何も見えない暗闇の中で、深い悲しみが籠った女性の声が聞こえる。
『何故……のですか』
『……の、ひいては…………為だ』
それに対して返事をする男性の声は、辛い気持ちがありながらも意志を貫こうとするものだった。
女性は男性の言うことを理解しながらも、やりきれないと言葉を続けていく。
『私達は同じ…………………なのに』
『……らこそ、我々が……』
「…………ネ様」
胸が苦しい。
何故、どうしてという疑問と同時に、やらなければならない辛さが湧き上がってきて感情を支配する。
吐き出したいのに吐き出せない、混濁した気持ちが心の中で渦巻いていく。
「……リーネ様」
『…………罪を、過ちを正さねばならない』
『なら、私が……!』
そう、そうだ。
こんなことになるならば。
こんなかなしくつらいことになるならば。
けじめをつけるのは、けじめをつけるべきなのは、わた──。
「カテリーネ様っ」
「……え?」
体全体を震わせた後、目を何度も瞬かせて目の前を見る。
真っ先に白い布の天井が目に入り、左側には困惑した表情のリージーさんがいた。
簡易ベッドから体を起こすと、おろおろとしたユッタに準備作業を止めた侍女さん達が心配そうな目でおれを見ている。
明らかに侍女さん達は朝の準備中で、どうやらおれは寝坊したっぽい。
あ、あ、あ! 今まで侍女さん達が支度し始める前には起きてたのに!!
失敗した失敗したぁ! 皇女として面目が立たないよ!!
今までコツコツと積み上げてきたおれのイメージがぁ……。
進行は基本おれに合わせられているとはいえ、寝坊でスケジュールが遅れるのは嫌だったのに!
テントの撤収作業とかあるから、後がつっかえちゃうんだよぉ〜!
やっちまったと絶望していると、リージーさんが険しい顔でおれの心配をしてきた。
「カテリーネ様、お身体が優れない箇所はございませんか?」
「……いいえ?」
何の話?
一応体をペタペタとさせて確認しても特に何もないし、痛みも感じてない。
強いて言うならなんか汗っぽい?
寝坊で冷や汗かいてるだけかもしらんけど……。
マジで何〜? とリージーさんを見つめると、リージーさんはほっとした様子になってこう言った。
「魘されていらしたのです」
「わたくしが……?」
「はい。覚えていらっしゃらないのですね」
なんか悪夢見てたのかな、おれ。
汗っぽいのそのせいだったり? 全然覚えてないや。
うへー、風呂は無理だから着替えの時に拭かせてもらお……。
とにかく! 早く支度をしなくちゃ!
「起きるのが遅れてごめんなさい。体を拭く時間がほしいのですが、出発までの時間に合わせられますか……?」
「カテリーネ様、何も問題ございません。大丈夫です、全部我々にお任せ下さい」
いつもの完璧スマイルで言ってくれたリージーさんは実に頼もしかった。
侍女さん達全員でテキパキと動いていき、おれもさっさかと動いて、体を拭くのも含めて間に合わせてくれたのだ。
ホントありがとうマジありがとう……! これがプロの仕事ってやつだ!!
さっさかと朝食も食べて馬車へと乗り込みにいくと、ちょい遠くの方で兵士さん達に確認と指示をしているヴァルムントくんが見えた。
そしてその横には、めちゃくちゃてんぱっている顔でラハイアーが佇んでいる。
目線をあちらこちらに飛ばして、手もすりすりとしているすさまじい挙動不審っぷりだ。
ラハイアーの隣にいた兵士さんがその動揺っぷりを宥めている始末だった。
おれの傍にいたユッタがおれの視線の先を同じように見たらしく、兄を見つけて口も目も見開き無言で「何事……!?」って顔をしている。
ユッタはそりゃそうなるよね……。
とはいえ、おれが理由を知らないと思っているからなのか、尋ねるのはいけないと思っているからなのか、口をパクパクさせるだけで聞いてこない。
おれは理由を知っているし、そもそもおれが勧めたことなのでユッタへ声をかけた。
「ユッタさん」
「はっ、はい! なんでしょうか!」
「わたくしからヴァルムント様へ、ラハイアーさんに付いてもらってはどうかと言ってみたのです」
なんで『詐欺師が一番強い』なんて思っているのか分かんない。
分からない以上、どう一番ではないか説得すればいいかも分からないから『知る』必要がある。
毎度毎度時間の空いている時に~なんてやってたら、とんでもなく解決が遅くなるのが目に見えていた。
だからこそ傍に置いてヴァルムントくん自体に慣れてもらうのと、ちょいちょい話を聞く目的で傍に付かせてみるのはどうか? って提案をしたみたってワケ。
「えっ、え!? ど、どうしてですか……? 兄は……その、……気が利く方ではない人間ですので、元帥のお傍にいるのはふさわしくないかと……」
「ラハイアーさんはとても人と仲良くなるのが早いのですよね?」
「は、はい。兄は本当に仲良くなるのが早いです」
ユッタが話してくれたラハイアー情報の中に、人と仲良くなりやすいってのがあった。
基本のんびりとした話し方で害がなさそうに見えるし、詐欺しようとして失敗して相手の得をさせている面もあり、良くも悪くも好かれやすい。
「ヴァルムント様は最近人との接し方に悩まれていて……。お手本として、ラハイアーさんを傍に置いてみてははどうかと言ってみたのです」
ヴァルムントくんが悩んでるのは『ラハイアーとの』接し方だけどな……。
お、おれ、嘘は言ってない。言ってないって!!
それにヴァルムントくんはもうちょい気軽に接してほしそうにしてたし。うん、多分。
あまりにラハイアーから恐れられてるから傷付いちゃってたよ、多分。
ユッタはおれの言葉に「な、なるほど~……?」と首を傾げたものの、そこまで深く突っ込まないことにしたようだった。
せ、セーフってことでいいか?
内心で胸を撫でおろしながら、馬車へと乗り込んでいくのだった。