炎の魔術を使ったであろう妙年の女魔術師は、生気を感じない眼でこちらを見つめていた。
いい加減な態度が目立つ者ではあるが、私の氷を溶かし尽くす炎を扱う以上は相当な実力者であることが窺える。
そして、この魔術師は道中で迂回をした原因である焼跡を作り上げた人物であり、ヘルトが言っていた『危険な魔術師』だとも推測ができた。
「……いつからそこで待機していたんだ?」
魔術師がいたであろう場所には姿も気配も全く存在していなかった。
そう疑問を投げかけると、魔術師は盛大な溜息をつきながら回答をする。
「はァ? さっきだけど。ずっといるなんて面倒くさいのする訳ないじゃん。ほんっとおっそいんだよ、アンタらさ〜」
我々への悪態をつきながら欠伸をし、挙句の果てには片手で頭を掻いている。
一見して自堕落な人間に見えるものの侮ってはいけない人物であるのは確かだ。
……私の後ろには護るべき者達が、掛け替えのないお方がいる。
体調を崩されているカテリーネ様の為にも決着を早々につけなければならない。
この魔術師が何故此処へと来たのか問い詰めたいところではあるが、優先すべきはカテリーネ様だ。
如何にしても退けてみせると、より一層気を引き締めつつ剣を握り直す。
「ま、いいけどさ~。ウチがやることはひとつだし」
魔術師のせせら嗤いと共に炎の気配を感じ取り、後ろへ炎が行かぬようにと前方へ氷壁を突き立てる。
防戦一方になってはいけないと、相手を貫く牙と化した氷を向こう側へと投げ飛ばした。
「そんなんでウチに勝つつもり? うわ、だっる」
炸裂音が鳴り響き、相手に向かっていた氷が溶かし尽くされたのを知る。
溶かされるのは想定内の事態である為、相手に余裕を持たせまいと連続して氷の雨を降らせ続けた。
魔術師が氷の対処をしている合間合間に剣へと力を注ぎ、一撃で仕留める準備をしていく。
「くっそだるいことしてんじゃねーよ」
相手の苛立った声が耳に入り、眩い光を放つ荒々しい火柱が雨と氷壁を飲み込んでいくのが見えた。
そうして氷と炎が消える瞬間に、剣を振り込めていた力を魔術師へと解き放つ。
「退けッ!」
「ざっけんなァ!」
魔術師は怒りを爆発させた声を上げ、瞬時に青く揺らめく火球で相殺しようとしたが、相殺しきれずに左肩から血が飛び散っていく。
目を剥き歯を食いしばってからの舌打ちがされ、耳を劈く金切り声が響き渡った。
「あああああッ! ほんっとに、あああ、どうして……っ! 言われた通りだった! ウチは、……ウチじゃ足りなかったッ! あああああ!」
魔術師が右手でローブの衣嚢から『何か』を取り出し、大きく腕を斜め上へと振い『何か』をばら撒いていく。
空へ投げられた『何か』はそのまま地面へぶつかり、乾いた衝突音を複数鳴らす。
一瞬、黒い波動が広がり眼に映る光景も黒に染めたかと思うと、轟音と強い振動によって地面が小刻みに揺れていく。
揺れを耐えつつ徐々に開けていった視界の先には、存在していなかったモノが姿を現していた。
『グギャオオオオオッ!』
『グギャアアアアア!』
『グガアアアアアアア!』
──エイデクゥだ。その数、三体。
魔術師がエイデクゥを出現させた事実は衝撃であるが、今考えるべきことではない。
帝都で見た個体よりも小さく白みがかった灰色だが、ゲンブルクとの国境で見かけた個体とそう変わらない大きさを持っている。
このエイデクゥがどの程度の強さを持っているかは分からないが、仮に国境と同等すると相当苦戦するのが目に見えていた。
魔術師は負傷したとはいえ未だ戦う意志を見せており、エイデクゥと併せて仕掛けられると防戦一方となって反撃が難しくなる。
顔を後ろに向けて、カテリーネ様や兵達がどうなっているか状況を確認した。
カテリーネ様を抱えたラド殿は最奥におり、カールとゲオフが守りを固め、リージーとユッタはカテリーネ様の容態を確認している。
その前方には兵達とルチェッテがそれぞれの武器を構えていた。
……厳しい戦いになるだろうが、やるしかない。
一つ息を吐き、大声で指示を飛ばす。
「お前達はエイデクゥを! 引き続き魔術師は私が対応する!」
「はっ!」
兵がそれぞれの部隊に分かれてエイデクゥへと向かっていく。
少々距離をとって、ルチェッテが魔法で援護をしに走っていた。
「ずいぶん余裕じゃんか、あ゛あ゛!? アンタらは焼かれて踏み潰されんだよッ!」
渦巻く炎と地響きを起こしながらエイデクゥ達が私に向かって突進してくる。
エイデクゥには進行の邪魔となる氷の棘を足元へ出現させ、炎の渦には一気に力を込めた剣で炎の流れを両断していった。
ゲンブルクでの戦いと関所での情報共有、そして帝都での戦いを経て判明したことだが、エイデクゥ自体の対処は然程複雑なものではない。
簡単な誘導に引っかかり、罠に嵌めることが可能だ。
しかしながら、一番の難点はエイデクゥ自身が並大抵ではない力を持っている点だ。
強固な罠を仕掛けたとしても信じ難い力で押し切ってしまう。
後続の兵達も来る気配がなく、こちら側の戦える人数が少ないのもあり、単純な力による暴力で壊滅しかねない。
兵達に任せはしたが、魔術師を相手取りつつもエイデクゥの気を逸らさねば死者が出るのは間違いないだろう。
それでも、私はやり遂げなければならない。
力を、私が護るべき者を護れる渾身の力を──!
五体の感覚という感覚を研ぎ澄ませ、あらゆる状況が掴めるよう意識をする。
地面を大きく蹴り、剣を振りかぶりに行ったのだった。