それでは本編へどうぞ。
志保が練習中に発熱してから月日が経ち、遂に定期公演の前日の夜を迎えた。志保とはあれからというものあまり話していない。一緒に組んで通し練習こそしたが、会話をする機会は全くといっていいほどなかった。ユニットもそうだが、以前霧生と慶一を交えて話し合いをした時に氷室に言われた言葉が頭に残っている。
――俺は噓、偽りをこの世で一番憎むべきものと考えている。
自分は現在、女装したうえでライブに立っておりファンは「優希」を女子だと思っている。しかし、本当は「幸哉」という一人の男子である。それについて「ファンに噓をつく人間はアイドルではない」ということを氷室は言いたいのだろう。自分は一体どうするべきなのか。明日、行く末が決まる。余計なことを考えるのをやめ、早々に床についた。
翌朝、公演の当日。依然として心が落ち着かないが、劇場に向かった。今日は午後からの公演に出るため、少し遅めの時間で出発することになっている。出先で昼食を食べ、一人でリハーサルのため舞台裏に着いた。
既にちらほらとメンバーが集合しており、ステージについて何事か会話をしている。その中に千早・志保・ジュリア――自分のユニットのメンバーの姿があった。
「おはよ。今日は頑張ろうな」
「……はい」
ジュリアの挨拶に小さく返事を返し、背を向けて準備を始める。その様子を見た彼女から再び声がかかる。
「今日終わったら、どうなるんだろうな」
「はい。どんなこと言われても受け入れるつもりでいます」
「そうか…。やめさせられるかもしれないのに随分平気そうだよな。なんでそんなに冷静なんだ?」
殊勝な幸哉の言葉にジュリアが息を吐く。しかし幸哉は彼女の方を向かずに答える。
「氷室さんが言ってました。性別を偽る人間のレッテル貼りされる、って。今日はちゃんと考えてきましたから」
「え?何だよ、それ」
「リハーサル行きましょうか」
「ユウキ、今なんて……」
ジュリアの質問に答えず千早と志保の方へ向かい、志保に話しかけた。
「おはよう、北沢さん。体調の方は……」
「……大丈夫よ。熱出してから大分日が経ってるし」
そう言って表情を変えない志保。しかし、幸哉の中では発熱した後、彼女の母親を連れてきた時に発した「お父さん」という言葉がこびりついて離れなかった。自分と志保の父親との間に繋がりはなく、当然顔も知らない。
なのになぜ、あのような言葉が飛び出したのか。本人に聞きたい所だが時間が時間なのでぐっと飲み込んだ。
「皆、準備の方はどうかしら」
千早がやって来た。彼女も今日の公演を心待ちにしていたのが覗える。三人とも異口同音に返事を返して彼女の方を見る。
適切な声掛けを行いながら準備を進めるその様に、彼女も場数を踏んできたことが伺える。千早の背中を目で追いながらも幸哉も準備を尽くす。
それを遠くから見つめる複数の人間がいた。
「……どうするんだろうね。今日が終わったら幸哉がクビになるかもみたいだし」
「結局、交渉は決裂。意見の調査も紙を破られるなど散々でしたわね。プロデューサーが意見をそう簡単に変えるとは考えられませんわ。それよりも今は今日のステージを成功させることが先ではなくて?」
「……せやなぁ」
のり子、千鶴、奈緒だった。幸哉の様子を後ろからじっと見ていたのである。その表情にはどこか不安を持っているような様子が見える。
三人の様子を見た外ハネの髪型の少女――茜がずいっと近づいて笑っている。
「茜、どうしたの」
「いやぁ、打てる手は打ったけどダメみたいな感じしてるけど茜ちゃんたちにはもう一つの目的があったよね?」
「もう一つ?」
「そっ!ライブの成功のために裏から手伝って来たよね。レジスタンスのみんなと協力してゆきやんを助けるって決めたでしょ?今日はその成果が出る日なんだよ!」
このように茜は周りの空気が澱んでいるのを知ってか、ちょこまか動きながらメンバーを励ましている。それを見る三人の様子は依然として上向かない。
「でも……。一緒にステージ立てるのも今日で最後になるかもしれへんねんで。そこんとこどう思ってるん」
「確かに優希ちゃんとお仕事できなくなるのはいやだよ。だけどみんなで頑張ってきたでしょ?最後はライブ終わったら、プロちゃんに土下座しよう!残してくださいって」
「それでいけたらいいね」
のり子が茜を見やって言う。彼女の近くにいた恵美に歩、真と響も頷いて答えていた。それは同意というより、諦めを含んでいるかのように見えた。
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所変わって観客席。そこでは今日のステージを心待ちにしている人々で溢れていた。髪を後ろに纏めた女性――桜守歌織もその一人である。彼女は同じアイドルである少女――紬を連れて一緒に席に座っていた。
「楽しみね。今日のステージ、幸哉くん、いえ優希ちゃんが出るんだもの」
「……そうですね。私も楽しみにしています」
歌織の言葉に紬は俯いて答える。服の裾を手で掴むその様にどこか不安を感じているかのようだった。そんな様子の紬の顔を歌織が覗き込む。
「どうか、したの?元気ないみたいだけど……」
「……いいえ、何でもありません。ご心配をおかけしました」
「そうなの?それならよかったわ。この間は起こしてくれてありがとう」
首を横に振って否定し、何でもないことを表す。歌織もそれ以上の詮索をやめたのか話題を変えるように紬の方を向いた。
「どういたしまして。桜守さんが今永さんを指導されていたのですか?」
「そうね。私はほとんど可奈ちゃんの方についていたけど……。幸哉くんはとっても真面目だったわね。千早ちゃんと歌うからって熱心に話を聞いていたわ」
「私たちも今永さんの姿勢に学ばないといけませんね。そのような人が、どうして追い出されなければ……」
「?」
聞こえないように小さく呟く紬の言葉は、歌織に聞かれることはなかった。
二人より少し離れた座席に、三人の少女が並んで座っている。百合子と、彼女を囲むように瑞希と紗代子がいた。
「七尾さん、体調の方はどうでしょうか」
「……はい。元気です」
瑞希が声を掛けるも、百合子は俯いて小さく答える。心配になったのか紗代子が寄り添って尋ねる。
「あの時のこと、まだ引きずってるよね……」
「……そうですね。紙が破られてるのを見てとっても悲しくて、それで……」
そこまで言ったところで百合子の目元から涙の雫がつう、と流れる。それを見た瑞希が何も言わずにハンカチを差し出し、百合子がそれを受け取り拭う。
間が開いて、瑞希が百合子の方を向いて話を始めた。
「少し、いいですか」
「瑞希さん……」
「確かに残念では、あります。でも今日は公演の日です。応援、してみませんか」
瑞希は真っすぐ百合子の目を見て訴えかける。それに紗代子も加わった。
「百合子が不安で悲しくなっちゃうのもわかるよ。色々できなかったけど、例えクビが取り消せなくてもそこでお別れってわけじゃないと思う。それより……」
「今日はライブの日だから、頑張ってる皆の姿を応援するのが一番だよ!」
「高山さんの言う通りです。何より今日は、今永さんが出演されます。好きな人を間近で見ることができます」
「――っ!?」
瑞希の言葉に百合子が一瞬驚いたような顔になった。幸哉が出ることは知っているはずだが、なぜか慌てふためいているような素振りが見える。発言した瑞希本人は「ジョークです」と全く表情を変えなかったが。
その発言に百合子の表情は茹で蛸のように赤くなり、二人に顔を見せまいと必死に俯いて視線を逸らす。そんな彼女を落ち着かせるように紗代子がなだめて瑞希の発言を注意する。そこまでやってようやく落ち着きを取り戻したのか、顔を上げてステージを見据えた。
「……そうですよね。私、大切なことを見失ってた気がします。今日はゆき……違う違う。優希ちゃんのことを応援しないと!」
観客席という場所の都合もあり、本名の幸哉ではなくアイドルとしての名前を言った。
すっかり明るくなった百合子の様子に、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
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リハーサルも無事に終わっていよいよ公演がやって来た。今回は二部制ということであり、既に前半の公演は終了している。自分達の出番は後半、つまり公演のトリを飾る役目を任されている。事前にメールで配信されたセットリストに目を通すことでわかった。衣装に着替えた後、前回使ったサイドテールのウィッグを付けて女装を完成させる。意識を「優希」に切り替えて皆の元へ向かった。
「ほんまに女子やん。めっちゃ可愛い~」
「すごい……」
「むむっ、これは茜ちゃんの強力なライバルになりそう……」
「優希ちゃん、だよね?」
現に初めて一緒になる人間が多いため、皆驚きを感じている様子。そんな反応の中後ろから声がかかる。振り向くとそこには春香・未来、そして千早の姿があった。皆衣装に着替えて準備万端の様子だった。
「春香さん、今日はよろしくお願いします」
「うん!一緒のステージ、楽しみだね」
アイドル、という言葉がぴったり当てはまる笑顔を浮かべて春香が幸哉を見る。これが765プロのセンター。立ち振舞いや声色から強烈に印象づけられている。周りの少女――アイドルは皆、可愛らしい衣装に身を包み、メイクで表情を明るくしている。
「優希ちゃん……。えぇと、幸哉くん……?」
そこに杏奈がやって来た。髪の毛が垂れ下がり表情も控えめ――いわゆる「オフ」の状態だった。公演のメンバーとして何か気になっていたのだろう。
現在の幸哉は女装している状態。そのうえで芸名を優希と名乗っている。呼称に悩むのも当然のことだろう。
「あぁ、それならアイドルの時は優希って呼んで欲しいな。それでもややこしい時あるかもだけど……」
杏奈を見て答える。疑問を解決できたのかはっとなっていた。一瞬の後、寂しそうな顔をして言った。
「でも……今日のライブ、終わったら…、どうなっちゃうの……?」
その質問に対して、軽く頷き安心させるような口調で杏奈を見て言った。
「正直、どうなるか分からない。僕の事だから杏奈が気にする必要ないよ。それよりも最初に会った時に言ったことは覚えてる?」
「最初……。あっ」
一瞬、考え込む素振りを見せたがすぐに思いついたのか杏奈が口を開く。
「またアイドルしてるところ、見たいって……」
「そう。二人がアイドルを辞めたいって聞いた時はびっくりした。今こうやって一緒にステージに立てるってことが、すごくうれしいんだ。同じユニットじゃないけど、杏奈のこと応援してるから」
微笑しながら杏奈に顔を向ける。相手を慈しむような温かみに溢れた目を見た杏奈は吹っ切れたのか、表情が明るくなり頭頂部の毛が立ち上がっていた。
「そうだよね!優希ちゃん、杏奈たちと一緒にビビッとがんばろっ!」
すっかり明るくなった杏奈を見て心の余裕が生まれ、幸哉の表情も心なしか明るいものに変わる。
談笑する中、慶一に優愛、鈴葉、氷室といったプロデューサー達が舞台裏にやって来た。氷室に至っては監査に来た役人のようにスーツを着こなし、鋭い視線を周りに向けている。
「やばっ。目ぇ
奈緒がそう言ったのをきっかけに星梨花や可憐が小さく肩を震わせ部屋の隅へと走っていく。相当に恐れ、怖がられているのがわかる。しかしそんな状況にも臆することなく、真っすぐ彼の目を見据える者達がいた。
「来たね。プロデューサー」
「……所に福田、二階堂。俺に何か用か」
その問いに対して恵美が相手をじっと見ている。目には不信や怒り、また喜びといったものは見られない。ただ、見ていただけである。そして数秒が経った後、小さく口を開いた。
「どうもないよ。一つだけ言っとくね。――今日のステージ、ちゃんと見てて」
そう短く言って氷室に背を向けて去っていった。それを近くで見ていた茜が慌てたような声を掛ける。
「え゛ぇ!?恵美ちゃん、プロちゃんに何か言うことないの!?」
「……ないよ。今できるのはステージで成果を見せることだけだと思う。それにもう、今から説得しても時間がないじゃん」
普段の明るさが消えて素っ気なさすら感じる恵美。あまりの変化ぶりに面々が驚きを隠せない。異様な雰囲気をまとった中、今日のライブに関する説明が始まった。
「本日の公演は二部制。前半の公演は終了し、既に後半の開場も始まっている。一同、気を引き締めて臨むように」
氷室が一切の澱みなく、メンバーを一瞥しながら冷静に概要を告げた。
「他に質問がある者は……」
「はいっ!」
手を挙げたのは未来。周りの視線が彼女に向き、慶一が尋ねた。
「どうした?」
「幸哉くんがやめさせられるって聞きました!お願いします。続けさせてあげてくださいっ!」
「――!」
発された言葉に周りが騒然となる。そのことを初めて聞かされた春香と千早が明らかに動揺していた。それもその筈、幸哉は心配させまいと最初の打ち合わせの時にいたメンバーにしか言っていなかったのである。
「未来ちゃん、今それを言うのは……」
発言を窘めようと一緒にやって来た優愛が声を掛ける。しかし彼女に追従するかのように次々とアイドルが氷室に願い出た。
「やめさせるなんて可哀想だと思います。何も悪いことなんてしてないのに……」
「知り合って間もないといっても、私たちの仲間です。これからも一緒にアイドルとして一緒に歩んでいきたいと考えています」
「お願いします!私らはどうなってもいいですから幸哉を残してください!」
「何でもしますから!どうか……」
異口同音に残して欲しい、辞めさせないという意思が言葉となって氷室に飛んでいく。その様子を見たプロデューサー陣も何かを決意したのか顔を見合わせ、氷室の方を向いた。
「アイドルにとっても俺にとっても、幸哉は大切な存在なんです。単刀直入に言います。契約解除を、白紙にしてください」
慶一の後に優愛も続く。
「今永くんは私の大切な人……百合子ちゃんと杏奈ちゃんを助けてくれた人なんです。皆も彼と一緒にやりたいと言ってます。……どうか、お願いします!」
最後は鈴葉が嫌そうな顔をしながらも、頭を下げて締める。
「いくら反対って言われても、こっちは優希をアイドルにするつもりですけど?なんか癪だけど……残してください」
周囲の人間の殆どが自分の方針に異を唱えている状態に、氷室は視線を鋭くする。やがて幸哉の方を向き、口を開いた。
「ならば見せてもらうぞ、今永優希の真意を。アイドルならばステージで示してこい」
幸哉も氷室を見た。互いの視線がかち合う。そして氷室に向かってこう言った。
「わかりました。行ってきます」
言い終わるや否や、ブザーの音が響いた。開演を知らせる合図である。音を聞いて、春香がアイドルを自分の周りに集めた。
「みんな、落ち着いて。今日は公演の日だよ。辞めさせられるとかそういうのは一旦忘れて楽しもうね!それじゃあ、765プロー~、ファイトー!」
『おーっ!』
円陣を組み、皆が意気込むように声を上げる。それを合図に出番の入っている者が舞台の方へと歩いて行く。幸哉もその一人であり、追従するように向かって行った。
「こんにちはーーっ!」
春香が中心となり、観客席へと呼びかける。彼女の横には未来、杏奈、星梨花、可奈。そして幸哉と並ぶ。観衆による歓声が轟き、アイドルを出迎えた。その中でマイクを持った春香が観客席の方向を向き、口を開いた。
「今日は定期公演に来てくれて、本当にありがとうございます!前半の子たちもそうですけど、私たちも元気いっぱい盛り上げていきますので応援、よろしくお願いしますねーっ!」
「頑張れー!」
「応援してます!」
春香の挨拶により、観衆は大いに沸き立った。これが765プロのアイドルを束ねる存在。その大きさに、幸哉は大いに驚いて目を見開く。観客席には彼女のパーソナルカラーである赤いペンライトが光り、グッズを身につけているファンが多く見受けられる。しかし、今は自分もアイドルの一人。渡されたマイクを持ち、すうと息を吸って観客席を見据える。
「皆さん、お久しぶりです。覚えてますか?今永優希です」
挨拶をするとファンがちらほらと返事を返してくれた。加入して間もない新人であるものの、認知してもらえていることに嬉しさの一方で罪悪感を感じていた。暖かい応援をしてくれているが、正体を明かせばどうなるのか。それが怖くなり胸がちくりと痛んだ。しかし今はライブの最中。笑顔を見せて応じる。他のメンバーの挨拶も終わり、春香が声高に今日の最初の曲を伝えた。
「それでは、聞いてください。『Brand New Theater!』」
~~~
舞台裏では、出番を待機するアイドルとステージの管理・統括を行うプロデューサーやスタッフがいた。ステージの様子は備品であるモニターからリアルタイムで見れるようになっている。それを数人の人間が見つめていた。
「優希ちゃん、すごい……」
「せやなぁ~。私も初めて見たわ。めっちゃええ感じやんな」
「確か……二回目だよな?ユウキがステージに上がるのって。それなのに慣れてるみたいだ」
「可愛いなぁ。女装ってこんなに変わるんだ〜」
「ダンスとか歌がすごいぞ!自分たちが教えた成果が出てるね!」
「……」
可憐に奈緒、真や響、ジュリアがモニターに映るステージに上がっている六人、特に幸哉を見て感心していた。彼女達も感化されているのか、目を見開いて食い入るように画面を見つめている。その様を少し離れた場所から見ていた者がいた。
志保である。いつものように輪を離れ、遠巻きに共演者を眺めている。それを見つけたのは茜。気さくに話しかける。
「しほりん、一緒に見に行こっか♪」
「ちょっと、茜さん……」
ぐいぐい腕を引っ張る茜に志保は困ったような声を出すが、止まらずモニターの前に連れ出される。視線の先には自身の友人である未来や可奈、先輩である春香、そして自分とユニットを組む優希――幸哉の姿があった。
その姿から、何故か目が離せない。最初は簡単なステップすらままならなかったのに、今では楽しげにステップを踏んでいる。歌ですらも歌詞についていけないときや音程が合わない時があった。しかし、今はどうか。伸びやかな声をステージに響かせて、表情も明るい。
こうなるまでに、どれほどの練習をしていたのだろう。思わず目を見開いて画面に注視する。ステージの上に立つ優希の姿の姿に目が離せなかった。
志保が見に行ったことを知ってか、出番を待つアイドルが続々とモニターの前に集まり人だかりを成すようになった。
「――ふふっ」
「どうかしたんですか?」
「幸哉……いえ、今は優希ね。パフォーマンスを見ると、なんだか楽しくなってしまって」
モニターを見て微笑む千早の横顔を静香が覗き込む。千早の目は真っ直ぐに画面の中、それも優希の姿を捉えていた。現在の曲もラストのサビを迎え、盛り上がりも大きくなってきていた。
――これは、楽しみになりそうね。
千早は心の中で呟き、いずれ来る後輩との共演に胸を躍らせていた。
~~~
「ふぅ……」
最初の出番を終えて、幸哉を含む六人が舞台裏へと戻ってきた。皆一様にやり切ったような達成感のある表情をしており、額には汗の雫が光る。幸哉が息をついて、メンバーのもとへ歩いていく。
「お疲れ様ー!すっごくよかったよ~!」
「優希ちゃんキラキラしてたーっ!」
「すごいです……♪優希さんと一緒に踊るの、楽しかったです!」
「とっても楽しそうだったね。私までドキドキしちゃった」
「ありがとうございます。でも、まだ始まったばっかりですし、気を引き締めていきましょう」
スタッフから手渡されたタオルで汗を拭い、春香と言葉を交わす。出番一つ終えただけなのに、高揚感を感じる。未だにステージに残る熱気を感じ、心臓の鼓動が早くなる。先程まで共に舞台にいたメンバーがお喋りをする一方で、幸哉は志保の方に目を向けていた。
視線の先にいる彼女は緊張した面持ちで準備を進めており、他所に目を向けることはない。そのままじっと見つめていると後ろから肩をとん、とんと触られた。後ろを振り向けば、そこに茜がいた。
「もしかして~、気になってる感じ?」
「そう、ですね。一緒のユニットなのもだけど、この間僕らの目の前で熱出して倒れたのを思い出して。それでずっと心配になってたんです」
「え~っ!そんなことあったんだぁ。茜ちゃんその時いなかったからね~。しほりんもそうだけど茜ちゃんのことも見てくれないとスネちゃうゾ☆」
「はい。ちゃんと見ますから」
「ありがとっ♪」
「北沢、出番だ。準備は出来ているな?」
「――はい。すぐ行きます」
志保にばかり気を配っていられない。他の人間にも目を向けることが大切だと考えを改めた瞬間、近くで声が響いた。氷室が志保を呼んでいたようだ。呼ばれた本人もモニターから目を外し、返事をして向かっていく。幸哉はその様子をただ見送っていた。
~~~
自分の出番はまだ当分先となっている。そこで幸哉の頭にはあることが頭に浮かんでいた。横にいる慶一を捕まえて尋ねる。
「質問があるんです。『真意』って、どういう意味なんですか?」
「真意、なぁ……わからないから調べてみる。ええと……」
「真実の意義。ここから転じて噓偽りない心を指す」
慶一は検索しようとスマホを取り出そうとするも、近くにいた氷室が誰かの方を向くでもなく言った。ただの独り言のように聞こえるが、幸哉にはその言葉が重要なものであるように感じた。
「プロデューサーはアイドルを導くこともそうだが、何よりもファン……観る者に向けて誠意を示し、噓をつくようなことがあってはならない。……そうだな?相河」
「――はい。ファンの人達に誠心誠意を込めて感動を届ける、そのためにアイドルと一緒に仕事をしています」
「よく分かっているな。その精神、忘れるなよ」
「心に刻みます」
「……」
「あぁ!ほっといてごめんな。ほら、皆と一緒にライブ見たらどうだ?あっちで見れるぞ」
「ですよね。見てきます。お仕事頑張ってください」
何気なく放つ言葉に、メッセージが含まれている。そう思えるほど、氷室は初対面の時から「信用」や「真意」といった単語を会話に織り込んでいた。
ほったらかしにされたのを察知してか慶一が声を掛ける。それに軽く返事をして、幸哉はモニターの方へと歩いていった。
「優希ちゃんこっち来て!志保ちゃんがステージ立ったよっ!」
可奈が手招きして呼んでいる。その表情はとても明るく、これからのパフォーマンスに胸を躍らせているようだった。それに応じて近寄り、画面を覗き込む。始まったのは志保のソロ曲、『ライアー・ルージュ』。静かながらアップテンポな曲調が舞台から聞こえてくる。志保の歌声は伸びやかで、動きも優美なもの。先日の発熱からしっかりと体調を整え、今日に臨んでいたことがはっきりとわかる。その様を可奈が目を輝かせ、静香が真剣な眼差しで画面越しに見つめている。
「志保、やっぱりすごい……」
「だよねだよね~っ!見てると私も頑張ろう!って気になるもん」
「へぇ、可奈って北沢さんが好きなんだね」
「うん!私と志保ちゃんはアイドルになりたての時から友達なんだ。その時からずーっと練習頑張ってたなぁ〜」
興奮したように話す様を見るからに、志保のことが相当に好きでいる様子。自分よりも付き合いが長い彼女だからこそ、わかる所もあるのだろう。感情を揺さぶるような歌声に耳を傾けていると翼が近づいてきて言った。
「志保ちゃんとユニット組んでるんだよね。わたし、応援してるからね♪」
「うん、ありがとう。頑張ってくるよ。それよりも静香はどう?北沢さんのこと……」
「な、なんで私に聞くのよ?まあいいわ。志保とはたまにぶつかるけど……あの子なりに真剣にアイドル活動に向き合ってるんだって思う」
この場の全員が今日の公演の為に準備をしている。彼女達を見習おうと心に決めた途端、気が引き締まった。
~~~
滞りなくプログラムを消化し、いよいよ公演も終盤を迎えていた。そんな中、舞台入口近くから足音が聞こえてくる。音のする方向へ目を向けると、そこには霧生、そして高木社長の姿があった。
「すまないね。渋滞に巻き込まれて遅くなってしまった」
「やあ、プロデューサーとアイドル諸君。遅ればせながら見させてもらうよ」
「社長……なぜここにいらっしゃるのですか」
挨拶をする社長に向かって氷室が質問を行う。すると社長は笑いながら答えを返した。
「先日、相河君から連絡を受けてね。公演を見に来て欲しいと言われたのだよ。今回は今永君が出演する予定じゃないか」
「それはそうですが……」
「あとひとつは氷室君、君と話すことがあったからだね」
「……」
社長という人物の手前、強く出られないといった様子の氷室。それを真剣な眼差しで見る他のプロデューサー達。その横でスタッフが声をあげて伝える。
「そろそろ如月さんたちが入られますので、確認お願いします!」
「了解しました」
霧生が確認の為に千早のもとへ歩いていく。ユニットのメンバーも一緒にいる。四人を一瞥して口を開いた。
「千早、それと優希さん。他の皆も準備は出来ているかな?」
「はい。万全の準備をしてきました」
「が、頑張ってきます」
「うちらの歌、届けに行こうぜ」
「――はい」
意気込みと同時に、スタッフが四人を呼び寄せた。もうすぐ出番であることがわかる。息つく間も無く舞台に上がり、千早の挨拶が始まった。
「如月千早です。今日は新しい仲間と一緒に、ファンの皆さんに私たちの歌を届けます。この日が来るまで、沢山の壁にぶつかってきました。それを越えて今日の私たちがいます」
その言葉の後、万雷の拍手が場内を包み込んだ。千早の登場に大いに沸き立っているのがわかる。雰囲気に吞まれまいとジュリアが声をあげた。
「だから皆、聞いてくれよな!」
「それではこの四人で歌います。如月千早と」
「北沢志保」
「ジュリアと」
「今永優希で」
「『Blue symphony』!」
声を重ね、題名を叫ぶ。千早と志保を中心に右に幸哉が、左にジュリアが立つ。立ち位置を確立した所で、一瞬の静寂が流れる。イントロが流れる間も無く、歌が始まった。
『青に染まる 音の行方 輝きだす歌が聴こえる』
『どこまでも続く 五線譜の軌跡』
始まりは静かだが、されど歌声は高らか。間奏に入り、徐々にテンポが上がっていく。
~~~
『breathtaking…息をのんだ 空の美しさに』
『戸惑う心が透き通ってく』
「始まったね」
社長が舞台の方向を見て呟いた。周囲の人間がモニターの画面を見つめている。千早という765プロの中でも屈指の人気を誇るアイドルのパフォーマンスに舞台裏からでも歓声が聞こえ、存在の大きさがわかる。千早と同じく注目を浴びていたのが幸哉――優希である。
「やっぱりすごいな……。相当練習してたんだろうな」
「完成度高っ!あたしが見込んだだけある~」
「もう、今永くんを連れて来たのは霧生先輩ですよ」
慶一、鈴葉、優愛の三人が感心したように声を漏らし、画面に釘付けになっている。そこから少し離れた所に霧生と氷室がいた。
「ああも注視するとは。私たちにとって彼がどれほどの存在かわかるかい?」
「……」
「前回と今回の件、私にも落ち度があることはわかっている。しかしそれでも見てみたかったんだ。もとより噓をついて騙そうとする人間にあのようなパフォーマンスは出せるはずがない」
黙り込む氷室に向けて、霧生はさらに話を続ける。言葉通り、ステージの上ではアイドルがパフォーマンスを披露している最中。その例に漏れず、幸哉――優希の表情や動きは真剣そのものであり、適当に誤魔化す素振りは一切見られない。二人の近くにいた社長も腕を組みながら頷いている。そして曲が中盤にさしかかる時だった。
「――あっ!」
先程からずっと画面に注視していた優愛が声をあげる。何かに気づいたようで思わず慶一が聞き返した。
「見てください!」
「何かありました?」
「志保ちゃんの様子が……」
~~~
(頑張ら、ないと……)
ステージの上で、志保は襲い来る疲労感と戦っていた。発熱した日以降、休息こそとれたが依然として疲労の蓄積があるのか、足がふらつき、息が上がりそうになる。しかし、周囲はパフォーマンスに集中しているのか気付いていない。四人で歌っているはずなのに孤独を感じる。
「――っ!?」
そんな志保の様子に、幸哉は気づいていた。中央右、志保と隣り合うポジションに立つ中でいけないとわかっていながら横に目線を少しだけ向けていたからである。このままでは舞台の上で倒れ、ファン、そしてメンバーが騒然となるに決まっている。
ならば、やるべきことは一つ。
――間に合え!
『この声でどこまで飛ぼうか 果てしない夢』
その思いとともに小さく左に動き、志保に近づく。フォーメーションを崩すのは得策ではない。しかし、そんなことは幸哉の頭にはなかった。ただ、苦しんでいる仲間を助けたい一心で動いていた。サビまであと十秒もない。そんなタイミングで――
『信じる翼 チカラをください』
「――!」
「……!?」
思いが通じたのか、幸哉は志保の右腕を掴んでいた。これならまだ立て直せる。横にいる志保を見やった。彼女の表情は驚きの色に染まっている。安心させるように微笑みかけると、はっとした表情を浮かべていた。曲がサビに入ると同時に、ぱっと手を離した。
『高く高く 祈る鼓動 羽ばたいて!わたし達の歌』
『確かな旋律が 雲を突き抜けていくの』
歌詞の通り、天に手を突き上げ、声を高らかに歌い上げる。歌声が合わさるその様はまるで交響曲。観客も、ステージに立つアイドルも皆一様に心を合わせ、一つの大きなムーブメントを作り上げていた。
その様子を舞台裏で感じていた社長が氷室に向けて語りかけた。
「どうかね、氷室君。ファンの皆が盛り上がり、アイドルが精一杯のパフォーマンスで応える。こんなにも理想的なことはないだろう」
「……おっしゃる通りです」
「このようなステージを見せてくれる少年――アイドルを支えるのが我々の仕事ではないかな?」
社長は複雑な表情で見守る氷室の肩に手を置き、微笑みながら諭すように話しかけていた。そんな間にも、曲は終盤を迎えていた。
『青に染まる 音の行方 輝きだす歌が聴こえる』
『耳に触れたのは アザヤカな風のエコー』
『あなたの空へと響かせて Spread our wings』
観客席の天井、その向こうの空へと届けるような歌声を響かせて、曲は終わりを迎えた。ステージに立つ四人を大きな拍手が称賛する。汗を拭い、観客の方を見据えるとそこには楽しませてくれたことへの感謝や、歓喜といった表情をしていた。喜んでもらえてよかった、と安堵の息を吐き笑顔を見せて応える。中心に立つ千早が挨拶をした。
「聞いてくださって、本当にありがとうございました」
彼女の言葉に、観客はまた沸き立っていた。これからも歓喜は続いていく。
――そんな雰囲気が一変する出来事は、公演の最後に起きることとなる。
~~~
「今日は本当にありがとうございました!ファンの皆に会えて本当に嬉しいです」
「また、見に来てくれますか~!?」
セットリストの最後の曲をやり終えて、終演の時間となった所で春香と未来が挨拶をする。二人の言葉に観客席のファンは大いに沸き立ち、次の公演への期待を感じさせる表情をしていた。感謝の言葉と共にアイドル達がステージから去っていく中で、幸哉は一人だけ動かず立ち去ろうとしない。
「公演、もう終わったよ?そろそろ帰らないと……」
「みんな、下がっていいよ。ここからは一人でやらせて欲しい」
「え、なんで」
「いいから」
未来が怪訝そうな表情で幸哉に声をかけるがきっぱりと断り、ステージから未来を含むアイドル全員を払った。先程まで歌い、踊っていた場所が一瞬にして静かになった。一人残った人物に観客の視線が集まる。しんと静まり返ったステージの上で軽く息を吸い、意を決して前を向いた。
「今日は、765プロ劇場に来てくださって本当にありがとうございます。私から一つ、ファンの皆さんに伝えなければいけないことがあります」
「私……いえ、僕――今永優希は、本当は女性ではなく男性です」
幸哉の口から出た一言で、観客席のファンが大いにざわめきはじめた。「噓だろ!?」「何言ってるの」「もしかしてハッタリ?」などといった反応がさざ波のように一人ぼっちのステージに押し寄せる。観衆をよそに、先程より大きな声で観客席に言葉を伝える。
「僕はファンの人たちに嘘をついていました。本当は男であるはずなのに女の子の格好をしてライブをした、この事実を僕の口から伝え、来て下さった方たちに聞いてもらう。そのためにここに立ちました」
「今回、それと前回の公演に来て下さった方々、そして今日初めて来た人たちに謝ります。噓をついてステージに立って、本当にごめんなさい。申し訳ありませんでした」
「最後にこれからも765プロのアイドルの皆さんを、応援してあげてください。今永優希でした」
「それでは、さようなら」
観衆が呆気にとられる中、頭を深々と下げ、静寂に包まれたステージを去った。
~~~
舞台裏に戻ってきた幸哉を出迎えたのは、呆然としたメンバー、プロデューサーといった人々の姿だった。いきなり一人で残り宣言したことにもはや言葉すら出ない様子であった。異様な雰囲気の中、氷室が歩いて近づいて来た。
「今永」
「はい!」
「見せてもらったぞ、今永優希のステージを。それがお前の真意か」
「そうです。氷室さんは噓が嫌いなんですよね。僕も、来てくれたファンの人たちに噓はつきたくありません。このまま隠し通すより、どんなに叩かれても正直に自分の正体を明かす方がいいと思いました」
「――これが僕の、真意です」
真っ直ぐに相手の目を見据え、思いを自分の言葉で伝えた。氷室はふっと瞬きをし、幸哉に向き直って言った。
「処遇を伝える。活動を、認可することにした」
「――!」
「ってことは……」
「アイドル、続けさせてもらえるんだ……」
周りが声を漏らし、一斉に幸哉に視線を向けた。言葉を聞いた幸哉は一瞬呆然とした表情をしていたが、すぐに氷室の方を向いて頭を下げた。その瞬間、よかったと喜ぶ者やライブ後の疲れもあって緊張の糸が切れたのか安堵でへたり込む者まで現れた。
「……ありがとうございます!」
感謝の言葉を投げかけられた後、今度は恵美や茜、ジュリアなど以前から意見の食い違いで対立していたメンバーを見て申し訳なさそうな表情を作って向ける。
「俺は間違っていた。自分の信条と会社を優先して他人、特にお前達アイドルの意見を無視して事を進めようとしていた。これではプロデューサー失格だ。――すまなかった」
謝罪の言葉に気を許したのか、穏やかな表情で三人は応える。
「いいよ。考え直してくれてよかった……」
「あたしだってカッとなってしまったとこあるし、ごめんな。怒鳴ったりして」
「謝れてえらい!そんなプロちゃんにはこれをあげちゃうよ♪」
茜が衣装のポケットから何かを取り出し、氷室のスーツの右胸にぺたりと張り付けた。
「野々原、これは何だ」
「ニャ!?こないだ発注したばっかりの茜ちゃんステッカーのキラキラバージョン!普通のだと思ってたのに!」
発注したて、ということはまだ世に出していない商品を渡してしまったことになる。またやったのか、とスルーしたり、相手が氷室ということもあり戦々恐々とするなど様々な反応が見てとれた。慌て出す茜を見て、氷室は一切表情を変えずに言い渡した。
「今回は不問にする。今後は必ず俺を通してからにしろ」
そうは言うものの、ステッカーを剝がそうとはしない。鉄仮面なスーツの男にファンシーなステッカーがどうにもおかしく見えた。その様に鈴葉が吹き出しそうになっていたのを必死に優愛が止めていた。
そんな一幕の中、幸哉は千早、そして彼女の傍にいる志保の方へと歩み寄った。
「今日はありがとう。あなたとユニットが組めて、本当に思い出に残るライブになったわ」
「こちらこそ。千早さんと歌うの、とても感動しました」
互いに労を労う中、志保がずっと幸哉の方を何か言いたいことがあるとばかりに見ていた。これは聞かないといけない、と視線を向けて問うた。
「北沢さん……」
「あの……、この間は厳しいことを言ってごめんなさい。あと……助けてくれて、ありがとう」
「助けた……?――あぁ!倒れなくてよかった……」
《Blue symphony》を歌っていた最中に倒れさせまいとしたとはいえ、異性の腕を掴んでしまったことで嫌悪感を抱かれるかと思ったが、感謝の言葉をもらったことは予想外。安堵と機嫌を損ねなかったことで思わず息を吐いた。言いたいことを終えて志保が立ち去ろうとした時、
「わっ」
「大丈夫?疲れているみたいね」
躓いてしまいそうになったのが見えた。慌てて駆け寄り、千早が体を支える。転ぶまではいかずとも、ライブで体力を消耗したのか足取りも覚束ない。志保の様子を見た千早が声をかけた。
「幸哉、志保を楽屋の方まで連れていってくれるかしら?私は少しプロデューサーと話すことがあるから……」
「わ、わかりました。行ってきますね」
~~~
志保と並んで廊下を歩く。思いがけず二人きりの状況になってしまい、幸哉は緊張していた。しかし、どうしても引っかかることがあったため、意を決して口を開いた。
「あの、一つ……聞いていいかな」
「何?」
「この間熱を出した時、僕のことを『お父さん』って呼んだの覚えてるんだ。それ、どうしてなのかなって……」
言った瞬間、志保の表情が憂いを帯びたものになる。やはり彼女にも事情があるのだろうと勘ぐってしまう。少しの間口を噤んでいたが、意を決したのか静かな口調で話し始める。
「私も、あなたと似たような状況。小さい頃、急にお父さんがいなくなってしまったのよ」
「そうだったんだ……。って、まさか」
「あの時倒れてから、夢を見たわ。家族――それも、小さい頃のね」
そう言うと志保は、俯きながら内容を語り始めた。
「夢の中で私は二人いたの。今の私と、小さい頃の私。それで、小さい私がお父さんに抱きついているのを見て、思わず懐かしくなっちゃって」
「……」
「それで、一人になったところを見て触れようとしたわ。……けど、できなかった」
「できなかった?」
幸哉が質問すると、志保の表情がさらに曇る。抱えていた事情の重大さは、人を黙らせるには十分な威力を持っていた。
「手を伸ばしても触れられないし、話しかけてもダメだった。それどころか私がこの場にいない人として扱われたみたいで、とても寂しくなってしまって目が覚めたらあなたがいて……」
語っている最中、徐々に涙目になりそうな志保を見て幸哉は考え込む。幼い頃に見た父の面影を今も追いかけ、会いたいという思いを抱えている。軽々しく口を出していい所ではないだろう。
「結局、夢の中のお父さんは幻だったし、今もどこにいるかわからないわ。――会えたらなっていつも思うのに、ダメだった……」
「そうかな。でも、一人で悩む必要はないと思う」
「えっ……?」
驚く志保をよそに足を止めて、一対一で向かい合う。
――そして、心からの言葉を志保に向けて投げかけた。
「僕だとお父さんの代わりにはなれない。けど、北沢さんの傍にいることはできるし、他の皆だっている。だから、ひとりじゃない!」
「――!」
言葉を受けた志保ははっとした表情をしていたが、やがて目元を拭う仕草をして向き直ってくれた。
「――そんな言葉、かけられたのは初めてかもしれないわ……。でも、少しだけ気持ちが軽くなったかも」
「よかった……」
安心させることができたのか、ふっと息を吐いた。この言葉が心を癒すカギになればいい。そう願わずにいられなかった。
「ありがとう。――あと」
「?」
「私のこと、名前で呼んでくれるかしら」
「えっ?」
「アイドルを続けること、許してもらったんでしょう?――だったら、これから仲間になるわけだし、同い年だから……」
志保が言うように現在は互いを名字で呼び合っており、どうも距離を感じる物言いになっている。初対面の時のような緊張感も、今は幾分か和らいでいる。チャンスは今しかないだろう。それに、本人もそれを望んでいる。
ここは呼ぼうと意を決して息を吸って、志保の顔を見据える。
「わかった。――志保、これからもよろしくね」
「今永くん……ううん、幸哉。私を助けてくれてありがとう」
「――!覚えててくれたんだ」
「あなたのような人、忘れられるはずないわ」
志保が微笑み、自分の名前を呼ぶ。その様に思わず息を吞んだ。例え微笑であってもどんな宝石や財宝よりも輝き、尊いものに見えたからだった。自分の名前を忘れていないことに感慨を抱き、再び楽屋の方へと歩き出す。わだかまりは解け、二人は穏やかな雰囲気で話ができるようになっていた。
「さっきは勝手に腕掴んでごめん。志保、めちゃくちゃフラフラしてたし……」
「気にしてないわ。幸哉が支えてくれたおかげで無事にやり切れたってわかるから」
「わぁ!?」
幸哉は驚いた。志保が今度は自分の右腕を掴んだのである。
「こうすれば、倒れたりしないでしょう?」
「そ、そうだけど……」
「お返しよ」
ライブの後の高揚感と、腕を掴まれたことで心拍数が上がってしまう。鼓動が収まらないまま、幸哉は志保を楽屋へと連れていった。
今回で半年以上連載していた3章は終了となります。というより投稿始めてから1周年。ようやく中盤まで持ってくることができました。もはやアニメが2クールくらい見れるほどの期間お付き合いいただきありがとうございます。
サブタイトルにある「真意」という言葉は簡潔に言えば「その人が持つ本当の思い」という意味になります。活動を続けて女装バレ……という展開は物語が進む上でグダグダしそうだったのでここで切ります。そもそも最初から「こうしよう」と決めていました。
これからも読者の皆様の感想や評価を楽しみに更新していきます。
それでは次回から始まる4章を楽しみにお待ちください。