彩られた日々の中で、僕らは地に足着けて生きている。   作:晴口 丸

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十一

先輩と別れて改めて思う。

 コハルは本当に前向きになった。今日も先輩と相対して怖気付くことはなかった。もちろんそれは二人が同じような境遇であるということも要因の一つだと言えることも出来るだろう。でもきっとこれはコハルにとって良い一歩なんじゃないかと思う。

「何ぼーっとしてんの? ていうか、チヨさんのことなんて家では一言も話してなかったよね? なんで隠したりしてんのよ」

 コハルは少し責めるような目線を送ってくる。

「悪かったって。でも、コハルもそうだと思うけど、あんまり考えなしに先輩のことを吹聴するのもよくないかなって思ったからだよ」

「……そう言われると何も言い返せないじゃない」

 コハルは同じ境遇だからこそ思うことがあるのか、黙って考え込んでしまう。

「まあそう気負うなって。折角お医者さんからお墨付きを得たんだ。コンビニでも寄ってアイス奢ってあげるよ」

 コハルは小さくありがと、と言い、少しだけ体を寄せてきた。

 

 三日後、今度は僕一人で病院に行くことになった。

「お腹が痛い……」

 朝起きて感じる尋常じゃない痛みにベッドの中で散々転がり回り、十一時がすぎたあたりでようやく痛みが引いてきて現在に至る。

「食あたりですねー。変なもん食べたんじゃないんですか? 薬処方しときますねー」

 パソコンのカルテに打ち込みながら、きっともう何人も捌いているであろう医者はもう慣れたのかはいはいという感じで診察を終わらせる。

「全くついてないな……」

 原因は十中八九室温で放置したパンだろう。幸い食べたのは僕だけだったが、母の「やめといた方がいいんじゃない?」に素直に従っておけば良かった。

 医者に感謝して部屋を出た。

 

「ミズノ君、今度はどうしました? もしかして私に会いたくなっちゃいました?」

 先輩は先日と同じように僕を揶揄う。

「バカ言わないでください。今日は食あたりです」

「それはそれで……。ご愁傷様ですねぇ」

僕は特に相談するでもなく先輩の後ろに回る。

「受付まででいいですか?」

そういうと、先輩はにっこりと笑って

「ありがとうございます。休日までこのように迷惑をかけてしまって、申し訳ないです」

「大丈夫です。迷惑なんて思っていないですよ」

 おふざけを言う反面、こうして感謝もしてくれるから、冥利に尽きるというものだ。

 昨日と同じく待合席に座る。

「リハビリ、調子どうですか?」

 あくまで自然な態度を心がけて問いかける。

「そうですね、まだまだ道は長いと言ったところでしょうか」

 先輩は憂いを帯びた目で遠くを見つめる。目の前を通る母親を伴った少女が先輩を見て、車いすだー、と言った。母親と思しき女性は一瞬ギョッとしてすぐに頭を下げながら足早にその場を離れた。

 そんな光景を先輩は気にした様子もなく、ただ考え事をするかのようにじっとしている。今日はかなりの人がいて、僕が呼ばれるのには時間がかかりそうだ。その時間が余計に居心地の悪さを加速させる。

「やっぱりこうして車椅子を使っていると、どうしても周囲の視線というか、いわゆるお情け、というやつを感じてしまうことがあります」

 なんと返したら良いか分からず、黙って聞いていると、

「何度か見たと思いますけど、別に私はコマチさんが嫌いなわけじゃないんです」

 ムラカミ先輩とハカリ先輩が一緒にいる時、なんとなく冷たい雰囲気を出していたが、そうなのか?

「ただ、どうしても、もちろん彼女に悪気はないと思うのですが、何か上下関係を作られているような、言い方は悪いんですけど、押し付けがましい親切を感じてしまうんです」

……確かにそれは僕も何度か感じたことはある。思い返せば自分もコハルが怪我をしてすぐの頃にはよくそう言った、頼まれてもいない親切をしようとしていたものだ。

 自分はたまたま身内だったからこそ、ちゃんと指摘してもらえたが、そうで無いなら少しハードルが高いのかもしれない。

「ふふっ、まあそんなことはどうでもいいのですけどね。忘れてください」

それは本心か、それとも強がりなのか。そこにさっきの少女が走ってくる。

「おねーさん、さっきはごめんなさい。リハビリ頑張ってね」

 それだけ告げると彼女は早々に走っていった。先ほどの女性に褒められているのが見える。

「ふふっ、あれくらい素直な方が、こちらとしても気負わなくて助かりますね」

 少女の背中を見つめながらそう微笑む。

「ありゃ? それは僕への当てつけですか?」

 先輩はくすくすと笑い、どうでしょうねとだけ言って、それ以上の追求を止める。

 僕がもうっと言うと、可笑しかったのかさらに笑った。もう一度少女の方を見ると、女性に走っていることを注意されていた。

「元気そうで何よりです」

 なんとなく同意するのは後ろめたく感じ、返答を迷っていると、

「私、実は中学生の頃陸上部だったんです」

「……そうですか」

 真意を探るように曖昧な返事をする。

「ふふっ、そう気張らないで。別に同情が欲しいわけじゃありませんし。ちょっと話を聞いて欲しい、そう思っただけです」

「なるほど。まあその話、少し面白そうなので、同情ではなく、興味で聞きますね」

 先輩は、くすりと笑い、ええそうして下さいと言って話を続ける。

「別になんてことない、つまらない話ですけど。その頃の私はクラスでちょっと運動ができるって感じの子だったんです。その関係で陸上部に所属していました」

 先輩は本当になんでもないという感じで話を進めた。

 曰く、単純に走るのが好きで走っていること。

 曰く、足は交通事故であるということ。

 曰く、手芸部に入ったのには大した理由がなかったということ。

「まあ、そんな感じです。……今でも風を感じるあの感覚を想起してしまうものです」

 思った以上に淡々と話すその様に少しばかり拍子抜けしてしまうものの、内容自体はどうしても重く受け止めてしまう。最後の言葉もどうしても心に引っかかってしまう。

「なんと言ったらいいか分かりませんけど、話してくれてありがとうございます」

「いえいえ、発端は勝手に私が始めたことですし、迷惑に感じられこそすれ、感謝されるようなことではないですよ」

「そう、ですかね? こういう言い方は誤解を生みそうですけど、僕は嬉しいですね。なんというか、ある意味で先輩が僕を認めてくれたみたいで」

「……言うようになりましたね、貴方も」

 先輩は呆れた顔で言う。

「それこそそうですかって感じですね。少なくとも僕は先輩を尊敬しているので」

「……まあ、今回は『素直に』受け取っておきます」

「ええ、そうして下さい」

 僕らはお互いに顔を見合わせ、堪えきれずに吹き出してしまった。

 

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