ディートリッヒ様に私の問題をお話ししてから約一週間後。
私はディートリッヒ様に呼び出されて執務室へ向かい入室すると、正面のデスクに向かって座っているディートリッヒ様と軍師であるセベリアノが書類を片手に何かを話していたようだ。
挨拶をして近づいていくと、ディートリッヒ様が首の後ろを掻きながら目を窄め私を見やった。
「ヴァル。今から話すことはカテリーネに聞かせたくない部分がある」
「承知いたしました」
ディートリッヒ様も私も、カテリーネ様を護りたいと思っている。
カテリーネ様が恐怖に陥る情報は伝えたくないと判断され、こういった決断をされたのだろう。
私は頷きを返して話を伺う姿勢に入った。
「まず一つ目、黒龍についてだ。ヴァル、お前は確かに黒龍を殺したよな?」
「はい。この手で息の根を止めた感触を覚えております」
黒龍の眼から光が消え、完全に動かなくなったは今でも鮮明に覚えている。
黒龍を殺すという使命を遂げることこそが、私の長年の目標だったのだ。忘れるわけがない。
拳を強く握りしめていると、黙ってこちらを見ていたセベリアノが補足の言葉を述べた。
「それはオレの方でも将ぐ……、じゃなくて。えーっと、元帥がしっかりトドメを刺してたのは見たから間違いないって保証できるよ」
ヘルトや他にいた人間からも確認はとれるはずだ。
ディートリッヒ様は分かっていて聞いたらしく、「ああ」と呟いてから両腕を組み顔をしかめた。
「ヴァル、死んだものが動くと思うか?」
「死体が自発的に動くことはありません。ですが、他の者が魔術で動かすのは可能かと」
「だよなぁ、その線が強いよなぁ」
「……まさか、黒龍の死体を操る者が出たのですか?」
カテリーネ様に聞かせたくないと思うのも納得していると、ディートリッヒ様は慌てて否定をした。
「違う違う、そっちの意味じゃない! ……俺が言いたかったのは『誰かが死体を移動させたのではないか』という話だ」
「あの洞窟から黒龍の死体がなくなっていたのですか?」
重い頷きが返ってきたのを見て、頭から血の気が引いていく感覚に陥った。
戦争中は無理に動いて村へと行ったのであり、それ以外の者が動く余裕など微塵もない。
よって黒龍についての後始末は、どのような形であれ戦争終結後に進ませる手筈となっていた。
カールならば上手く解放軍を誘導するのは簡単だっただろう。
結果としては和解となり、ディートリッヒ様が黒龍についての始末を進めると仰っていたが、奇怪なことになっているとは思わなかった。
黒龍を利用して何かしらの事を起そうとしている可能性に頭が痛くなってくる。
「一度兵を向かわせて確認させたが、間違いなく黒龍は消えていた。念を重ねてセベリアノに二度目の調査へ行ってもらったが……」
「地面に残っていた血の量からしてさ、解体をして持ち去ったと考えるのが自然かなって。明らかにあの時より血が増えてたんだよね~。で、オレはその辺の調査を進めてるんだよ」
軽い口調で言ってはいるが表情は渋く、事態を重く見てるのは明白だった。
深いため息をついたディートリッヒ様は、片手を腰にあてながら苦い表情で声をあげる。
「カテリーネには黒龍を敬う気持ちがあるはずだ。解体され持ち去られたと聞いたら深く悲しむのが見えている。だが、知らないままではいられない情報だろ? だからこれは話す」
「……そうですね」
幼き頃から黒龍を崇め、黒龍の巫女として邁進をされていたカテリーネ様には酷な出来事ではある。
しかしながら突然知らされるよりも落ち着いた環境下で知らされる方がいいように思えた。
「……カテリーネに知らせたくない方なんだが。カミッラは一帯の領主であったケルビーによって村長とされた人間だったのは覚えているよな?」
「はい」
ケルビー。当たり障りがなく、貴族の中でも影が薄い初老の男性だった。
しかし真の姿は別にあり、代々皇帝の影として暗躍をする一族として存在していたのだ。
皇帝からの命を請負い黒龍の対応をし、皇帝の剣として様々な貴族を暗殺してきた。
一族は最期まで皇帝と共にあり、ケルビーの息子や親類までも運命を共にしたと聞いている。
「ここからは憶測でしかないと念頭に置いてくれ。多分カミッラはケルビーに黒龍が討伐されたことを報告しにいったと思うんだ」
カミッラが意識を取り戻してから見た光景は、本来の予定とは大幅にずれた『討伐された黒龍だけが残る空間』だ。
目的としては討伐されているのが正しいとはいえ、弱まった黒龍を封印する手筈から大幅に逸脱している。
どちらにせよ、結果を報告に行くのが順当だ。
「けれども黒龍が討伐されたのとは別に、カミッラには達成しなければならないことがあったはずだ」
「……カテリーネ様のことですね」
ケルビーの一族は前皇帝ウベルに仕えており、ケルビーの部下であったカミッラもまた同じだ。
ウベルは自分以外の皇族に連なる者を嫌悪し、一族を使って排除していた。
その嫌悪の対象はカテリーネ様にまで及んだのは間違いない。
ゲオフから聞いたのだが、わざわざ解放軍の拠点に忍び込んでカテリーネ様に暗殺を仕掛けたのが何よりの証拠である。
「黒龍は別問題として、カテリーネについては確認できていないし達成もできていなかった訳だ。……そんな人間はどうなると思う?」
「あの方の性格を考えると、生かしておくとは思えません」
失敗した者を許すような人間ではなかった。
自分の派閥であろうと容赦なく処刑するのがウベルだ。
したがってカミッラは処刑されたのではないか、とディートリッヒ様は言いたいのだろう。
「できる限りでいいんだ。カテリーネにはカミッラについては調査中ということにしておいてくれ。あの子には平穏でいてほしいんだ」
「それは私も同じです。可能な限り隠し通します」
カテリーネ様は、カミッラが死んでいると知ったら心を痛めてしまう。
それならば行方が分からないままでいるのがまだ良いのではないかと思うのは、私も同じだった。
「……言いたかったのは以上だ。ケルビー達についても調査を進めている。一旦纏まり次第、お前とカテリーネを呼ぶからな」
「はい、お待ちしております」
話し終えたディートリッヒ様が目頭を揉んでいると、口を曲げたセベリアノがうなりながら疑問を口にし始めた。
「そもそもさ~、なんでケルビーはカミッラ一人に黒龍のことを任せたんだろう? 重要な物事なのにカミッラ以外の人がいなかったし、妨害という妨害なかったよね~?」
「あ~、それはよく分からん。戦争の一年前くらいに村へ偵察を飛ばしたんだがいなかった」
不自然な点だったので周辺を調査させたが、いないという結果しか出てこなかった。
調査しすぎるとこちら側がカテリーネ様について知っていると判断されかねなかった為、いないものはいないとして動くこととなったのだ。
「うわ~、気味悪っ。オレはそれも含めて調査しておくから」
「ああ、よろしく頼む。それじゃ解散だ解散」
ディートリッヒ様が「終わりだ終わりだ」と疲れ果てた様子で手を払う仕草をされたので、私とセベリアノは早々に執務室から出ていったのであった。