この度、UAが5000を突破しました。作品を見てくださっている方々には感謝の思いでいっぱいです。
更新ペースが落ち気味ではありますが、どうにか進めていきます。
それでは、本編をどうぞ。
「お仕事中の兄ちゃん姉ちゃんにおじちゃんおばちゃんたち〜!」
「ゆっきーをアイドルにしてあげてね〜☆」
昼下がりの劇場、その廊下中に甲高い声が響き渡る。
声の主は亜美と真美。彼女達の後ろには「賛成」「反対」と区切られた大きな模造紙が壁にテープで貼られていた。
「お時間は取らせません。どちらかに投票していただければ……」
「違うでしょつむりん!そこは賛成にさせるとこじゃないの〜?」
「……確かに賛成が正解だと思います。しかし色々な考えを持つ方々がいらっしゃいますから……」
「でもね紬ちゃん、ここでネガティブになっちゃダメだよ!皆さん、ご協力お願いします!」
真美の指摘に対して凛とした雰囲気の少女――紬がか細い声で返す。見る人の十中八九が見とれるような面には、憂いの色が浮かんでいる。そんな感情を吹き飛ばすかのような声で眼鏡をかけた少女――紗代子が廊下を行く人間に呼びかける。瞳は燃えるような輝きを帯び、じっと前を見据えている。
「いや~、熱血なさよちんが入ってくれるなんてね~」
「そーそー!さっきの声、めっちゃ良かったじゃんね!」
「ありがとう!私も茜ちゃんから聞いたんだ。プロデューサーが優希ちゃん……幸哉くんをやめさせようとしてるって言われてね。でも、勝手に壁に貼って大丈夫かな?」
「大丈夫っしょ~、だってゆっきーのためだから兄ちゃんたちも許してくれるよね♪」
盛り上がる三人のうち、紗代子に向かって紬が質問した。
「高山さんは、どうしてレジスタンスに加入されたのですか?」
「入った理由?仲間がピンチだから!って感じかな」
「どゆこと?」
「最初、茜ちゃんから聞いた時は何だろうって思ってた。けどプロデューサーが事務所を守るため、という理由で何もしてない彼を切り捨てようとしてるの、私は反対なんだ」
「そういえばさよちんって氷室兄ちゃんのとこだっけ」
「そうだよ。厳しいけど、いつもお世話になってるの。だからこそ『間違ってると思います』って言わないとって思ったんだ」
「さっすが~♪」
楽しそうな亜美真美の顔と対照的に俯く紬。今度は紗代子が彼女に話しかける。
「逆に紬ちゃんが協力する理由だったりは、ある?」
「理由、ですか……」
質問を受けて、紬は静かに語り始める。
「最初男性であるとわかった時、私も騙されてしまったのではと思いました。この事務所で男性が活動すること自体が初めてですから。謝罪に訪れた時に、今永さんは泣きながらこれまでのことを謝罪されました。確かに氷室プロデューサーが仰ることも分かります。それでも私は、今永さんの味方でいたいのです」
「それは、どうして?」
紗代子の質問に、紬は微笑みを浮かべて答えた。
「あのように正直で、素直な人ですから。助けるべきだと思ったからですね」
紬の表情には、相手を思いやり、慈しむかのような優しさに溢れていた。
それもそのはず、紬達四人の話題にあがっている幸哉という少年は、アイドルであるものの活動できるかどうか不透明な状態にある。その状態を作り出したのが紗代子の話に出た氷室という人物だった。
それを打破し、活動の認可を得るべく茜という同じアイドルの少女が発起人となって結成されたのがレジスタンスであり、現時点では多数のアイドルが協力を申し出ていた。
「あら、亜美ちゃんに真美ちゃん。そこで何をしているの?」
「風花さん!」
目の前を通りがかったのは波打った髪の毛をした柔和な表情の女性。紗代子が風花と呼んだその人物は、四人の様子が気になったのかそちらへ近づく。
風花の目線は壁の模造紙に移っていた。
「ええと、賛成、反対?」
「はい。今永さんの去就がかかっていると野々原さんがおっしゃっていました」
「そ、そうなの!?」
「だから私たち、他のプロデューサーだったり社員の人を対象に幸哉くんを残すべきかって聞いている途中なんです」
「そゆこと!風花お姉ちゃんも一票よろしくね~♪」
「わかったわ」
紬からシールをもらい、まっさらな「賛成」の枠に貼り付ける。四人が風花に礼を言って、微笑む風花を見て真美が切り出した。
「風花お姉ちゃんって何か困ってることあったりする?真美たちレジスタンスがカイケツしてしんぜよ〜う」
「レジス、タンス……?」
わからないといった様子の風花。普段の日常で出なさそうな単語を出されて困惑するのは理解できる。それでも話を聞こうという姿勢をしていた。
風花の様子に、紬と紗代子が事の顛末を話し始めた。
「それ、本当に……?」
「はい。こういうことをプロデューサーから伝えられたみたいです」
「今永さんの活動のために私たちは動いています」
話を終えた二人に風花は驚き、言葉を失っていた。自分の知りえない所で起きていることが重大過ぎている。そもそも、今まで765プロで脱退するメンバーが出るなど全くなかったからだろう。
表情を曇らせる風花を、四人はただ見ていた。
「風花お姉ちゃ~ん?どしたの?」
真美の質問に対し、一瞬驚いたような顔を見せたが、何かを思い出したのかすぐに顔を曇らせた。悩みのある様子の風花に視線が彼女の方へ向き始める。
「うん、実はね。プロデューサーさんからお仕事をいただいたの……」
何故か声のトーンが落ちている風花。アイドルにとって仕事をもらえることは喜ばしいはず。しかし表情は曇り空。そんな空気の中、風花が口を開いた。
「グラビアの、お仕事……」
「「あぁ~……」」
がっくりと肩を落としている風花に同情の視線が集まる。そんな中で悲しそうに語り始めた。
「最初、『グラビアより正統派が』って言ったらね、プロデューサーさんが『今回撮影された写真は大手の雑誌に掲載される。豊川にとってステップアップの機会になるだろう』って言われて。そんなこと言われたら、断れなくて……」
最後泣きそうな声になりながら沈んだ声で話す風花に、紗代子が頷き反応する。どうやら希望していたものと違う内容の仕事を不本意ながら受けてしまったのがわかる。
風花の話からしてアイドルを名字で呼ぶプロデューサーは氷室正宗、ただ一人である。恐らくこの五人の中では彼女と、そして紗代子が担当だといえる。
「プロデューサー、厳しいですよね。無理やりされた訳じゃなさそうですけど……」
「ううん、私がはっきり言わないのが悪いの。心配してくれてありがとう」
「豊川さんが気に病む必要はありませんよ」
「どういたしまして。良かったら私にもレジスタンス、だっけ。協力させてくれないかな?」
「いいですよ!大人の人が協力してくれるの、心強いです」
紬と紗代子の励ましに、風花は嬉しそうに微笑んだ。また、彼女の申し出を二人は快諾し、新たなメンバーがレジスタンスに加入していった。
「ふむふむ、断れないっていうのも」
「困りモノですなぁ」
嬉しそうにお喋りをする三人の一方で、亜美と真美は風花の顔……というよりも上の服を押し上げる二つの膨らみに注目しながら頷いていた。
~~~
最初のレッスンが始まった次の日。今日は別のアイドルが使う予定が入ったということで、レッスンルームを使うことができなかった。その為家に帰って課題を済ませてからランニングであったり、腕立てなどの基礎的なトレーニングに勤しんでいた。
しかし、苦手な運動と連日のように体を動かしていたせいか、疲労は確実に蓄積していた。
そしてもう一つ。
くじ引きで決められたユニットに関してだ。自分は千早、志保、ジュリアと組むことになった。どのメンバーも皆面識が少ない、または殆ど無い。
そんな中で、他のユニットに対しても自分との差が大いにあった。
進退が懸かる中、自分はどうなるのか。例え完璧に仕上げたとしても、次があるからすらわからない。
「あぁ……」
布団に寝転がって天井を見つめ、意味のない声を漏らしていた時だった。
「幸哉ー!電話来てるよ!高木さんって人から!」
「んぇ?」
雅恵の呼ぶ声が二階の自室まで届いた。
高木、という名字は幸哉にとって聞き覚えのあるものだった。急いで階下に降りて受話器を受け取る。
「はい、今永です」
「おお!出てきてくれたね。私だよ。765プロ社長の高木だ」
「社長!?こ、こんばんは!」
「ははは。驚かせてすまないね。どうしても直接君と話がしたかったのだよ」
なんと相手は事務所のトップ、高木社長だった。そんな人間がどうして自分にかけて来たのか。一字一句聞き漏らすまいと、耳を傾けた。
「まず君のことだが、氷室君に関しては私も説得を行っている。こちらとしては君を手放したくないんだ。皆、引き留めに動いているよ」
「ありがとうございます……」
流石は社長。タレントを守ることが使命と考えているからこそ、自然とそういった言葉を出せるのだろう。
経営者としての矜持を垣間見たところで、電話口の社長が尋ねた。
「公演に関してだが、レッスンは進んでいるかな?」
「はい、まあ、そうですね……」
「そうか……。この際だ。悩みがあったら相談して欲しい。私とて765プロの一員なのだから」
気のない返事を返していると、社長が心配するように声をかけて来た。アイドルも社員の一つ故か、思いやるかのような言葉を投げかける。
確かに、吐き出してもいいかもしれない。そう思って電話口の社長に向かって言った。
「実は……」
語り始めた幸哉を、社長は咎めることなく聞いてくれた。話が終わると、今度は社長の番になった。
「なるほど。ユニットでのライブが不安ということだね」
「そうなんです。それに、一緒に組んでる北沢さんがなんかとても不機嫌そうで……僕がアイドルだってこと、嫌だと思ってるかもしれないんです」
「それは、大変だな。君はそれをどう感じているのかな?」
「はい。僕のことをよく思ってない人がいるのかなって考えてしまって、それに女装だから男だってファンの人にバレたら事務所にも迷惑になるって思ってしまうんです……」
沈んだ声で答える幸哉。言葉には懸念、不安といった感情が入り混じっている。そんな言葉でさえも、社長は咎めることなく聞いている。
幾分か経ってから、社長はこのように言った。
「話はわかった。不安になるのもわかる。しかし、君には仲間がいるだろう」
「……」
「君の家族でもある相河君や親しくしてくれたアイドル諸君、それに私も味方だ。遠慮なく頼ればいい。元より我々は、君の輝いているところを見てみたいのだから」
温かい言葉をかける社長。それは親心にも似た温かさを感じた。
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして。ライブの成功、期待しているよ」
その言葉を言い残して、社長との電話は切れた。
少し、緊張が解けた気がした。
〜〜~
翌日、放課後にまた劇場へとレッスンのためにやって来た。今回はユニットで歌のレッスンを行うらしい。レッスンルームへ行くと、そこには志保が真っ先に準備を始めていた。周りには目もくれず、黙々と動いている。
「こんにちは、北沢さん……」
「……こんにちは」
今度は返事を返してくれたものの、依然としてそっけない。目を合わせてはくれたがすぐに逸らし、元の状態に戻っていった。
相変わらずな彼女に、また不安を覚えてしまう。
その後、千早にジュリア、が続々と入室して来た。
最後に今日の指導を務める、眼鏡に波打った髪の毛の女性講師が出て言った。
「はい、注目。次の公演はユニットが中心なので、まずユニットごとの動きを見ていきます」
講師の説明によればユニットごとに割り振られた曲を歌うことになっている。
幸哉達の曲は「Blue symphony」という曲であり、その名の通り歌唱する四人の歌声を重ねることで
曲の名に恥じないよう、歌おう。そう意気込みながら、講師の説明に耳を傾ける。その後は歌詞の書き込まれた紙を渡され、指名される。
「まず、天海さんのユニットからお願いしますね」
春香を中心に、未来に可奈といったメンバーが立ち上がる。彼女達の歌は聴く人を元気にするような、明るい曲だった。
ただ、可奈のパートだけ音程に少しズレが生じているような気もしなくなかったが、講師はそれを個性と分かってか、軽い指摘に留まった。
「次は如月さんたちの番ですよ」
「はい。準備できています」
凛とした立ち振る舞いで答える千早。彼女に倣い、幸哉も立ち上がる。
歌詞に目を通す中、講師が合図を出して曲が流れ始める。
『青に染まる 音の行方 輝きだす歌が聞こえる』
(しまった……!)
一歩、出遅れる。緊張で最初から歌うことを失念していた。なんとか合わせようとするも声が出なかったり、逆に大きくなり過ぎたりと安定感を欠いている。
サビの直前、幸哉のパートに入った時だった。
「信じる翼 チカラをくださ……」
「ストップ!」
その言葉と同時に、曲がピタリと止まる。講師が四人を見渡し、特に幸哉に対して視線を向けた。
「少し、音程がズレている所がありましたね。一人を悪者にするわけではないけど、一人のミスがユニットでは全体に響きます。覚えてくださいね」
「わかり、ました……」
「責めるような言い方でこちらこそごめんなさい。時間はまだあるから練習を大切にしてね」
三人の目線、特に志保のものが鋭く突き刺さる。それは彼女が無言でメッセージを送っているかのようだった。当然、内容はいい内容ではないだろう。
「ごめんなさい……」
「まあ、まだこれからだろ?気を落とすことないぜ」
ジュリアの励ましの言葉を貰っても、未だに気分は晴れない。それどころか自分がユニットのお荷物になっている。そう感じざるを得ないでいた。
「……」
そんな幸哉の様子を、千早はただ見据えていた。
〜〜〜
次の日はユニットでのダンスレッスンが行われる予定。しかし、足が重たく思ったように前に進まない。
理由は明白。自分が重荷になっているという自負からである。
もとより、次があるかわからないという理由もそうだが、それよりも千早と志保、二人に失望されていないかという心配だけが頭をよぎる。そのせいかあまり体を休めることができなかった。
力のない足取りで廊下を歩いていると、百合子とすれ違った。
「どうしたの……?」
「あ、百合子……。今から練習行くところだから。……それじゃ」
「待って!」
そう返し、別れようとして呼び止められる。
百合子の顔には焦りと相手を心配する様子が浮かんでいた。
「顔色悪いけど……何かあったの?良かったら相談してね」
「ありがとう。別にどうってことないし」
「でも辛そうだよ……」
申し出に対し、幸哉は首を横に振る。心配させまいというよりも、何かを背負ったようにすら見えてしまう。
「いいや、僕が下手なのが悪いんだ。もう行かないと」
「え……?」
「また今度ね」
あっさりとした言葉を残して、足早に百合子の目の前から去っていった。あまりにも早く行ってしまった故に、言葉をかけることができなかった。
(みんなに伝えないと……!)
その場に立ち尽くす百合子だったが、何を思ったのかスマホを取り出して何かを打ち込み始めた。
〜〜〜
すぐに着換えを済ませ、部屋に入った。公演に参加する面々が既に部屋にいる。その中のメンバーと顔を合わせないように位置につこうとするもやはり顔に不安が出ていたのか、口々に心配の言葉を投げかけられる。その度に「何でもない」と返答して、床に座る。
トレーナーの説明を聞いて早速準備体操から始まり、本題のダンスの時間になった。
今回は歌も交えた本番を意識した練習があり、幸哉のユニットも例に漏れず行うことになった。トレーナーがこの場のメンバーに向けて声をかける。
「今だとちょっと早いけど、現段階でのの様子を見ます。気負わずに頑張ってください!」
そうは言っても、まだまだ自分達のユニットは完成度が高いとは言い難い。不安を抱えながら注目を浴びる。
「それじゃあ、始めましょう。みんな、準備はいい?」
「はい」
トレーナーの言葉に皆が立ち上がった。
「あなたもよ。立って」
「……!」
志保に立つように促され、ややゆっくりながら立ち上がろうとするが、膝に力が入らず思うように動かない。そのうえ心も穏やかではない。
周囲が心配するような目を幸哉に向けてくる。
異様な雰囲気の中、曲が始まった。今回は全体で行うことになっている。多人数の中で埋もれまいと必死に振りをこなし、トレーナーの指示をバックに体を動かす。
しかし、まだ場数を踏めていないことと心労が重なってか、
(ダメだ、ついていけない……!)
曲の後半になると目に見える程、動きが落ちてきていた。トレーナーもそれを見ていたのか、全体に「曲の最後まで気を抜かないで」と指摘する。その指摘を聞きながら必死についていこうとしていると、
「ストップ!」
ぴしゃりとした声で指示が入った。声を発したのはトレーナーであり、腕を後ろで組んで立っている。指示を聞いたアイドル達が一斉に動きを止めて姿勢を正した。
「これから練習をするにあたって、一つ。今はまだ、まとまってる所が少ないと思います。でも、みんなならそれを解決できると信じています!」
トレーナーの言葉に対して元気に返事をする者、または真剣な表情で聞いている者など反応は様々だったが、その中でも暗い表情で聞いている人物がいた。
幸哉だった。沈んだ表情でトレーナーの説明に耳を傾けている。今日までのレッスンで歌は安定感を欠き、ダンスも最後までついていけていなかった。それどころか、心なしかメンバーから不安の目で見られているように思える。
その不安が現実になる時が、ついにやって来た。
〜〜〜
レッスン終了後、メンバーがそれぞれお喋りや互いの労を
「今永くん」
「……?」
そこに志保が声をかける。志保の方を向いて、顔を合わせた。彼女の表情には真剣なものが見え、ふざけるような様子は一切見られない。やはり、レッスンから何かしら言いたいことがあったのだろう、と読み取れる。
これから来る内容に身構えていると、志保が口を開いた。
「今日のレッスン、大分ふらついてたわね」
「ええと、うん……まだ慣れなくて」
「そう……。一つ言わせてもらうわ」
「あなたにユニットは、向いていないと思う」
「え……?」
放たれた一言に、耳を疑った。
元より、理解が追いつかなかった。
志保の口から出た言葉は、心を揺さぶるには十分だった。
周りがにわかにざわめき始めた。そんな喧騒の中、周りの目線は志保に向いている。
そんな中、この場にいる一人である奈緒が志保に顔を向けた。
「志保!」
「何ですか?」
「そんな言い方ないやろ!?そもそもちょっと前まで普通の人やってんで。急についていけるわけちゃうやん!」
奈緒の言葉も最もである。しかし、それを聞いても志保の表情は変わることはない。更に冷たい言葉が口から放たれる。
「それもそうですけど、だからって甘やかしていい理由にはならないと思います。第一、このままでははっきり言って完成するのは無理です」
「……」
はっきり言って、無理。その言葉がナイフの如く幸哉の心を突き刺した。虚ろな目で俯く幸哉を見て、可奈が志保を見て言った。
「でも、幸哉くん頑張ってたよ!そんなに言う必要ないと思うよ……」
「可奈、あなたの方はどうなの?」
「えっと、頑張った……と思うな。昨日の歌でちょっと音程ずれたけど……」
「……」
志保が呆れたような顔をして可奈を見た後、幸哉に視線を向けた。
その目はとても、冷たく見えた。
「奈緒さんの言う通り、普通の人だった。けど今のあなたの立場は何?」
「アイドル、です……」
萎縮して相手と同い年にも関わらず敬語になってしまう。一つでも受け答えを間違えれば、怒りを買いかねない。
しかし、感情を表に出すことなく幸哉にこう告げた。
「そう、今永くん――あなたはアイドルだけど、次にいられるかわからない状況よね」
「なんでそれを……!」
驚く幸哉に志保は眉一つ動かさずに言った。
「厳しいと思われるかもしれないけれど、お客さんの気分でいられたら困るのよ」
「……」
「大丈夫?」
「明日からまた、頑張りましょうね!私、一緒にステージに立ちたいって思ってます!」
未来と星梨花が心配そうに駆け寄ってきたが、何も言うことができなかった。
「志保、あんまりきついこと言うたらあかんで」
「さすがに言い過ぎだと思うよ……」
奈緒と歩が庇ってくれたが、周りの他のメンバーは状況に何も対処できないでいた。
「………」
その様子を、ある二人の人物はただじっと見ていた。
〜〜〜
その後、志保を可奈や星梨花といったメンバーが宥めて、先程の志保の幸哉に対する発言への謝罪が行われ一応、禍根を残すことなくその場はお開きとなった。
アイドル達が帰りの支度をしている最中、幸哉は着替えを済ませてすぐに劇場を出るでもなく自販機のあるスペースのベンチに座ってタオルを被って項垂れていた。
何も、できなかった。仲間達は庇ってくれたが、全ては自分の力不足が招いたこと。そして、自分が足を引っ張っているのではないかという懸念。
それらが心に重くのしかかり、押し潰されるかのような感覚を覚える。
出来損ないの、落ちこぼれ。今の自分にぴったりの言葉だ。
「うぅっ……。すっ……」
ついに涙まで溢れ始めた。泣く資格すら無いのに、自分の不甲斐なさのせいのはずなのに、涙が止まらない。
拭こうとしてもとめどなく流れる涙が、タオルを濡らしている。
誰にも悟られまいとタオルで顔を覆い隠していた時だった。
「ねえねえ、どうしたの?」
「うぇ……?」
声がした方を見上げると、金髪の少女が自分と目を合わせて首を傾げていた。
ぱっちりした目に、なかなかの毛量で背中へ肩の下へと伸びている髪の毛。そして服は白いシャツに薄緑の上着、水色のハーフパンツといった出で立ち。
この事務所に来る女性といえばアイドルかその候補生辺りに絞られる。目の前の少女も類する人物なのだろう。
涙混じりの目を向けると、少女が微笑んでみせた。
「もしかして迷子?だったらハニー……じゃなくてプロデューサーに……」
「えっ、美希?」
「今永さんも」
そう言って顔をのぞいた瞬間、春香と千早が少女の後ろから姿を現した。
二人に気づいた少女はパッと振り向いて二人を見つめる。
「あ、春香に千早さん。ミキね、さっきこの子が泣いてるのを見ちゃったの」
「泣いてた……?」
「もしかして、レッスンの時に何かあったのかな?」
顔を覗き込んだ後、二人はベンチに並んで座った。勿論、少女も一緒だった。
~~~
「あっ、まだ名前言ってなかったね。ミキは
「……」
「大丈夫?だったら代わりに紹介するね。彼、幸哉くんっていって優希ちゃんと同じ人だよ」
「ふうん、そうなんだ」
金髪の少女――美希の自己紹介に対して緊張しているのか、はたまた落ち込んで人と話す気力がないのか一言も発さない。その様子を見て春香が代わりに紹介した。美希が興味を持ったのか幸哉に視線を移すが、顔を合わせようとしてくれない。
「何か悩んでいるなら、私に教えて。同じユニットの仲間として力になれると思うの」
「……なさい」
「?」
「ごめんなさい……僕のせいです。下手だから足引っ張って……」
千早の申し出に、幸哉は聞こえないほどの小さい声で返した。二言目が聞こえたと思うと、口から出たのは謝罪の言葉だった。
三人が幸哉に視線を向けると、鼻をすすりながら嗚咽して話し始める。その様子を三人はただじっと見ていた。
「僕が下手なせいで、千早さんとかユニットの人たちに迷惑をかけてしまって……」
「それが泣いていた理由なのね……。私はそうは『でも!』」
千早の言葉を幸哉が遮る。そして涙を流しながら言葉を絞り出そうとする。ただならぬ様子に、春香達は息を呑んで構えていた。
そして、今まで溜まっていたものを吐き出すかのように語り始めた。
「最初からダンスについていけてないし、歌も下手くそで、迷惑でしたよね……。それでさっき北沢さんから『ユニットには向いてない』って言われて……」
「向いてない、って……」
「僕がいたところで足を引っ張るだけだし、こんなのと組んだところで……。期待に応えられなくて本当にごめんなさい……」
自責の念に囚われる様を見て、春香と千早は顔を曇らせ、美希は幸哉に視線を向ける。
「今永さん、一ついいかしら」
「?」
千早が幸哉に声をかける。その表情はとても真剣であった。彼女の態度に、涙を拭いて応対する。
「自分が下手だから悩んでいる……ということなのね」
「わかるよ。私だって最初はどうでもいい所で転んでばっかりだったから」
春香も同調するように頷く。彼女にも思うところはあったのだろう。
「それでも、私はあなたとユニットを組むわ」
「え……?でも他にいい人が」
「ライブの成功には今永さんの力が必要なの。いえ、あなたでないといけない。私はそう思うわ」
「そう、ですか……」
先輩から直接指名され、思わず涙が引っ込んだ。自分を必要としてくれる人がいる。その言葉が、わずかな光明となった気がした。
その時、ある言葉が脳裏にちらついた。
『悩みがあったら相談して欲しい』
先日、社長から電話口で言われた言葉だ。目の前にいる相手は敵ではない。社長の一言が、目の前を明るく照らしているような気がした。
その証拠に涙は引っ込み、横に座っている春香、千早、そして美希が明るく見えていた。
『あなたが必要』
自分を見ている人がいる。ならば泣いている暇はない。信じてついていこう、そう思えた瞬間だった。
「って言ってるけど、どう?ちょっとずつ頑張っていこうね」
「ミキと春香…、千早さんもね、ライブ見てたよ。頑張ってたなあって思うの。何かあったかはわかんないけど、応援してるね」
春香が幸哉を見る。その目はとても優しかった。美希はよくわからないなりにも、励ましの言葉を送った。
涙も乾いたところで、もう一度千早に向き直った。
「わかりました……。ありがとう、ございます……」
「どういたしまして。少し時間があるなら」
「あ……」
そこまで言いかけた所で、腹の虫が鳴く音が聞こえた。誰のものなのか、と春香達三人が視線を向けた先には幸哉が小さく手を挙げていた。
少し恥ずかしそうに腹部に手を当てている。
「こっちもすっかり元気みたいだね♪」
春香がふふ、と微笑み千早も表情が和らぐ。そんな様子を見た美希がポケットに手を突っ込み三角形のビニールに包まれた物を取り出す。
それはコンビニで売ってあるおにぎりであり、ラベルには「鮭」の文字が大きく書かれていた。
何を思ったか、それを幸哉に差し出した。
「はいっ」
「え?」
「ほんとはミキのだけど、お腹空いてるみたいだからあげるね。食べていいよ」
「あ、ありがとう……」
美希からおにぎりを受け取り、ビニールの包みを剝がして
「見てたらお腹空いてきちゃったかも……」
「春香の分はないよ?」
「えぇ!?」
「ふふっ。私も何か食べたくなってきたわ」
夢中になっておにぎりを頬張る幸哉の様子を、三人は微笑ましく見守っていた。
やっと完成しました。お待たせしてしまい申し訳ございません。レッスン風景とかライブってアイマスの根幹を成す要素なので手を抜けませんでした。
この3章、あと4話程続きます。
超ロングな話になっていますが、その分満足できるような内容の濃いお話を届けていければと思います。
残りを予告した所で今回から、次回予告やめます。
理由としてタイトル変更が途中で起きそう&ただ単に内容が予測出来てしまう、という点からですね……。
それでは次回のお話でお会いしましょう。