彩られた日々の中で、僕らは地に足着けて生きている。   作:晴口 丸

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 活動が始まり、三ヶ月も経った頃、学校は体育祭に向けて熱を帯び始めた。部活棟と校舎を渡る時にグラウンド沿いを歩くわけだが、常に何人かが練習している風景を目にする。

 

 この頃になると、僕も車椅子介助が板についてきており、ハカリ先輩も安心して頼ってくれる。

最近は手芸の方でも認められることが多く、家で練習した甲斐あってか、ドット絵を作るクロスステッチでは小さなコンクールの賞の末席に加わることができた。

 

 今日も僕らは作品制作に取り掛かっていた。夏休みにもコンクールがあるし、二学期にある文化祭でもハカリ先輩に並び立てるような作品を仕上げないといけない。

 

 黙々と作業に取り掛かっていると、外の喧騒が部室内に吹き込んできた。一応「窓、閉めましょうか?」と聞くと、ハカリ先輩は

「いいんです。この時期の喧騒を聞くと夏が来たって感じがして、好きなんです」

と言う。顔を上げると彼女は窓際で憂いを帯びた表情を浮かべていた。 

 

 髪が風に吹かれて見え隠れする横顔に、艶やかで気品が溢れているのを見て、「そうなんですか」と言いつつ僕の心臓は人知れず早鐘を打っていた。思わず俯いてしまう。今はただ顔に風を感じたかった。

 

 

 

 そろそろ完全下校の時間になり、片付けの段階に入ったタイミングでハカリ先輩は「あっ」と声を漏らす。何事かと顔を向けると、こちらに気づいたのか「いえいえ」と手を振り、背を向ける。

 気にはなったものの、あまり首を突っ込んではいけない。念のため、

「手伝えることがあれば気軽に声をかけて下さいね」

と伝える。しかしハカリ先輩は慌てて振り返り、

「いえ、本当に大丈夫です」

と返事し、小さい声で「……それに、あまり迷惑ばかりかけられませんから」と言った彼女の表情には確かな陰りが見えた。

 

「迷惑、ね」

 

 僕は思案する。少なくとも、今までハカリ先輩を迷惑に思ったり、距離を置いたりするようなことはしていないと思う。それでも迷惑をかけていると思うのは、心配ゆえかそれとも優しさゆえか。

 とはいえ、あまり踏み込みすぎるのも感じが悪いだろうと言うことでここは退いておく。

 

「なんでも手伝えるってことはないですけど、まあ困った時には話してくれればできるだけ力になりますね」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

僕は一応邪魔になるかも知れないので、早々に荷物を整え部室を後にした。

 

 

 

 休日も自室で作品に取り組む。昨日は一番難しいところだけを取り掛かったから、今日の進捗はかなり順調だ。単調な作業は無意識に思考を加速してゆく。

 

 結局、僕はハカリ先輩の助けになっているのだろうか。本人がそう言っているからとはいえ、必ずしもそうとは限らない。独りよがりの助けは自己満足にすぎず、それこそ本当の意味で迷惑になる。あいつにも迷惑をかけたものだ。

 

「兄さん、入っていい?」

 

 ドアのノックと共にコハルが話しかけてくる。

 

 作業しながら「いいぞー」と返事して招き入れる。

 

 作業中の作品を見て、コハルは「ふーん」とだけ言った。

 

「……なんだよ」

 

「いえ、ちゃんとやってるじゃないって思って」

 

「ちゃんとも何も、普通だよ。夏になるとコンクールもあるし、早いとこ終わらせなきゃなんだ」

 

「充実そうで何よりってとこね。先輩とか、他の新入部員さんとはうまくいっているの?」

 

 一瞬ハカリ先輩のことを言おうか迷ったが、あまり吹聴するのも良くないかと思い直し、「割と」とお茶をにごす。

 

 コハルは追及せず、「そう」とだけ言ってそのまま本棚から文庫本をひょいひょいと何冊か抜き取り、「借りるわね」と言って部屋を後にした。

 

「……いや、別に構わないけども」

 

 

 

 週初めは決まって心身ともにだるいものだ。それでもこの瞬間は何度でもやってくる。「世界で最もムカつく習慣の一つだな」なんてぼやきながら、とっくに全ての花が落ち、青々とした桜と見渡す限りの空のコントラストに一瞬の平穏を味わう。

 

「おはよう、ハルミ。いくつになっても月曜日はきついよね〜」

 

 肩を叩きながらユウが話しかける。後ろにはソラが控えている。

 

「二人ともおはよう。ソラは寝不足か?」

 

 ソラは眠そうな様子を隠そうともせず、時間割を確認し、「歴史と化学は寝られるな」とリサーチしている。

 

「そういえば、今日部活休みだからさ、二人で遊びに行こうって話になったんだけど、くる?」

 

 詳しく聞くと、近くの総合アミューズメント施設、「テラワールド」にいくそうだ。ここいらの学生の娯楽施設と言えばこれ、と言った感じの場所で、休日平日問わず常にそこそこの人が出入りしているのを見る。

 

 僕は快諾してそのまま三人で教室に向かった。

 

 

 

 年度初めは学生の遊びごろなので満足に遊べないかと思っていたら、意外とそんなこともなく三人で思う存分に楽しめた。

 

「いや、ユウがバドミントン下手くそだったのは意外だったね」

 

ユウとソラは苦笑いして

 

「こいつ、昔から運動神経ないからな。その度に驚かれたもんだ」

 

ソラが茶化すとユウは心外そうに唇を尖らせる。そんな姿も意外と様になっていることにクク、と笑ってしまい、余計に宥めるのに時間がかかった。

 

 美原川に差し掛かったところで、ようやく機嫌が戻ったのか

 

「それにしても、ハルミもすごいじゃん。運動部に入っててもおかしくないよ」

 

と大声で褒めてくれる。少し照れくさいけど悪い気はせず、そうかな? と応える。

 

 

 

 ふと、目の前から千夜先輩が来ているのが見えた。いや、特徴的なそのシルエットは気づかない方がおかしいともいうべきだろうか? そこで最悪の事実に気づく。

 

 今の言葉を聞いていたのだろうか、彼女は声をかけようか、どうしようか困ったような顔を浮かべていた。

 

 ユウもソラも、しまったと言った顔を浮かべている。僕も内心で自分の失態を責める。

 

 僕は焦った様子を見せないようにして

「こんにちは、ハカリ先輩。散歩ですか? 今日はいい天気ですものね。」

と、駆け寄りながら挨拶する。

 

 先輩は驚きつつも、「ええ、日課ですので」と返事する。

 

 そのままの流れでユウとソラを紹介する。

 

 二人は雰囲気を察して、普段の笑みを浮かべて口々に挨拶する。

 

 うまく切り抜けられたことに安堵しつつ、「こういう時にぎこちない感じとか同情を匂わせるような感じを出してはいけない」とあいつに学んだことを思い出す。

 

 先輩も見た感じ気分を害することはなく、佇んでいる。でも部活動で見せるような優しい笑みを浮かべていないのに少し引っ掛かりを覚えた。

 




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