とりあえず言えるのは「嫌なら距離をとれ」ということです。ここで持論を表明するのはふさわしくないので切ります。
それでは本編へどうぞ。
「ん……」
ゆっくりと瞼を開き、頭を上げる。
目の前が仄暗い。それでいて周囲全体に嫌な雰囲気が漂い、息をするだけで苦しくなってしまいそうだった。
「まさか、ここって……!」
幸哉は思い出した。
今いるのは以前自分がいた学校の教室。できればもう思い出したくない場所の一つだ。いじめの被害者になって自殺を試み、転校の手続きを済ませ縁を切ったはずの場所に何故か自分がいる。嫌な記憶のせいで補正がかかっているのか周り全体が敵に見えてしまう。ついでに頭の奥に刺さるような痛みすら感じる。
ここにいたらまた虐げられる。この場から逃げ出そうと一歩踏み出そうとした時だった。
「やめて、ください……」
「――!」
小さな声が、幸哉の鼓膜を揺らす。それはどこか懐かしく、聞いているだけで心が癒える鈴のような高い声であった。
しかし、その声が今は誰かに苦しめられ、助けを求めているような弱々しい声でもあった。
その声の主が気になって聞こえた方向を向いてみる。次の瞬間、幸哉の目にはとある人物が映った。
「――星梨花、なんで……」
「ううう……」
目を見開いてその人物を見た。
――箱崎星梨花。
友達であり、 アイドルとして同じ事務所に所属する自分より一つ年下の少女。いつものように話をしたり、顔を合わせることが多い親しい人物である。
しかし今、見る者に愛おしさを抱かせるような顔は悲痛に歪み、ぱっちりとした目には涙が滲んでいる。周りの人間は彼女を罵り、味方する者は誰もいない。
彼女がそこにいることがとてつもなく場違いに思えてしまった。なぜ、学年も通っている学校も違う彼女がここにいるのか。疑問が水のごとく流れて脳内を埋め尽くす。
「こいつの家金持ってるみたいだぜ!」
「え、ほんと!?ってことは」
「待ってください、それは……!」
蚊の鳴くような声で星梨花は周りに訴える。しかし彼女の制止も虚しく彼女の物であろう通学鞄に近くにいた女子生徒が手を突っ込み乱雑にまさぐった後、薄桃色の財布を取り出し、中に入っていた千円札三枚と十数枚の小銭を抜き取った。
「さすが金持ち!高そうな財布〜」
「お、結構持ってるじゃ〜ん」
「お金、取らないでください……パパがお金は大切にしなさいって……」
「はぁ~、つっかえな。もっとあるんでしょ?出せよ」
「いいじゃん金くらい。お嬢様なんでしょ?貧乏人の私らに恵みなさいよ」
「お前うぜえんだよな。世間の厳しさってやつを教えてやってんのになんで泣くんだよ?」
「自慢のパパに頼めば〜?どうせ無理だろうけど!」
「なんだよ、これ……!」
あははは、と星梨花を嘲るような笑い声が部屋に響いた。目の前で繰り広げられた出来事にただ呆然としていたがすぐに彼女を助けようと足が動き始めた。星梨花の元へ手が伸びようとしたとき、
「星梨花っ!」
「邪魔すんじゃねえ!」
「――がぁっ!!」
〜〜
「あぁっ!!」
その声と共に覚醒し、頭を上げる。周りを見ると学校の教室、それも転校してやって来た今の学校である。安堵の息を吐いていると周りの視線が突き刺さる。
「今永くん」
「はい!?」
「疲れているかもしれないけれども、居眠りは感心しませんね」
「……すみませんでした」
幸哉の傍には眼鏡をかけた教師が立っていた。黒板には数式が書かれており、数学の時間であることがわかる。 謝罪を受け入れたのか、教師はさっさと前へと戻り、何事もなかったかのように解法を述べ始めた。聞き逃した分を取り返そうと前を向いて耳を傾け、必死にペンを動かす。
さっき見た夢が、いやな程リアリティを持っていた。まるでこれからの予知夢であるかのような不快感を覚える。その証拠に先程まで眠っていたというのに体が汗でじっとりと濡れていた。
~~~
「今日はここでおしまい。各自、復習をしておくように」
「起立、気をつけ、礼。ありがとうございました」
授業の時間が終わり、チャイムが鳴って生徒が手を止めて立ち上がり教師に向かって頭を下げる。次の時間が昼休みということもあり生徒は机をくっつけ手を洗いにいくなど各々動きを見せていた。
幸哉も昼食の弁当を鞄から取り出し、自分の席へと戻る。
「一緒に食おうぜ」
「うん」
自身の数少ない同性の友人――柊太の呼びかけに応じて机を合体させる。いつもは同じアイドルで席が隣同士の翼と昼食をとることが多いが、彼女は今日は活動のある日なのか欠席している。
出会う前から売れっ子だったからなあ、と若干のもどかしさを感じつつも今の自分はそれができないことを思い出し、諦めて弁当をランチバッグから取り出して開ける。今日の中身は白米や玉子焼きに豚の生姜焼き、ミニトマトが入っている。
手を合わせていただきますを唱え、食べ始めて少し経ってから二人の会話が始まった。
「らしくねえなぁ。居眠りなんて」
「なんだか、急に眠くなってさ。きっちり寝てはいるんだけど」
「だったら寝足りねんじゃね?夜遅くまで何かしてんだろ。アイドル絡みで……」
「変なことはしてない!これだけははっきりしてる!」
柊太の詮索に幸哉は慌てて否定する。自分とアイドルは真っ当な関係であり、後ろめたいところは無いとはっきり言える。だがそれでも翼や志保、麗花など距離感が独特な人物もいるのだが。
弁解を飲み込んだとしても、柊太はただにやけ面で目の前の友人を見ていた。
思わぬ追求に息を吐きながら玉子焼きに箸を伸ばす。噛んだ瞬間、玉子の優しい甘さと出汁の旨味が混ざっては溶けあった。
しかし、それを味わう余裕は今は存在しなかった。眠ってしまった間に見た夢、それも星梨花が罵声を浴びせられ、財布から金を抜き取られるという悪夢を見てしまいそれがずっと頭にこびりついていたからだ。
記憶に新しいせいか、ずっと陰鬱な気分のまま無言で箸が進んでいる。それを見た柊太が声をかけてくる。
「何か顔色ヤバいことなってんな……。嫌な事でも思い出してんだろ、お前」
「まぁ、そんなところ……かな」
「だったら誰かに言えばいい。ほら、目の前に一人いるだろ?言ってみろよ。秘密にはするしさぁ」
「そうか……。なら話す。さっき見た夢で見たんだ、星梨花がいじめられてるとこ。なんなんだよ……前の学校も出て来たし……」
「はぁ。ってヤバいだろ!?」
柊太が目を見開いて体を乗り出した。それに距離をとるように幸哉は頭を後ろにのけ逸らせる。現に柊太の目は大きく見開かれている。自分にとって身近なアイドルファンの筆頭とも言える彼からすれば、夢の中であれど危害を加えられたとあっては黙っていられなかったのだろう。その様に幸哉はただ黙って顔を見ることしかできなかった。
「え……?」
「いやいや、いくらなんでもそんなのが夢に出るとか絶対後で星梨花ちゃんに悪いことが起きるって合図じゃねえか。夢の中でお前にSOS出したんだ!」
「SOS……。確かに星梨花、泣いてた……」
『助けて、ください……!』
夢の中で小さな体を震わせ、涙を流して啜り泣く声が鮮明に再生された。口に出さずとも、あれが彼女なりに助けを求めていた。そう考えるなら、納得がいく。
しかし、それは夢で起きたこと。現実の星梨花がそうであるとは限らない。いつものように友達と談笑し、穏やかな時間を過ごしているかもしれない。
たった一つの材料だけで確信する程愚かではない。そう考えながら記憶を掘り返してみる。ここはやはり本人に聞いてみるのがいいだろう、と結論づけて柊太に向き直った。
「だったら、会いに行ってこようかな。色々気になることはあるし」
「かぁ~っ……」
「え?」
「いくらお前、765とコネあるからってそれをオレらファンの前で言わない方がいいぜ。くそぅ、羨ましい……!」
「まぁ、そうか」
「いいよな。お前はポンと行けんだから」
熱烈なファンである柊太が羨ましがるように息を吐く。そういった言葉を出したことに反省していると、何故か周りから視線を感じてしまった。
「え、星梨花ちゃんって765プロの?」
「いじめられてる?」
「あの人たち、そんなことしなさそうなのに……」
「柊太」
「んあ?」
「話、聞かれてたみたいだ」
若干騒がしくなる中、がたりと音を立てて柊太が立ち上がり、手を広げて幸哉を隠すように立った。
「おい、お前ら。ストップ。今のは忘れてくれ。いいか?多分765に限っていじめなんてない。そうだよな?」
「まぁそうかもしれないけどさ……」
「いやぁこいつさ、夢の中でもアイドルが出てくるんだぜ。その夢の話してただけだ。別に問題ない。はいこの話終わり!」
パン、と手を叩いて無理やりに話を終わらせて柊太が席に座っていく。その額には若干の汗が浮かんでいた。そして小声で幸哉に話しかける。
「バレちゃった」
「……」
秘密にはするとは言ったものの事あるごとに大声になる柊太に話したのが間違いだった。自分の内にしまっておけばよかったと後悔しながらその日の昼食は幕を閉じた。
早く、星梨花に会わないといけない。そんな衝動に駆られながら時を待った。昼休みが終わり、午後の授業も消化し終礼が済んだ時にさっと教室を抜け出し、一旦家に戻って準備をして劇場へと向かった。休業中とはいえ、いつ復帰してもいいように練習の予定だけは入れていたからだ。
運動用の服に着替えて部屋に向かうとそこには志保、瑞希、紬がいた。どうやら自主的に練習していたようで、それぞれに挨拶をし彼女達に混ざって体を動かし始める。しかし、今日やってきたのは練習のためだけはない。志保と目が合ったため彼女に聞くことにした。
「星梨花って、今日来てる?」
「……来てないわ。あの子がどうかしたの?」
何故か少し悲しそうにしている志保。そういえばここに来るまで星梨花の姿を見ておらず、電話もメッセージも送ったが届かない。本人に会えなかったことで幸哉の表情は寂しさを帯びたものに変わっていく。
――今もどこかにいて苦しんでいる。そう考えた途端に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「あの、今永さん。どうかされたのですか?お顔が優れませんが……」
「本当ですね。心配……だぞ」
近くにいた年上二人組も不安気に見ていた。彼女達の表情も同様に曇っている。このまま黙っていたら心配させてしまうことは明白。しかし言おうとするのを渋っていた時、不意に志保が顔を近づけてきた。
「悩んでいるみたいね」
「――!」
「わかるわよ。幸哉っていつもそういう顔してるから」
見透かされた。アーモンド色の瞳が、自分の心の内を覗くかのように光っている。志保の顔は微動だにせず幸哉を見据えている。どうやら、聞き出すまで引き下がる気はないらしい。瑞希と紬も手を止めて近づいてきた。
それに観念したのか、幸哉は重い口を開いて午前中に見た夢の顛末について語る。話が進むにつれ三人の顔がだんだん驚きに染まっていく。
「僕より一個下だし、前の学校で見た記憶もない。なのに、なんでいじめられる所なんか……!」
話を終えた後に幸哉は唇を嚙みしめながら拳を握る。その表情には不快感と焦燥、そして友達が虐げられているかもしれないことに対する怒りがこもっていた。
話す最中に奥歯同士が擦れて音を立てた。自分はどうあればいいのか。そもそも、星梨花はどこで何をしているのか。こんな時にどうすれば良いかわからないことにもどかしさと無力感、苛立ちが膨れ上がっていく。
そんな幸哉を見ていた三人だったが、その内の志保が歩み寄って手を取ってきた。
「――!?急に、何……」
「落ち着いて。今の顔、すごく苦しそうだったわ」
「は……?」
「はい。今永さんは以前、いじめを受けて転校されたと聞いています。苦しいことは、一人で抱え込まずに分けあっていきましょう」
「瑞希さん……」
「何かあれば、私たちに相談してください。もう、一人ではないのですから」
「……ありがとうございます。ちょっと、楽になった気がします」
息を整えて三人に向き直る。彼女達の言葉に心の安定を取り戻したからか、さっと負の感情が消えていく。落ち着きを得たことで志保達はユニットを組んでダンスを始め、幸哉は基礎的なトレーニングに取り組む。しばらく部屋には音楽やステップを踏む音が響くようになった。
三十分後、これらが止んだ時に志保が口を開いた。
「それで、星梨花と会って何がしたいの?」
「別にどうってことはない、けど……ただ、心配になったんだ。誰かに嫌なことされてないかって」
「……。だとしても、みんながそんなことするわけないわ。でも気になるわね……」
この場に置いて星梨花を虐げるようなことをする人間はいないし、する理由もない。であれば、あの夢はなんだったのか。今度は疑問が頭の中で増幅していく。幸哉と志保が考え込む中、瑞希と紬は何事か話をしていた。
二人の話の内容を探ろうとすると何かを思い出したのか、紬が立ち上がる。
「少し、席を外させていただけますか?すぐに戻りますので」
「え?ああ、どうぞ」
「行ってらっしゃい、です。――白石さん」
「はい。そうですね」
「?」
部屋を出る際に瑞希とアイコンタクトを交わし、三人に一言断りを入れて廊下へと出ていく。その手にはスマホが握られていた。二人の奇妙な行動に幸哉は少し訝しんだが、すぐに練習の続きを始めていた。
~~~
自主練習を途中で抜け出し、紬は自身のスマホの電源を入れ、すぐさまメッセージアプリからグループチャットを開く。
そのグループ名は「レジスタンス」。一目見れば何のグループかはわからない。しかし、紬にとってはそれが先程幸哉の口から語られた問題を解決する糸口になりえるものになっていた。
メッセージを打ち込み、部屋に戻ろうとすると不意に着信音が鳴った。電話の相手には「野々原さん」とあり、レスポンスに応えるべく画面の緑色のアイコンをタップした。
『あ、つむりんおつかれ~♪なになに、また問題起きちゃったカンジ?』
「もしもし、野々原さんですね。実は相談したいことが……。今永さんからお話がありまして……」
~~~
「――はい。わかりました。今永さんと北沢さんを連れて行けばいいのですね」
『そゆこと!それじゃレッスン頑張ってね~♪』
電話を切り、紬は部屋に戻った。そこには幸哉と志保、瑞希がいる。先程の退出に何かを感じていたのか瑞希以外の二人は怪訝そうにしている。
そこで志保が口を開いた。
「紬さん、どうかしました?途中で急に出ていくなんて」
「いえ、何もありません。――それよりも、今永さん」
「はい?」
幸哉の方を向いた紬が、真剣な表情で話しかけてきた。
「箱崎さんを、助けたいのですね?」
「え、はい。夢のことが本当だったなら……」
「なら、私たち――『レジスタンス』を頼っていただけますか?」
「レジスタンス……?」
紬の口から放たれたのは聞きなれない言葉であった。レジスタンス――フランス語で抵抗を言い表し、そこから派生して第二次世界大戦中に行われた抵抗運動を意味する単語。
しかしなぜ、このような言葉が出てきたのか。続きを聞くべく、静かに耳を傾ける。
「はい。ですが、私の口からあまり詳しくは話せません。後日、改めてメンバーを集めますのでそこで話せればと思います」
「え……?」
続きは瑞希が話し始めた。今は話せない、ということはレジスタンスという存在が秘匿されるような存在であるのではないかと思ってしまう。
それでも、頼れるなら頼るしかない。一人より多くの人間で問題にあたる方が解決にぐんと近づく。
意を決して、瑞希に顔を向けた。
「そうですね。レジスタンスのこと、聞いてみようと思います」
「ありがとうございます。――それと」
「?」
「大分お疲れみたいですね。それもお任せください」
そう言って瑞希は床にぺたりと座り込み、膝をぽふ、と叩く。その仕草に四人は目を丸くした。突然の行動に反応できずにいると、志保が瑞希へ言葉を投げかけた。
「何してるんですか」
「膝枕です。何かとお疲れのようだったので、私で癒せればと」
「……」
突然繰り広げられる瑞希の挙動に言葉が出せない。無表情で手を広げてこちらへと誘導してくる。彼女の誘いに関してはありがたいが、ここで乗ってしまうと何かを失う気がする。
瑞希の様子を見た志保が少し呆れたような声を漏らした。
「瑞希さん。ちょっと過保護すぎだと思います。本当は私がしたかったのに……」
「今なんて言った?」
「そうでしょうか。私も、今永さんに対してできることはないか、と考えたのですが」
「……」
申し出を断れない雰囲気の中、不意に志保が口を開いた。
「なぜそんなに疲れているの?」
「実はあの夢、居眠りしちゃった時に見たやつなんだ。恥ずかしいことだけど……」
「はぁ……」
呆れたような溜息をつき、志保が扉の方へと向かって行って振り向いた。
「練習、切り上げた方がいいわ。仮眠室行きましょう。私が寝かしつけてあげるから」
「え、は?」
「弟がいてよくやってるから。それぐらいお安い御用よ」
「そうじゃなくて……!」
瑞希ならず志保までもが突然おかしなことを言い出した。膝枕に寝かしつけと、まるで自分が幼児扱いされているような感覚を覚える。二人の申し出に戸惑っていると紬が彼女達を止めるように声をあげた。
「い、今永さんは小さな子供ではありませんっ!」
「!?」
「流石に過保護だと思います。あと――」
混乱に一石を投じる発言に紬はまともだと感じた次の瞬間だった。
「何かあったら私にすぐ伝えてください。要望があればすぐに動きます。あ、動いて喉が乾いていませんか?でしたらお飲み物を持ってきます。大丈夫です、お金はこちらが払いますから……」
「……」
三人とも、総じて過保護すぎる。
自分はそんなにやわな人間ではない。と言おうとする気すら失せてしまった。その後はレッスンを切り上げて、自腹で飲み物を買い一人で仮眠室へと向かっていった。
~~~
数日後、瑞希からの連絡を受けて幸哉と志保は控室へと向かっていた。瑞希曰く今日、レジスタンスなるものの説明をしたい予定だそう。練習の予定はないため、二人とも私服のままだった。
「レジスタンス……。志保は知ってる?」
「……あまり知らないわ。以前あなたがアイドルを辞めさせられそうになったときに茜さんが話をして勧誘されたけど、断ったわ。あの時はライブのことで精一杯だったから……」
「勧誘か……今日されるのもこういうことだったりするんだろうな。どうする?」
「もちろん、参加する気よ。――幸哉みたいに大切な人を守るためなんだから」
「?」
最後は小声だった故に聞き取れなかったが、彼女も参加する気でいるようだった。そんな会話を交わすうちに目的の部屋にたどり着いていた。扉を開けて中に入ると、そこにはアイドル達が大勢集合していた。
「すごい、こんなにたくさんの人が……」
「これから何があるのかしら……」
「あ、来てくれたんだ!」
思いもよらぬ人の多さに驚いていると近づいてくる人影があった。その方に目をむけるとそこには百合子がいる。彼女もレジスタンスに加入している人物なのだろう。そう思って幸哉が尋ねた。
「もしかして、今日の集まりって……」
「うん。私も聞いてるよ。星梨花ちゃんについてだよね」
「……なんで百合子さんがその話を?」
「!?……えーと、風の噂で、とか……」
何故言ってもいない話が百合子に伝わっているのか。もとより夢の話はアイドル達の中では志保、瑞希、紬にしかしていなかったはず。盗み聞きでもしない限り知り得ないことである。
しかし百合子は誤魔化すように曖昧に笑うだけで説明しようとはしない。そんな彼女に疑念を抱きつつも周りを見渡して見れば百合子をはじめとして紗代子や海美、亜利沙、歩といったアイドルが集まって何事か話をしている。
少し小さな部屋に大人数が集まる異様な光景に気圧されていると、バンと音を立て入口の扉が開いた。
「よーし、これでそろったね!第二回、レジスタンスの会議を始めちゃうよ~!」
「茜さん……!?」
「ニャニャっ!ゆきやんにしほりんも来てる!ってことはつむりんが言ってくれたんだね♪」
「え……?」
扉から明るい声が聞こえ、姿を現したのは茜だった。秘密組織のような大掛かりなものを想像し、厳格な管理でも敷いているのかと思えば出てきたのは良く言えば明るい、悪く言えばちゃらけた性格の茜だったことに呆気にとられてしまった。
「ん~?レジスタンスのリーダーが茜ちゃんだったことにびっくりしちゃった?」
「いやそういうことじゃ……」
「まぁ、立ちながら話すのもなんだから座れるなら座って!今からお話するからね~」
そんな言葉に意も介さず、茜はくるくる動きながら大勢の前に立つ。彼女の勧めに従って集合した全員がその場にゆっくりと腰を下ろしたり、椅子に座れない者は立ちながら耳を傾ける。
「まずはじめにレジスタンスっていうのは……もとはゆきやんをお助けするためのチームなのであーる!」
「!?僕のため……」
「そう!クビになりそうだったでしょ?あの時はうちのプロちゃんがごめんね~。そんでもって色々お悩み中だったゆきやんをどうにかしたいって思ったから立ち上げたんだよ☆」
「悩み……あぁ、あの時ダンスとか下手で志保に厳しいこと言われて……。それとどう繋がりが?」
以前のライブ――自身の進退がかかった大一番が始まる前、自分の技量不足や至らなさが原因でユニットを組んだ志保に心を刺されるような一言を言われた日の後、真や海美、歩にエレナといったアイドル達が親身になって教えてくれたのを覚えている。その出来事を思い返していると近くにいた歩が話しかけてきた。
「前に一回、ダンスを教えたことあったよね。あれもレジスタンスの活動なんだ。百合子が言ってくれたから、助けていかないとって」
「百合子が?」
「うん……。あの時の幸哉くん、すごく苦しそうだったから……。私も力になりたいな、って思って加入してるの」
「そうなんだ。ありがとう。いつの間にかこんなに支えてくれる人がいて、嬉しいって思ってる」
「――!」
素直な感謝を述べると百合子が頬を染めて目を見開く。照れくさいからなのか目線を合わせようとはせず、そのまま顔を背けてしまった。
百合子に構うのをやめ、茜の方へと目線を戻す。彼女はいつものようなにやりとした笑みを崩さず、幸哉を含めて参加者全員を見ていた。
「さて、ゆきやんはレジスタンスに何をお願いしたいのかな~?遠慮せずに言ってみてよ!」
「……」
茜の問いかけに、暫し無言になる。しかし今の幸哉にとってそれを答えるのは簡単なことだった。顔を上げて彼女の方向を見て口を開いた。
「星梨花を助けたいんです。夢でいじめられて泣いてたのを見て、何かが起きているんじゃないかって思ったからここに来ました」
「――僕を、レジスタンスに入れてください」
「「!?」」
「私も同じです。一度は断ったけど……参加します」
先程より大きな声で自らの意思を伝えた。目は大きく開かれ、瞳には迷いがない意思を宿すようにきらめいていた。幸哉に倣うように志保も口を開いた。
星梨花と出会ったから短い間ではあるが、明るい鈴の音のような声や小さな花が咲いたような可憐な笑顔は深く脳裏に焼き付いている。
そんな彼女を守りたい。ただその思いだけが幸哉の心にあった。
二人の意思を汲み取ったのか、茜は大きく頷き視線を寄越す。そしていつもの笑みを浮かべてこう言った。
「よ〜しわかったよ!二人も今日からレジスタンスのメンバーだ〜!そ・れ・とぉ……。ゆきやんには副隊長をお任せしちゃおっかな♪」
「はい、って副隊長!?」
「そうだよ?茜ちゃんが隊長でNo.1。その次に入れるんだからうれしいよね!ね?」
「えぇ……」
いきなり任された副隊長なる役職にピンとこず、幸哉は困ったような声を漏らす。加入した途端に二番目に高い位をつけられている状況に戸惑いが隠せない。発言の理由を問うべく茜の方を見ると、聞いてもいないのに勝手に喋り始めた。
「副隊長にしようとした理由はね、ゆきやんがみんなにとって大切な人だから任せてみようって思ったんだ。あと茜ちゃんだけだとまとめきれ……んんっ。さっきの助けたいって目がよかったからかな!」
「まとめきれないって言おうとしました?」
「ニャ!?そそそ、そんなことないよ?しほりんなに言っちゃってるの~?」
志保の指摘に狼狽えたのか目を泳がせる茜。この場にいる殆どが彼女に半信半疑といった目線を向けていた。しかしそれに気づいているのかいないのか、幸哉をこちらへと手招きする。要請に応じて腰を上げて前へと歩いてそこに立った。
「?」
「それでは、ゆきやん副隊長よりお言葉をいただこうと思います。どうぞ!」
「!?――そうですね」
小さく息を吸い、この場にいる全員の方を向いて声をあげた。
「今はまだわからないけど、星梨花は誰にも言えなくて苦しんでるかもしれない。だからこそ、みんなで力を合わせて支えていきたいって思っています。それと、いきなりだけど副隊長にされて……どう考えていますか?」
はっきりとした声での所信表明の後、少し小さな声で周りに意見を求める。そんな幸哉の質問に目の前の仲間たちは口々に幸哉を称えるように声を挙げた。
「異議なーし!」
「一緒に頑張ろうね、副隊長!」
「茜より隊長になれるよ!」
「わたくし松田亜利沙、この身を削ってでも星梨花ちゃんをお助けすることを誓いますッッ!!」
「あれ?茜ちゃん一応隊長なんだけどな~?」
乗り気になる仲間達をよそに、茜は焦ったように周りを見回す。リーダーである自分より支持を集める幸哉の様子に様子が落ち着かない。
そんな茜を見て、幸哉が声を掛ける。
「茜さん、いいや――隊長」
「ニャッ!」
「僕、ナンバー2なんで。一緒に引っ張っていきましょう。頼りにしてますね」
「ゆきやん……!」
副隊長の言葉にすっかり気分をよくしたのか、茜はいつもの満面の笑みを取り戻し、この場の全員へ向けて宣言した。
「というわけで!『星梨花ちゃん救出作戦』を始めちゃいま~す♪みんな準備はいいか~!?」
「「おぉーっ!!」」
声が合わさり、レッスンルームに反響する。幸哉含めてレジスタンスの構成員達は皆やる気に溢れた表情をしていた。
――相談してよかった。
にわかに騒がしくなる部屋の中で、幸哉は一人小さく微笑んだ。
~~~
「くしゅっ!」
とある路地で、小さくくしゃみをする女性――このみとそんな彼女を見つめるギブソンタックの女性――歌織が並んで歩いていた。
「どうかしました?」
「いえ、誰かに名前を出された気がするのよ。『このみ』がどうとかって」
「名前を……?」
「はぁ……私のセクシーさは見てなくても伝わってしまうのね。でも、何か起こりそうで怖いわ」
「大丈夫だと思いますよ。あ、もうすぐレッスンの時間ですから急がないと」
「そうよね。今度は私たちがステージに立つ番なんだから頑張らないといけないわ。行きましょうか」
「はい。私も頑張りますね」
このみの言葉に歌織が微笑む。二人は並んで、昼下がりの街路を歩いていった。
途轍もなく期間が長く開いてしまいました。残業続きで家に帰っても書けない状態が長く続いてしまい、本当にお待たせして申し訳ございません。
星梨花Pの方にも不快に思わせるような物語の構成となってしまったことについても謝罪させていただきます。
まだまだ完結までかかりそうですが、お付き合いよろしくお願いします。
次回の更新もお楽しみに。