過ぎていく一日一日を無駄にすることはできない。一週間というのはこんなにも短かったか、というほど早く過ぎてしまい、焦りも生まれてくる。
「タイム、だいぶ縮んでいますよ、次期会長」
「クロト君の成長すごく早いよ! もうSランクに挑戦できちゃうなんて」
「せっかくだからサキちゃんもお稽古に参加したらいいのに」
「あはは……。まあ先輩も忙しいって言ってましたから」
そして休憩がてらコントロール室に戻ると、練習前には置かれていなかった、人数分のスポーツドリンクが置かれていた。
「あれ、誰か用意してくれたのか?」
近づいてみると、メモが挟まれてた。
『Sランクおめでと〜。頑張れ少年 サキ』
「……ふふ、面白そうなら来るとか言って、素直じゃないんだから」
「サキさん、いつもはひょうひょうとしてるけど、あれでで周りのことよく見てたり、オフの日もずっとパトロールしてるし、すごいよね」
「伊達に星徒会を二年もやってない……おいしい」
「やっぱり星徒会メンバーはみんなすごいな」
ヴィーナスに追いつくためにもここで止まっていられない。
「よし、休憩終わったら、早速挑戦してみよう」
ここまで調子良く記録を伸ばしてきた。このままいけばヴィーナスの記録を超えるのも夢じゃない……、と思ったが。
「……タイムオーバー。動きは良くなってきてる」
御前試合まで残りわずかとなっているのにクリアすら出来ない状況だった。息が荒い。汗もびっしょりだ。
「うーん、もう一つ足りないわねぇ。サキちゃんを呼んでみようかしら」
「まああの人の戦い方には少なからず学べるところがありますから、いいかもしれないですね」
サキさんの戦い。ちゃんと見たことはないので少し楽しみだ。サーシャさんが電話をかける。
「サキちゃん? 私よ。ちょっと地下まで来てくれない?」
「一体何の用だ?」
すぐに地下の出入り口から声が聞こえる。
「ちょうど通りかかったんでね」
「相変わらず素直じゃないわねぇ」
現れたサキさんは制服を軽く着崩して佇む。
その腰には
「あら、その剣、ちゃんと使用申請出したの?」
「え? ……うん、まあね」
「……ふーん」
スッと目を細めるサーシャさん。あの様子だと後でサキさんのお説教が確定しただろう。
「実はSランクモンスターの討伐に手こずっていまして。手本を見せてくれませんか?」
「私が? ……うーん、と言っても大型は私の専門外だしなぁ……
「わかりました。では設定はBランク、タイムは十分にします」
「おっけー」
サキさんが一瞬光に包まれた。彼の戦闘服は、通称ポロコートと呼ばれる、映画の秘密組織が来ているようなものを羽織っている。目深い帽子が謎めいた雰囲気を一層際立てる。
「いつ見ても不思議ですね」
マトイがサキさんの服装を見てそう評する。
「確かに
確かに、その理屈ならもっと動きやすく騎士っぽい感じになっているのが普通なのかも。
「考えてもしょうがないだろ」
特段気負う様子もなく準備体操するサキさん。すぐに光の障壁が展開され、彼だけを包み込む。
サキさんが抜剣すると同時に、刀身に薄い星力の膜が張られる。そのままゆったりと翼を広げるように佇んだ。
「びっくりするかもだけど、サキさんが出せる星力ではあれを出したまま飛ぶことが限界なんだよ」
「……嘘だろ?」
うっすら漏れ出ている星力は俺が全力を出さなくても普通に越えられるほど少ない。
そもそも一般の
「サキちゃん、最初は『史上最弱』なんて呼ばれてたの。だけどそう言ってた人たちをみんな黙らせたのが、あの星力を剣身に薄く纏う唯一無二の技術」
「少なくとも、あれをできるのは彼とセイファート学園長のみ。実戦に限るなら彼一人」
話しているうちに戦闘は始まった。
大量に出現するモンスター。それらが四方八方から突進してくる。危ない、と思った瞬間には何事もなかったかのように立つサキさんと撃ち落とされポリゴンとなって消えるモンスター達。
強襲する敵を高速で躱し、すれ違いざまに幾重にも切りつける。言葉にすると簡単だが、誰がこの一瞬に三十以上の斬撃を、全方位に的確に繰り出すことができようか。
しかし、新たな敵が湧き、それらは先ほどより速く接近する。それに対して先ほどよりゆっくりと、しかし危なげなく処理し続けている。
一瞬目があった。試すような視線は、間違いでなければ技を盗めと言っているようだった。
敵の激しい攻撃をまるで落ちてきた木の葉を躱すようにするすると抜けていく様はそもそもこれが戦いであるという事実を忘れてしまう。
一体どういうことだと彼の足捌きを見ると、だんだんその種が分かってくる。
それは日本武芸で良くある摺足と星力による飛行を組み合わせた位置の「ズラし」だった。一見ゆったりしているようで歩幅と合わない距離の移動が繰り返される。
相手の攻撃が届く範囲を予測して躱す。相手の死角に潜り込む。常にこの両方を行う事で、相手の攻撃はまるで最初からサキさんを狙っていないかのように外れ、体勢を崩したところを相手の力を利用して切ることを可能としていた。
それを理解したと同時に、なぜそれが出来るのかという疑問に行き着く。なぜなら彼は本来見えるはずのない背後からの攻撃にも対応して見せているのだ。全く想像できない、ある意味でヴィーナスよりも高みを見せられたようだった。
「タイムアップです」
アナの掛け声に、現実に意識を戻される。
「総討伐数
コントロール室にサキさんが戻ってくる。
「私が教えられるのはこういったこすい技しかないけど」
「こすいって………サキさんのそれ、すごくかっこいいですって」
「同感。相手してもらってても全然攻撃が届く気がしない」
「まあなんだ。ヴィーナスに勝とうとしたら、正面から行くだけなら簡単に負けるからな」
そういってサキさんは訓練場から出て行こうとする。
「サキちゃん、もう帰るの?」
「私は援護できるようなスタイルじゃないから…居ても邪魔なだけだよ。あとはクロト君の頑張り次第ってこと」
「そうですね、ありがとうございました」
星徒会のみんなにここまで協力してもらったんだ。弱音を吐いてはいられない。
「さて、特訓再開」
「ちょっと待ってくれ、アナ」
「はい何でしょう?」
「制限時間をつけよう。十秒だ」
「……本気で現会長を越えようってことだよね」
「ああ、最低限これぐらいできないと試合にならないからな」
「いいわね、その心意気。お姉さんも負けてられないな〜」
※
武器保管庫――主に武器を用いる
「あ、サキ。こんばんは〜」
武器保管庫の小さな管理人が、見ていたスマホから顔を上げ、カウンターから身を乗り出し、上機嫌に挨拶する。
「はい、こんばんは……早速なんだけどさ」
「はいはい、使用申請書は先に作っときましたよ〜」
若干ツンとした雰囲気の対応に苦笑いを浮かべる。
「……もしかして見てた?」
「地下となると面倒だけどね。まあ一応、サキの監視も兼ねて」
据わった視線が私を射抜く。
「その節は悪かったよ」
「はあ……ここじゃ満足にお菓子も食べられないし、仕事も絶妙に面倒くさい……。折角流星市国に来たのにあんまり外で遊べないよぉ」
「はは、まあ確かにな。」
「むむ、そんなこと言って、サキはパトロールと称して偶に街中を意味なく歩いてるの知ってるんだからね!」
おやそうだったかな、と返事しつつカウンターに肘をついて窓から夜空を眺める。
「……あの時の目標、まだ捨ててないの?」
「まあな、悪いとは思ってるよ」
「ううん、でも最近の様子を見てるとね」
「……わかってるよ。今はまだその時じゃない」
「『みんな』はいつでも出動できる状態にある。あとは貴方の合図次第だよ」
「了解。じゃあしばらくの間はこれ、貸出状態にしといてくれ」
そう言って腰の剣を指差す。
「くれぐれも、無茶はしないでね」
「わかってるよ」
ぶっきらぼうに返事して踵を返し、寮へ向かった。
※
試合はもう明日というのに、俺たちは陽が落ちるまで訓練場にいた。
「これで……! どうだ⁉︎」
「タイム九秒九八……おめでとうございます」
「よし!」
ついにSランクモンスターをタイム内で倒すことができた。もう何回挑戦したかなんて覚えていない。
「すごい! 本当に十秒以内でクリアしちゃった!」
「いや、みんなのサポートがあったからだ」
「十秒じゃ全然援護できないから、殆どクロト君の実力だよ」
「この調子でもう少しタイムを……」
「いえ、今日はここまでにしたほうがいいわ」
「ですね。本番で倒れちゃったら目も当てられないよ」
「今日は星力を回復させるのに専念したほうがいい」
三人に止められ、変身を解除する。確かにかなり星力を消耗している。守護星から星力を引き出すのは無尽蔵にできるわけではない。本人の素質や体力に依存する。十分に体を休めるのは必要不可欠だ。
「片付けはやっとくから、クロト君は速く帰ったらいいよ」
「そうだな。悪いけど甘えさせてもらうよ」
「うん、ばいばい」
※
全く何もしないというのは気が引けるため、歩きながら明日のイメージトレーニングをする。ヴィーナスが何をしてくるかわからないが、それはきっと向こうも同じ。すべてのアドバンテージを味方につけないと、現
暗い夜道を歩いていると、突然大きな地鳴りと共に破壊音が聞こえてきた。
「モンスターだ! すごい大群で来たぞー!」
「街が破壊されてる!」
俺は反射的に皆が逃げている方向と逆方向に駆け出した。
死を覚悟した。今までに見たことないほどの大量の大型モンスター。数はざっと二十以上。そのどれもがトレーニングマシンで言うところのSランク相当。
恐怖に足がすくんでいるのがわかる。
「あはは……」
せっかく修行したのにこのザマか。彼我の実力差を実感し自分だけではどうにもならないことがわかった。
どうする? 他の星騎士の到着を待つべきか?
「あ、貴方、新星の星騎士でしょう? 助けて……!」
「ッ!」
咄嗟に変身してモンスターの方に駆け出す。俺だけじゃどうにもならないことくらい分かってる。でも誰かに助けを請われて逃げるようじゃ……星騎士に憧れた自分は死んでしまう。ここで逃げるのは――緋宮クロトじゃない!
「こい! モンスター共、お前らの好物がここにいるぞ!」
全てのモンスターが破壊活動をやめ、一斉に飛びかかってくる。
先頭を走っているやつに高速で接近し、数発殴りつける。
「! 硬い!」
下手をすればSランクよりも上だろうか? そんなやつが一体や二体ではなく、二十ほどで徒党を組んで俺一人目掛けて襲ってくる。
……怖い、逃げ出したい。でも絶対に逃げられない。気づけば俺は泣いていた。泣きながら戦っていたのだ。
いくら強くなったってそんなのは関係ない。敵と戦うのは怖いし死ぬのだって怖い。今まで何度も襲われて、撃退してきたが、その度に足が震えていた。
では学園に入って強くなった今はどうだろうか? 頬を伝う涙が、不規則に暴れる心臓が、現状を如実に物語っていた。
でも、それでいい。俺を助けてくれたあの人だって。きっと同じ気持ちなんだ。戦うのが怖いなんて当たり前。そう思うと自然と心は凪いでいた。
「はは、そうは言っても、簡単に勝てるわけじゃないよな」
五体目を倒したところで、不意を突かれて大きく吹き飛ばされる。
……前に、アナに興味本位で聞いたことがある。トレーニングマシンでSランク以上が設定出来るのかと。
答えはノーだった。しかし同時に興味深いことも聞いた。ヴィーナスでもSランク相当のモンスターが大量に出たなら勝ち目は薄いと。
「……ダメか。でも、十分に時間は稼いだぞ」
きっとすでに星騎士の方に連絡が入っているだろう。街への被害も最低限に抑えた。十分だ。
(悪いなヴィーナス。約束、果たせそうにないよ)
残った星力を全て体の強化に使う。
「これで最後だ、モンスター共ッ!」
モンスターと衝突する寸前、頭の中に声が響く。
『バカね、あんたは。そんなことだから目が離せないって言われるのよ』
は? と思った瞬間にはもう全てが終わっていた。一斉に飛び出したモンスター達が「俺が放った」拳一つにまとめて打ちのめされる。
「今のは……?」
記憶が定かなら俺が倒したわけだが、そんなこと普通じゃあり得ない。それに、いつの間に体力と星力が完全に回復していた。
累々たるモンスター達は光となって消え、辺りに静寂が取り戻された。
「おにーさん凄いね」
急に背後から呼びかけられ振り返ると、仮面を付けた小柄で白髪の女の子がいた。
「こんな時間に一人か? まだここは安全だとは限らないし、早く家に帰った方がいいよ」
「大丈夫、ワタシは結構強いから。それより、もっと強い敵も倒せる?」
「……わからないが必要なら相手するだけだ」
「ふーん」
少女は口角を上げ、俺を仮面の奥で見つめている……ような気がする。巨大なマントを羽織っているせいか、何だか不気味な雰囲気を漂わせている。
「お父さんとお母さんは? いないなら付き添って……」
「大丈夫、大丈夫。すぐ帰るから。……おにーさんも頑張ってね。今の力ならどんな強い敵もへっちゃらだよ」
そう言ってマントを翻すと俺が名前を聞く前に、屋根を伝って夜闇に消えて行った。
疑問は残るものの、明日の御前試合のために帰路を急いだ。
※
クロトが家に帰ったあと、三人の星騎士が連絡を受け、現場に駆けつける。
「……これを全部会長が?」
「凄いわね。戦闘の痕跡を見てもざっと三十程の大型モンスター……。アナちゃんは勝てる?」
「まず不可能でしょう」
「そうよねぇ。ヴィーナスちゃんやサキちゃんでも苦戦するはずだわ」
「現会長が彼を気にかける理由はそこなんでしょうか?」
「今連絡がついたよ。クロト君家に帰ってるって」
「色々と聞きたいことはありますが、今日のところは休ませた方がいいでしょう」
「だね〜、みんなも家に帰ろうか」
お読みいただきありがとうございました