それではスタートです。
「ここは、こうして…うん。正解。飲み込みが早いね」
「ありがとうございます。琴葉さんの教え方が合ってたみたいでした」
鉛筆と紙がこすれる音が室内で静かにこだまする。そこは劇場の控室。人が集まることの多いその場所では今、備え付けの机にノートや鉛筆、教科書が置かれており誰もが一目見ても勉強をしている場面であることがわかる。
机を囲むのは三人の少女―琴葉、紗代子、桃子。そして幸哉。その中で年上の琴葉や紗代子に教わる形で二人は鉛筆を動かしていた。
「幸哉さん勉強できるんだ」
「まあ、できる方なんじゃないかな。今活動止められてるからこういうことで協力でしていこうと思ってるんだ」
「大変だね。でも、教えてくれて…ありがとう」
桃子が小さくお礼を呟いた。
現に所属の契約こそ結んだものの、事実上の活動停止にされている以上何か別のことで貢献できないかと考えた結果、今の状況に至っている。また自分も学生である以上勉学が本分であるため、琴葉や紗代子に教わり、桃子に教える形で自分も勉強会に参加していたのである。そんな二人の会話に、琴葉も入ってきた。
「私たち、幸哉くんがうちに入って来てくれて本当に良かったって思ってるの」
「?」
たち、とは皆が思っていることだろう。話の内容に耳を傾ける。それに合わせて、琴葉の話が始まった。
「最初に来てくれたときは真剣に見てくれたし、一緒にステージに上がった時もすごく輝いて見えたの。何より、自分が辛い経験をしたのにそれでも前に進もうとしているの、尊敬してるんだ」
「そうだよ。前のライブだって自分のことを正直に話したとき私、すごく心動かされたんだ。活動再開になったらまた一緒にステージに立とうね!」
紗代子がずい、と顔を近づけてくる。最初のレッスンで手を差し伸べるなどしてくれた彼女の目は燃えるような輝きを帯びている。
「あと、プロデューサーにもありがとうって言わないと」
「?」
「こんなにもいい人を連れてきて、自分の体を張ってでも助けたからかな。かっこよくて、一生懸命で素敵だなって……。私たちがそんな人に会えたのも、奇跡なんじゃないかって思えるの」
「ですね。僕もそう思います」
そう述べる琴葉の様子はうっとりした表情であり、彼女のプロデューサー――慶一の話となれば頬を染めており、彼に対して何か特別な思いを抱いているのかもしれないと想起させる。幸哉も慶一に助けてもらえたことを思い出して、肯定するように首を縦に振った。
琴葉から桃子へと視線を移す。
「あのさ」
「なぁに?幸哉さん。もう教えてもらったからわかるよ」
「いや、そういうことじゃない。今まで忙しくて聞けなかったけど…。どうして桃子は僕が優希だってわかったんだ?」
その質問に桃子は少し考え込む。今では正体を身内やファンに明かしてはいるが、最初に見破ったのは桃子だった。間が空いた後、こう答えた。
「まず海美さんが女の人用のトイレに連れて行ったのにどこか行っちゃったって言ってたよ。それと、ここって更衣室があるのに終わっても幸哉さんはそっちで着替えてなかったでしょ?そこからちょっとおかしかったもん」
「……」
「あと、優希さんとしゃべり方が一緒だったよ!隠すならもうちょっと変えるとかしないと……」
「おぉ……」
少し呆れたような答えが返ってきた。変装こそしていたが、話し方で気付くとは流石演技の経験がある桃子ならではの着眼点である。カミングアウトの件といい、自分は噓がつけないタイプの人間だとわからされた。
「正直なのはいいことだよ。でもこれから演技のお仕事が入ったら大変なことになるかもね」
「そうかな……」
「でも大丈夫。桃子は先輩だから、ちゃんと教えてあげる。しっかりついてきてね!」
そう言って桃子が胸を張る。その言葉や姿からは経験を積み重ねたことによる自信が満ち溢れて頼もしい。桃子を見た二人も目を細めて微笑んでいる。
課題が片付き、テキストや筆記具を鞄にしまい始めた時だった。
「お邪魔しますね~。お勉強中でしたか~」
「あ、美也さんだ。どうかしたの」
「はいほー!姫もいるのですよ」
「ふふ……お揃いですね~」
ゆったりした声とともに部屋に三人組が姿を現した。美也、まつり、朋花である。まつりは編み篭を手に提げており、そこには山のようにマシュマロが積み上がっていた。
三人のうち、朋花が幸哉に視線を向ける。
「あら、幸哉さん。お久しぶりですね〜。桃子ちゃんに教えていたんですか?」
「うん。だって今何もできないしせめてこういう形で力になれたらなって思ってやってたんだ」
朋花とはこれまであまり話すことはなかった。初対面では大人である鈴葉が恐れる程のプレッシャーを放っており、幸哉も例に漏れず足がすくみそうになった。それは今も変わらない。穏やかな声の裏に何かが潜んでいる気がして相手の返答に身構えていた時だった。
「良い心がけですね。これからも続けていくことをおすすめします〜」
「……え?」
あっさりとした言葉が返ってきた。特に咎めることなく、それどころか褒めるかのようなものだった。てっきり自分のやったことに対して何か言われるのではないかと思っていたから拍子抜けしてしまい、思わず声が漏れる。
「何か思う所でもありましたか〜?」
「あぁ、そうだね……。初対面では朋花がめちゃくちゃ怖く見えたから。あと、女子に混じって活動するのをどう思ってるんだろうなって」
「そういうことだったんですね~。大丈夫ですよ。私は気にしていませんから~」
「……」
「朋花ちゃんの言う通りなのです。心配しなくても幸哉くんは姫とおんなじアイドルなのですよ。ね?」
「これからもっとも〜っと楽しくなりそうですね~」
まつりと美也がふわりと笑みを浮かべる。彼女達も同じ考えを持っているようである。先程の三人も同じようなことを言ったあたり、自分を遠ざけたり邪険に扱う人間はいないとわかる。
「ありがとう『ですが』」
「やるからには真剣に取り組まなくてはいけませんよ。そこだけは覚えておいてくださいね~?」
「っ、はい!」
「はい!」
感謝の言葉を述べようとすると遮った朋花の言葉に背筋が伸びる。表情こそ穏やかであったが、人に聞かせるような確かな威力を持っていた。横にいた琴葉達も返事をする。自分にも当てはまると考えたからだろう。
「お茶を入れてきますね〜」
そこで美也が退出し、部屋には六人が残された。そのうちのまつりを除く五人の注目は彼女が持っていたマシュマロ入りの篭に集まっている。それは目の前に柔らかそうな白い山を作り上げていた。
山盛りのマシュマロを見て桃子が声をかける。
「こんなにあるならみんなで分けられるね……。まつりさんもどう?」
「!」
そう言った瞬間、何故かまつりの表情が固まった。やって来た時は笑顔だったのが今では張り付いたようなものになり、汗を垂らしながら目が泳いでおり、あまりの変わり具合に全員の目は彼女に向いていた。
「どうしたの、まつりちゃん?」
「もしかしてお腹いっぱいで食べられないとか……」
「まつりはいいのです。マシュマロの妖精さんもみんなに食べてほしいと思ってるのです」
琴葉と紗代子が話しかける。妖精、が何を指すかはわからない。独自の世界観を持つ彼女なりの言い回しなのだろう。しかしながらなぜ、顔が引きつって手も少し震えているのか。理由が分からないまま成り行きを見守ることにした。
「嘘はよくありませんよ〜?苦手なら苦手と、そう言えばいいではありませんか〜」
「ほ?姫に苦手なものはないのです。嫌いだったら最初から持って来たりしないのですよ?」
「でしたらなぜ、このような顔になるのでしょうか~。不思議ですね~」
朋花が目を細める。その表情を見た彼女とまつり以外の全員に緊張感が走る。現に朋花は口調こそ穏やかではあるが、目が笑っていない。そのおかげで初対面の時に感じた相手を圧するかのような感覚が今になって蘇るのを感じていた。
皆が戦々恐々とする中、美也が急須と湯吞みが載った盆を持って戻ってきた。横で向かい合うまつりと朋花を見て微笑んだ。
「お〜、仲良しですな〜」
どう見ても、違う。美也の発言に心の中で突っ込みを入れながら睨み合いを続けるまつりと朋花を横目に、幸哉はマシュマロを手に取った。
「何なんだ、あれ」
「よくわかんない……」
「……先に食べてようか?」
「そうだね……」
桃子の呟きに頷いて、残った四人は茶を啜りマシュマロに手を付け始めた。
~~~
これまた別の日のこと。幸哉はレッスンルームで座りながら目の前で繰り広げられるパフォーマンスに目を見開いていた。アップテンポな音楽が流れる中そこにいるのは四人――歌織、風花、このみ、麗花だった。普段は穏やかで態度も柔和な彼女らが、今は真剣な表情で体を動かしていた。シューズと床が擦れて立つ音が部屋に反響する。
そして曲が終わり、各々がタオルで汗を拭い水分補給をする。その最中でこのみがこちらを振り向いて言った。
「どう?ちょーっと刺激が強すぎたかしら」
「いいえ、とても勉強になりました。やっぱり僕らと違うなって。大人だからでしょうか」
「ありがとう♪そう言ってもらえて嬉しいわ」
「どういたしまして。……んん?」
何やら、肩に重みを感じる。まるで誰かにのしかかられたかのように思えた。その正体はすぐに
「麗花ちゃん、何してるの?」
「はい。幸哉くんをギューってしてるだけですよ♪」
「それは……どうして?」
「お姉ちゃんですから!」
風花の質問に麗花が満面の笑みで手を挙げて答えた。現にいつの間にか後ろから腰に手を回され、顎を肩に乗せるような形で密着されていた。先日のまつりと同じく麗花も独特な世界観を持つ人物である。「お姉ちゃん」という言葉も、彼女が幸哉よりも年上の二十歳であるからなのかもしれない。
後ろからほのかに体温を感じているとこのみが近づいて麗花を見た。
「ちょっとー、あんまりこうやって密着するものじゃないわよ。彼が困ってるじゃない」
「あぁ、大丈夫です。ちょっとびっくりはしてますけど」
「って言ってますよ?あ、このみさんもして欲しいんですね!」
そう言った途端に幸哉から離れて今度はこのみに急接近し、彼女を抱きしめたのである。
「うわぁ!?」
「すごーい♪すぽって入っちゃいました!」
「もう!私の方が年上よっ!あと今練習してるでしょう!?」
身長がかなり低いこのみと高い方である麗花。その差は歴然といえる。離して欲しいとばかりにこのみがもがくが、麗花は喜々とした表情でそれを離そうとはしない。このみの方が年上であるにも関わらず抱きしめられるのは彼女がスキンシップに抵抗のない人物なのか、それとも年上と見えていないのか、そのようなことはまだわからなかった。
しばらく双方の小競り合いが続き、少し経ってから満足したのかようやくこのみが解放された。少し疲れの色が見えている。体裁を整えて他の四人の方を向いた。
「はぁ…、やっと出れた。少しは手加減できないかしら……」
「ごめんなさい。このみさんがかわいいからつい♪」
「うん。悪気がないのはわかってたわ。とりあえず、練習の続きからね」
「この四人でライブに出るんですか?」
「そう。私たちのユニット『4luxury』が今度の定期公演に出ることになってるの。輝いてるステージに出来たらいいなって」
幸哉の質問には歌織が答える。自分達とは違う大人であるからこそ見せられるステージに思わず期待が高まる。自分もいつか彼女達のようになれたら。そう考えているとこのみが声をかけてきた。
「幸哉くんって今はどうしてるの?しばらく表に出れないってスタッフの人たちが言ってたわね」
「はい。ライブも収録も止められてて活動休止……というか炎上してたから謹慎、みたいなことになってて。それで再開まではサポートに回ろうって思ったんです。この間は桃子と一緒に勉強してました」
「まあ……」
歌織が感心したような声を出す。先程の発言通り今の自分はステージに立つことや表舞台に出るのはかなわない。ならば自分のできることで貢献していきたい。そんな思いから出た言葉であり、それを四人はただ聞いていた。
「素敵……!」
最初に口を開いたのは風花だった。心を動かされたのか目が輝いている。彼女以外の三人も同じような眼差しを幸哉に向けており、そんな四人を幸哉はただ呆然と見つめていた。周りが称賛するような雰囲気の中、このみが口を開いた。
「大人になるにつれて自分のことばっかりになりがちだけど、こうやって周りに気を配れるのはとても素敵なことよ。いずれ大きくなっても忘れないでね」
「はい。周りを見るって、とても大切ですよね。前のライブもそうだった気がします」
「私、ライブを見てて、それで志保ちゃんの手を握って支えてくれていたの、すごく印象的だったわ。周りが見えていたから、そうできたと思ってるの」
「!」
歌織が褒め称えるのを黙って聞く。彼女もあのシーンを目撃していたことに驚かされる。話を切り替えようと、麗花の方を見る。未だ満面の笑みを崩さず、二人のやり取りを見守っていたようだ。
「あと、なんで麗花さんはお姉ちゃんなんて言うようになったんだろうか……」
「よく聞いてくれたね!」
幸哉の言葉に気づいたのか、麗花がこちらを見てくれた。そのまま話を始める。
「歓迎会で初めて会った時ライブを見てくれたって言われたとき、すっごく嬉しかったの!あとね、このみさんたちがお姉さんだから私はお姉ちゃんでいこうかなって思ったんだよ。あと……」
「わぁっ!」
「こーんなにかわいいんだもん♪私のことは麗花お姉ちゃんって呼んでね」
そう言って麗花は先程のこのみのように真正面から幸哉を抱きしめた。今度は頭を撫でて頬擦りするかのように顔を近づけて来る。他が相手だとされないような距離感の近さに心が落ち着かず顔が赤くなった。目鼻立ちの整った顔、揺らめく艶やかな髪。そして周りを漂うナチュラルな香りが視界や嗅覚を埋め尽くす。
「あ、あの……恥ずかしい、です……」
「え~?そうかなー」
「麗花ちゃん大胆ね……」
「わぁ~」
「あ、ああ……」
その様子を見ていたこのみがある意味感心の声を出し、歌織は息を漏らし、風花は幸哉と同じく赤面していた。暫くの間抱擁されていたが、見られている故に羞恥心が限界になって慌てて麗花から体を引き離す。息を整えた後、このみが視線を向けてきた。
「大丈夫?ごめんなさいね。こういう子だけど仲良くできる?」
「……はい、悪い人じゃないのはわかっているので。あと今度のライブ、出られない僕らの分も楽しんできてください」
「ええ、もちろんよ。私たちの魅力に釘付けにさせてあげるわね!」
「任せて。最高の歌を届けてくるからね」
「応援してくれる人が目の前にいるんだもの、精一杯頑張らないと」
三人がそれぞれ意気込みを述べる。公演にかける思いは強く、とても熱意を感じることができた。
「うん!お姉ちゃんのこと応援してね。それじゃ一緒に踊ってみる?」
「ま、待って。心の準備が……」
そう言って麗花はいきなり幸哉の手を取る。
くるくると踊り始める彼女に付き合わされるのは、当分続きそうだった。
~~~
休日。幸哉は劇場近くの公園を歩いていた。周囲には緑の木々や広い草原、そして近くには海が望める。公園では散歩にやってきた人々や家族連れが多く見受けられた。春も終わりになり草木が緑色に染まる中をどこかに行く目的もなく足が向くまま進んでいた時のことだった。
「ゆっきぃぃぃぃいっ!」
「ぐぁ!?」
急に二つの影が、幸哉の体目掛けて突進してきた。それを受け止めきれずにぶつかり苦悶の声を漏らす。体に当たって来た人物の顔を見ようと目線を向ける。
「おっひさ〜♪ライブどうだった?」
「氷室兄ちゃんを倒したって聞いたよ!」
「なんだ……びっくりしたな、もう……」
亜美と真美だった。体の両側から二つの同じ顔がひょっこりと飛び出す。悪戯が成功したことで二人は笑みを浮かべている。いきなり衝突したことで体に痛みが生じるも、それを堪えながら双子の方に視線を向けてみせた。
「いったぁ……。人にぶつかるのはよくないって。今活動休止中だけどいずれまた出番が来るんだ。その時まで大切にしとかないと……」
「!」
ぶつかってきたことを注意すると何故か二人はピンときたかのような顔になる。そして先程よりも距離を近づけて話しかけてきた。
「え、もしかして残れるの!?」
「ゆっきー、許してもらえたんだ!」
やったー、と声を揃えて飛び跳ねハイタッチをして喜ぶ亜美と真美。その様子や先程の話し声が大きかったのか周りの注目を集めてしまった。二人を諌めるべく声をかけた。
「ちょっと静かにして…。アイドルだってこと、周りには秘密なんだから」
「えーよかったじゃん。だってこんなにぷりちーな双子アイドルと一緒にいられるんだよ?もっと喜びなって~♪」
「ええー……」
真美が肘で幸哉をつつく。出会ってからずっとこのようにからかってきているような気がする。それが彼女らの平常運転なのだろう、と思っていた時だった。
「全く…うるさいわね。残れたくらいで大げさな」
突如として三人の後ろから声がして、それに反応して後ろを振り向く。髪型は背中まで伸びる長い髪で額が見えるように分け、ワンピースを着ておりその人物の格を印象付ける。そして人物の表情は呆れたようなものになっている。
「伊織……!」
「あら、いたのね。誰だったかしら。先輩にあたる人を呼び捨てなんてどんな教育をされてるのよ」
幸哉が声を発した少女――水瀬伊織に呼びかける。しかし伊織はそれに対しても表情を崩そうとしない。それどころか呆れ顔がさらに進行しているような感じすら覚えた。
伊織を見て、亜美と真美が声をかける。
「でさ、いおりんはなんでここ来たの?ゆっきーに会いに来た感じ?」
「ええ。昼間っから何もせずフラフラ歩き回ってる人を見かけて顔を拝みに来たのよ。まさかアンタだったなんてね」
「『何もせず』じゃなくて『今何もできない』が正しいんだけどな……」
言い訳ね、と伊織が言う。先程から不機嫌そうな表情を直そうともしない。というより初対面から自分に対してつっけんどんな物言いが多いような気がする。それを確かめるべく伊織の方を向いた。
「何か気に障るなら謝るよ。さっきから機嫌悪そうだったから」
「そう、それよ!みんなして幸哉幸哉優希優希って……本当に嫌になるわ。主役の座を取られた気分よ!」
伊織が苦々しい表情を浮かべながらまくしたてる。主役、という言葉から自身の領域に踏み込んできたのが相当に嫌だったらしい。しかしながら彼女に嫌がらせや妨害を行ったわけではないのにこのような態度であることに幸哉は困ったような表情を浮かべた。
「いや~、何もしてないいおりんが主役は無理あるっしょ~」
「主役にちなんだ暴れ方ってのがあるじゃん?」
「何よそれ!意味が分からないわ!」
大袈裟に肩をすくめてみせる二人に伊織が嚙みついた。彼女も何かしていたのかもしれないが、当事者でない幸哉に知る術はない。
「ゆーりとかもっちー助けたし、イケメンで頭いいし優しいよ!」
「めちゃくちゃモテモテだよね!でしょ?」
「あ、そう」
いきなり褒められたとしても実感が湧かない。今までアイドルたちと出会ってきたが、好意的な態度が大半であり邪険に扱う者はおらず、そういったことをされていない点はありがたいと思える。たまに百合子や杏奈、志保が自分を見るときの目が熱を帯びている気がしなくもないが。
亜美と真美が自分に擦り寄ってくる中で伊織は依然として不満顔であった。
「私はトップになるためにここにいるのよ。なのに急にやって来た、しかもこんな頼りなさそうな男に人気を横取りされるなんて……!」
「頼りないか…。みんなにおんぶにだっこみたいなことになってるけど、今からステージに立てるまではサポートに回ってるつもりだから」
「え、おんぶしてくれるの?」
「ゆっきー、だっこしてー」
「しません」
ふざける双子をばっさりと切り捨てる。こんな漫才じみたやりとりを繰り返していくうちに伊織の顔はだんだん真っ赤になり、手がわなわな震えて歯ぎしりの音が聞こえそうなくらいに歯を食いしばっている。そんな怒り心頭とも言える状態のまま、幸哉に向かって指を指した。
「今に見てなさいよ……。このスーパーアイドル伊織ちゃんの前で膝をつくことになるようにしてやるわ。これからはライバルとして見るから精進しなさい!」
「ライバル……そうだね。いきなり入ってきて急に好き勝手言ってくるなんて相当自信あるみたいだから受けて立とう。『主役』は誰か、決めようよ」
幸哉と伊織、二人が並び立つ。目線がかち合い火花を散らす。幸哉の表情は先程の面食らったものではなく落ち着いたものに変わっている。その顔からは完全に迷いが消えていた。
「おわぁ、バチバチですなぁ……」
「でもなんだかかっこいいじゃ~ん♪」
二人の様子に、亜美と真美は楽しそうに笑っていた。
〜〜〜
「はぁ…遅れちゃう……!」
優愛が廊下を小走りになりながら進んでいく。その顔には焦りが強く出ており、今から起こることを憂慮しているかのようであった。
劇場の応接室。そこではスーツを着込んだ一人の男がソファに座り込んでいた。元からあった顔の皺はさらに増えて険しい様相を作り出していた。男がふと壁の時計に目をやっており、時間を確かめていたようだった。
そこに優愛がノックをして入り込み、男に向けて頭を下げた。
「お待たせしてすみません。星梨花ちゃ…、箱崎星梨花さんのお父様でお間違えありませんか?」
「こちらこそ、お忙しいところお話の機会を設けていただきありがとうございます。はい、そうです」
「本日は、どういったご用件でしょうか」
「先日お電話させていただきました通りです」
男の言葉に、優愛は震えた声で聞き返した。
「……星梨花ちゃんの活動停止と、契約解除に関するお話、ですね……?」
「はい。それに関して建設的な話ができればと考えております」
その言葉に男は黙ったまま頷き、向かいの席に優愛が座る。緊張と鋭い眼差しが交差する。応接室は正に重苦しい話し合いの場に変わっていた。
今回のお話に出て来たキャラクターが4章の展開に深く関わってきます。信号機の三人とかオリキャラばかりに頼ってばかりだと絡みが固定化されてしまう。
そして最後。2話連続で星梨花パパ登場です。ということはまた何か波乱が起きそうなのは確定ですね。
今度は2ヶ月も放置しないように執筆頑張っていきます。
それではまた、次回の更新でお会いしましょう。