君と奏でる幸せの音   作:賀茂川泰伸

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寒くなってきましたがいかがお過ごしでしょうか。
月2話とかいうペースすらなくなりそうですが更新していく予定です。
最近発売した超次元サッカーにちなんで「いつもお前は遅いんだよ!」と言われないペースで書き上げていきます。
それでは本編をどうぞ。


第30話 ステップアップ

「…どうしたのよ。さっきから本当におかしいと思う」

「本当に何もないわ」

 

静香と志保、二人はレッスンルームで会話していた。しかし、先程から志保の様子がおかしい。静香はそんな仲間兼ライバルの姿に眉をひそめる。本来なら嫌味の一つでも飛んでくるはずなのだがそれもない。そんな他人に構うより自分のことを優先、とばかりに黙って背を向け準備を始めた。

 

しばらく経って、公演のメンバーが続々部屋に集合し講師も入って来る。一通り点呼を取っている最中、講師が首を傾げた。

 

「あれ、今永くんは……」

 

そう言った時、千早がさっと手を挙げた。

 

「先生、今永さんのことについてですが、彼を一旦ユニットのレッスンから外していただけませんか?」

「え……?」

 

発言に対して、講師は目を見開いた。

 

「いや何を言ってるの!?ユニットって全体で合わせること多いのに……」

 

千早の提案に皆がざわめきだす。ユニットによる公演が次回行われる中で一人だけが離脱まがいのことをしている。衝撃の一言でアイドル達もひそひそ話をしていた。

 

「まさか、こないだ志保に言われたことが……」

「そんなこと言っちゃったから?」

「嫌になったとかじゃないよね……?」

 

「静かに!」

 

小声で話す彼女達を講師が制する。咳払いの後、千早に視線を向けた。

 

「何か理由があるのね?」

「はい。先日、レッスンが終わった時に志保とトラブルがありました。そこで彼に事情を聞き、合意の上で一時的に別のやり方で取り組ませたいと考えました」

「……」

「まずは、個人でできる基礎から取り組むようにさせています」

 

そう言った後立ち上がり、講師に向けて頭を下げた。

 

「お願いします。私が責任を持ちますから、どうか了承いただけませんか」

 

思わず見とれるような綺麗なお辞儀に、皆の視線が集まる。それは講師も同じようで、丁寧な言葉遣いで申し出た千早に講師も折れたのか息をついて口を開く。

 

「わかりました。如月さんの意見を尊重するわ。あと、北沢さんに関しては後で聞きますからね」

「……はい」

 

志保は小さく返事をして俯いた。

自分の発言を反省しているのだろう。これ以降は大人しくなってしまった。

 

場が静かになったところで、講師の説明がまた始まった。

 

~~~

 

真と海美と体力作りに励んだ三日後。幸哉は千早が頼んでくれたというレッスンのために廊下を歩いていた。いつものように運動用の服に身を包み、目的地へ足を進めていた……

その瞬間だった。

 

「ユキヤ~!」

「わぁ!」

 

体に暖かい感触が飛び込んでくる。驚きをもってそれを受け止める。

 

「エレナさん!?」

 

飛び込んだものの正体はエレナだった。背中に手を回されて正面からハグされる形であり、彼女の薄緑色の髪やぱっちりした瞳が視界を覆う。目が合うと、エレナは笑みを浮かべた。

 

「こっちだヨ!」

 

エレナはぱっと幸哉の背中から手を放し、今度は手を繋いで誘導してきた。手を引かれること少し。レッスンルームの前に立っていた。扉を開けるよう促され、目の前に見知った顔が現れた。

 

「待ってたぞ!」

「ようこそ!アタシたちのダンス教室へ!」

 

歓迎の言葉を口にしたのは響、そして歩。エレナも含めて三人共皆レッスンウェアに身を包んでいる。その様子を幸哉は呆然と見つめていた。

そんな相手を見て響が声をかけてくる。

 

「今日はみんなでダンスの特訓だぞ。準備はいい?」

「はい。頑張ってついていきます!」

「えっ?」

「?」

 

意気込みを口にすると、三人は何故かポカンとした表情をしている。異様な雰囲気に口から出そうな言葉も引っ込んでしまった。

 

そのまま準備体操に入り、体を十分にほぐした所で歩が本題とばかりに話を始めた。

 

「うん。今日はダンスだけど、そんなに難しいことはやらないよ。とりあえず踊ってみようかなって思ってる」

「楽しもうネ♪」

 

エレナが明るく笑う。何が起こるのかわからないまま、話が始まった。

 

「まず最初はアタシのソロ曲!『ユニゾン☆ビート』から行ってみよ『……待ってください』」

「え?」

「今回僕がやる曲『Blue symphony』です…。歩さんの得意なダンスじゃなくて歌が中心で……」

 

恐縮したように申告する幸哉に歩は一瞬はっとしていたが、すぐに首を横に振り、笑みを浮かべて言った。

 

「でもさ、今は公演のレッスンよりまぁ、細かいこと考えずについてきて!ダンスは楽しいってこと教えるからさ!」

 

その言葉を皮切りに、歩が準備を始めた。彼女がスマホを操作している間に響とエレナが並んで立つ。何かを操作し終えた時、軽快な音楽が室内から流れ始める。

 

歩は幸哉達三人の前に立ち、イントロが始まったときに大きく腕を振り始めた。

 

「動きをマネしてみて!失敗なんて考えなくていいからさ!」

「は、はい!」

 

彼女の言葉に従い、ぎこちないなりにも体を動かす。最中にちらりと横にいる響とエレナを見た。

二人とも、本当に楽しそうに踊っている。経験者ということもあるが、動きに無駄がないというよりも音楽に体を乗せている。

そんな二人を見て、自分も同じように体を動かす。

テンポよく流れる音楽の中で、はっとさせられるような感覚を覚えた。

 

楽しい。

ただ流れに体を委ねているだけなのに、なぜか気持ちが昂ぶり跳ね上がるようになっている。響、歩、エレナも同じように明るい表情で体を動かしている。

一緒になって踊ることはこんなにも楽しく、心が晴れるということ。

 

前で手本を見せる歩が一瞬だけにっと笑う。

それを見た時まるで曇間から陽が差すような、明るい感覚を覚えたまま曲が終わりを迎えた。

 

〜〜〜

 

その後、アップテンポな曲やゆったりしたリズム、大きな動きを伴う振り付けのある曲など、様々なジャンルの音楽を用いて踊っていた。

体を動かし続けたせいか四人は床に座りながら汗を拭い、互いに話をしていた。

 

「ふ~!踊った踊った~。ダンスって時間忘れちゃうよね~」

「だよね!今日も完璧だったぞ!」

「ワタシ、まだ一緒に踊ってたいヨ~!」

 

三人が笑い合う中、幸哉は彼女達を見つめながら床にぺたりと座っていた。

先程の心が跳ねるような感触が未だに残っている。余韻に浸っている中で歩が最初に声をかけてきた。

 

「どうだった?」

「はい、ダンスって、すごく楽しいんですね。さっきからドキドキが止まらなくて」

 

そう言うと、先程と同じように笑いかけてきた。

 

「うん!今日はそれをわかって欲しくてやったんだ」

「?」

 

言葉の意図を考えるように首を傾げていると響がこちらに話しかけてきた。

 

「そうだよ。こないだは上手く出来なくて泣いちゃったって聞いたぞ。それ聞いた時、何か力になれないかなって思って、歩に相談したんだ。それでみんなでダンスしようってなったんだ」

「ワタシもみんなとダンスしたくて、ユキヤがダンスって楽しいって思って欲しかったんだヨ♪」

 

エレナの話を終えて、幸哉は三人の方を向いた。

 

「そうだったんですね。楽しむ…ですか」

「できないって不安になるくらいなら、何も考えずにノリに合わせる!それがダンスなんだ。あと……」

 

「アタシもちょっと、悩んでたから……」

 

歩が少し俯いて目を伏せた。何かあったのか、と三人が質問する。

それに対して歩は途切れ途切れながらも、話を続けた。

 

「幸哉がどうなるか分からないってなってさ、茜が説得しようって言い出したことがあってアタシ、最初は逃げちゃったんだ」

「……」

「それでも助けなきゃ!って恵美とかのり子が言うから一緒に氷室さんに言いに言ったんだ。残してくださいーって。あんまりいい返事はもらえなかったけど……」

「でも、公演だけならいいって言ってたんでしょ?」

 

響の質問に、歩は頷いた。

 

「うん。だけど目を付けられて味方したからってこっちもクビになるかもしれないって怖くなって。でもさっきまで踊ってた時はそんなの頭から消えちゃった」

 

最後に、と歩は付け加える。先程の不安げな表情は一瞬で消え去ってしまった。

 

「今日は幸哉に知って欲しかったんだ。ダンスは楽しいよってこと。どうだった?」

「はい。どんなことでも楽しむって大事なんですね」

「そうだネ♪またみんなで楽しく踊ろうヨ~!」

 

幸哉が返事をする。それを見た三人は安堵、そして喜びの表情を見せていた。

 

「もう一度、踊りたいです。よろしくお願いします!」

「よーし!またやろうか!今度はもっと難しいのいこう!」

 

『おーっ!』

 

~~~

 

「何度も説明したはずだ。俺は考えを変えたりしない」

「でも、それじゃあ可哀想だって思わないの!?」

「そうですわ。事務所を守る為といっても無実の人間を切り捨てるのはあんまりではありませんの?」

「お願いします!幸哉くんは百合子ちゃんと杏奈ちゃんを助けてくれた人ですッ!何とかなりませんでしょうか!?」

 

ある日、事務室では三人の女性と一人の男性が話し合い…、というより男に意見をぶつけ、それを相手の男が反論するということが起きていた。女性の中の一人――亜利沙が懇願するようにいうも男――氷室がばっさりと切り捨てた。

 

「松田の言うように、イベントで今永が刃物を持った暴漢から七尾と望月を逃がしたのは天宮から聞いている。しかし今直面しているのはタレントを失うどころの騒ぎではない」

「事務所の崩壊、とおっしゃっていましたわね」

765プロ(ここ)に所属してるのはアイドルだけじゃない。音無や青羽といった事務員、お前達を支える社員がいる。もし倒産するとなればそれらの人間全てが職を失い、路頭に迷う。そのリスクを考えたか?」

 

三人のうちにいた千鶴の発言に、氷室は三人の目をじっと見つめながら返す。自分達の所業が、どのような意味を持つのかを語るように重く、差し込むような語調であった。

 

「んひぃ!そ、それだけは嫌ですぅ!ありさはまだアイドルちゃんをおっか、じゃなくて活動が続けられなくなるのは……」

 

亜利沙が悲鳴じみた声をあげ、千鶴ともう一人この場にいる女性――のり子が無言で息を呑んだ。

数秒の間互いに話さず、顔同士を突き合わせた後に氷室が切り出した。

 

「『千丈の堤も蟻の一穴より崩れる』という(ことわざ)を知っているか。意味としては少しの油断、過ちが大事を引き起こすということだ」

「それって……」

「今永一人の、もとい存在は社員の目線からすれば、会社を揺るがしかねない存在ということだな」

 

氷室は表情を変えず、目の前の三人を見据えながら淡々とした口調で答えた。その目に感情はなく、ただ事務的に処理するかのような冷えた感触を覚える。

 

「っ、そんなので納得なんかできないよ……!」

 

しかし、そんな相手にも臆さずにのり子は訴える。言葉をぶつけられた氷室はそれでもただ彼女を見据え、表情を変えない。

 

「……これ以上議論しても平行線になるだけだろう。受け入れるかどうかはお前達次第だ」

 

懇願を横に流され、のり子はハッとした表情で立ち尽くす。

その後後ろを向いてこう吐き捨てた。

 

「わかったよ。それがプロデューサーの考えなんだね」

 

後ろを向いて顔が見えないせいか、悔しさをにじませたのり子の表情は氷室、そして亜利沙と千鶴には見えなかった。爪が手に食い込むほど握りしめ、手が震えていた。

 

そんな彼女に追従するように千鶴が退出しようとする前、しんと静かに氷室に言った。

 

「プロデューサー、貴方の方針には賛同できかねますわ。……ごきげんよう」

「し、失礼しました……」

 

亜利沙も普段のテンションはどこへやら。静かに挨拶をして二人の後を追い部屋を出ていった。

 

 

三人が退出してからしばらく経った後、氷室だけを残した事務室の扉が二回ノックされた。

 

「入るぜ、プロデューサー。大分冷たいこと言ったらしいな」

「……ジュリアか」

「納得できない、って言ってたな」

 

入って来たのはジュリアだった。髪をかき上げて左右非対称にし、目元に青い星のフェイスペイントをつけている。

突然の来訪にも関わらず表情を崩さない氷室にジュリアはいきなり顔を突き合わせて尋ねた。先程の話が外に漏れていたのだろう。

 

「なぁ、本当にユウキを切るつもりなのか?」

「現時点では結論は出せないな」

 

すっと出てきた言葉にむっとした表情を浮かべ、不服そうな態度を表にする。一切の変化がない相手の顔を見ながらジュリアは言った。

 

「あたしは反対だ。いきなりクビはない。本人と話はしたんだろ?」

「したが」

「皆あんたの考えは賛成じゃないみたいだな。残せって毎日大騒ぎだ」

「残した所でどうなるかは未知数だ。悪い方に転ぶ可能性すらある」

 

告げられた事実にも揺らぐことなく氷室は対応する。しかし、ジュリアに関しては違った。むっとした表情は不信感を現し、さらに怒りを含んでいるようにも見えた。

 

「悪い方って……」

「ここだけの話になるが現在、社員から今永の採用に反対する意見が出ている。アイドルだけの意見で会社が動かせるわけがないだろう」

「けど、問題は起こしてないだろ?」

「起こしてはいない。だが、所属している状態ではアイドルひいては事務所に影響する。現に性別を隠したまま公の場に立つことを、俺は許容できない」

「だからって急に『はい、いらない』って捨てるのかよ!?」

 

ジュリアの怒声が二人しかいない事務室に響く。表情は完全に憤慨の様相を呈し、語気も強くなっている。しかし氷室は表情を変えない。

 

「これはお前達の活動を守るためだ。理解してくれ」

 

氷室の言葉にジュリアはため息をついた。

その表情は心底呆れたように見えて、失望したかのようにも見える。これ以上は無駄と判断したのか俯きながら呟いた。

 

「もういい…。あんたは昔からそうだった。たまに融通利かないとこあるよな」

「……何だと」

「あたしの仲間を…ユウキをバカにするな……。あいつは慣れなくても、クビだなんだって言われても自分のやることやってんだよ!なのに、あんたはリスクとか影響とか理由付けて捨てようとしてる……」

 

ジュリアが氷室の方に顔を上げ、今日一番怒りのこもった声で相手を見て言った。

 

「人を大切にできないで何がプロデューサーだよ!」

「……!」

 

その言葉を皮切りにジュリアは二度と振り返ることなく部屋を出ていき、扉を閉める音が部屋に響く。彼女の怒声に揺らいだのかただ呆然と、氷室は先程出ていった部屋の扉を見つめていた。

 

~~~

 

歩主催のダンス教室から数日、幸哉は千早から指示された特訓メニューをこなしていた。以前のようにアイドル達が練習に付き合ってくれることも、予定があってそうも行かない日もある。そんな時は一人でもできることをするようにしている。ユニットの練習から外れていても自分だけが休むことは考えていない。ユニットに合流する前に少しでも力を高めておきたい。それが今の指針である。

 

そんな中自室で体幹を鍛えるトレーニングをしていた所、不意にスマホからポン、と音が鳴った。誰かが連絡を寄越したのだと判断し、一時中断して端末を手に取って確認した。

 

差出人は――千早。

そこにはこのような内容があった。

 

『次のお休みの日の午前中に、一緒に歌の練習をしましょう』

 

自分のために稽古をつけてくれる、ということだそうである。しかも自分や他のアイドル達にとって先輩とも言える千早から直々に申し出をして来た。彼女の技量に関しては動画や番組を見て知った。

 

学ぶためには、絶好の機会だ。

返事を千早に返し、トレーニングを再開した。

 

 

~~~

 

あれから日が経って、遂に約束の日になった。

千早は765プロの中でも人気が高いアイドルである。それ故にスケジュールの調整が難しく、今日だけでも数時間程しか共に練習することができないという。限られた時間の中で様々なことを吸収したい。そんな思いで休日の朝、千早のいる劇場に辿り着いた。

 

「おはよう、今永さん。早いわね」

「おはようございます。今日は色々勉強させてください」

「真面目ね。短い時間だけれど一緒に頑張りましょう」

 

千早が微笑みかけてくる。雰囲気から察するに静香と似たようなタイプかと思ったらそうでもないらしい。穏やかな笑みを口元に浮かべながら、幸哉と相対していた。

二人が会話する中、突然部屋の扉が開いた。

 

「はぁ、は~っ……遅れてごめんなさ~い!」

「矢吹さん、まだ時間には間に合ってるわ。急がなくて大丈夫よ」

「はーい、えへへ……」

 

次にやって来た可奈が頭をかきながら照れたような表情を浮かべる。彼女も千早の教えを受けている一人なのだろうか。幸哉に気付くと挨拶をして来た。

 

「おっはよ~♪幸哉くんも練習しに来たの?」

「うん、千早さんに教わるなんて本当にありがたいことだと思うんだ。だって765プロの中でめちゃくちゃ歌が上手でずっと聞いてたくなるくらいだし」

「わかる~!私、千早さんみたいなアイドルになるのが夢なんだ!」

「二人ともありがとう。褒めても何も出ないわ」

 

千早が二人のやり取りに微笑む。少し照れているのか、目を細めて顔を伏せていた。そして二人の顔を見て告げる。

 

「今日は桜守さんも来られる予定だそうよ」

「そうなんですか。歌織さんも」

「楽しみ~」

「……でも、どうしたのかしら」

「どうかしました?」

 

そんな言葉と共に千早の表情が曇る。幸哉と可奈、二人は心配そうに千早を見やり、質問を投げかける。千早が「そうね」と前置きして、二人に話し始める。

 

「今日来られる予定のはずが、さっきから連絡しても返事がないの……」

「え?伝えたんですよね」

「ええ。前日は『明日は楽しみね』というメッセージは来たのよ」

「じゃあ僕から連絡してみます」

 

そう言ってスマホを操作し、歌織の連絡先から電話をかける。

しかしながら数回のコールが鳴ってもなお相手の声が聞こえない。遂には「お繋ぎできませんでした」の機械音声が聞こえたのをきっかけに通話を切った。

 

「出ない……!?」

「もしかして事故とか……」

「どうすればいいのかしら……」

 

歌織の身に何かが起きたのか。しかし確認のしようがない。

三人の顔が曇り始めた時、バンという音と共に部屋の扉が開いた。

 

「いる!?歌織連れてきたよ!」

「姫柊さん、おはようございます。桜守さんは……」

「はい、ここにいます……」

「白石さんも」

おぁようござぃぁす……

 

部屋に入って来たのは鈴葉と紬。そして二人に連れられ、目をパチパチさせながらフラフラと歌織がやって来た。しかもあまり目が開いておらず、受け答えも欠伸(あくび)混じりで小さい。完全に寝起きのまま外に出たということが一目でわかる。

 

「えっ、何これ……」

「歌織さんどうしちゃったんですか~!?」

「桜守さん、今日の予定は言えますか?」

 

驚く二人を尻目に紬は歌織に質問する。しかし歌織はうつらうつら頭を揺らしながら答えた。

 

「ん〜…。うた、おしえるの……」

「……はぁ、ちょっとこっち来て」

「ぁ〜い……」

 

歌織の眠そうな言葉に鈴葉はため息をつき、彼女の手を引き連れて部屋を出る。紬も三人にお辞儀をして出ていった。

 

しばらく経って、歌織が部屋に戻ってきた。先程と違い目はぱっちり覚めており、いつもの状態であることを理解させる。

三人に向かって深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさい。だらしない所を見せちゃって……」

「もしかして朝起きれない感じですか?」

「実はそうなの……。紬ちゃんと鈴葉ちゃんに起こしてもらったけど中々頭が動かなくて。昨日は二人を家に泊めて対策したんだけど……」

「よかったです~!ほんとに心配になっちゃいました!」

「ありがとう。それじゃあ歌の練習、始めましょうか」

 

~~~

 

「今日二人に来てもらったのは他でもなく歌の練習のためね」

「「はい!」」

「特に今永さんに関しては同じユニットの仲間として、一緒に課題を見つけたうえで解決していきましょう」

「わかりました」

 

千早と歌織が幸哉たちを見やって説明を行う。可奈は歌織、幸哉には千早がついて指導を行うことになった。二手に別れることとなり練習が始まった。

練習が始まった瞬間、千早が質問を出した。

 

「練習を始める前に一つ、聞いておきたいことがあるの。歌うときには何が大切かわかるかしら」

「そうですね……。大きな声を出すとか、歌詞の意味を理解して歌うことだと思います」

 

幸哉の発言に、千早は「そうね」と頷きながら答え、付け加えるようにこう言った。

 

「確かにお腹から声を出すことも、歌詞に込められた思いを読み取ることも大切ね。でも一番大切なのは……」

 

「「聞く人の心に響かせること」」

 

千早と自分の声が重なる。二人して同じことを思っていたようで、思わず顔を見合わせた。

 

「あっ……」

「最初から理解しているなんて……誰かから教わったの?」

「静香と琴葉さんが最初に僕が参加したライブで言ってました。まさか千早さんも」

「私も人の心に訴えることを一番に考えているわ。大事なことが分かっているなら大丈夫そうね」

「ありがとうございます」

 

かくして千早による個別指導が始まった。最初は発声の練習や歌詞の暗譜に始まり、実際に歌う練習もこなしていく。

音程を外したり歌詞が抜け落ちるなどの失敗があったものの、千早はダメ出しをせずその都度アドバイスし、幸哉も指摘を素直に受け止め改善する。それを繰り返すこと数回。

 

「~~♪」

 

伸びやかな声を響かせ、曲が終わる。ふっと息を吐きながら歌詞の書かれたカードに目を落とす。

今回は間違わず歌えた。

その結果に安堵した所で千早の反応を見る。

 

「よく出来ていたわ。これならステージでも通用すると思うの。男声であっても違和感がなく曲に溶け込める歌声だったわ」

「ありがとうございます」

 

彼女はふっと笑みを浮かべて言った。それに対して最大限のお礼をする。千早の指導を受けてからというもの、自分の技量の伸びを幸哉は肌で感じていた。流石は静香や可奈がリスペクトするほどの実力者である。そんな人物からの指導を受けられることがどんなに素晴らしいことかを再確認できた。

 

「少し、休憩にしましょう」

 

可奈の指導についていた歌織の言葉で練習を止め、休憩することになった。可奈が歌織と話し合うなか、幸哉も千早に話しかけた。

 

「千早さん。聞いてもいいですか」

「どうかしたの?」

「千早さんにとって、歌はどういうものなんですか?」

 

その質問に対して千早は微笑みながらこう答えた。

 

「私にとって歌は、私が存在する意義といってもいいくらいね。それぐらい大切なものなのよ」

「存在する、意義……」

「歌を取られるなら死んでもいい。そう考えるほどに……でも」

「でも?」

「歌さえあればいい…。アイドルになった最初の頃はそうやって殻にこもってた時期があって、歌以外のお仕事に意味を見出せなくてプロデューサーやスタッフの人、それとアイドルの皆にも迷惑をかけてしまったわ」

「……」

 

真剣な表情をしながら語る千早の話に、思わず聞き入ってしまう。彼女もまた悩み多き道を進んでいたのだろう。話の内容から察することが出来る。

 

「でも、春香や美希…仲間がいたから一歩ずつだけど前に進むことができるようになって今の私がいるの」

 

語られた千早の来歴に、言葉が出なかった。あまりにも真剣な語りに感想も引っ込んでしまう。短く「そう、なんですね」と反応を返す。

持ってきた鞄から水筒を取り出して中の水を飲んでいた時に千早が声をかけてきた。

 

「あの、今永さん」

「はい。どうかしましたか?」

「もしよかったら、あなたのことについても聞かせて欲しいの。プロデューサーが逆境を乗り越えた人――とは言っていたけれど、どんな人なのか知りたくて……」

 

確かに、自分の境遇は人によってはショッキングに受け取られるものである。しかも霧生は話をはぐらかすような傾向があるため詳しいことを聞きづらかったのだろう。「そうですね」と前置きし、話し始めた。

 

「僕、ここに来る前死のうと思ってました。ある時から両親と離れ離れで、引き取られた叔父さんの家では虐待されて、前の学校でいじめられてたんです。それがずっと辛くて一度は川に身を投げました」

「……」

「でも、慶一さんに助けてもらって、未来とかアイドルのみんなと出会ってから目の前が明るくなった気がしました」

 

そう話す表情は真剣そのもの。千早と歌織、可奈も息を吞んで聞いている。そして三人を見据えて幸哉は言った。顔には穏やかな笑顔が浮かんでいる。

 

「だから僕は生きてるんです。アイドルとして自分と昔の自分と同じく苦しんでる人たちにとって光になれたら…。そう思っています」

 

一通り述べた後、水を打ったように静かになった。話を聞いていた三人は皆余計な口を挟まずに真剣に聞いていてくれる。

千早が微笑みを浮かべながら言った。

 

「あなたはひどい目に遭っても前に進もうとする、素晴らしい人ということが今の話で分かったわ。そんな人とユニットを組んでステージに立つことが、私は楽しみで仕方ないの」

「……!」

 

目を見開いて千早の言葉に耳を傾ける。聞いている歌織と可奈も明るい表情で口を開いた。

 

「私も!違うユニットだけど幸哉くんの歌ってるところ見たいなぁ~♪」

「そうね。初めてのライブからずっと頑張ってるし、応援したくなっちゃうわ。頑張ってね!」

 

「はい!頑張ります!」

 

二人のエールを受け、幸哉は力強く頷く。海美や真、歩にエレナ、響。そして千早。様々な人々の助けを受けることが出来るありがたさを感じていた。

そして何か言いたいのか、千早に目を向けた。

 

「あと……」

「?」

「千早さん、僕のことは幸哉って名前で呼んで欲しいです。みんなそうしてるのにちょっと距離感じてるので……」

 

出会った時からずっと千早は自分のことを名字で呼んでいた。幸哉もまた、アイドル達と出会ってからしばらくはそうであった。

しかし未来から名前で呼んで欲しい、と言われて今の呼び方を続けている。それからというもの距離が近づき友達になれた。

千早とも、そうありたい。そんな思いから出た言葉だった。

 

「ええ、そうね。少し距離を感じる言い方だったかもしれなかったわね」

 

「一緒に一歩ずつ進んでいきましょうね、幸哉。これからもどうぞよろしくお願いするわね」

「――はい!」

「ふふ、頼もしいわ。休憩はやめて練習、再開しましょう」

 

千早が名前を呼んでくれた。

その言葉に喜びを感じて、大きく返事をした。

歌という共通の概念を通じたことで、さらに大きく成長できそうな予感がする。幸哉はそれを感じずにはいられなかった。




いかがでしたでしょうか。

今作最大の悩み所は「普段敬語のキャラをどうやってタメ口に変換するか」ですね。今作は主人公がプロデューサーでなく、また中学生と年少なこともあって大半のアイドルが同年代、あるいは年上になるのでその辺を意識して台詞を書いています。コミュなどをもっと読み込んでミリオンライブへの理解度を高めていければと思います。
それでは次回のお話も楽しみにお待ち下さい!


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