彩られた日々の中で、僕らは地に足着けて生きている。   作:晴口 丸

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番外編2


季編ニ 「過日夏日」

 俺は祈らない。

一番強いあの人は祈ったことなんてないから。努力して勝ち上がる背中を見ていると、そんなものは嘘だと考えてしまう。

 

 俺は祈らない。

誰かのために頑張れる彼はすでに祝福されているから。いつも東奔西走している彼がつまらない顔をしていることなんてない。絶えず笑顔を浮かべ、最も大切なものはこれだと言わんばかりに振る舞う。

 

 

 

体育館全体に緊張感で張り詰めた空気が漂っている。シャトルを打つ音とシューズの摩擦音。目の前の試合は見ているもの全てを飲み込み、釘付けにするかのような圧があった。

次の瞬間、一際大きなラケットの音で試合を完全に決した。審判が試合終了を告げるとともに、横に座っていた優がすぐさま立ち上がって今しがた試合を終えた少女、飛鳥水奈斗に駆け寄った。

 

「お疲れ、水奈斗。相変わらず速くて強いなぁ」

「うん、まあ練習通りできて満足って感じ」

 

 そうして優はタオルを手渡す。飛鳥はそれに感謝し、嬉しそうに受け取った。試合の興奮からか、頬は紅潮している。

 

「これで今年の県大会代表はまた水奈斗だね。もっと練習頑張ろう!」

「そうね。一緒に頑張ろう」

 

 こっちに歩いてきた二人は嬉しそうにVサインした。

 

「お疲れ様、危なげなく勝ったな」

「そう? これでも結構頑張ってるんだから」

「知ってる。いつも相手してるから」

 

 飛鳥のセリフは決して謙遜ではない。毎日飛鳥を相手しているからわかる、まさに「努力して勝ち取った人」のセリフであった。

 

「俺だって負けないから。次の相手は飛鳥だったな。日頃から相手してるおかげで俺も十分うまくなってる。簡単に勝てるなんて考えないように」

 

 飛鳥は未開封のペットボトルを開けると喉を大きく鳴らし、グビリグビリと一息のうちに飲み干した。そして、ふぅっと大きくひとつ息を吐くと、腰に手を当て、仁王立ちする。

 

「それを言うなら僕だって。簡単に負けないでね」

 

 ほざけ、とだけ言って背を向ける。体育館を出る前に振り返ると飛鳥は楽しそうに優と話していた。

 

 

 

 体育館を出てすぐのところに四、五人ほどの女子が屯していた。彼女たちは俺に気づくと、そそくさと道を開けた。軽く頭を下げて通り抜けようとすると、そのうちの一人が俺を見て何かに気づいたようで話しかけてくる。

 

「もしかして、空くん?」

 

突然知らない集団に呼びかけられ、怪訝な気持ちで首肯する。

 

「あ、そうなの。それでさ、飛鳥さんのことなんだけど、ムカつかない?」

「はぁ?」

 

 話がよくわからない。そう思っていると、別の一人が一歩前に出る。

 

「この子、さっきの試合であいつと当たってた子。なんかあの子ちょっとできるからって、このクラブの県大会の出場権取っちゃったり、練習中指図してきたり、挙げ句の果てに優くん独り占めしてさ。空くんもあいつにいつも負けてるよね? ムカつくって思わないの?」

 

 要するに八つ当たり、ということだろうか。このクラブで一番うまいのは飛鳥だということは誰の目に見ても明らかだし、指図というのも、見たかぎり彼女のアドバイスだけだ。最後のやつに至ってはただの私怨だ。話すだけ無駄、ということか。

 

「別に。負けて悔しいとは思うけど、飛鳥のせいというより俺のせいだ。今回の大会の出場権もあれだけの実力なら取って当然と言える、と自分は思ってる」

 

 それだけ言うと、踵を返し帰路につく。最後の最後で嫌な思いをした。

 

 

 

 家に帰って気分を晴らそうとスマホを開くと、メッセージが届いていた。

 

『今日は応援来てくれてありがとね。明日も練習する?』

 

 試合の疲労感を感じさせない文面に思わず苦笑した。

 

『俺は大丈夫だ。いつものところで集合ってことでいいか?』

『りょーかい、優も誘ってみる』

『相も変わらず優にゴシューシンって訳ね』

『そー言うんじゃないから!』

 

 食いつきの良い反応にもっと揶揄いたい気持ちを抑えて笑う。すると、今度は優からメッセージが飛んできた。

 

『明日も練習するって飛鳥から来たんだけど、なんか準備してこようか?』

 

 優はこうやって三人集まっての練習の時、よく俺たちのためにスポーツドリンクを準備してくる。さながら飛鳥のマネージャーかのように振る舞う彼に一度聞いてみたら、楽しいからやってるとのこと。俺もそう言うことならと時々あやかったりもする。

 

『俺の方は特に必要なものはないから別に大丈夫』

 

『わかった、じゃあいつもの東公園集合だな』

 

 メッセージを受け取ると、ベッド脇のカバンを引っ張ってきて中にラケットやタオルを詰めていく。

 

「空、晩御飯だよ」

 

 ある程度準備がまとまったタイミングで、姉の桜がドア越しに呼びかけてきた。

 

「あいあい、すぐ行くって」

 

 返事をしたらノックもせずに入ってきた。

 

「おー、また三人でバドするの?」

 

「……そうだけどさ、ノックもせずに入ってくるのやめない?」

「そういえば今日は水奈斗ちゃんの試合だったんだっけ? どうだったの?」

 

 俺の抗議も虚しく、話題が変わる。

 

「もちろんあいつ勝ってたよ。むしろあのレベルの選手がこの田舎の中にいることの方がおかしいって」

「それもそうだよねー。向かう所敵なしって感じ?」

「バドミントンではね」

「ふーん」

 

 一瞬、試合後のことを相談しようかどうか迷う。女子同士の人間関係に口出しするのは良くないのか? それともいじめとかそう言う認識だとして誰かに言った方がいいのか?

 

「ご飯できてるって、早く行くよ」

「あ、うん」

 

 飛鳥のことが気になるのはそうだが、どうしても困ってるなら俺か優に相談するだろうと言うことで、自分を納得させた。

 

 

 

 いつもの公園に着くと、もうすでに二人はラケットを持ってウォームアップをしていた。互いにハイクリアーを打ち合い、軽く談笑している。練習というより、コミュニケーションといった感じ。実際、優はバドミントンをやっているわけではなく、あくまで練習に付き合っているのみだ。二人に挨拶する前に飛鳥の様子を観察しているが、特に変わった様子もなく、いつも通りの飛鳥だ。一応気にしつつも大丈夫か、と思い、改めて話しかけることにした。

 

「ごめん、ちょっと遅れたみたいだな」

「あ、空、ようやくかー」

「おはよう、空。俺じゃ相手ならないから交代交代」

「まあまあ、もう少し準備しないといけないから相手しててくれ」

 

 二人の荷物が置かれているベンチに同じようにカバンを置き、準備運動して合流する。

 

「お待たせ」

「きたきた、じゃあ変わるね」

 

 そういって優はラケットを下ろし、振り返る。

 

「じゃあやろっか。いつも通りワンセットマッチからね」

 

 結局、その後はいつも通り日が真上を通り過ぎてから少ししたあたりで優と俺の塾の時間が近づいてきた。

 

「おい優、そろそろ塾の時間だから、いったん帰ってシャワー浴びないと」

「え、もう? わかった。じゃあごめんね、水奈斗、そういう訳だから、またクラブで」

「あ、わかった。じゃあ、ばいばい」

 

 飛鳥は眉尻を少し下げて笑う。飛鳥の横を通り過ぎるタイミングで、そっと耳打ちした。

 

「まあ、なんだ。困ったらどっちかに言えよ」

 

するとちょっと体を跳ねさせ、困ったように、何?と言いかえしてきた。

 どう答えたらいいかわからず、別に、と返した。

 

「さっき水奈斗と何の話してたの?」

「いや、なんかちょっと困ってたような……うーん、複雑な顔してたから」

「そうなんだ。じゃあまた今度俺たち野郎三人でどっか遊びに行く? 楽しいかも」

「うん……え? あっ、そう、ね。うん。三人で……どこか行こうか。近くの『メガワールド』だっけ。そこ行こうか」

 

メガワールド。最近近くにできた、総合アミューズメント施設。……野郎三人が行っても、それ以外の三人組が行っても楽しめるものだ。

優……今の今まで飛鳥水奈斗が女子だと気づいていない。学校は違うし、会うのは主にクラブと公園のみ。水奈斗も水奈斗で趣味やセンスが世間一般で言うところの男寄りとなってしまうため、洞察力が優ほど壊滅的であればそう言うこともあるのか? と俺の中の世界で最大の謎だ。

もちろん、何回か彼に訂正を求めたことがあるものの、とても真面目な顔で咎められてしまい、それ以来、俺の中でタブーとなっている。

 

「気分転換になればいいねー。楽しみ」

 

 ……この調子だと、気づくのはいつになることやら。

 

「今日は飛鳥は体調不良で休みだ」

 

 珍しく休んだ飛鳥。特にスマホにメッセージも届いてない。

 

「水奈斗、今日休みなんだね」

「優は来て損だったな。俺の方は大丈夫だから好きにしていいぞ」

「いや、別に水奈斗のためだけに来てるわけじゃないし。メガワールド、難しそうだね。お見舞いでも行く?」

「いや、家に行ったことないだろ」

「それもそうかぁ。……聞いてみる?」

「おーい空、内容聞いてたか?」

「すみませーん!」

 

 妙に気になるものの、体調が悪くてスマホが使えないのかもしれないと思い、深く気にはしないようにした。

 すっかり日が落ちたが、今日の練習でラケットの網部分の紐、通称ストリングが切れてしまい、急遽優と近くのスポーツショップに来た。

 

「とりあえず同じものでいいか」

「ねえねえ」

 

 優がチョンチョンと肩を突く、何、と振り返ると、彼の手にはリストバンドが握られていた。

 

「これどう? 水奈斗って結構試合中汗かくじゃん? だからこう言うの持ってたらいいんじゃないかなって思うんだ。それに、注文したらその場でイニシャルを縫ってくれるんだって」

「いいんじゃないか? 次会った時に渡せよ」

 

 慕ってる優からのプレゼントだ。無碍にはしないだろう。

 

「じゃあ買ってくる」

 

 いそいそとレジに向かう優を見送り自分はネットの付け替え用の器具がある別のカウンターに向かった。

 

 

 

「おはよう、二人とも」

 

 一週間後のクラブ、そこにはいつもの飛鳥の顔があった。スマホでも連絡がなく、一週間と言う時間でも久々というのに相応しいような感覚さえした。クラブは週に三回あるが、この一週間はどこか練習に身が入らなかった。

 

「おはよう、もう元気になったんだな」

「うん、連絡返せなくてごめんね」

「いいよぉ、そんなの。今日からまた練習頑張ろうね」

 

 優がニコニコと笑って返答する。俺もそれに頷いた。

 

「そうだな、一週間で実力差が完全に埋まったかもな」

「……」

 

 あまりにも黙っているので、どうしたのかと、彼女の顔を覗き込もうとすると、飛鳥はばっと顔を上げた。

 

「あのさ、僕、親の仕事の都合で引っ越すことになっちゃって……。それで時期的に次の県大会が最後の試合になると思うんだ」

 

 いきなりの発言に俺はおどろいた。優に至っては完全に固まってしまっている。

 

「それは、なんだ、唐突じゃん」

「あはは、ごめんね。どう伝えようかわからなくって、結構休んじゃった」

「え? え? 水奈斗が引っ越すって……」

 

 飛鳥はうん、と決まりが悪そうに微笑んだ。納得がいかない優の気持ちもわかる。俺は優の肩にそっと手を置いた。優は唇をキュッと結んでただ俯いている。

 

「まあ、今生の別れってわけじゃないんだ。引っ越しまでに予定合わせて三人でどこか遊びに行こう。引っ越した後もそうしよう」

 

 場の重苦しい空気に耐え切れず、意識して元気な声を出す。なれないことをしているからだろうか、自分でもはっきりわかるくらいに額に汗が浮かんでいる。

 

「空……」

 

 優もそれに気づいておしだまった。

 

「とりあえず、コーチにはどのみち話さないといけないから、ちょっといってくる」

 

 飛鳥はそそくさとその場を後にした。

 

「なあ優、確かにお前の気持ちはわかるけどさ、飛鳥の顔もたててやれよ。実際この一週間、理由はどうあれ休んでいたし。その間で引っ越しの件を知って、ましてそれを俺たちに面と向かって伝えることって生半可な気持ちじゃできないと思う」

「わかってるよ、わかってるけどさ……わかんないよ。水奈斗の事も空がそんなに落ち着いてるのも。いきなり引っ越すなんて言われて、俺、どうすればいいんだよ」

 

 これで落ち着いていられているって? そりゃあ相当視野が狭くなってるな。俺だってどうすればいいなんてわかんないさ。バカみたいに手合わせて、居るかどうかもわからない神にお祈りしてはい解決って感じならさぞ楽だろうに。

 

「分かんないよ、俺だって。優だけじゃない」

「……そっか。ごめん」

 

 優は体育館の壁に背中を預けて腰を下ろした。

 

「県大会まであと三週間ってところか?」

「そうだな、練習頑張らないと」

 

沈黙が訪れる。考えれば考えるほどに、飛鳥の引っ越しは突然で、俺たちの心を大きくかき乱した。人目を憚らず頭をガシガシと掻きむしりたい衝動を堪えながらふっと息を吐き、飛鳥の方を見ると、話が終わったのかこっちに歩いてくる。

 

「なあ優」

「なんだよ」

「あげるものがあるなら早めに渡しとけよ」

「あれか」

 

 徐に立ち上がり、優はカバンを漁り、目的の物を取り出す。優が飛鳥に駆け寄り、先日買ったリストバンドを手渡す。自分たちのことに集中していたが、飛鳥も、この想いが叶わなかったのなら悔いを残してしまう。

 

「あ、水奈斗……」

「コーチに話してきたよ、一応クラスは今月いっぱいで辞めるってことにはなってるけど」

「そっか……。引っ越し先でもバドミントン、する……よね?」

「え? うん、結局、これしかないから」

 

優は後ろ手に隠していたリストバンドを差し出す。

 

「これあげる。向こうでも頑張って欲しいから」

「え、いいの?」

 

 飛鳥は最近で一番いい笑顔を見せた。

 

「うん、裏の方にイニシャルが書かれてるんだ。試合の時とかに使ってほしいな」

 飛鳥は宝石でも受け取るかのように両手で大切そうに受け取った。

「ありがとう、優。大切にする」

 

 飛鳥の笑顔を見られるのも後一ヶ月もないのか。そう思うと、やるせない気持ちになる。彼女の前でそんな顔を見せちゃいけない、そう思って俺は背筋を伸ばした。

 

 

 

 

しかし、次の練習の時、飛鳥は顔を出さなかった。

 

「どういうことだ?」

 

 言いようのない不安感が前回の練習の時に比べ大きくなっているのがわかる。なんだと思ってコーチの話もそこそこに、周囲の生徒を見回す。一瞬そのうちの一人と目があった。確か飛鳥と県大会の代表権を争った人だ。明らかにこちらの様子を伺うように見ている姿はあやしい以外に何もなかった。

 

「ねえさっき、コーチが話してる時、すごくこっち見てたよね」

 

 練習開始前、そう話しかけると、明らかに彼女は肩を跳ねさせた。

 

「いや、そんな事、ない、です」

 

 目を合わせないどころか、顔をバッと背けてこっちに体を向けようとしない。

 

「なんで? 何か言いたいこととかあるの?」

「別にそういうんじゃないから」

「飛鳥水奈斗」

 

 ビクッと彼女が驚き顔をまじまじと見てくる。

 

「……知ってたんじゃない」

 

 肩を小刻みに震わせる様子は怒りというより恐怖だろうか。簡単にカマをかけられる様子からしてよっぽど切羽詰まっているのだろうか。じっと黙って見つめていると、

 

「ええ、あいつムカつくもん。私だって頑張ってるのに簡単に勝っちゃうなんてありえない。いい子ぶって、偉そうで。そんなのここに入らないから。だからちょっとお灸を据えてやっただけよ」

 

 そういって指を刺したのは外にあるゴミ捨て場。かなり匂いがキツく、生徒もコーチも滅多なことでは近づこうともしないところだ。不審に思いつつも促されるままにそこに向かう。

 

 

 

 その匂いはこの炎天下の中でクラクラするかのような暑さと同時に襲ってきて、気を抜いたらそのまま意識を失うのではないかという錯覚までする。

 それは案外簡単に見つかった。ゴミ捨て場の脇。一瞬他の散乱されたゴミと同じかと思ってとおり抜けようとした寸前、似た色のものを優が持っていたような記憶がしてボロボロのそれを拾い上げる。間違いない。

 

「飛鳥のリストバンド……」

 

イニシャルも読めないどころか原型をとどめないほどにバラバラに裁断されたそれはもはや本来の用途で使うどころか、なんの役にも立たない糸の残骸と成り果てていた。

沸々と湧き上がるそれを自分でもどうしたらいいのかわからなくなっていた。吐き気がしてくる。いっそここで吐いてしまおうか。

 

「空? どうしたんだよ」

 

 予想外の声に慌てて手に持ったものをポケットに入れ振り返る。

 

「なんでもない、ちょっとシャトル取りに来ただけだ」

「えー、ここにはないだろ」

「はは、そうかも」

 

 きっとこの先、これほどまでのものは感じないだろうと思うほどの不快感を気合いで押し留めてその日の練習を終えた。

 終わりと同時に急いで支度をする。向かうのは先日のスポーツショップ。目当てのものを探して店内を走り回る。ようやく見つけた、同じリストバンド。それを引っ掴んでレジまで持っていく。

 

「これにイニシャルを入れてもらうことって可能ですか?」

 

「はい、大丈夫ですよ。なんとお入れしましょう?」

 

「『A.M.』でお願いします」

 

 

 

 購入を終えると、すぐさま飛鳥に電話をする。

 

『……何』

「今すぐいつもの公園にきてくれないか? 忘れ物を届けたいんだ」

『いや、でも……』

「いいから! 本当に!」

『……わかった』

 

 

 

 やってきた飛鳥はいつもの整った容姿の面影が見えないほどに髪もボサボサ、服に皺もよっていて、いつもでは考えられないものだった。

 

「飛鳥! これ……。忘れてた」

「え⁉︎ これって」

「ただの忘れ物だから」

「う、うん」

 

 受け取った彼女はしかし、リストバンドを裏返すと、すぐにこちらにつき返した。

 

「ごめんね、これ私のじゃないよ。私のは裏に『M.Y.S』って書かれたやつだから」

 

 優は三人の名前を入れてもらってたのか。そりゃ三人の友情感があっていいな、と場違いな感想が心の中を支配する。それ以外考えられない、と言った感じだろうか。

 

「……そっか、じゃあごめん、忘れてくれ」

 

「うん、本当にありがとう。……みんなにも言っておいて。それともう私はバドミントンやめるから」

 

それだけいって飛鳥は歩いていく。その小さな背中が見えなくなるまで、俺は立ち尽くしていた。

 

 

 

 家に帰ると同時にどうしようもない虚脱感が襲ってくる。何をするにしても手につかない、ベッドに寝転ぶことさえも忌避感を覚えた。

 

「おかえりー、って何々、どうしたの?」

 

 お姉ちゃんが話しかけてくる。その声を聞いただけで、今まで押し込めていた不安がどっと溢れてきて、膝から崩れ落ちた。そしてポケットから例のものを取り出し、ありのままを話す。話終わったら桜は何も言わずに俺を抱きしめた。もはや抵抗する気力もない。

 

「なあ、お姉ちゃん」

「……何?」

「やっぱり神様なんていないんだよ」

 

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