彩られた日々の中で、僕らは地に足着けて生きている。 作:晴口 丸
体育祭も残り一週間というところで、ここではいつもと変わらず作品に取り組む。部室はミシンの音をBGMに僕は完成間近の作品を穴が開くほどに入念にチェックして、進捗に安堵しながら肩の力を抜いて取り組む。
「楽しみですね、体育祭」
突然話をふられたことと、その話題とに二重にギョッとする。どう答えるべきか思案していると、先輩はクスッと笑って、
「そんなに気を張らなくても大丈夫です。そのままの意味で受け取ってください」
話を聞くと、体育祭でできることはないかな、ということらしい。
これには僕も何かせっかくだから先輩にとってもっと楽しいと思えるような体育祭にしたいと思った。きっとそれはすぐに見つかるような簡単なことじゃないのかもしれない。でも部活動とか、同情とか関係なく、ただ自分の本心として、「力になりたい」そう思った。
そうと決まったら、早速行動したい、と思っても実際問題どのようにすればいいのか分からず途方に暮れる。
そこにムラカミ先輩が通りかかる。
いつもハキハキとしている彼女が少し悩んだ顔をしていた。
「こんにちは先輩。困ったことがあるなら、相談くらいは乗りましょうか?」
軽く会釈しながら話しかけると、彼女は手で応じてきて、「いやね、大したことじゃないんだけど……」という前置きとともに、体育祭についてのことを話した。
要約すると、インパクトが足りないらしい。体育祭はクラス対抗で、それぞれのクラスカラーを模したパフォーマンスや、競技で競うわけだが、もっと新しいものを加えられないかということで、生徒会主体で、今回の体育祭のテーマ「go beyond」をもっと大々的にアピールできないか、とのことらしい。
そこでふと閃く。
「僕、協力できるかもしれません!」
思いついたのは僕ら手芸部でテーマをモチーフにした旗を作ってみたいというものだ。
「え、それはありがたいんだけど、今から作るのは大変じゃない? それに、ハカリさんにとっても負担になるんじゃないかな?」
「今からなら土日も挟んでますし、きっといけます。それにハカリ先輩にとってもいい思い出になりますよ」
ムラカミ先輩は一瞬思案するような態度を見せた後、控えめな態度で
「そこまでいうなら、お願いしていいかしら? 正直、ウチらにとってはすごくありがたい申し出だし」
僕は「任せてください」と応じ、早速部室に向かう。
「旗……ですか」
案の定ハカリ先輩は困惑する。
「今日明日中にデザインは僕が作りますので旗の方の制作手伝ってくれませんか?」
そういうとハカリ先輩は苦笑いを浮かべ、
「仕方ないですね。大切な後輩さんですから、今回はわがままを聞いてあげましょう」
と言ってくれた。
僕はよしっとガッツポーズをすると、先輩も楽しそうに笑った。
威勢よく進んだところで、僕はデザインについて迷ってしまう。一体何が良いのだろうか?
「beyond」なら空か? それとも皆で走ってるような感じか?
顎に手を当てて机に向き合う。せっかくならみんなが良いと思うもので、かつハカリ先輩も気に入ってくれるものがいい。ハカリ先輩が好きなものってなんだろう?
そこでふと気づく。
「僕って、先輩のこと全然知らないな」
彼女と今日まで色々会話を重ねてきたけど彼女の好みなんてまるで知らない。
ちらりと先輩の方に顔を向けると、黙々と自分の作品に向き合う彼女がいた。
「真剣に物事に打ち込む様は誰であっても美しい」なんてクサい台詞があるけど、実際そうだな、と思う。
先輩は僕の視線に気づくと居心地悪そうに身を捩った。
そこで僕は思いついた。彼女が好きなもので、かつ、体育のイメージも想起させられるもの。
「後はどう形にするかだな」
またここで手が止まってしまう。せっかく良い案が出たものの形にしなければ意味がない。こうしよう、ああしようという感じに、ペンを右に左にと動かしていると、
「別にそんなに気負わなくても自由に書けば、いいと思います。私はあなたの作品、結構丁寧でデザインも良くて好きですよ」
驚いて顔を上げると、先輩は少しイタズラっぽく口角をあげた。……意趣返しのつもりらしい。
「ははっ、まあありがとうございます」
良い意味で緊張が消えた、ということにしておこう。
改めて自分のアイデアと向き合い思うままに描く。半刻が過ぎた辺りでペンを置く。そして完成した下書きを見返す。……よし、悪くなさそうだ。
美原川と空という爽やかさをイメージしつつ、丁寧な文体で描いた「go beyond」は手前味噌ながら良い出来だと思う。
「わぁ……美原川ですか?」
そう言って覗き込んでくる先輩はいつものキリッとした印象はなく、無邪気な表情を浮かべていた。