彩られた日々の中で、僕らは地に足着けて生きている。 作:晴口 丸
コハルは左腕を失っている。詳しくはないが先天性の物らしい。ただその一瞬にコハルは将来を、希望を奪われたと言ってもいい。あの事件は彼女自身だけでなく、僕の家族全てに大きな風穴を開けた。神様なんていないのではないかとさえ思えた。
ハカリ先輩は少しの沈黙の後、コハルの真意を汲み取ったのか、
「そうですね。お互い不自由なことも多いと思いますけど、よろしくお願いします。私は称千夜と申します」
そう言って右手を差し出した。
コハルもその反応に多少警戒を解いたのか、コクンと頷いて握手に応じる。
立ち話もなんだということで、待合席に向かう。
「先輩は今日はリハビリ、ということで間違い無いですか?」
「ええ、道はまだまだ長いですけどね。まあ気長にやろうと思っています」
コハルは僕の少し後ろに立って先輩の車椅子を興味ありげにチラチラと見る。
「別に先輩は悪い人じゃないよ」
コハルは家での威勢のいい感じはなく、僕を間に挟んでいる。
「分かってるよ。でもやっぱり、ってだけ」
……まあ無理して仲良くなる必要はない。
「コハルは警戒心が強くてかつシャイなだけなんで、できれば仲良くしてやって下さい」
先輩は上機嫌に笑った。
「大丈夫、気にしてませんよ」
そういうと、コハルの前まで車椅子を走らせ、
「私はその怪我による苦しみを完全に分かってあげることはできません。でも、同じ境遇の人間として寄り添うことはできます。これは経験談なのですが、あまり溜め込まずに吐き出すことも大切ですよ」
それはいつもと違い、優しい視線の中に、ほんの少しの共感が含まれたものだった。初めて見るその様子にほんの少し驚いた。
それにしても、普通では経験しないようなことを経験している人の言うセリフには重みがあるな。
「大丈夫です。こいつ……兄が支えてくれたから」
こんなに素直なコハルは久しぶりだな、と少し驚きつつも照れ臭く感じる。
「あら、いいお兄さんをお持ちになっているんですねぇ」
冗談っぽく先輩が笑う。
「揶揄わないでくださいよ……」
「そうだ、せっかく会ったので連絡先を交換しておきましょう。この際ですのでミズノ君とも」
先輩は名案だとでもいうかのように手をぱんと合わせて笑う。
「え、あんた連絡先交換してなかったの? 結構親しそうにしてたけど」
コハルが呆れたように肩をぶつけてくる。
「別にいいだろ。特に必要性を感じなかっただけだよ」
別に学校でも連絡先がなくて困ったためしがなかったからな。
「あら、それはつまり、毎日私のところに来てくれたから関係ない、ということで間違いはないのでしょうか?」
油断していたところから援護射撃が来る。……時々思っていたがこの人は見かけによらずいたずら好きなんじゃないか?
「あんたが? ふーん、珍しい。迷惑なんかかけてないんでしょうね」
コハルが軽く憎まれ口を叩く。
「その点については大丈夫です。むしろ人一倍丁寧な対応と介助にこちらがありがたく感じています」
「本人の前で言わないでくださいよ。なんかむず痒いです」
『ミズノコハルさん、〇番の診察室にどうぞ』
とアナウンスが入る。思わぬところから助け舟が来て、これ幸いと乗っかることにする。
「じゃあコハル、行こうか。先輩、今日はありがとうございました」
「はい、さようなら。コハルさんもお大事になさってください」
「はい。ハカリさんもリハビリ頑張ってください。私にできることってあんまりないと思うんですけど、それでも応援してます」
「ふふっ、私と貴女の仲です。どうぞ下の名前で呼んでください」
「は、はい。……チヨさん、さようなら」
コハルが恥ずかしそうに下の名前を口にすると、
「今日コハルさんを連れてきてくれた貴方には感謝しないといけませんね」
ハカリ先輩は嬉しそうに口にする。
「いやいや……。まあ、先輩も体を大切にしてください。コハルにはよく口にしていますけど、くれぐれもお身体を大切にしてくださいね」