彩られた日々の中で、僕らは地に足着けて生きている。 作:晴口 丸
今すぐに取り掛かろう、というのは時間的に厳しいため、今日は活動終わりということになり、片付けを始める。
「本当にありがとうございます」
「なんの事ですか? 僕は先輩の仕事を増やしてしまっただけですよ」
「あら、そういうこと言うんですね」
ハカリ先輩はにっこり笑って、
「これでも結構嬉しいんですよ。参加できないと思っていた体育祭に、形はどうあれ参加できたのですから」
先輩が楽しんで欲しい、その一心で始めたことだから、喜んでくれるのは本望だ。
自然と上がってしまう口角を誤魔化すために口元に手を当てて「まあ、そこはいいですから」とこぼす。
玄関のドアを開けると、コハルがいた。外着を着て、今から出かけるみたいだ。
「あら、おかえり。最近遅いわね、部活充実してるの?」
靴べらを使いながら話しかけてくる。
「ああ、おかげさまでな。今から出かけるのか?」
「ええ、ピアノの教室も辞めちゃったしね。有り余った時間が退屈なのよ」
僕は彼女を見下ろしながら、「そうか……」と呟く。
「? 何よ、いちいち気にされる方がいやなんですけど」
「ああ、すまん。何かあったら遠慮せず言えよ」
「はいはい、コンビニ行ってくるだけだから」
そう言って、ドアノブに手をかけながら困ったように笑う。
「行ってきます。……ありがとね」
僕はその言葉に小さく手を挙げて応えた。
土日の間はとても忙しかった。出来上がったデザインを基に二人で手分けしながら仕上げていく。手芸部らしさを出そうということで、刺繍をして作ろうということになった。
初めてそれほど時間が経っていない僕はともかく、彼女はするすると自分の分を仕上げていく。
「ハカリ先輩は本当に刺繍が得意ですね。昔からやってたりしてたんですか?」
なんとなしに聞いてみると、彼女の手が止まった。少し訝しみながら様子を見ると、
「……いえ、私も一年の頃から始めましたよ」
「そうですか」
話が続かなくなってきまずくなる。
「それより、どうして突然旗を作ろうと?」
ハカリ先輩から当然の疑問が飛んでくる。
「改めて口にするのは恥ずかしいんですけど、せっかくの青春なんだから、形に残ることをしたいな、と思って。楽しい思い出は何度も見返したいし」
なんとも馬鹿らしく、稚拙な理由だけど、先輩は本当に嬉しそうに
「そういうの、ちょっと憧れあったんです」
と笑ってくれた。
「できることをできる人がする。そうすればきっと、みんな純粋に楽しめるんじゃないかなって思うんです」
みんなの中にはもちろん他の人とは違う特徴を持つ人もいるかもしれないし、人よりできることが少ない人もいるかもしれない。でも、そうやって無意識のうちに違う人だって排斥するのは違う。
先輩も思い当たることがあるのか、少し黙考している。
「ちょっと偉そうに語っちゃいましたね。恥ずかしい」
「……そうかもしれませんね」
そう言ってコロコロと笑う彼女のいつも通りの笑みに、夕陽が差し込んだ。
校舎内でハカリ先輩の車椅子を押していると、後ろから声がかかる。
「よう、ハルミじゃん。それに、ハカリ先輩も。こんにちは。今は部活か?」
ユウの後ろにはソラもいた。
ソラも最近はあまり警戒心がないのか、笑っている姿を見る機会が多くなった。
「本当、最近はその車椅子を押している姿も板についてきたな」
ソラも横で軽く頷く。
僕はそうかな、と首を傾げていると、ソラが付け足すように、
「バド部の先輩たちの間では二人のことはそういう関係だという扱いになってるみたいだよ」
……なるほど。そういう勘違いをする人も出てくるか。自分の中であまりにも当たり前すぎて失念していた。
「まあ、こう言った後でなんだが、あまり周りの目は気にしないほうがいいと思う」
ユウの助言に頷く。
先輩も思い当たる節があるのか、軽く苦笑いをする。
「あまりミズノ君の手を煩わせるのもよくないですね」
「いや、気にしないでください。それに、煩わされているとも思ってませんし。あまり自分を卑下しないでください」
むしろもっと頼ってくれたほうが……と言いかけたところで、慌てて口をつむぐ。
三人は僕を訝しげに見ながらも、そのまま気にせずに解散する流れになった。
体育祭当日、生徒会の一人がそれぞれのクラスの旗と共に振るそれを先輩がどんなふうに見ていたかは見えなかった。少しでも笑っていて欲しいと思うこの気持ちはきっと同情でも、先輩後輩としての尊敬でもないと思う。