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おれは最近悩まされていることがある。
不穏な出来事とか、ヴァルムントの体の異変とは別に存在しているものだ。
この間の話の続きとしてお兄様から呼び出され、夕方にヴァルムントと一緒に行くことになった今日とか! まさにそう!
「カテリーネ様、お迎えにあがりました」
おれの部屋に来たヴァルムントくんはいつも通り恭しく手を差し伸べてくる。
ここまではいい、ここまでは。
けれども同時にすんごいキラキラ笑顔を添えてきたの!
前まではほんのり微笑む感じだったのに、今はこんなにも眩しい笑顔になっててさ!!
ライトで照らされているのかと疑って、どこに照明設置されているのか探しちゃった……。
どーすんだよもうと思いながらヴァルムントの手を取ると、儀礼的な手の掴み方ではなく、こっ、こ、恋人みたいな!?
その、あ、明らかに情念を感じるというか、あちあちあちち!!
ヴァルムントくんはヴァルムントくんで満足そうに目を細めるんじゃありません!
なんでいきなり押せ押せになってきたの!
た、確かにおれは一時期も〜ちょいどうにかならんの? とは思っていた。
思ってたけれども、こんな急なギアチェンジは予想外だったの!
あっ、相変わらず……その、キスとかはしてこないんだけどね。
でも猛攻がすぎて落ち着かないんだよぉ〜!
ちょっと前から忙しいはずなのに用事もなくヴァルムントくんが部屋に来て、今までは促さないと座らなかった隣に自分から座るようになってさ。
それでいておれの手をとって優しく握りしめてきて……、す、すごく幸せそうな顔して一生懸命おれと話そうとして……。
ぐ、ぐ、ぐわーっ! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!
侍女さん達までヴァルムントの眩さに感化されたのか、そっちまで笑顔が燦々としててさ。
いらん気を利かせてさっさと部屋から退散しちゃうし!
通常運転なのがおれだけっていう事態になっていた。
……は、恥ずかしいとは言ったけど嬉しいよ? うん。
応えたいと思っているから、おれも手を握り返したりお話するし。
けどやっぱ、その、突然すぎる。
だから落ち着いて欲しくってぇ……。
あれこれ考えている内にお兄様の執務室へと近づいてくると、ヴァルムントは雰囲気をパキッとしたのに変えて手の握り方も軽いものへと変えてきた。
こういう場面ではきっかり戻るんだから調子狂うわ。
しっかし、おれの部屋出てから変えて欲しかったな〜!
兵士さんや侍女さん達が見てるんだからさぁ、バカップルの噂がヒートアップしちゃうでしょ!
心の中でおいおい泣きながら部屋へと入ると、今日は書類仕事をしていたお兄様の他に護衛の人も室内にいた。
ヴァルムントくんの体について話さず、公的な話をするということだ。
おれも真面目に話を聞く心持ちに変えてから、2人揃ってお兄様の近くで足を止めた。
「来てくれて早々すまん、立て込んでるからそのまま聞いてくれ」
「大丈夫ですよ、お兄様」
書類が積もりに積もってるのであんまり時間をかけられないんだろうな。
お疲れ、お兄様……。
「……その、倒した黒龍についてなんだが」
あっ。多分死体は放置状態になってるよな、どうなったんだ……?
腐り果ててヤバい場所になってたりする? うへぇ。
「持ち去られていたんだ」
「え?」
は? あれを丸ごと持っていったのがいるの?
む、無理でしょ!? 黒龍って馬鹿でかかったじゃん!
出口という出口は魔法陣のしかないからそのまま持っていくには……、ってアレか。
ご丁寧にギコギコして持っていったの? マジ?
う、うーん。魔物の鱗とかいい装備素材になるから持っていったのか?
それはそれで、とてつもなく面倒なことが起こりそうな予感があるわ。
口を開けてアレコレ考えていると、お兄様が深刻そうな顔をして続きを口にした。
「カテリーネには残酷な事実だったとは思う。だが、これからを考えると知っておいた方がいいと思ってな……」
「いえ、わたくしは大丈夫ですお兄様。続けて下さい」
おれは黒龍を体のいい言い訳にしか使ってないし、そこまで気を遣われると罪悪感がっ。
話を流そうと続きを促し、さっさと気まずい話題から移ってもらう。
「黒龍を持っていった者の行方も、カミッラの行方も探しているが未だ手掛かりはない。村の中も探索させ、あらゆる書物も漁らせているが、これといった手掛かりも今のところ見当たらなかった。……何も見つけられず、すまない」
「謝らないでください。わたくしが無理を言ったのです」
そもそも禁術だから、ちょっとした期間ですぐ見つかるものではないだろうし……。
手を尽くして探してもらっているのは分かるから、お礼は言っても責めはしないよ。
となるとなー、おれが自分で禁術を『理解』するしかないのか?
かといってアレコレ試した影響がヴァルムントに行くのは怖くてなぁ。
「優しいな。……カテリーネ。村に一度行ってみる気はあるか?」
「村に、ですか……?」
「ああ。お前にしか見つけられないものがあるかもしれない」
村については思いつく限り調べられる場所は伝えたけれど、おれが思いついてないだけの場所があるかも。
皇族に反応して動くとか、不思議な仕掛けが存在したりとかも考えられる。
小さい頃はこっそり冒険しまくったとはいえ、表面上はおしとやかであり続けていたから全部探索できてたとはいえないし。
あとさぁ、村の人達に会いたいってのもある。
ヘルトくん達や兵士さん達からおれについては説明が入っていると聞いたけども、挨拶もなしにいなくなったのには変わりないしさ。
まーおれは気軽に動ける身分じゃなくなったから、わがままになると思って言わなかったんだよねぇ。
「……はい、村に行ってみたいです」
「そうか。……分かった。ではこうするぞ」
お兄様は手をパンと叩いてから、真剣な表情でおれ達に今後の予定を告げてくる。
「ヴァルムントには元帥就任した以上、護るべき国をその眼でしっかりと確認をする必要がある。そして民にも、国の壁たる人間であるお前を見てもらわなきゃならない。だからヴァルには魔物の調査を兼ねて国中を回ってもらう」
「承りました」
「最初はオプファン村がある地域な。んで、その時にはカテリーネも一緒に行くんだ。故郷への里帰りとしてな~?」
そういう理由でおれ行っちゃっていいんだろうか……?
戸惑っていると、お兄様が軽く微笑みながらこう言ってきた。
「結婚前に故郷への挨拶はした方がいいだろう? そういう風に偽装すれば、周囲も納得するだろう。……し、しかし、しかしだなっ! ……お、お、お兄ちゃんはぁ……! い、妹がっ、……け、結婚前の! 本当の準備に思えてぇ……っ!! う、ううううう!」
「お兄様……」
お兄様は手にしていた書類を握って皺くちゃにし、ぐずぐずし始めた。
偽装とはいえ、それはそれ、これはこれらしい。
とはいえ結婚は絶対にダメとか言わないんだよねえ。
ほどほどに気持ちだけは発散する理性的な人すぎて本当に心配だぞ。
ヴァルムントくんも分かっているのか苦笑いしている。
今日は特にお兄様を甘やかすかぁ。お兄様の部屋にお泊りとかしていいかな……?
小走りしてお兄様に近寄り、背中をとんとんしながらそう思ったのだった。