それでは本編をどうぞ!
「ただいま」
「おかえり、志保。もうご飯できてるよ」
玄関の扉を開け、志保は帰宅した。今日は母親が弟の
「……!?」
男性の顔を見た瞬間、強烈な既視感を覚えた。いなくなったはずの人物の顔を、さっき見たような気がしてならない。
違う、何かの見間違いだ。言い表せない感覚に心がざわついていると服の裾に手が添えられる。
「おねえちゃん?」
陸が心配そうに志保を見ている。かぶりを振って弟を見て答える。
「大丈夫だよ。一緒に食べようね」
「うん!」
弟の言葉に返事をして、志保は食卓へと向かった。
自分が今の暮らしを守らないといけない。微笑んでいる母と、横で料理を美味しそうに頬張る陸。
何が何でも、次のライブを成功させないといけない。そのためには一生懸命練習しなければ。固く心に誓って、おかずのポテトサラダに手を伸ばした。
~~~
「とりあえず、ここで合ってるんだよな……」
春香達と話してから二日後、学校休みの日である。幸哉はレッスンルーム、ではなく劇場近くの公園に立っていた。海の近くに立地しているせいか、吹き抜ける風には若干海のにおいが混じっている。緑の芝生が広がった場所で一人、スマホに目を向ける。そこには何故か「菊地真」という文字があった。メッセージ欄には簡潔に
『午前中、劇場近くの原っぱで待ってるよ』
『動きやすい服装で来てね』
という文章が記されていた。いつもレッスンに使う服で公園に赴きメッセージを頼りにして辺りを見回していると、
「みーつけた」
後ろから手を肩に置かれる。ゆっくり後ろを振り返ると
「おはよう!元気してる?」
「あ、はい。元気です」
「よかった〜!今日から一緒に頑張ろうねっ!」
そこには菊地真、そして高坂海美の姿があった。二人して運動用の服を着ており準備万端。海美に至っては今からでも動き出していきそうな雰囲気がある。
うずうずしている海美を真が笑いながら見ている。
「今日は三人で特訓でしょ。いきなり走ろうとしないでよ~?」
「呼ばれてからずっと楽しみにしてたんだよ?待ちきれないってば~!」
「はいはい。ちょっと待っててね」
そう言って先輩らしく海美を宥める真。二人の様子を見て
「あの…!」
「どうしたの?」
「今日って何をするんですか?」
「何って、体力をつける練習だよ。千早から聞いてない?」
「あ、そうですね。よろしくお願いします」
その問いに対してあっさりと答える真。何故この二人がここにいるのか。
遡ること、二日前の出来事だった。
〜〜〜
美希からおにぎりを貰って食べ終わったタイミングで春香が切り出した。
「練習についていけなくて、しかもユニットに向いてないって言われたんだね」
「はい。それで足を引っ張ってるって思って……」
春香が心配そうに聞いてきたのに対し、顔を曇らせながら答える。その様子を見た千早は何かを考えるように幸哉の顔に視線を移し、美希は眠そうな顔で座っている。
春香と千早がお互いの顔を見合わせる中、美希は幸哉の顔をじっと見ていた。
「ね、ミキのこと知ってる?」
「はい、少しは……」
「そんなにカタくならなくていいよ。ミキ、15歳なの。幸哉とおんなじ中学生だよ」
「あぁ、そうなんだ」
先輩ということで身構えていたが、百合子や朋花といった面々と同い年ということだった。美希の砕けた態度に幸哉の緊張は緩んだ。
「今永さん」
「はい!」
千早が幸哉の方向を見据える。呼びかけに応じて思わず大きく返事をした後、相手の顔に視線を向けた。
「あなたは今、自分がついていけないから悩んでいるのね?」
「あっ、はい。そうです」
「……なら、一旦ユニットの練習から離れるのはどうかしら」
耳を疑うような発言が、千早の口から飛び出した。
「!?」
「何言ってるの!?さっき一緒でないとダメって言ったよね!?」
「……あふぅ」
春香がぎょっとした顔で千早を見て、美希は顔すら向けずに欠伸をした。
ユニットから、離れる。
その言葉の意味がわからない程幸哉は愚かではない。もしや、先程の言葉は嘘なのかと思いたくなる。
驚いた顔の幸哉と同様に春香の方を見て、千早は首を横に振って否定した。
「違うの!仲間外れにするわけじゃないわ。今のままユニットで練習するより、個人での技量を高めてからやるべきと思ったのよ」
「なるほど……」
「なあんだ。そういうことならはっきり言えばいいのにね」
「……ごめんなさい。説明不足だったわ」
千早が謝罪を口にする。
幸哉が感心し、春香が胸を撫で下ろした様を見て、不意に美希が口を開く。
「でも、どうやったらいいの?一人じゃダンスも歌もできないと思うの」
「そうだよね……」
確かに、一人ではできる練習も限られてくる。
美希の疑問は最初から織り込み済みだったのか、千早はさらりと言ってみせる。
「他の人たちにお願いしてみましょうか。私も公演のためのレッスンがあるけど、できる時は一緒に練習しましょう」
「どういうことですか?」
「この事務所は色々な分野を得意とする人がいるわ。例えば桜守さんやジュリアは歌が、舞浜さんはダンスが得意でしょう。真は体を動かすのが上手ね。その人たちから足りない部分を教えてもらってレッスンに繋げればいいと思うの」
「はい。そうですね」
「先生方や他の子には私から言っておくから心配しなくていいわ」
微笑みかける千早に幸哉は黙って頷いた後、相手の方を向いてはっきりとした声で返事をした。
「わかりました。特訓、頑張りますのでよろしくお願いします!」
「そうね。一緒に頑張っていきましょう」
~~~
「というわけで千早から頼まれたんだよね」
「そう!私たちレジ……」
「ストップ!……レジスタンスは内緒って言ったよね?」
「う、うん!」
「?」
声高に叫ぶ海美を真が制止し、何事か耳元で囁いていたが聞こえないレベルの音量のため内容を知ることはできなかった。
海美の勢いが収まった所で真が一息ついて説明を始めた。
「まず、体力をつける……つまりバテないようにすることが歌とかダンスやるときに大事なんだ」
「うんうん、アイドルって1に体力2に体力、3・4がなくて5が体力っ!て感じだしね!」
提唱された単純な論理に思わず感心してしまう。海美の言うことは的を射ている。
「まずはランニングからやろうか。できることからはじめようね」
「それじゃあいく……」
「前に準備体操から!でないとケガするよ?」
真によって海美は走り出そうとするのを止められる。
どうやら、動いていないと気が済まないタイプのようだった。
~~~
準備体操を終えて、三人は公園の周辺を周回するように走り始めた。真が言うには短距離走のように短い時間で力を出すことではなく、長時間のパフォーマンスに耐えうるために体力の温存を図りながら走ろうというらしい。
休日で多くの人が街路を歩く中、幸哉は前を行く二人に追いすがるように走っていた。
「速く走るんじゃなくて、ペース配分しながらゆっくりやるのがコツだよ。ついて来れる?」
「はい!」
返事をして、アスファルトを蹴りつけるように走っていく。前を行く真達の背中が、非常に遠いものに見える。しかしここでへたれていてはアイドルとしても先を行っている二人に追いつけないし、ふざけていても結果が身につかない。意を決して足を進め、追従していった。
〜〜〜
「ねえ、海美」
「どうしたのまこっちゃん?」
「さっきから幸哉ってついてこれてるかな……」
真が走りながら後ろを振り向く。
そこには幸哉の姿があった。しかしながら始めたばかりの勢いは消え失せ、額に汗を垂らし吐く息も荒い。
街中を走ること数分、真と海美の後ろをついて行っていたが、それでも長時間の運動は堪えるのだろうか膝に手をやって立ち止まっていた。
「はぁ……待って、ください……」
息を切らしての懇願に二人は走ることを止めて振り向いた後、小走りに幸哉に近づく。首から掛けていたタオルで汗を拭き、二人を見やった。
真と海美の表情は反対に少し汗をかいているだけでどこにも焦るような様子はない。それどころか、まだまだ余裕そうな雰囲気すら漂う。
「大丈夫?バテて来てるけど……」
「休んだ方が『やります!』」
「やらせてください…。ここで頑張らなきゃ北沢さんたちと……げほっ!」
幸哉の言葉はここで途切れた。上手く呼吸ができずに咳き込む様子を見た海美が近づき、よろけている体を支えて落ち着かせようとする。
「ほら深呼吸!吸ってー、吐いて~!」
「ふーっ……はぁ…」
海美の言葉に素直に頷き息を吸って、吐いてを繰り返す。幾分かすると呼吸こそ落ち着いたものの、マラソンまがいの運動のせいか未だに心臓の拍動が早くなっており、収まるのに少し時間を要した。息が落ち着くのを待って、三人は近くにあるベンチを見つけてそこに座ることにした。
「大丈夫?落ち着いた?」
「……はい」
真の言葉に小さく返事を返す。その後に海美がどこからか買って来たスポーツドリンクを持って来て手渡してきた。幸哉はそれを手にとってキャップを開けて飲み始めた。若干の塩分を含んだ冷たい水が流れ、喉を潤す。
ごくり、と喉を鳴らして息をついたことで二人の視線が向いてくる。
「ねえ、さっきしほりんがどうとか言ってたけど…。何かあったの?」
海美が顔を覗きこんできた。曇りなく大きく見開かれた目に、自分の顔がうっすらと映る。他人の瞳に映ったそれは何かを背負い込み、悩んでいるように見える。真もそれを理解しているのか、そっとベンチの横に座り、二人に幸哉は挟まれる形で話が始まった。
「この間のことで北沢さんが僕はユニットは無理、みたいなこと言われて…。それとあと」
「やめさせられるかもしれないってことも?」
「えぇぇ〜〜!?」
真の言葉が海美に驚きをもたらした。大きな目がさらに見開かれて口も開いている。なんで、なんでと質問する彼女を横に幸哉と真が口を開く。
「次のライブで、僕がアイドルでいられるのは最後かもしれない。氷室さんから契約解除するって言ってるんです。性別を隠して活動するのはファンの人をだますことになるって……」
「成功しても失敗しても本当に残れるかすらわからないみたいなんだ。ボクも聞いたよ。同じライブのメンバーだしね。でも相手が相手だからこっちの言うこと聞いてくれないかも……」
そう言って真が俯く。精悍な表情には影が落ちていた。自分達では太刀打ちができない、と確信しているかのように声のトーンが下がっている。
だが、それも事実。現にアイドル達のほとんどが氷室の考えに異を唱えている状態である。しかしながら、反対を叫ぶだけでは撤回はされないだろう。
「そっか……」
これまで明るく振る舞っていた海美も、表情が若干落ち込んでいるように見える……
「でも、頑張るしかないよね!ライブは参加できるんでしょ?成長したところをしほりんとかみんなに見せようよ!」
のは気のせいだった。それどころか目はきらりと輝き、まるでこの状況を楽しんでいるかのように足はパタパタ動いている。ひょいと立ち上がった後、幸哉と真の手を取って立たせる。
「それじゃあ行こっ!特訓はまだまだこれからだよ~!」
そう言い残して、二人に背を向けて足取り軽く走っていった。切り替えが早すぎるのか、それとも何も考えてないのか。前者だと思うことにしていると真も立ち上がった。
「あ~あ、行っちゃった…。立てる?」
「いけます。海美さんを見習って頑張らないと!」
「そうだね…追っかけようか!自分のペースを忘れずにね」
「はい!」
元気を取り戻したか、大きく返事をして立ち上がって真の後を追っていった。
〜〜〜
劇場の廊下に貼られている模造紙の前で少女達が集まっている。その内にいる茜が満足そうに腕を組みながら頷いていた。
「うんうん、順調順調!続々賛成が集まって来てるよ~!この調子でレジ活がんばろー♪おー!」
「お~……」
紙には賛成、反対と書かれて油性ペンで仕切りが作られその中に丸いシールが貼られている。
元気よく手を挙げる茜とは対照的にヘロヘロした覇気のない声を出す者がいる。歩と奈緒であった。いつものような活気は消え失せ、疲れきった表情で茜を見ている。
「ね~なんでそんなに元気ないの?もしかして自信無くしてる感じ?」
「茜が急に言い出すからやろ…。あとレジ活ってなんやねん……」
「『レジスタンスの活動』、略してレジ活だよ♪」
「んな安直な……」
「そうだよ…。わけわかんないことに巻き込まれるし、あと氷室さんに逆らってるって考えたら夜も眠れないし……」
茜のマイペースぶりに振り回される中、千鶴が模造紙を見ながら言った。
「社員の皆さんの意見を見える形で示す……とてもいいアイデアですわね!これを考えたのは……」
「私、です……」
千鶴の言葉に後ろから小さく返事をしたのは百合子。その表情は少しだけ赤くなっていた。褒められたが故なのかそれとも別の何かか恥ずかしそうに俯いていた。
「一人一人に聞いてたら時間かかっちゃうからね。百合子のアイデア、すごくいいと思うよ!」
「あ、ありがとうございます紗代子さん。少しでも頑張っていこうかなって……」
紗代子の褒め言葉に小さく返す百合子。よく見ると顔に朱が差しており、その様を見た茜がさっと笑みを浮かべて近づいていく。
「うんうん、みんなが参加してくれて茜ちゃん嬉しいよ♪ところで百合子ちゃんがコレ考えたんだよね?それはどうして?」
「えっと…。私、あと杏奈ちゃんは幸哉くんにイベントの時に襲われそうになった所を助けてもらって……」
「それでそれで?」
「初めて会ったとき、危ない目にあったはずなのに私たちを責めるどころか『またアイドルしてるところが見たい』って優しい言葉をかけてもらったんです。一緒にアイドルとしてステージに立ってから、もっと彼の力になれたらいいなって思って……」
茜の質問に百合子は頬を赤らめてたどたどしい調子で答える。その様子からは相手を思いやり、そして想いを寄せているかのよう。それを見た瑞希が無表情のまま言った。
「なるほど。七尾さんは今永さんのことが好き、と言うことでしょうか」
「瑞希さんっ!?」
突拍子もない瑞希の言葉に、百合子が慌てふためく。発言した瑞希はいつものように表情が変わらない。茜や奈緒が百合子を見ている。
「ゆきやんって素敵だよね~。ますます残ってもらわないと♪」
「せやなぁ。連絡先交換してからずっとやりとりしてるし」
二人の言葉に、瑞希が応える。
「なるほど、これが『らぶ』ですか」
彼女の一言がとどめになったのか、百合子は黙り込んでしまう。胸に手を当てて、顔はりんごのように赤くなっている。
そんな中歩がスマホを見て言った。
「あ、真たち帰ってくるって」
「そうだね〜。真ちゃんたちにはゆきやんを支える重要なお仕事をお任せしてるんだ。もちろん歩ちゃんもね♪」
「うん。ダンスの先生役を響とエレナでやるんだよね」
「イェェスッ!レジスタンスはゆきやんを残すことと裏から支えるのが使命なのだ〜!」
茜が声高に叫ぶ。自分が結成した組織に絶大な自信を持っているおり、そのために大勢の仲間を引き込んでいる様子。
この場にいる全員も、茜と同じ心境である。仲間がアイドルでいられるように、そして皆で支え合おうという意思が見える。
「それじゃ、後は美奈子ちゃんたちに任せようかな!では、撤収~♪」
どうやら、まだ何か仕掛けているらしい。
その言葉を皮切りに皆がさっと散らばっていく。
去っていく少女達を、人影から見ている人物がいる。
「……」
人が去っていった廊下の張り紙を見て、誰かが忌々しげに呟いた。
「生意気な…。子供の癖に…!」
~~~
「ふーっ、着いた着いた〜。最後までついて来れてたね!」
「さっきよりかは走れた気がします」
走り出した海美を幸哉と真が追っていき、辿り着いたのは劇場の玄関前。タオルで汗を拭きながら扉を開けて中へと入る。
「も~遅いよ~っ!私ずっと待ってたんだから!」
「海美さんが前に出過ぎてるんじゃ……」
「幸哉の言う通り、ちょっとエンジンかけすぎだよ。追っかける時速すぎて見失いそうになったよ……」
そうのたまう二人の顔には若干の疲労が浮かんでいる。対照的に海美はまだやれるとばかりに元気な笑顔を浮かべていた。
そのまま二人にずいと近づいて何故かスマホの画面を見せて言った。
「美奈子さんから……?」
「そう!やよちゃんとふーちゃんがお昼作ってたから食べる?ってきたんだ!」
「やよいかぁ。幸哉は会ったことある?」
「いえ、ないですね。同い年ということだけは知ってます」
「それじゃあ先行ってるね~☆」
またもや海美が行ってしまった。楽しみなことがあると真っ先に体が動くタイプなのだろうか。彼女の特性を理解したところで二人は後を追って行った。
~~~
「わっほーい!野菜たっぷり特製塩焼きそば、完成です!」
「わぁ~っ、美奈子さんすごいですーっ!」
「ふふっ、二人ともよかったね。こっちも卵スープができたの」
「美奈子先生〜〜!」
「!」
バン、と勢い良くドアが開けられる。三人の視線は扉に向き、そこには海美、そして彼女を追って来た幸哉と真の姿があった。
「美奈子さん、風花さん。こんにちは」
「幸哉くんこんにちは!よかったら焼きそば食べていく?」
「はい。さっきまで真さんたちと運動してたんです」
「そうなの。だったらお腹空いてるから美味しく食べられそうね」
美奈子と風花が声をかける中、明るい色の髪の毛を二つ結びにした女の子がきょとんとした表情で幸哉を見据えていた。
「えーと、この男の子は誰なんですか?」
「やよいはまだ会ってなかったね。この人が……」
「僕が優希。名前は今永幸哉っていいます。よろしくお願いします」
「わぁ……!」
丁寧に自己紹介をする幸哉を見たやよいと呼ばれた女の子は大きな目を更に見開いて近づいてくる。
「うっうー!私、
やよいが元気よく挨拶をした。どうやら見た目通りの性格らしい。幸哉もそれによろしくと返す。
一通りの自己紹介を終えた所で食事をすることになった。この場にいる皆が手を洗うために洗面台へと向かっていく。
一同が手を洗った後テーブルを囲んで座った。食卓には塩焼きそばと卵スープが並んでいる。「いただきます」の挨拶と同時に手を合わせて食べ始めた。
今回も美奈子の作であるが故に、皿の上に大盛りで載せられていた。箸を手にとって麵を掴み、食べ始める。
縮れた麵には塩、
焼きそばに手をつける傍らで飲んだスープも味わい深いものだった。溶き卵のふんわりした感触と同時に中華スープの温かい感触が運動終わりの体に染み渡る。
作り手の真心を感じ取れる、そんな二品だった。
「こういうのいいなぁ……」
麺を啜り呟く。それを聞き取ったのか海美が反応した。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないです」
海美と焼きそば。その二つを見て幸哉の脳裏に歓迎会で彼女から振る舞われたあの品がちらつく。焼きそばにしては刺激的な味をした料理を。
しかし、今回は美奈子の作ったものなので変な隠し味などはないだろう。そこだけは信頼できる。
「おいしい?」
「そうですね、おいしいです。お腹空いてましたから」
「よかった〜♪おかわりまだあるからね!」
美奈子と話をしていると、やよいがじっと幸哉を見ていた。どうやら気になる様子。
こちらもやよいと目を合わせた。
「へぇ〜、同い年なんだぁ。大人っぽいから年上の人だと思ったよ!」
「そうだよ。これからもよろしくね、やよい」
「うん!よろしくね幸哉くん!」
同い年二人の様子を微笑ましく見守る四人。彼女達同士でも会話があった。
真と風花が向かい合う。
「今日は三人で何かしてたの?」
「幸哉と一緒にランニングしてたんです。ライブのための体力作りで」
「頑張ってるんだね。でも、無理したらダメだよ?」
「はい。…あと、今のレジスタンスの活動はどうですか?」
真の言葉に美奈子が俯きながら答える。
「うん。氷室さんに直接『幸哉くんを残してください』ってお願いしたこともあったけど、考えを変えてくれそうにないみたい。貼り紙作戦の方はそこそこだけど……」
「理由が『性別を偽ること』でこのまま続けさせてたら私たちも事務所も危ない、っておっしゃってたの。…幸哉くんが悪いことしたわけじゃないのに……」
「でも、頑張ればわかってくれるかもしれないよ!?」
美奈子と風花がこぼす。どうやら抗議こそしたが受け入れてもらえなかった様子。海美が言ってもムードは下がる一方で、遂にこんな言葉が美奈子の口から飛び出した。
「今やってる事って、本当に正しいのかな……」
四人の周りの空気が
「どうしたんですかー?」
「ううん、なんでもないよ!残ってるから食べちゃわないと」
真はそう言って残りの焼きそばをかき込む。美奈子、風花、海美もそれに倣って食べ、スープを飲み始めた。
~~~
皆が食べ終えた後、ごちそうさまの挨拶をして各自で食器や調理器具を洗って片付けた。大盛りだったせいか少し腹が張るような感覚を覚えた。
「ちょっと休憩してからまた走りに行きませんか?」
「そうだね…。今動くと逆に気持ち悪くなっちゃうし」
「またどこか行っちゃうんですか?」
やよいが質問し、幸哉がそれに答える。
「これからまた体力作りのためにランニングに行くつもりだよ。お互い頑張ろう」
「うんっ。はい、ターッチ!」
パチン、と二人の掌が重なる。短い時間ながら、すっかり打ち解けた様子。
「それじゃあ、また今度。お互い頑張ろうね」
「真ちゃんたちもトレーニング頑張って!」
「うん。風花さん、皆のサポートお願いします」
「わかったわ。こっちも体調には気をつけてね?」
会話を交わして、それぞれ別れていった。
やよい達と別れ、幸哉、真、海美の三人は廊下を歩いていた。
「休憩したら、また走りに行こうか」
「はい。もっとトレーニングしてユニットに戻ってみせます」
「いやいや、追い出されたわけじゃないんだから……」
「よーし、私も頑張るぞ〜!」
「今永くん」
『!』
会話をしている最中、一人の少女と目が合った。黒く長い髪に切れ長の瞳――志保だ。彼女の登場に、思わず足が止まる。
「今日はレッスンの予定よ。もうすぐ時間になるから着替えて……『待ってしほりん!』」
「なんですか、海美さん」
志保の言葉を遮って海美が言い、それと同時に真が幸哉の前に立った。
「ごめん、幸哉はしばらく練習には行かないみたいなんだ」
「……どういうことですか?」
練習を怠けるとでも言うのか、とでも言いたげな志保。視線が鋭い物に変わる。それに幸哉は一歩
「……北沢さん」
「なにかしら」
「これは僕が選んだことなんだ。今のままじゃきっと北沢さんとか他の人たちに迷惑がかかると思ったから。しばらくしたら、またユニットの練習に戻るよ。だから、どうか今だけ僕のわがままを許してください」
そう言って一歩前に出て頭を下げる。
これには流石に志保も鉾を収めたのか、警戒を解いた様子。
「そうしたらいいわ。そこまで言うならきっちり練習して……」
「ありがとう。本当に迷惑をかけてしまってごめんなさい」
「!?」
幸哉が頭を上げた瞬間、志保がはっと息を吞んだ。まるで心を揺さぶられたように目を見開き、固まっている。
「しほりん?幸哉がどうかしたの?」
「…っ、なんでもないです!」
そう言って足早に去って行った。
当事者たる幸哉も、横にいた真と海美も状況を理解できずに立ちつくしてしまう。
「なんだったんだ、今の……」
幸哉の呟きに、応える者はいなかった。
~~~
「……」
あの一件からしばらく経って、志保は着替えを済ませてレッスンルームにいた。毎日のように入っている部屋のはずなのに、何故か訳の分からない感覚に襲われていた。
その理由は一つ。先程会った少年――幸哉の顔が
「何してるのよ、志保」
「……静香」
「さっきからボーっと立ってられると他の人に迷惑よ?一体何があったの?」
「あなたに関係ないでしょう」
「なっ…、何よ」
「……」
後ろにはいつの間にか静香がいた。
いつものように軽くあしらっても、志保の心の中にできた
いかがでしたでしょうか。
途中で思ったけど海美と真って関わりあったっけな?あんまりコミュとか追えてないのもありますが。ASとミリオンスターズの交流があるコミュ読まなきゃいけないかもしれない。
今回で、765プロのアイドル52人が全て物語に出て来ました。
この作品、「どこで誰を出すか」を考えるのが楽しい一方、悩み所でもあります。
それでは次回のお話も楽しみにお待ちください。