移動初日で泊まる先は、商家が持つ街の中で一番大きい屋敷だ。
一帯の警備を念入りに確認と指示をしてから屋敷へと入っていき、食堂でカテリーネ様と共に用意されていた食事をとる。
「とても美味しいです。ありがとうございます」
「そう仰っていただき誠に光栄でございます……!」
屋敷の者にそう伝えたカテリーネ様は食事を大切になさっており、本日も幸せな表情をされて料理を口にされていた。
今回もそうだが、毒見されているとはいえ少々戸惑う見た目の料理であっても、美味しければ然程見た目を気になさらないようだった。
村へと行き調査を済ませた後はカテリーネ様を帝都へ送り届けてから、隊を伴い各地を巡る任務に入る。
そこで珍しい食物を見つけることがあれば購入しておこうと考えつつ、黙々と食事を続けた。
食事を終えて休息に入られるカテリーネ様を部屋へ送り届けてから、私は目的を果たす為に一人で外へと出ていく。
屋敷内外を警備する兵とは別に休憩に回っている兵士達がいるが、目当ての人物は屋敷外での見回り担当だ。
近くにいた兵士に声をかけて回っている箇所を聞き、屋敷の裏側にあたる方へと歩いていく。
辿り着いた裏側は廊下の窓から見える位置に樹木や花々が植えられている程度で、それ以外のものは特別存在していない空間だった。
職務を全うしていた三人の兵は、私が来たのに気が付き敬礼をしてくる。
そうして私は三人のうちの一人である一際体格の良い茶髪の男へと声をかけた。
「ラハイアー、少し話がしたいのだがいいか?」
「えっ、俺ですかぁー!?」
「おいラハイアー!」
「あ、ああ、違くて、えーっと、私、ですか?」
「そうだ」
他の兵に小突かれて言葉を直したラハイアーに頷きを返すと、戸惑いを見せながらも「はい……」と言葉が返ってきた。
「ここで話をしたい。他二人は合図があるまで外してくれるか?」
「はっ」
他二人は素早く返事をし移動していくが、ラハイアーへ心配した目線を送りながらのものだった。
一方のラハイアーは明らかに動揺をしており、手を忙しなく擦り合わせている。
そんな様子にどう切り出せばよいものかと頭を悩ませながらも口を開いた。
「……お前は、カテリーネ様の侍女であるユッタの兄で間違いないな?」
「へっ!? あっ、はいっ! 俺、俺じゃなくて、私はユッタの兄です!! ゆ、ユッタが何かしましたかっ!?」
今度は顔面蒼白となり体を小刻みに震わせ始めた。
……一体何を言われると思っているのか。
脅す気は一切ないというのに、このような反応をされると対応に困る。
このような時は話上手な他の者──カールなどに任せるのだが、今回はヘルトが私に頼んできたことであり、カテリーネ様の憂いを断てることでもある。
私が頑張らねばと息をつきたい気持ちを抑えながら、話しかけるに至った経緯を説明していく。
「カテリーネ様はユッタとの会話を楽しんでおり、ユッタ自身に問題は何もない」
「でっ、でっ、では、おっ、俺に問題が……!?」
「近頃お前の様子が暗く、ユッタが落ち込んでいるとカテリーネ様が憂いておられる。私としては少しでもカテリーネさまの不安を取り除きたい。一体何がお前をそうさせている?」
カテリーネ様とお話した時にユッタについて聞いており、本人は仕事を誠実にこなし明るく対応をしているものの、悩みが垣間見える瞬間があるとのことだった。
私は解決に不向きな問題だと思っていた故に行動を起こせていなかったのだが、ヘルトの頼みを踏まえて解決できるのであればしたい。
その気持ちを込めて伝えると、ラハイアーは全身を固まらせてから徐々に俯いていった。
「お、……お、俺は、ここまで、なんですね」
「……何を言っている?」
「ユッタは何もしていませんっ! 俺が全部悪いんですっ、どうかユッタには罰を下さないでぐだざい゛〜〜っ!!」
急に咽び泣きながら縋りついてきたラハイアーに、どう声をかければいいのか分からず困惑するしかできなくなってしまった。
◆
結論としては、ラハイアーと話をするのは後日となった。
訴え続けるラハイアーの言葉は何を言っているのかが分からず、咽び声を聞いて戻ってきた兵達が宥めに入ってきたからだ。
兵達は私へ「申し訳ございません申し訳ございません!」と謝り続け、私の空いている時間にラハイアーを行かせると言ってきた。
仕切り直しが一番だろうと兵達の提案を受け入れ、私は屋敷へと戻っていったのである。
どうするのが正解だったのか。
頭を悩ませながらも割り当てられた部屋で身を清めて軽装に着替えてから、椅子に座りしばらく考えていた。
しかしかながら答えという答えは出ず、行き詰まった私はカテリーネ様の元へ訪ねることにした。
カテリーネ様の部屋の前にはゲオフとライモンド殿がおり、何故か私の顔を見て首を傾げた。
「ヴァルムント様、どうかされましたか? お顔が……」
「……何か変か?」
「良い良い、行け。そういう時も必要だろう」
「そういう時……?」
ライモンド殿は「わしも若い頃はな……」と言いながら、私の背中を叩いて部屋へと入るよう促される。
一体何がとも聞けずにノックをしてから入ると、椅子に座っていたカテリーネ様はユッタと話をされていたようだ。
カテリーネ様の近くにいたユッタは、他の侍女と共に一礼をしてから部屋から出ていこうと歩いていく。
侍女達と入れ違う形で奥へと進んでいくと、カテリーネ様が立ち上がって私へと近寄ってこられた。
「ヴァルムント様、そのお顔はどうされたのですか?」
「……そんなに変でしょうか?」
「とても疲れたお顔をされています……」
カテリーネ様が手を伸ばして私の頬を労わるように触れた瞬間、私は思わずカテリーネ様のことを抱きしめていた。
「ヴァ、ヴァルムント様!?」
「……少しだけ、このままでもよろしいでしょうか」
話をしたかっただけだった。
だというのに気が付けば私は、カテリーネ様に触れたいと思い行動に移してしまっていた。
本来ならば律せねばならないというのに、ここのところ耐えきれず行動を起こしてしまう。
カテリーネ様に叱られたら多少は止められると思うのだが、優しいカテリーネ様は止めることをなさらなかった。
「……はい、大丈夫です」
「ありがとうございます」
柔らかく、ほのかな香りが鼻を擽る。
このままずっといたいと思うほど、優しい空間だった。