」
茜が思いつかなかったことを未来は言った、というより少し考えれば思いつくようなことのはずだが。
未来の言葉に同意するように静香が冷静な口調で言った。
「未来の言う通り、協力してくれそうな人に事情を話した方がいいと思います。まずそうするべきかと」
「ほらね?茜より未来とか静香の方がリーダー向いてるよ」
「でへへ~」
「あは……レジスタンス考えたの一応茜ちゃんだけどね~……」
真っ当すぎる言葉に皆が頷く。でも何故幸哉の活動を認可させることが目的のレジスタンスの会議に参加しているのか。静香は幸哉に対して厳しめな態度をとっている。以前のようなぎこちなさは消えたとはいえ、未だに軟化したとは言い難い。
翼が首を傾げて言った。
「静香ちゃん、幸哉くんにやめて欲しくなかったんだ?」
翼の真っ直ぐな疑問に、静香はそれを否定しようとした
「別にそんなことないわよ!……寂しそうにしてるから友達でいてあげてるだけで……。あと、アイドルとしてまだ何もしてないじゃない」
……のだが、まるで逆効果にしかならなかった。素直でないものの発言の節々に大切に思っているのだろうということが透けて見えてくる。
そんな静香をメンバーは微笑ましい様子で見守る。しかし、当の本人は朱が差した顔で不満そうにしていた。
「……何がおかしいんですか」
「いやさ、静香って最初めちゃくちゃ冷たかったのに変わったなぁって」
「せや!そんでプロデューサーさんに怒られとったもんな~」
「あの時険悪過ぎてちょっと怖かったよ~」
恵美と奈緒、歩が懐かしむように言った。そして響が静香を見た。
「そうだったんだ?」
「……はい」
先輩から追い打ちをくらい、恥ずかしそうに黙り込む静香。そこからは茜のターン。皆を見回してから、笑顔を見せて言った。
「今日は他に入ってくれそうな子に声をかけるってことで!みんな、誰かに連絡してみて♪」
会議と銘打った割にはあっさり、今後の方針が決定した。そういった緩くて肩肘張らない所が、765プロのアイドルのいい所である。
「あ!協力してくれるって!」
声を上げたのは未来。メッセージアプリから仲間に連絡をしていたのだろう、画面を見せてきた。
〜〜〜
七尾百合子
『レジスタンス……協力させて!何でも相談に乗るから』
高山紗代子
『私も力になるよ!皆の思い、プロデューサー達にも伝えようね!』
ありさ
『クビは取り下げてもらいましょう!ありさの命に替えてでも!』
白石紬
『このようなことになっているとは知りませんでした。お力添えさせていただきます』
瑞希
『私も賛成です。できることからしていきましょう』
あみ
『ゆっき→がクビ
なら亜美1000πひとハダでもふたハダでもぬいじゃうYO』
まみ
『クビってどゅこと❓❓❓なら真美もきょうりょくするNE(`・∀・)ノ 』
Elena
『して欲しいことあったら伝えてネ!』
~~~
協力を申し出る言葉が次々とグループチャットに投稿された。これでもごく一部のものだが、未来の人徳や幸哉に対する信頼の厚さが、言葉となって次々と流れてくる。
「さっすが未来ちゃん!これならプロちゃんを倒せるかもしれないよ!」
「え、倒すん……ですか?茜ちゃんのプロデューサーさんを?」
首を傾げている未来。全くピンと来ていない様子。それを見たメンバーがかいつまんで説明を行う。
説明を受けたことで未来も納得できたところで、
「よし!これで協力してくれる子は集まってくるね♪同志諸君、団結せよ!茜ちゃんたちを無視して動く独裁者のプロちゃんをやっつけるのだ~!」
これから革命でも起こすかのような台詞と共に、拳を天に掲げる茜。
一人で盛り上がる茜に困ったかのように皆が声をあげた。
「お、お〜っ!」
〜〜〜
そして翌日。続々と運動着に着替えてアイドルが部屋に集合して来ていた。
未来や可奈といった見知った者、そして千早に志保といったまだ共演のないアイドル。そしてユニットではないものの公演に立つ茜に千鶴、のり子といったメンバー。
それらが皆、一つに集まっており、挨拶をして回った。
錚々たる面子に幸哉は緊張していた。
「学校終わってそのまま来たの?エライね~♪」
「ありがとうございます」
茜が幸哉に気さくに声をかけた。彼女なりに緊張をほぐそうとしてくれているのだろう。その気遣いに感謝しつつ、周りを見渡す。
ウォーミングアップしつつアイドル達が談笑する最中、入口からジャージ姿の女性トレーナーが現れた。
アイドルになる前、レッスンを見学した時に会話したのと同じ人物だった。
「はい集合……あれ、今永くんよね?また誘われて来たの?」
「いえ、僕もアイドルになりました」
「でも新人は優希さんって名前じゃ……」
トレーナーが疑問を呈していると春香が彼女に言った。
「彼が優希ちゃんですよ。女装してたんですって」
春香の言葉にトレーナーが幸哉の顔をじっと見つめる。少し時が経って、
「え!本当に!?よく見たらそっくりかも……ちょっと待って」
そう言って部屋を一旦出て行き、少し経ってからまた戻って来た。
「今確認してきたけど、優希さん本人だった……道理で似てたわけね……」
驚きつつも本人の認定をされ、公演の話に移る。
皆一斉にトレーナーに視線を向け、それを受けて聞こえるような声で説明を始めた。
「というわけで、次の公演は三週間後の月末に行われます。そこでやるのはユニット……つまり、複数人でパフォーマンスしてもらうことになるのでチームワーク大切にしていきましょう!」
「「はい!」」
元気のいい返事が返り、頷くトレーナーを見て立ち上がるアイドル達。今回はユニットごとに話し合い、そして各々レッスンを行うことになっている。話し合うために分かれるのを見て、昨日のくじ引きで決まったメンバーであるジュリアのもとへ向かった。
「お、来たな」
彼女に迎えられ、床に座ってメンバーと相対する。今回組むことになっているのは四人。幸哉をはじめジュリアと志保、そして千早。
また一人、初対面の人間と組む。その事実を受け止め、心を引き締める。
「では、今回のライブの曲を確認しましょう。今回の曲は『Blue symphony』ね。私は昨日、他に仕事があったから組分けには出れなかったけれど入ることになったの。よろしくお願いします」
千早が三人に向かって話す。彼女もユニットの一員であり、リーダーたる存在だとわかる。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ……。今永さん、あなたは二度目のライブね。最初のライブ、私も観客席から見ていたわ」
「そうですか、ありがとうございます」
「最初はどういうことかと思ったけど、春香やみんなの話で少しだけ知っているの。逆境を乗り越えた人だと聞いているわ」
短時間で自分のことが伝わっていることに驚きを感じる。迂闊に変なことはできないな、と思いながら話を聞く。千早が中心となり、ユニットの話し合いが進む中で志保が手を挙げた。
「はい」
「志保、どうかしたの?」
「アイドルと言っても彼はまだ駆け出しです。実力を見るべきだと私は思います」
「そうだな……ユウキ、いけるか?」
「はい。やってみます」
まずは実力を見せること。先日の試験の失敗から学んだことは一歩ずつ進むこと。例え解雇がかかっていてもやることは同じ。
「取り敢えず曲を流してみましょう。知っている曲はあるかしら」
「『Welcome!!』ならあります」
「それでいってみましょう」
その流れのまま立ち上がって、ジュリアが声をかける。
「おーい、ユウキがやるみたいだから見ててくれないか?」
彼女の一言に皆が振り返る。トレーナーも興味深そうに見つめて呟く。
「やっていいですか?」
「お手並み拝見ね。少し開けてあげて」
「はい」
トレーナーがアイドルに指示し、音源を流し始めてそれに合わせて踊ってみせる。始まると周囲の目は徐々に幸哉へと向き始めた。
突然ということもあって視線を受けながらも、覚えている振り付けを再現して精一杯の動きを見せる。
曲は一番で終わるショート版だったが、短くとも踊りきってみせた。周りの反応を確かめるように見回す。
「すご~い!」
「上手上手!」
と未来や春香が褒めてくれた。それに対して礼をして千早達もとい自分のユニットメンバーに目を向けた。
「……」
「なんとか言ってやれって」
しかし、千早は何かを考えるかのように俯き、志保に至っては幸哉を見つめた後目を逸らしてジュリアが窘めようとしている。
未来達が褒めても、千早には自分の動きがあまり良くない物に見えていたのか。助言を仰ぐようにトレーナーに尋ねてみた。
「どうでしたか?」
「う~ん、もうちょっとかな?期間はまだあるから少しずつレベルアップしましょうね」
「……はい」
トレーナーも評価に困ったような表情を浮かべる。
それもその筈、この場にいるアイドルは場数を踏んだ者たちばかり。対して自分は前回十日で仕上げたいわば付け焼き刃。生じている差は明らかである。
もしかしたら始めてのライブで
肩を落として座り込む。
「まだアイドルになったばっかりだろ?下手なんて思ってないからさ」
「……はい」
ジュリアが励ましてくれたが、気分は依然として晴れない。それどころか志保の目が徐々に厳しくなっている気ががする。
不安を感じながら、次は全体曲のレッスンへと移った。
「今回は二部制ということで、前半組と後半組に分かれながら練習をします。というわけで他の人がやってる間はしっかり見ておくように」
「はい!」
トレーナー曰く、自分達は後半の公演を担当することになっている様子。しっかり見ておかなければ、と思いながら目を凝らして他のユニットを見る。
その差は歴然。
少し前まで全くの素人だった幸哉と違い、動きにキレがあり見る人の目を奪えるものだった。
呆然としながら、実力差を痛感する。先程のトレーナーの言葉や志保の態度からして、実際にステージへ立てるものとは程遠いものだと考えられる。
「次は私たちの番よ」
俯いていると上から声がかかる。
反応して顔を上げると、志保が立っていた。その目はじっと相手を射るかのような鋭い目をしていた。慌てて頷きながら立ち上がる。
ゆっくりでもいいから、とトレーナーの助言をもらい目を彼女の方に向ける。
音楽が始まり、きっと表情が変わったトレーナーから鋭い言葉が飛んで来た。
「リズム意識して!」
「表情作る!」
「動くだけじゃパフォーマンスにならないよ!」
矢のように飛んでくる指摘を受けて足を動かし、手を振り続ける。肌には汗が浮かび、息が荒くなり始める。曲が終わる頃には体が痺れるかのような感覚が生じていた。
トレーナーに一礼をして、元の列に戻っていった。
~~~
その後はダンスの確認であったり、基礎のトレーニングなどで工程を消化していった。
空がすっかり夕焼けに染まる頃、レッスンの終了が告げられた。
トレーナーに礼をして終わり、幸哉だけまだ練習したいと部屋に残り皆が退出した後のこと。
「ねえねえしほりん」
「何ですか?」
茜が志保に話しかけた。いつも通り平坦な声で返事を返す志保。
「ちょっと茜ちゃんたちに協力してくれないかな?お願い!すぐ終わるからね」
茜は練習前に皆で話し合ったレジスタンスのことについて話した。志保はそれに相槌を打って聞いていたが、徐々に話が進み、終わりになって
「だから茜ちゃんに協力して!お願い!」
そう言ってきた時に志保は冷たく、こう返した。
「遠慮します。第一、何のためにしてるんですか?」
「えっ……?」
懇願して来た彼女に対して、一切の情もなく切り捨てた志保にアイドル達が驚き、呆然としている。
興味の無さそうな態度の志保に対して何のためなのかを杏奈が説明する。
「幸哉くん……次のライブ終わったら、どうなるか、わからないの……」
「志保や茜、私のプロデューサー……氷室さんがこのことについて言及していましたの。あなたからも協力して欲しいのですわ」
「アタシたちだけじゃ無理かもだからお願い!」
千鶴、歩と説得に出るも志保の表情は変わらない。それどころか冷え切った表情で周りの人々を見据える。
「……そうですか。やってることはわかりました。彼……今永くんですよね。活動、認めてもらえてないと」
まるで他人事のような態度をとる志保。それに対して静香が反論する。
「何言ってるの?流石に今のは」
「あなただって彼を部外者扱いしてたじゃない」
「……!」
「悪いことをした訳じゃなさそうだし、クビになりかけたのも理由がわからない。私とあの人は同じユニット……ただそれだけ。別にどうこうしようなんて考えてないわ」
「志保……!」
反攻を過去の出来事、それも自分がやった事を例にして返される。
静香が一歩前に詰め寄ろうとして、今にも掴みかからんといった具合を察したのか、未来が二人の間に挟まって手を広げる。体は小さく震え、静香と志保に視線を交互に向けていた。
「ダメ……けんかなんてしないで……」
「未来……」
「静香ちゃんも幸哉くんが大切なのは知ってるよ。志保も……そんなこと言わないで同じユニットの仲間だから仲良くしてあげて欲しいな」
普段の未来と違う弱々しい声。しかしながら二人を静めるには十分だった。懇願に矛を収めたか、静香が先に引き下がる。
「私、もう少し練習していくわ」
「こっちは用事があるので失礼します。レジスタンス、協力はできません。さようなら」
互いに目も合わせず静香と志保がこの場を去る。皆一様に、不安を隠せていない。
行く先に黒い雲がかかるような、そんな一日であった。
~~~
誰もいなくなったレッスンルームで一人、幸哉は佇む。頭の中では先程までのレッスンのことが鮮明な記憶として残っていた。
自分のレベルはまだ、他のメンバーと比べて劣っている。歌やダンス、パフォーマンスといったものの経験は今まで一度だってなかった。
二ヶ月程前までただの一般人、それも心を潰され抜け殻のようになって自ら命を絶ちかけた。
そんな訳ありを拾ってくれた慶一と、交友を深め友達になってくれたアイドル達。そして、アイドルという新たな可能性を提示した霧生。
しかし、今は自分がそれらの人々の重荷になっているような感覚を覚える。
「どうしたらいいんだ……」
激しく動いたせいか、体がうまく動かせない。
座り込みながら小さく呟く。勿論、誰にも聞かれていない。冷たい床の感触が体に伝わる。
一人でもできるトレーニングでもしようかと考えた瞬間、扉が開けられた。
「まだ残っていたのね」
「静香……」
入って来たのは静香。ストイックな彼女は納得いかない所があったのか戻って練習するようだった。
「練習するんじゃなかったの?」
「そのつもり。けど……」
「けど?」
「どうしたらいいのか、分からなくなったんだ」
「はぁ?」
静香が呆れたかのような視線を向けた。
「確かにクビもかかってはいるし、今回はユニットでやる。でも不安なんだ」
胸の内を吐き出す幸哉。更に悲痛な表情で語り続ける。
「千早さんはすごい人だって知ってるし、ジュリアさんだっていい人だ。でも、北沢さんとはほとんど話したことないし、ずっと不機嫌そうだった。三人の足を引っ張ってるんじゃないかって思っちゃってさ……」
体育座りになって俯き、徐々に声が小さくなっていく。
その様子を見かねたのか、やや距離を置いて床に腰を下ろした静香が口を開いた。
「そうね。その気持ちはわかるわ」
「でも、それで最初から諦めていい理由にはならないのよ」
「えっ?」
驚きで目を見開くのをよそに、静香が話を始める。
「千早さんと組むとなったら私でも緊張するわ。志保だって少しイラつく所はあってもアイドルとして見習うべき所はある……。それより、アイドルが暗い顔したらダメじゃない」
「……」
「みんな言ってることだけど、最初のライブ……あなたが正体を隠していた時の、良かったと思う」
「……え」
その言葉が、幸哉の心を揺さぶった。
厳しく、ストイックな静香が。自分を褒めたのだ。
「最初、柔軟で痛いって叫んだりダンスで転んでるのを見て何をしに来たのって思ったわ。だけど短い期間で見れるレベルには仕上がってたじゃない」
「そりゃ、人前に立つんだからやらないといけなかったし……」
「でもあなたはやり切ってたわ」
きっぱり言い切る静香。厳しい口調ながらも、目の前の幸哉の技量を認めているようだった。
「悩んでいるなら練習しましょう。同じアイドルで一応友達……なんだから」
言葉尻が小さくなっていたが、穏やかな口調であった。
「……そうだね。悩んでても仕方ない。……やるか!練習、一緒にしてくれないかな?」
「大分元気じゃない。遅くなるって連絡はした?」
「連絡したよ」
「私もよ。まずは準備体操からやって、課題曲の練習もしましょう」
「わかった」
こうして二人は練習を始め、それは戸締りの時間寸前まで続いた。
~~~
「なんですって?パワハラ?」
「うん……。広報課の子がそれされてるの、知っちゃってさ」
「まさか平和なはずの我が社でそんなことが……」
テーブルを囲み、六人の女性が話し合っている。そこはレストランのスペース席でありステーキやサラダ、アジフライ定食といった料理やレモンティーにといった飲料のグラスがテーブルを埋め尽くしている。
「それで、どんなことがあったんですか?詳しく聞きたいです」
眼鏡の女性――律子が目の前でステーキを食べている女性、鈴葉に話しかけた。手に持った烏龍茶を一口飲んで問うと、ナイフを置き食べる手を止めて鈴葉が話し始める。
「こないだライブの組決め終わってけーさんと歩いててさ、目の前からふらふら~ってあたしと同い年くらいの女子にぶつかったんだ。すっごくしんどそうだった」
「でもそれだけじゃパワハラだとわからないんじゃない?ただ体調不良だったかもしれないわ」
身振り手振りを交えて話す鈴葉に背丈の低い女性、このみが鈴葉の話に加わる。彼女の指摘を受けて、鈴葉が話を続ける。
「いや、続きあるんですよ。広報課行って来て休ませてあげてーって頼んだら上司がなんて言ったと思います?『早退なら早く出て行ってくれ』って!なんなんあのクソじじい!」
そこまで言ってだん、とテーブルをグレープジュースの入っていたグラスで叩く。頭に血が登っているのか語勢も荒い。周囲の注目が鈴葉に向き始める。そんな彼女を諌めるようにこのみよりかは背は高いが小柄な女性、優愛が声をかけた。
「落ち着いてくださいっ。後、人がいる場所ですよ」
そう言って二杯目のジュースをついで来た。グラスを渡されて鈴葉はそれを一気に飲み干して息をついた。
「ふはぁ~。ごめん、そうかも。落ち着こう、一旦」
息を吸って、吐く。それを三回程繰り返し、ようやく落ち着きを取り戻す。
「本物案件じゃない……大変なことになってるわね」
このみが息を吐き深刻そうに答える。
彼女の隣に座る莉緒がよくわからないと言った具合で鈴葉を見た。
「でもなんで私たちを呼んだの?」
「莉緒と先輩は元社会人でしょ。あと律子は現場も知ってるし、ピヨちゃんは……」
「私は?」
律子と相対する形で座る小鳥が自分を指さす。
「まぁ、とりあえずって感じで……」
「ひどい!」
小鳥が抗議の声を上げる。ぞんざいに扱われるのが嫌だったようだ。
そこで優愛が疑問の表情で鈴葉を見ていた。
「広報課って、今永くんの加入に反対してた人達ですよね。私達プロデュース課からしたら……」
「敵、ってやつかも。だけどあの子からはあたしらを嵌めようってのが見えなかったよね」
「えっ?何、その話……」
「初めて聞いたわ。もっと説明してくれるかしら」
「重要な話じゃないですか!」
あの子、とは助けた女性社員のことを指しているのだろうが、それよりも二人の話に莉緒、このみ、律子が素早く反応した。
「わかりました。実は……
ということなんです」
優愛が話し終えると、四人の表情が一瞬にして戸惑いに染まった。自分達の仲間に、反感を持つ者がいることが余程驚きを隠せない様子だ。
そこで、優愛が鈴葉たちを見回して話しかける。
「皆さんは、今永くんがいることに賛成ですか?」
少し経ってから、
「当たり前でしょ。むしろいてもらわないと困るって」
「賛成よ。男の子であっても、私達の仲間に変わりないわ」
「私も!だってあんなにいい子なのに可哀想じゃない!」
「皆さんと同じ意見です」
「私その件に一枚嚙んでるし……賛成です!」
異口同音に賛成する。周りの空気が盛り上がる中、律子が口を開いた。
「だったらパワハラの証拠集めからですね!まずはレコーダー……いや、スマホでも録音は……」
「やる気ねぇ律子ちゃん。私たちも協力するわ」
「もしかしたら他にも苦しんでる人がいるかもしれないわね」
「わ、私も一社員としてなんとか今永くんの引き留めに動きますね!」
律子や小鳥、莉緒達の話が盛り上がる中、周りの空気をよそにぼうっと考え込む鈴葉。そんな様子を見て、このみが声をかけた。
「鈴葉ちゃん、どうするの?あなたは何がしたいのかしら」
その問いに対して、一拍おいて鈴葉が答えた。
「やりますよ。パワハラはどうにかするし、優希も引き留めさせます。あと、今のあたし、めちゃやる気みなぎってます」
~~~
「何故呼ばれたか、わかるか?」
「……」
中年の男が眉間に皺を寄せ、自分を見ている。
氷室は目の前にいる上司――人事部長を見据えながら口を噤んでいた。部長の表情は相当に険しく、見るものを圧するかのようだった。
プロデューサーでありながら人事も兼務している故に、互いの部署を行き来していることがある。今日は人事部の上司に呼ばれ、話をつけられていた。
「言わせてもらうけど、新人をまだ追い出していないそうだな。どうなっているんだ?」
粘ついた嫌味たらしい口調に、不信感を隠せない。だが質問に答えるべく、重い口を開いた。
「今永の存在は現時点では問題ですが、本人が不祥事や迷惑事を起こしたわけではありません。社長という後ろ盾が今永や霧生にある状況となっておりますので、余程のことがなければ解雇は不可能かと。後、他の社員にも下手にこの件に触るなと通達しています」
「社長……ただ座っているだけの人間が……」
その言い方に憮然となるが、上司の手前ぐっとこらえて顔を見る。しかし次の瞬間、とんでもない言葉を耳にしてしまった。
「なら、迷惑だとすれば排除できるな?」
「っ!」
目を見開いた。
一体何を言っているんだ、この男は。
「何をびっくりしている、君らしくない。あの子供を排斥するべきと訴えただろう?」
「ですが……」
「言ったことを無しにするつもりか?社会人として相応しくない態度だと思うぞ」
「……」
相手の強硬な態度に、思わず押し黙ってしまう。
新人が男であり、しかも女装で活動することは問題の火種になっている。ただ問題を起こしていないうえ、14歳という年齢もあり一旦保留という形で結論を見送っていた。
しかし、相手は罪のない子供ですら排斥しようとしている。
自分が何をやるべきか、分からなくなっていた。
「この件は、本人と次回の公演が終わった際に話し合いを設ける予定です。介入はなるべくしないでいただきたいと思います」
氷室の訴えに対し、部長が不機嫌そうな態度で返す。
「ならいい。全く……早いところ報告してくれ。頼むぞ」
「失礼しました」
軽く礼をして、部屋から出て戸を閉めた。
考えれば考える程、自分の行いが正しいのか分からなくなってくる。呼吸を整えろ、頭を回せ。自分がやっていることを振り返れ。
心の中で逡巡し、プロデュース課の事務室へ戻ろうと階段を登ろうとした時だった。
「!」
階段の段差に躓きそうになった。幸い上り始める際に手すりを掴んでいたため膝をつくだけだったが、いつもの自分ならまず起きづらいハプニングで額に汗が浮かぶ。
そんな中氷室の心には、ある問いが浮かんでいた。
――自分のしようとしていることは、本当に正しいのか?
答えの出ない問題を反芻し、表情を一層硬くして事務室へと向かって行った。
いかがでしたでしょうか。お待たせして申し訳ございません。
今回、様々なことが起こった回であり、「765プロ」という組織全体に目を向けて状況を見せる回となりました。
というか3章の最初のお話(19話)を投稿してから5ヶ月近く……まだまだ先は長い。ロングランになりそうですがお付き合いいただければ幸いです。
次回は「向いていないこと」というサブタイトルです。
それでは次のお話でお会いしましょう。