彩られた日々の中で、僕らは地に足着けて生きている。   作:晴口 丸

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 部活棟にはたくさんの新入部員と思われる人が集まっていた。

 

中に入るとそれなりにごった返しており、頑張ってかき分けながら一番奥を目指す。

 

もみくちゃにされるようにして手芸部に入ると、前回と同じようにミシンを動かしている。僕に気づいて顔を上げると、にこやかな笑みを残したまま、

 

「まさか来るとは思っていませんでしたよ」

 

第一声でなかなかきつい言葉をかけてくる。

 

「いや、もう入部届も出したじゃないですか。理由はどうあれ、とりあえずは頑張っていく所存ですよ」

 

そういうとハカリ先輩は驚いたような顔をして、

 

「すみません。どうやらあなたのこと誤解していたようです。手芸は初めてなんでしょう? それに先の頃はかなり失礼なことをした自覚もありますので」

 

「そうですね。でもまあせっかく入ったんだから、楽しんで見ようかな、と」

 

「それに……」

 

と言って逡巡するように肘掛けに手を添える。その時、

 

「失礼、生徒会の村上よ。ハカリさんいる?」

 

不躾に開けられたドアからは一人の女生徒が顔を出していた。

 

「はい、なんでしょう?」

 

「部室継続使用届の提出がまだだったわね。取りに来たわ」

 

彼女はずかずかと入ってくる。

 

「あら、新入部員? 生徒会の村上小町よ。ウチは部活関連を担っているの。よろしくね」

 

彼女はにっと笑った。悪い人ではないようだ。とりあえず、よろしくお願いしますと頭を下げた。

 

「それにしても生徒会は大変ですね。この学校たくさん部活があるのに、全ての部活から書類を集めて回るなんて」

 

ムラカミ先輩は「違う違う」と首を振り、

 

「ハカリさんは車椅子で大変だからね。ちょってでも負担を減らせるようにってことでウチが勝手にやってるんだ」

 

そういうことか。

 

ハカリ先輩の方を見ると、驚くほどにスンとした顔をしたまま、

 

「ありがとうございます、村上さん」

 

恐る恐るムラカミ先輩の方を見ると、特に気にした様子もなく、「いいの、いいの」と言っていた。気づいていないのか、はたまたそれが普通なのか。どっちにせよ彼女が退室するまでの間、僕がヒヤヒヤとしていたことは確かだ。

 

 

 

「失礼しました」

 

ムラカミ先輩が出ていくと部屋に充満していた緊張した雰囲気がなくなり、思わず胸に溜まっていた息を吐き出す。

 

とりあえず雰囲気を作った元凶に抗議の目線を送ると、さっきとは打って変わって、表情を崩し、

 

「教室ではいつもこんな感じなんです」

 

と申し訳なさそうに言ってくるので、慌てて「まあ突然フレンドリーなのもびっくりしますしね」とフォローを入れる。

 

なんとなく気まずい沈黙が流れそうだったので、すかさず話題を変える。

 

「とりあえず活動、しませんか?」

 

ハカリ先輩も「そうですね」と頷き、棚から数本の糸をヒョイヒョイと取り出して机に並べる。

 

「まずは糸について教えましょう」

 

そして左端から用意された糸を順番に指差し、

 

「こちらから順番に、二十五番刺繍糸、リネン糸、花糸、ウール糸です。基本的にはこれだけで十分ですのでこの四つがあることぐらいは知っておいてください」

 

取り出されたそれをまじまじと眺める。刺繍の本にも同じようにこの四つが挙げられていた。

 

「次に糸の使い方ですが、」

 

と言って束ねられた糸から一本抜き取り、何本かによられているそれを解き、より細い糸を二本手に取った。

 

「このように刺繍用の糸は基本的に細い糸が何本か寄って保管されています。それを解いて二本、あるいは四本取りで縫うのですよ」

 

言いながら裁縫箱から針を取り出し、慣れた手付きで糸を通し、手頃な布にスルスルと模様を作っていく。

 

そして「簡単ですが」と見せてくれたのは、まるで丁寧に作図して作られたかのような綺麗な五芒星だった。裏に綺麗な玉結びをして、端を噛み切る。一見適当なように感じるが、その仕草はとても優美でまるで外国の貴族の様子を切り取ったかのようだった。

 

「……どこ見てるんですか?」

 

ハカリ先輩の訝しむ目に、ハッと正気を取り戻し「いえいえ」と両手を振る。

 

「? まあいいでしょう。いきなり難しい技術に挑戦してもしょうがないので、基本的なものをいくつか教えましょう」

 

こうして、ハカリ先輩に新しい技術を教えてもらっては四苦八苦しつつ挑戦し、彼女は横でまた別の作品に取り掛かっている。

 

「できた、かな?」

 

自分の出来を改めて確認する。特に悪いところはなさそうだ。

 

「見せてください」

 

ハカリ先輩は受け取ると、正面からまじまじと見た後、裏を見て、また真横から見てと非常に丁寧に確認してくれる。

 

今作ったのは「サテンステッチ」と呼ばれるもので、縫った部分が面のようになる技法の一つだ。糸をたくさん平行に縫う作業の正確性を問われる、少し難しい技術。

 

「サテンステッチ、よくできていますね。でもこれ、内側を縫っていないでしょう。ここをやらないと立体感がなくて作品の出来にまあまあ影響が出ますよ」

 

確かに、ハカリ先輩の作った見本と自分のものを比べると、その出来に差がある。

 

「あっ、ほんとだ。次から気をつけます」

 

ハカリ先輩の作品を覗き見ると、ドット絵で作られた近くの河川である、地元では美原川と呼ばれる場所の風景だった。

 

「それ、美原川ですか?すごく綺麗ですね」

 

「ええ、休日はよくここを散歩しているので」

 

美原川。この学校の近くの道路沿いにあり、今の時期には桜並木が美しく、ジョギングしている人もよく見かける。

 

「あそこですか。よく散歩している人や、ジョギングしてる人がいますよね」

 

言った後で後悔する。ハカリ先輩が気分を悪くするのではないだろうか。

 

「そうですね。あそこはいい風が吹いて心地いいですから」

 

……次から気をつけよう。

 

 

 

 

「ただいま」

 

……返事はない。みんな出払っているのだろう。作り置きの晩ご飯はなんだか食べる気が起きず、冷蔵庫に置いたままにする。

 

スマホをいじるもののなんだか身が入らず、ふととあることを思い出す。自室に入って目的のものを探す。

 

「っと、これか」

 

表紙に「車椅子介助の手引き」と書かれた本を手に取り、ベッドに座って開ける。内容は車椅子の構造から、その人のための生活の助けになるもの、また介助を行う時の心構えや接し方が丁寧に書かれていた。それを読み進めていくうちに夢中になってしまい、晩御飯を食べたのはそれから一時間ほど経った後だった。

 




お読みいただきありがとうございます。
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