彩られた日々の中で、僕らは地に足着けて生きている。 作:晴口 丸
入学して二日目は、お約束の自己紹介である。変なこと言う奴がいないかと密かに期待したものの、自分でも特に何もすることなく、無難に終わりを告げた。
後は諸々の軽い連絡事項を聞かされた後、部活見学ということで解散になった。
余談だが、この学校では文武両道なんていう特に何の面白味もないものをモットーに掲げており、かなり部活動に力を入れている。そのため、部活紹介はあまりにも部活動が多いということで、開催されることはなく各々好きな部活を見にいく、という形が取られている。
チャイムが解散の合図を告げると、皆は弾かれたように、教室から出ていった。その波の中には、ヒロやユウ、ソラもいて、「完全に出遅れたなあ」と途方に暮れることしかできなかった。
とりあえずどこに行けばいいかわからなかったので、人混みの多いところを避け、ここらの高校の中でもかなり大きい部室棟に向かう。
ほとんどの部活動は勧誘のために出払っているのか、大きな建物に似合わないほどの静けさがある。遠くではかなりの人々の勧誘をしているであろう喧騒が聞こえてくる。
「ああ言った勧誘は得意ではない」
なんて小さく呟き、建てられてもう数十年は経っているであろう年季の入った白亜のそれに入る。
一つ一つのドアには「文芸部」だったり、「外国語研究部」だったり、「地質学研究部」なんて書かれた下げ看板がある。それを一つ一つ目で追いながら、歩いていると、一番奥の部屋に着いた。そこにはかなり古い看板で「手芸部」と書かれた看板の横に「ご自由にどうぞ」と書かれていた。少し訝しみながらも、好奇心に駆り立てられドアをノックする。すると中から穏やかな声で「空いていますよ」と返ってくる。
恐る恐るドアを開けると、比較的小さな部屋に一つだけある窓から光が差し込み、穏やかで静かな雰囲気が漂っている。その中で一人だけ女生徒が机に向かってカタカタと軽快な音を立ててミシンを使っていた。
「こんにちは。ここは手芸部です。私は現部長をさせていただいている、二年の称千夜と申します。部活の見学でしょうか?」
質問されて、僕は慌ててうなづき、
「僕は一年のミズノハルミです。あの、ちょっと気になって、いつの間にかノックしちゃってました」
というと、彼女はミシンを動かす手を止め、こちらに向き直る。少し興味を持って、何をしているのかよく見ようと近づいてみる。
とすると、否が応でもそれは目に入った。
椅子に座っていると思っていた。それはある意味で先入観であったと後から考えたらそう語ることができるだろう。
本来の椅子にはついていない大きな車輪に、後ろについているハンドル。特徴的なそのフォルムはつまるところ車椅子だ。
予想外の状況に固まっていた僕に彼女は、特段気にした様子もなく、あくまでその優しげな笑みを残したまま、
「車椅子に乗った人とは初めてですか?」
僕はゆっくり首を縦に振る。そりゃあ全くの初めて、というわけではない。しかしその経験について言えば、ズブの素人と遜色のないものだ。車椅子に乗った人なんて、学校の講演会で後ろの方に並んで見た、くらいのものである。
何だか居た堪れなくなって何か話題はないだろうかと視線を落とすと、ミシンでエプロンを作っていた。
「これ、すごく上手ですね。ハカリ先輩が作ったのですか?」
あまりにわかりやすい話題転換に自分でも内心頭を抱えた。
「そうですよ。調理部の友人に頼まれてしまって」
幸い向こうも言及しては来なかった。
エプロンとしての形も綺麗だったが、所々にさりげなく造られている刺繍も可愛らしく、利便性もデザイン性もすごかった。
「まあ私にかかれば楽勝ですね」
そう言って彼女は軽く胸を張る。顔も少し得意げだ。僕は「はぁ」と少し困惑した。
「ところで、入部希望ですか?」
ハカリ先輩は期待に満ちた眼差しでこちらを見つめてくる。何だか違うと言いにくい雰囲気だ。
「ええ、わかります。たまたま端っこにあったから気になったのでしょう?」
僕はどう返事すればいいかわからず、曖昧に笑った。
「これは私の我儘なのですが、どうか名前だけでも貸してくれませんか? ここ手芸部にいる人は本当に少なくて、このままじゃ……」
……廃部、か。ミシンだけでなく、裁縫道具もあまり用意されていないし、ましてこの部屋はそんなに広くなく、大人数がいるとは思えないような感じだったからだ。
さて、どうしたものか。
「ここの学校は基本的に兼部が認められています。あなたにとってデメリットは特にないと思われますが?」
かなり真剣な表情だ。きっと他のメンバーは、勧誘に行っているのだろう。これはきっと僕のエゴでしかないが、まあたまには人助けも悪くない。むしろ、こういう一風変わった環境こそが、僕の求めていた「変化」であり「面白いこと」なのではないだろうか。それに、少し思うところもあるしな。
そう思うと何だか興奮してきて、
「わかりました。僕は手芸部に入りますよ」
彼女は嬉しそうに微笑むと、
「では早速この書類に」
入部届を渡してきた。必要事項を軽く記入すると、
「では先生に渡しに行きましょうか」
と、車椅子のブレーキを解除する。そして慣れた動きでドアまで向かった。何か手伝える事はないだろうかとあたふたしていると、それを察したのか
「いえ、そんなに気にしないでください。それでもそこそこ長いんですよ」
逆に気遣われてしまった。恥ずかしいやら申し訳ないやらで、自然と「すみません」と口からこぼれた。
少し前を、歩くスピードより少し遅く進む車椅子を見ながら、やきもきした気持ちを抱えてついていく。
少しの段差や軽いスロープなどをスイスイ進んでいる先輩を見ながら、後の部員や顧問はどんな人なんだろうと思案する。
そうこうしている内に職員室に着いた。
「失礼します」と先輩が呼びかける。
「ヒマリ先生、いらっしゃいますか?」
……どこかで聞いた名だな。と思っていると少し奥から「はいはい、チヨちゃんね」
と聞こえてくる。案の定担任である東野先生が出てきた。とりあえず居心地が悪くなり「どもです」と軽く会釈する。
すると先生は驚いた顔をして、
「え、新入部員いらないって言ってたのに。びっくり」
と言っている。どういうことだろうか。ハカリ先輩を見ると、イタズラが成功したような顔を返してくる。
「ごめんなさい。勘違いさせるような言い方をしていましたけど、別に廃部の危機とかそういうわけじゃないんです」
どうやら僕の早計だったらしい。少し肩の荷が降りた。
「何にせよ、ミズノ君は手芸部に入るということでいい?」
それに僕はうなづき、今後のことをハカリ先輩に聞くように言われて解散となった。
解散になってすぐ、僕は先ほどの雰囲気になるのが嫌で、咄嗟に話しかけた。
「あのっ、僕車椅子のことについてはよく分からないんですけど、何にも助けになれないのは……その、居心地悪いっていうか……。とにかく、なんか手伝えることってないですか?」
焦りは話し方にも出てしまい、やってしまったという気持ちが湧き上がってくる。
一瞬とも永遠とも言える時間が流れる。その間、ハカリ先輩は僕のことをじっと見つめている。しかし、その顔をすぐに綻ばせ、「ありがとう。車椅子について理解してくれる人が増える事は本当にありがたいです」
僕はうわずった声で「はいっ」と返事し、拒絶されなかったことに安堵感を覚えた。
それから、軽く車椅子の操縦方法についてレクチャーしてもらう。ただ押しているだけでいいのかなと思っていたが、そうではないらしい。軽い段差の前で、
「ああ、こういう段差では後ろの足台を使って前輪を上げながら進んでもらえるとありがたいです」
足元を見ると確かに出っ張りがある。
「ここですか? じゃあ上げますね」
ハカリ先輩は愉快そうにクスッと笑う。何か失態を犯しただろうかと不安になる。そんな様子を感じ取ってか、
「いえ、大丈夫、上手ですよ。そうやって動作の前に一声かけてもらえるのは非常に助かります」
たまたまうまく出来ていたようだ。その後は特に問題もなく部室に着いた。
ハカリ先輩は自分で動かし、こちらに向き直って
「ありがとうございました。今後とも迷惑をかけるでしょうが、よろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
「いえいえ、袖触り合うも多少の縁とも言いますし、迷惑なんて言わないでください」
僕としては好奇心に乗ってもらったようなものなので何だか申し訳ない。
読んでいただき、ありがとうございます。
あらすじの展開まで投稿させていただきました。
投稿ペースは完全に適当なのでご了承下さい。