彩られた日々の中で、僕らは地に足着けて生きている。 作:晴口 丸
季編一 「春日下舂」
「なんでもない、小さな事でした」
私だけの静かな部屋には、カタコトと小さく響く車輪の音。「足」の具合はいつも通り。
花壇の角に咲く名も知らない花。二階から見下ろす私と対比するように見上げていた。しかして何れはそこへと至ることまるで訴えているようで。
「誰も覚えていないような、小さな、小さな……」
ふと、部屋を見渡す。幾つかの机と椅子。その角に置かれた机。使い古されて尚綺麗なミシン。
カタコトとその席に近づき、椅子の座面を撫でる。
「この部屋は、広すぎますよね」
誰にでもなく語りかける。もちろん返事は返ってくるはずもなく。
「ふふっ」
先輩を真似して小さく笑ってみる。このほんの、小さな間でも、先輩とは色々あった。
そうこうしていると、部屋のドアが開いた。
「さて、あとはミシンだけだね」
入ってきた女性はそう言って私に笑いかけた。
そうですね、と相槌を打ち、少し後ろに引く。しかし、ミシンを通過して先輩は窓に手をかけた。その顔は夕陽に照らされ清々しいくらいに真っ赤になる。
「いやー、いい景色だったんだけどね」
左遷だー、と誰にでもなく文句を言う先輩。グラウンドがはっきり見える部室とも、もうお別れだ。ミシンを持ち上げ、背を向ける先輩は、心做しかいつもより小さく見えた。何故か、何かを話しかけないと、と思い焦りが生まれる。
「先輩」
振り返った彼女にほんの少しだけ、陰りが見えた。
「あの、よければ、この机も持っていきませんか?」
彼女は一瞬ぽかんとした後、愉快そうに笑い始めた。
「ふふっ、そうだね。じゃあそれは君のだ」
「え、でもこれは……」
「いいの。じゃあこれ置いて……先生呼んでくるから、待ってて」
あれよあれよと言った具合に新しい部室が完成する。今度は部活棟の一番奥。こぢんまりとした部屋だ。
「どうしたの? そんなしんみりした顔して」
顔に出ていたのだろうか、驚いて振り返った。
「私は貴女じゃないから、今何を思ってるのか分からない。貴女の言う『小さな事』っていうのも興味本位で知ってるだけ。だけど一つだけ言わせてもらう」
先輩は暫し目を閉じる。
「心に生きよ。辛気臭く悩むくらいなら、全部忘れて本当の貴女らしく生きなさい」
私は目を丸くして先輩のことを見つめる。先輩は私を優しく見返した。
「どうすればいいか分からなくなったら、いつでも相談に乗ってあげるから」
※
二度目の春が来た。あれからどれほど変われたかな。
「ふふっ」
自分らしく、でもこれだけは譲れない。
「さて、新生手芸部の看板、掲げていきましょうか」
大切な思い出も物も、そっと添えて。