私がモテないのはどう考えても妹が悪い。
『喪女』
その定義は男性経験が皆無、告白されたことが無い、純潔であること。
もっぱら不細工でモテない女性又は性格上大いに難がある女性に用いられる用語である。
「ふん、どの道私には関係の無いことだけどな」
薄暗い部屋の中、パソコンの前に座る少女が呟いた。
特徴的な大きな瞳と隈をもつその少女は表情を自信満々なものへと変えていく。
(なぜなら私は中学三年間の間に男子から12回も話しかけられている!)
しかし、少女の表情は自信満々なものから悲しげなそれでいて怒りを思わせるものへと徐々に変貌する。
なぜなら12回のうち約半分は彼女の妹についてのことだからだ。
彼女の脳裏に妹の姿が浮かび上がる。
容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能というまるで神にでも愛されているかのような人物。
中学校では生徒会長を務め歴代でもトップクラスの人気を誇る超人。
その名は黒木智美。
双子の姉である黒木智子が、最も憎み嫌う相手である。
(何の因果か高校まで同じになってしまったが、これからは違う・・・!)
黒木智子は拳を強く握り締めて誓う。
(私は高校ライフで必ずリア充になるんだ!!)
そのために彼女はシュミレーションとしてゲーム内で50年間女子高生として過ごし100人以上の様々な男性と付き合っている。
それが彼女の女子高生人生にどのような影響を及ぼすかは神のみぞ知ることであろう。
*****
そして、入学式の日。
家を出る少し前にリビングで寛いでいた妹に向かって智子は強い口調で言い放った。
「いいか、智美。学校では私に一切話しかけるな。何があっても絶対に他人のふりをしろ」
姉の突然の宣言に妹の智美は目を見張りコーヒーカップを持つ右手は智美の動揺を表すかのように震えている。
「な、なんでお姉ちゃん?私何か悪いことしたかな・・・?」
智子は明らかに動揺している智美を見て鼻で笑う。
「お前が話しかけてきて私までビッチと思われたら嫌だからな。いいいから私とお前が双子の姉妹だということは誰にも言うんじゃないぞ!」
強く断言された宣言に智美の表情は悲しげに歪んでいく。その姿はまるで残り僅かな余命を宣告された患者のようだ。
智子は絶句する智美の前から用は済んだとばかりにさっさと退場していく。颯爽と去って行く後ろ姿は雄々しく自信に満ち溢れたものだった。
そして、残された智美は硬直したまま唯々姉が去って行く姿を見つめる他無かった。
ちなみに智美がようやく現実を受け止めて動き出したのは智子から絶交宣言を受けてから約10分後である。
****
雑踏とした正門前。
智美は姉と両親と一旦別れ一人別の所へ向かっていた。
なぜなら彼女は新入生代表であり、これから先生達と最終的な段取りを確認しなければならないからだ。
凛とした姿は新入生代表という言葉に異存なく彼女の近くを通り過ぎる生徒たちは皆一様に見惚れていた。
しかし、その凛とした姿とは裏腹に彼女の頭の中は智子の事で埋め尽くされていた。
何故あんなことを言われてしまったのだろうか、何か悪いことでもしたか、もしかしたら一昨日焼いたクッキーがおいしくなかったのかもしれない、そもそもビッチとは何だろう。
あらゆる可能性と解決策を模索した結果、時間が解決するまで待つしかないという結論に達した。
だが、彼女にとってこれは死を意味する。
智美は智子が大好きだ。
あの大きな瞳、隈、小さな背、長い艶やかな髪、人見知りな所、傲慢さ、どれもこれも全てが愛おしい。
さらに幼いころから高校入学した今日まで姉の成長日記やアルバムを作っていてアルバムなど既に10個目、日記など余裕で十数を越える。
彼女にとって智子とは人生そのものといっても過言ではない。
それ故に智子からの絶交宣言は智美にとって驚天動地の出来事だった。
これまで姉には礼節を払い、智子の性格を理解したうえで極力関わりすぎないように行動し見守っていた。それでも安心できていたのは成瀬優という姉の親友がついていてくれたからだ。
残念ながらこの高校に成瀬優は進学しておらず、現段階で姉は一人ぼっちという事になる。そして姉の性格上下手すれば高校で友達ができない可能性も十分考えられる。
それだけは何としても阻止しなければならないと考えていた矢先に今朝の出来事である。
はぁ、と智美は溜息を吐き天を仰いだ。
空は心なしか灰色にみえた。
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入学式から数十日後。
昼休みの時間にも関わらずどこの輪にも入らないで本を見ながら黙々と弁当を食べている女生徒が一人。
見た感じは普通だが、よく見ればその手は何処となくおぼつかない。
その女生徒、黒木智子は内心何故こんなことになってしまったのかと頭を抱えたい気持ちになっていた。
jkとは何もしなくとも男からチヤホヤされ万物から称賛される生き物ではなかったのか。
おかしい、どう考えてもおかしい。
この数十日の間、男子はおろか女子とも、というか高校生とまともに会話をしていない。
(いやいやまだ慌てる様な時期ではない。これから友達も作っていければ・・・・)
「みんなー、この前クラスで行ったカラオケの写真持って来たよー」
(ま、まだ。慌てあわてるような・・・・・・あばっばばばばばばばばばばばばあ)
智子が白目をむいて発狂しているのを余所にクラスのみんなはどんどん盛り上がっていく。
その隙に智子は盛り上がっている女子と男子をビッチとクズ認定し何とか心の体制を立て直そうとしていた。
「うわ、今日も黒木さんめっちゃ美人じゃね?」
「わかる、見た目は冷たい印象だけど話すとすごく気さくで成績良し、性格よし、スタイル良しで憧れるー!」
突然、自分の名前を呼ばれた智子は驚く。しかしそれと同時に内心嬉しさと恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染める。
(私はクラスに馴染めていないと思っていたけど、周りはしっかり私を見てくれていたんだ・・・)
直接言ってくれればいいのにそんな風に思った矢先、改めて周りの様子を見ると何かおかしい。
全員が智子の方ではなく廊下側の方を見ているのだ。智子もつられて廊下側へと目を向ける。
そこにはスラッとした手足、サラサラな髪、つり目がちだが整った顔に均衡のとれた見事な八頭身。
紛れもない・・・・我が妹だった。
不覚にも目が合う。高校の中で目が合ったのはこれが初めてかもしれない。
こういう時ってどうしたら良いんだろうか。手を振る?頷く?いやいや、何で私がそんな事をせねばならないのだと自問自答してるうちに妹が先に反応を示した。智子に向けて微かに溢れる笑み。しかし、それは何というか智子から見れば所謂ドヤ顔というやつだった。
智子の顔が凍り付く。
今まで自分に逆らうことも蔑むこともしなかった妹が初めて侮辱するような視線を向けてきたのだ。智子の驚きは計り知れない。
(上等だ、くそビッチ。その戦争受けてやんよ・・・)
智子はようやく悟ったのだ。高校生活とは食うか食われるかの弱肉強食だと。
この日から智子と智美の果てしない戦いが始まる。
******
先生に頼まれたものを智美と一緒に運んでいる最中、智美の小さな変化に同じ生徒会である今江恵美は気づいた。
「智美さん何か良いことでもあったの?」
恵美は智美について気さくな人柄だと思っているが、普段はあまり表情を表に出さないので今のような状況は珍しいと感じた。
恵美の問いかけに智美はより一層笑みを濃くして頷いた。
「はい、とても」
少ない言葉だったが、智美の満足した表情に恵美も自然と笑みが湧く。
静かに微笑み合った二人は少々周りの生徒達の注目を浴びながら職員室へと向かっていった。