君と奏でる幸せの音   作:賀茂川泰伸

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読者の皆様、お待たせいたしました。いよいよ4章のお話に入ります。新生活がスタートする時期にこの作品も新章を迎えることができて切りが良いなと思っています。
それでは、本編をどうぞ。


第34話 重荷を下ろして

「どういうことなんだぁぁぁ!」

 

 公演から一夜明けた月曜日、週の始まりは騒がしい声で幕を開けた。中学校の教室、多くの生徒が集まる場所で小柄な体を震わせる生徒――出水柊太が慟哭するかのように大声を出している。

 

「一体なんなんだよ!せっかく母ちゃんに土下座してまでチケット買ってライブ見たら『僕は男です』って!」

「うるさいって。耳潰す気かよ」

「そうそう。気持ちはわかる。けど大声出していいってことにはならないだろ?」

「だからってなぁ……!」

 

 周りの生徒が宥めようとするも、それは火に油を注ぐことにしかならない。柊太の勢いは止まるどころかさらに勢いを増していく。とどまることを知らないその喋りは火砕流を想起させた。

 

「ってるよ!あいつは――今永優希はとんでもないことをしやがった。まさか過ぎて席で腰抜かしたからな!!」

「おはよう。……どうかした?」

 

叫びを上げる中、運悪く入ってきてしまったのは幸哉。――話題に上がっている、今永優希その人である。

 

 柊太は入って来た幸哉に狙いを定め、凄まじい勢いで近づく。その様子にやや引いたような目を向けながら一歩後退った。

 

「え、何……」

「待ってたぜ。聞かせてもらう……今永優希についてな!」

「はい?」

 

困惑しながら返事をする幸哉に対し、柊太はどんと構えるように腰に手をやる。方や状況が飲み込めず、一方でストレートに疑問をぶつける様に、周囲の目が集まる。話を聞かないと終わらないだろう、と席に座って話を聞くことにした。

 

「まず一つ。優希とお前、名字が一緒だよな。だったら何か関係あるんだろ?」

「あぁ……」

 

 どう話せばいいのかわからない。そもそもの話、一般人では手が届かないアイドルとの繋がりがあり、柊太もそれを知っている。また自分がアイドルであることを明かせばクラスどころか学校全体に知れ渡る恐れがある。もとより柊太がそれを知った所でどうなるか分からないのが実情である。答えないと延々と言われそうなので腹を括り、口を開いた。

 

「……言うよ」

「なんだ?」

「優希は……僕の」

「誰だ?」

 

「双子の、弟……」

 

幸哉(一般人)優希(アイドル)は同一人物。表と裏である。ごまかそうと心にもないことを言ってしまい、幸哉は後悔した。友人に噓をついてしまったことに胸が痛むも、今はこうでもしないと逃れられない。それを聞いた柊太はかっと目を見開き、頭頂部から爪先までくまなく眺めている。

 

「なるほど……顔はそっくりだし、声もな……ますます怪しいぜ、こりゃ」

「えぇ……?」

 

納得してもらうどころか逆に怪しむような目を向けられてしまった。やがて全身を見つめて一言。

 

「今日の所はこれで勘弁してやる。お前の弟に言っとけよ、見てる奴はいるってこと!」

「……わかった。一つ聞きたいけど、あの後優希ってファンの人からなんて言われてる?今スマホ使えないしさ」

 

今いる中学校では、校則で携帯電話の持ち込みは禁止されている。人伝に聞く情報だけでも今は仕入れておきたい。幸哉の言葉に周りが口々に情報を伝え始める。

 

「何か、すごいことになってるよなぁ。タイムラインエグい勢いだし」

「私も見にいったけどびっくりしちゃった。優希ちゃんすごく可愛い!」

「だけど炎上してるの見たぞ。志保?って子の腕掴んだとかで」

 

「……」

 

 生徒達が証言する中で幸哉は俯いた。良かれと思ったことがファンからすれば相当の出来事になっていることに若干の責任感を感じる。起こした事の大きさに途方に暮れていると教室の前の扉が開けられる。翼が入って来た。相も変わらず幸哉の方を見ている。

 

「おはよう♪何かお話してたの?」

「うん。今日一日は柊太の方行かない方がいいよ。何あったか聞かれるから」

「何言ってんだおい」

 

 そんな間にも朝礼の時間を告げるチャイムが鳴った。自分に対する世間の評価が気になったまま、授業の時間が進み、放課後終礼をした後走って家に帰る。階段を駆け上がってスマホの電源を入れ、今永優希の名を入力する。

 

 ニュースサイトの見出しには「765プロ新人アイドル 男性だった」という文字が並び、自身が起こした所業がファンにどのように受け取られたかが分かり、コメント欄の「今永とかいう詐欺師」「潰れてしまえ」「嘘つき野郎」「腕触るとかセクハラだろ」などと批判的な文言が目に入る。まるで自分が異物であるかのような扱いをされている。

 

「やっぱり、そうなるよな……」

 

 布団に寝転がり天井を眺めた。活動の許可と世間の評判はまるで関係ないことが分かり、先行きが不安になる。謝罪したとはいえこれから先、受け入れてもらえるのか。不安の種が次々と蒔かれては芽吹いていく。憂鬱な気分のまま横になっていると通知音が鳴った。

 

――差出人は、なんと氷室だった。

 

 

『相河からアドレスを教わった。話があって登録させてもらう』

 

 

画面を見た瞬間、背中を冷や汗が伝う。まさかあのカミングアウトが炎上した件で話があるのか、と思わずにいられない文面であった。鼓動が早くなるまま、登録をタップする。あちらは仕事中であろうにも関わらずすぐさまレスポンスを返してきた。

 

『次の土曜日夕方、食事会を開くことにした 参加の可否を問う』

 

「なぁんだ……」

 

 緊張の糸がぷつりと切れて息を吐く。一先(ひとま)ず叱責するような内容ではないことに安堵し、一言参加します、と入力して返事を出す。氷室からメッセージを送られた緊張が解け、昨日の疲れも残っていたのか寝転がっていると徐々に瞼が重くなり、終いには閉じて静かな寝息だけが宙に消えていった。

 

~~~

 そして土曜日、食事会の予定日となった。迎えに来た慶一の車に同乗し、二人で目的の店を目指した。なぜこのようなことがあるかと聞くと、公演が終わると皆で労いとしてささやかな食事会をするのが通例になっているが、今回は志保の体調を考慮したため予定が先送りになっていたらしい。

 

「よく頑張った、お疲れ様って意味合いで皆各自で集まって食べに行ってるんだ。とはいえ珍しいな……氷室さんから言われるなんて」

「珍しい……ですか?」

「あぁ。あの人はアイドルも含めて仕事上の付き合いしかしないタイプだから。相当レアなことなんじゃないか」

 

 助手席に座り、慶一と会話を交わす。確かにあのような性格は仕事とプライベートをきっちり分けるタイプなのだろう。ましてや休日というプライベートの時間を使ってまで食事会を開くとは、何か心境の変化があったと推察するほかなかった。

 

「よし、ここか」

 

 そんな最中にも車が速度を緩め、会場となる店の駐車場に滑り込む。看板から見るに焼肉店だと分かった。車を止めて店内に入る。扉の鈴が鳴りぼんやりとした橙色の照明と煙たい雰囲気が出迎える中、辺りを見回すとそこには公演を共にやり切った仲間の姿がそこにはあった。

 

「あ、いたいた!こっちだよ!」

 

最初に声をかけて来たのはのり子だった。手を大きく振って幸哉と慶一を呼び寄せている。その様子から察するに今日の集まりを楽しみにしていたのだろう。彼女を皮切りに少女達が二人の存在を認識し始めたのか続々と近づいてきた。

 

「ゆきやん久しぶり〜♪もしかしてプロちゃんから連絡来た?」

「来ましたよ。まさかみんなで食事なんて」

「でしょ!?焼肉だよ焼肉!」

 

 興奮した様子でのり子が話す。彼女が言うには焼肉が大の好物で今日を楽しみにしていたとのこと。横で楽しそうに笑いながら茜が口を開いた。

 

「そう!ライブのご褒美ってやつね♪それも今日は焼肉!しかも支払いはプロちゃんたちなのだ~!」

「えぇ!?」

 

茜の言葉に慶一が声をあげた。まさかホストでない自分が代金を払うことに驚いている様子。当然、学生が大半を占めるアイドル達が払えるはずもないので、必然的に成人たるプロデューサー達が支払い担当になる。

 

「適当言うなっ」

「ギニャ!?」

「それ嘘。経費で降りるっての」

「経費?」

「そ!社長がライブの成功と、あとあいつがお詫びするって意味でね」

「あいつ、って誰なんですか?」

「氷室さんだよ。うちのプロデューサーとあんまり関係が良くないんだ。厳しいから裏で『規則おばけ』なんて呼んでる」

 

 鈴葉が茜の背中を叩き、幸哉の質問に対して近くにいた歩が答えた。仕事はこなしているが堅物すぎるが故に周囲とのコミュニケーションが上手くいっていないことが推測できる。今日のような会を開く機会もなかったのだろう。しかしなぜ良好といえない関係の相手と食事をするのか?と幸哉は訝しんだ。理由としては「焼肉だから」といういともあっさりした回答が返って来たのだが。

 

こうして会話をする最中にも未来に静香、翼といった顔馴染みや千鶴や可憐、ジュリアといった共演したメンバーが続々と来店して来た。皆が今日の会を心待ちにしていたようであり、また公演以降に顔を合わすことがなかった故か幸哉の姿を見つけるとすぐに話しかけてきた。

 

「久しぶりだね~。あれからどうしてたの?」

「うん……。元気ではあったけど、何か炎上してるみたいでさ」

「炎上?」

 

未来が心配そうに近寄る。炎上、それは批判の殺到を指す。そもそもアイドルになるまでインターネットはおろか外界と遮断された幸哉にとっては初めての体験であった。そのせいで一週間ずっと気分が上向かない状態で過ごしていた。

 

「でも、あの場で黙っているよりかはマシよ。隠し事されるなんてたまったものじゃないわ」

「静香……ありがとう」

「べ、別に。これからしっかりやればいいのよ」

 

 あの時のカミングアウトは皆が舞台裏から確認できていた。それ故に今後の行く末を心配しているのだろう。幸哉を励ますべく言葉をかけていた。

参加者が来店して集まってくる中、ふと気になったのかジュリアが口を開いた。

 

「なあ、シホがまだ来てないな。誰か参加するって聞いてないか?」

「ん〜?知らない。他に来てるんじゃないの?」

「おいおい……」

 

鈴葉の態度に呆れたような表情をするジュリア。彼女が言うように志保も公演のメンバーであった。だが幸哉は連絡先を知らない。申し出があった人物としか教えていないし、隔たりが消えつつあった公演後も本人の疲労を考慮して休ませることしか考えていなかった。彼女は自分をどう思っているのか。それだけが幸哉にとって気掛かり、そんな中だった。

 

「遅れてすまない」

 

 入口の方から男の声がして、皆の注目がそちらへ向いていく。声の方を見ているとそこには霧生、そして氷室の姿があった。

 

「こ、こんばんは」

「お疲れ様です」

 

 二人で会釈をして挨拶をする。いつものスーツと違いポロシャツを着用しており、雰囲気の違いを感じさせた。プロデューサー二人組の登場に他の参加者も挨拶をした。参加者が出揃う中で、残るは志保だけとなった。彼らが何かを知ってるのではないか。近くにいた優愛が声を掛けた。

 

「あの~、志保ちゃんはいますか?」

「俺が迎えに行って連れて来た。挨拶を」

「――!」

 

 その問いに氷室は頷いて答える。言ったと同時に半歩右に動く。そこには志保の姿があった。背中まで伸びている黒髪、ぱっちりと開かれた大きな瞳。その表情は驚きの色で満たされている。

瞬きした後、小さな声で挨拶をした。

 

「……こんばんは」

 

志保の登場に大いに盛り上がる参加者。それぞれ近づいては話しかけに行った。しかし、彼女は言葉こそ交わすものの視線はずっと幸哉の方を向いていた。

 

「全員揃ったな。席へ移動するぞ」

「はーい」

 

 氷室を先頭にして店内の奥へと列を成して動いていく中、幸哉の視界には志保が映った。久方ぶりの再開に、思わず足が止まる。

 

「久しぶりね」

「あ、えっと。北沢さん……」

 

 視線が合わさり、志保が声をかけてきた。どう話せばいいか分からず思わず名字で呼んでしまう。しかしながら呼ばれた本人の表情は寂しさを湛えている。俯きがちに小さく口を開いた。

 

「……呼んで、くれないのね」

 

 蟠りは解け、名前で呼ぶことにしたはずなのに名字で呼ばれた。志保からすれば申し出を破られてまた隔たりができているようで寂しくなるのだろう。しゅんとした表情の志保を見ていると罪悪感が沸いた。

 反省した上で、志保に向き直る。

 

「ごめん。緊張してたんだ。あと……志保に会えて、元気そうで……よかった」

「……!」

 

 ぎこちないながらも名前で呼んでみる。すると志保の表情から徐々に寂しさが消えていく。心なしか、頬を染めている様子がわかる。周りがはっとしながら二人を見る。

 

「名前で、呼んだ……」

「こないだまでずっと距離あったのにね」

「なんで名前で呼ぶようになったの?」

「えぇと、本人がそうして欲しいって言ってて……」

「行きましょう。ここで詰まってると他のお客さんに迷惑よ」

 

 その様子に未来や他の参加者が思わず声を漏らした。互いを名前で呼び合うのはライブの後、志保を送り出すときだったので他が知らないのも当然。それも名字呼びで冷え切った関係から今では穏やかなものに変わっている。

 可奈の質問に答えていると志保が座席の方へと歩いていく。それに置いて行かれまいと後を追った。

 

~~~

 一行は店員によって予約された席へと案内された。店の奥にある座敷席であり、横に長いテーブルの中央には丸くくぼんだ穴に金網が載せられ、上にはメニューとおしぼり、割り箸。それら一式を囲むように座布団が敷かれていた。

 靴を脱いで座敷に上がり、座っていく参加者達。幸哉もそれに倣い真ん中に置かれた座布団に腰を下ろした瞬間だった。

 

「……」

「――!?」

 

 なんと自分の左隣に志保が突然座ってきたのである。突然の行動に幸哉は目を白黒させた。人と関わろうとすることが珍しいとされる彼女が、自分の隣に座っている。それに対して驚きを隠せずにいたが当の志保本人はいつものポーカーフェイスを貫いていた。

 

「幸哉、どうかしたの?」

「い、いやあ、志保が僕の隣なんてびっくりしちゃって……」

「そう」

「ああっ!」

 

 会話……と言うにはあまりにも短いやり取りをしていると翼が目を丸くして声を出していた。他の参加者の視線が彼女と志保に向き始める。そんな状況の中で翼がさっと駆け寄って右隣に座ったのだった。

 

「ふぅ、これでよしっと」

「翼……」

「えへへ~。幸哉くんの隣、座りたかったんだよね~」

「あ、そう……」

 

 右側に翼、左側に志保。二人の美少女に囲まれ、しかもそれが今をときめくアイドルなれば全国のファンが血涙を流すほど羨ましいシチュエーションであるはずだが、幸哉の心は穏やかではなかった。

 

「わたしお肉大好きなんだよね~。今日は幸哉くんと一緒に食べられたらなぁって隣座っちゃった♪」

「あぁ、うん……僕も好きだよ。お肉」

「一緒だね!嬉しいなぁ~」

 

 ふわりと漂う良い香りに、時々触れ合う体。彼女の積極的なアプローチともいえる接触に心が揺れた。出会った当初から自分に興味を持っていたし、クラスメイトと分かってからは公私共に顔を合わせる機会が増えている。

 今日は食事会。さらに距離を縮める気でいるのだろう。そう考えていた時だった。

 

「手、温かいのね」

「!?」

 

 急に左手に冷たい感覚が生じ、錆ついた機械かのように反射的に首をゆっくり動かす。そこには志保の右手が自分の手に重なっていたのである。慌てて手を引っ込めようとすると志保がさらに手を握る力を強めた。数日前まで自分に興味がないどころか厳しい一言すら飛ばして来た相手の変わりように驚愕するほかなかった。

 

「ああ~っ!」

 

 訳の分からない状況に狼狽していると突然目の前から大声が飛んで来た。声の主は未来。口も目も普段以上に丸く開かれて驚いているのが読み取れる。

 

「翼と志保ばっかりずるーい!私も座りたかった〜!」

「未来、やめなさい。お店の中よ」

「他に席はあるからそこに座ったらどうだ?」

「でも~~!!」

 

 静香と慶一が注意するが未来は止まらない。それどころか近くにいる星梨花や杏奈、可奈が悲しげな表情で見ており、少し沈んだ面持ちで佇んでいる。

 

「……杏奈も同じとこ、座りたい……」

「二人共ちょっとずるいかな~、って……」

「わたしも幸哉さんと一緒のお席がいいです……」

 

 彼女らも席に座りたかった様子でいることがわかる。しかしながら、それができない事情があった。

 一つのテーブルの周りには座布団が六つ敷かれている。その内の二つには幸哉、翼、志保が座っており、残り三人しか座れない。しかも申し出て来たのは四人。座れない人間が一人出ることになる。

 空いている内の一つに慶一が着席し、それに対して未来が抗議するような声を上げた。

 

「なんでプロデューサーさんもいるんですか!?」

「火傷したら大変だ。焼く係は俺たちがやる」

「そうですわ。気持ちは分かりますが従ってくださいませ」

 

 千鶴が言った。彼女はプロデューサー達と同じく成人である。子供だけで火を取り扱うことはよろしくないと判断したのだろう。残りの席は二つ、この中で誰が座るか。未来達は目を合わせ今なお幸哉の両隣を占有する翼と志保に向かって言った。

 

「志保、翼!」

「何?早く座ったらいいでしょう。だったらじゃんけんで決めるとか……」

「それだよ!」

「ん~?」

 

翼が首を傾げる。それに未来はドン、という効果音が似合うような態度のままにっと笑みを浮かべてみせた。

 

「誰が幸哉くんと同じ所に座れるかじゃんけんで決めようよ!一番最後まで残った二人がお隣に座るって形でいいよね?」

『!!』

 

未来の提案に可奈、杏奈、星梨花が目を見開き、志保は軽く目線を向けた。一瞬の時が流れ、翼がすっと腰を上げて座っていない四人の方を向き、志保もそれに倣って立ち上がった。

 

「だよね~。私ってじゃんけん強い方だから。勝ってお隣ゲットしちゃいまーす♪」

「別にどこに座ってもよかったけど……席を変えるつもりはないわ」

 

「楽しそうやなぁ」

「静香も参加する?」

「別にいいです」

「ふふっ。幸哉くん大人気だね」

 

 翼の目が楽しそうに輝き、志保もレッスンの時のような真剣な表情になった。六人がそれぞれ向かいあって一つの輪を作る。

 しかし、自分をめぐる小競り合いはされたくないし、どのような形であってもいい。そう思っている幸哉が声をかけた。

 

 

「別にそこまでしなくても……誰が一緒でも僕は嬉しいよ」

「待ってて!一緒に食べようね」

「あぁ……」

 

 止めようとしてもまるで聞いていない。

 その様子を他の参加者も野次馬のように見ていた。その中で幸哉は一人で置いて行かれたような気分になりながら行く末を見守る。六人の視線が重なり、それぞれ右手を出して構えた。

 

「最初はグー、じゃんけん……ポン!」

 

 お決まりの文句と共にそれぞれが手を繰り出す。可奈だけがパーで残りは全員チョキ。一人だけ早く退場させられたことに目を丸くして自分の手を凝視していた。

 

「はれっ!?」

「可奈。早く他に座った方がいいわ」

「は~い……くやしいなぁ~……」

 

 とぼとぼと可奈が勝負から離脱し、残りは五人。四つの席が空いており一人だけが消えることになる。それでも彼女らの目は真剣そのものだった。

 

「じゃんけん、ポン!」

 

未来が言うと同時に五人が手を出した。未来、志保、杏奈、星梨花はパー。翼がグーを出した。今回もまた一人抜ける結果となった。自信を持っていたじゃんけんで敗れたことに、翼本人は戸惑いを隠せないでいた。

 

「あ~あ、負けちゃった……」

「やった……次勝ったら、お隣……♪」

「わたしたち、幸哉さんと同じお席に座れますね!」

 

 盛り上がる星梨花と杏奈。しかしそんな二人を見る志保の目は真剣そのもの。彼女の中では「同じテーブルにつく」ではなく「座った席を死守する」のが目的に見えてならなかった。それは星梨花や杏奈、未来も同じこと。彼女達の戦いはまだ終わっていないのである。

 

(自分一人の為に、ここまで……)

 

 幸哉は傍からその様子を見る。席なんてどこにでも座ればいい、と思えるが彼女達にとってはそうではないらしい。皆、自分と一緒に食べたい。そう思えているのではないだろうか。じゃんけんをしている様子を眺めながら思った。

 

「楽しそう……。一緒に食べたいんだね」

「彼が皆に大切にされているのがわかるわ」

 

既に別のテーブルで着座していた春香と千早が幸哉と未来達を見守る。千早の言葉から言えるように幸哉は紆余曲折あったとは言え仲間である。今日は楽しくなりそうだ、と胸を躍らせていた。

 

~~~

 

「あいこで……しょ!」

「あぁ……」

「……」

 

 先程から続いている席を取るためのじゃんけん大会は未だに続いていた。四人なら同じテーブルにつけるはずだが「最後まで残った人が隣に座る」と未来が言ったがためまだ勝負は続いていた。これで五回目のあいことなり、結果が決まりそうにない。

 

「早く決めてくれないと食べられないぞ。もう四つ空いてるってのに……」

「いえ、プロデューサーさんのお願いでも聞けません!これは私たちの勝負ですっ!」

「すぐ終わらせますから少し待っていてください。――わかりましたか?」

「あっ、はい……」

 

 志保が有無を言わさない口調と共に慶一に視線を向ける。尻込みしそうな気迫を放つ志保に慶一は大人しく引き下がった。第三者の介入は好ましくない。それ程までに勝負は白熱している。

 

「よーし、ここで決めちゃおう!じゃーんけーん……!」

 

「「ポン!」」

 

その言葉と同時に手が繰り出される。結果は――くっきりと分かれた。

勝った方はチョキ、負けた二人はパーを出した。

 

「わぁ……わたし、幸哉さんのお隣ですっ!」

「……やったわ

 

「あ~あ、お隣の席がぁ~……」

「負けた……けど、同じとこ……」

 

 小さな花のような笑顔の星梨花といつものように無表情ながらも喜びを隠せない志保。この二人が最後まで勝ち抜ける結果となった。対照的に未来はがっくり肩を落とし、杏奈は悔しそうながらもどこか安堵している。

 

 ここに勝負は決し、めでたく勝ち取った隣の席に志保と星梨花が腰を下ろした。

 

「幸哉さん、お隣失礼しますね」

「よろしくね。星梨花は焼肉の経験って……」

「実はこういったお店ははじめてで、どんなお料理が出るのかわくわくしてるんです」

「そうなんだね……志保、また手握ってない?」

「ごめんなさい。手が滑ったわ」

 

 自然に起きたことではなくわざと自分の手に寄せてるのではないか……と幸哉は訝しんだ。そう思えるほど志保は先程から距離が近い。

 自分達のグループが座ったことで二十をも超える大所帯が着座を済ませた。

 

「今日の食事会を始める前に、主催の氷室くんから話がある。それではどうぞ」

 

 霧生が言葉の後に氷室に視線を向ける。その後に咳払いをしていつもと違わぬ口調で話を始めた。

 

「今回の件、俺の行動が多くの人間を蔑ろにし、反感を買ってしまった。その件に対する詫びと今まで他を顧みず距離を置いていた反省としてこの会を開いた。少しでも楽しんでもらえたなら幸いだ」

 

 言い終わると同時に拍手が鳴り始める。嫌われているなら話を無視したり、他所を向いたりするはずだがそのようなことはなく皆が氷室の方を向き、話を始めてからも静かに聞いていた。厳格な性格故に距離を置かれていただけで信頼関係は確かに存在していることが伺える。

 口上が終わると同時に店員が具材を乗せた皿を次々とテーブルに運んできた。牛タンにカルビ、ピーマンに玉葱(たまねぎ)、とうもろこしといった食材がテーブルについた後、順次火にかけられていく。脂が弾け、上がる煙が皆の食欲を刺激していった。

 

~~~

 

「うん、いい感じ」

 

 パチパチと焼ける音が座敷に満ちる中、慶一がトングで網の上の牛タンを掴む。両面とも茶色く焼けとても良い焼き加減だったことが分かる。

 

「焼けたぞ。食べな」

「ありがとうございます」

 

 幸哉はそれを受け取りタレに漬け、息を吹きかけて冷ました後に口へ運んだ。醬油や砂糖などが混じって甘辛くなった液体とよく火が通った牛肉の旨みが噛んだ瞬間に広がっていく。ただ無言で肉を嚙みしめ、味わいに浸っていた。

 しかし肉を噛み終わって飲み込んでから、何故か気分が一気に落ちてくるのを感じた。

 

「どうしたの?」

「……こげちゃうよ?」

「美味しくなかったんですか……?」

「取らなかったら不味くなる。ほら」

 

 肉を受け取らず、机に視線を落として黙り込む幸哉を見て未来に杏奈、星梨花が声をかけた。そこに慶一が牛タンを一枚渡してきたが小さく礼をして無言で咀嚼を始める。皆が楽しそうな雰囲気の中で一人沈んだ表情で食べるその様に他のテーブルに座る者達からも視線を集めた。

 

「なんかテンション低いね。やっぱり……」

「炎上のこと引きずってるよね。大丈夫じゃなさそうだけど……」

 

 芸能人にとって炎上はつきもの。性別を偽り二度もステージに立ち、支えるためとはいえ軽々しく手に触れるといったことが一部ファンからすれば許し難いこととして映っていたのだろう。噓つきのレッテル貼り、バッシングに晒されているのが現状である。

 

「随分悩んでるみたいね」

「……志保」

「これを見て」

 

 志保がスマホを差し出す。それはSNSの画面であり、自分のことに関するコメントが書かれている。自身を叩く文章が目に入る中、一つのコメントが目に入った。

 

~~~

 

『正直に言えてえらい』

 

~~~

 

「これって……」

 

端末を借りて画面に目を通した。

~~~

 

『ひた向きな姿に心打ち抜かれました』

『性別は関係ない。俺らは今永優希という存在を応援してる』

『炎上は気にせず頑張って!』

『再登板希望』

『あの場面でカミングアウトは相当勇気ある。あんたすげえよ』

『志保ちゃんが倒れそうになったところ、支えてくれてありがとう』

 

~~~

 

「……!」

 

 目を見開いた。そこには自分を擁護するものや公演に関する前向きな評価、温かい応援の言葉が並べられていた。画面をスクロールすれば先程の叩きよりも応援や擁護のコメントが多く見受けられるようになった。

 

――自分を、許してくれるのか?

 

声が出ないでいると向かいに座る未来が身を乗り出して笑顔を見せた。

 

「みんな応援してるみたいだね。私もファンの一人だよ」

「未来……」

「練習の時も本番も、とってもかっこよかったです!」

「幸哉くん……いなかったら、アイドル、やめてた……。一緒のステージ、すごく、うれしかった、よ……」

 

 星梨花が励ますように言い、杏奈もそれに乗っかった。自分の存在が無ければ彼女と仲が良い百合子もアイドルを辞める決断をしていただろう。

 

「幸哉」

 

 名前を呼ばれて声のした方を振り向いた。志保の顔が目の前にある。その目は真っ直ぐ幸哉を見据え、何かを訴えかけるような眼差しだった。彼女の顔もそうだが宝石のような二つの瞳に視線を吸い寄せられてしまう。じっと相手を見ながら、志保が話を始める。

 

「あなたは自分のせいで人を巻き込んで、ライブの成功を台無しにしたかもしれない……そう思っているでしょう」

「――っ!?」

 

 声にならない息が口から漏れる。考えを見透かされたような感覚に陥り、思わず志保から目を離せない。周りも静かに視線を向けながら、話が続いていく。

 

「春香さんや未来……他の皆と一緒にステージに立って歌ったとき、どう感じたの?」

「それは……ファンの人たちが盛り上がって、僕たちのことを応援してるように見えた……」

「最後の質問よ。周りには、どういった人がいるの?」

 

簡潔で短い質問に、幸哉は考え込むことなく言った。

 

「それは、未来とか志保……あと慶一さんとか霧生さんが……あ」

「気づいたみたいね」

 

 志保の言葉に周りを見回す。アイドルで友達である未来、杏奈、星梨花が、自身を引き取った家族でありプロデューサーである慶一。

 全員自分を認め傍にいてくれて、闇の中から連れ出してくれた人々である。そして、今共にいる人間全てが『幸哉』という存在を『仲間』として認めてくれた人々だ。その証拠に皆が突然やってきた自分を受け入れて、同じステージに立つことができた。

 

『仲間が傍にいる』。その事実を受け止めた途端に心の中が明るくなるのを覚えた。それの裏付けとして周りが自分を温かい眼差しで見ている。向かいに座る慶一が声を掛けた。

 

「皆お前のことが大切で必要みたいなんだ。一人で背負い込むなよ」

「……そう、ですね。ちょっと考え過ぎだったかも」

 

 やり取りの後、頭の中にあった靄のようなものが消えていく。これまでは誰にも言えずに抱えていた悩みも今なら言える。それに気づかせてくれた志保の方を向いた。

 

「ありがとう。この間もそうだけど前に進めたの、志保に言われたからできたかもしれない」

「え……?」

「初めて会った時、不登校だってこと言った時立ち上がろうとする姿勢がいいって言ってくれたよね。あとレッスンの時。今のままだと完成できないって言われた時は泣いたけど……」

「ごめんなさい。あの時は……」

「いいんだ。あれがあったおかげで千早さんとか歩さんから教えてもらったから上手くやれたと思ってる」

 

「どういたしまして。幸哉がいたから、私も楽しく歌えたと思うわ」

「うんうん!踊ってるとこすっごくよかったよ!」

 

「決めた――」

 

話に上がった二人が答える。そして、顔を上げながら幸哉は口を開いた。その顔に迷いはなく、晴れやかな表情だった。

 

「――もう一人で悩むのはやめる!だってこんなにも大切にしてくれる人がいるんだから」

『!?』

 

「心配かけてごめんなさい。さ、食べないと」

 

 今まで悩んでいたのが嘘のように明るい表情で話を終えると、網の上で焼かれている肉に狙いを定めた。それを慶一がトングで渡す。

 

「はい」

「?」 

「これ、あげるね」

 

 肉を食べ始めていると、目の前の空いた皿に突然もやしのナムルが置かれた。置かれた料理に目を丸くしていると今度は冷やしトマト、胡瓜のキムチがやって来た。

 料理が来た方向に目を向けるとそこには春香や可奈、そして翼がそれぞれ自分のテーブルから料理を一欠片ずつ幸哉の前に置きに来ていたのである。

 

「いいんですか?食べても」

「うん!お腹空いてそうだったから。もっと食べたかったら言ってね♪」

「そこまでしなくても……食べる分がなくなりますけど」

 

「今日はみんなの頑張りに感謝するって感じだから、こうしてみたの。だって一番頑張ってたの、幸哉くんだよ。えらかったね」

 

 そう言うと春香が満面の笑みを浮かべて答え、頭を撫でてきた。彼女の言葉を聞いた途端に自分のやってきた努力が全て無駄でなく、報われた気がした。春香はそんな幸哉を見て慈しみかのように微笑んでいた。その顔を見る度、胸が温かいものに包まれる。

 

「残すのも失礼だし、食べるか」

 

 目の前の料理を見る。「頑張ったご褒美」と称して他のテーブルから持って来られたものだ。使われてない皿に貢物のように盛られたのを見て、ふと閃く。

 

「これ、皆で食べようよ。頑張ったのは僕だけじゃないしさ」

「えぇ、いいの!?いただきま~す!」

「杏奈も……」

「いただくわ。……幸哉からのご褒美……」

「おいしいです!一緒に食べるともっと楽しくなりますね」

 

 

 未来が真っ先に食べ始めたのをきっかけにそれぞれが料理に手をつける。各々が食べて、料理の感想を述べる。店内の雰囲気も相まって和気藹々とした空気が満ち溢れる。

 

「何かこっちも頼みませんか?」

「もちろん。ご褒美だしな」

 

 向かいに座る慶一から注文を出すためのタブレットを渡され、画面を見る。美味しそうな料理がずらりと並び、それを眺める。

 やがて何かを決めたのか、タブレットを操作して慶一に返す。

 

「たくさん注文したから、皆で分けて食べようか。今日は頑張ったことに拍手だね!」

「やったー!」

 

 幸哉が笑みを浮かべる。それに同調するように未来が声を上げた。

 楽しい食事会は、まだまだ始まったばかりである。




いかがでしたでしょうか。あまり明るいとは言えなかった3章から少しでも明るいテイストの物語に出来たらと考えております。短編の更新も進めて参りますのでそれも楽しみにしていてください。
それでは、次回のお話をお楽しみに!
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