TS生贄娘は役割を遂行したい!   作:雲間

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三十

 

「ラハイアー、あっちだ!」

「わかった!」

 

 俺とみんなで、あのデカくて灰色の化け物……エイデクゥってのと戦っている。

 あっちこっちで指示が、痛みに耐える声が、大きな音を立てて地面の砕ける音が、そこには沢山あった。

 

「右足を狙えッ!!」

「ぐ、あ……っ!」

「負傷者を連れて下がれ!」

「回復するから耐えてっ!」

 

 そこそこ人数がいても、一体の気を逸らしたりちょっと傷つけるくらいしかできてない。

 元帥なんか、化け物二体によく分かんない魔術師を一人で大立ち回りしている。

 その上、自分のことで手一杯のはずなのに、こっちがやばいって時には必ずエイデクゥの気を逸らしたりしている。

 敵だった時からおっかない人だって聞いていたけれど、はっきり言ってとんでもなくやばい人だった。

 普通ならもう全滅していたっておかしくないのに、元帥がいるから俺逹は生き残っている。

 ……それがいいのかは正直分からない。

 この状況から抜け出す方法は、今のところ見つからないからだ。

 

「おいラハイアー! 危ない!」

「うっ、がぁっ!」

 

 エイデクゥの尻尾が振り回され、防御の体勢がとれなかった俺は勢いよく吹っ飛ばされ、みんなより結構離れた壁に叩きつけられる。

 持ったままだった斧はカランと音を立てて地面へと転がっていく。

 げほげほとしながら、ぼんやりとした視界でみんなが頑張って戦っている姿を見つつ、どうして俺はこんな目に合ってにいるんだろう、なんて思い始めた。

 ヘルトが解放軍に入れば沢山儲けられるって言ってたから入ったのに、お金よりも危険ばっかりだ。

 ユッタは皇女様の侍女を始めちゃって、離れるのがもっと難しくなってしまった。

 おれもユッタの周りも、すごい良い人達ばっかりだから環境はいいんだと思う。

 でも、ユッタを連れて逃げることもできないほどの危険があったらどうしようもない。

 ……逃げることができないんだって思ったのは、今日で二回目だ。

 こんなことになりたくなかったのになと、心に深く刻まれた一回目を思い出した。

 

 

 ◆

 

 

 7歳の俺が大きな街の端っこにある寂れた場所に暮らしていた時、1歳くらいのユッタが狭いボロボロの家に来た。

 近所に住んでいた家族が急に消えてカラッポになったはずの家に、泣いて叫んでいるユッタだけ置いてきぼりにされていたらしい。

 そんなユッタを可哀そうだからと、父さんと母さんが連れて帰ってこう言ってきた。

 

「今日からお前の妹になるユッタだ!」

「え……?」

 

 って。

 俺達の家は満足に食べていけてる訳でもないのに、どうしてだろうとは思った。

 小さいユッタの世話は大変で、ユッタが食べられるものを手に入れるのも大変で。

 沢山泣いたりするし、父さんも母さんも俺に我慢我慢って沢山言ってくる。

 俺は嫌で嫌で仕方がなかったのに、……どうしてか、ユッタがふにゃっと笑う顔が、憎めなくて。

 「うー」って笑いかけてくるのが可愛くって、小っちゃい手で俺の手を触ったりしてきて、なんだか俺は、この子を……妹を護ってあげなきゃいけないんだって思うようになった。

 父さんや母さんがユッタを拾わなければ、何もできないユッタはそのまま死んじゃってたはずだ。

 こんなに、こんなに可愛いユッタが。

 だから俺はユッタを俺の妹として、ちゃんと護ってあげることにしたんだ。

 嫌々やってた力仕事もちゃんとやって、何か足しになりそうなものを探して、やれそうなことは全部全部やっていった。

 

 そんな日々が変わったのは、両親がいなくなってからだ。

 沢山お金の稼げるいいお話を受けたからと両親は出かけて行った。

 夜になったら帰ると言っていたのに、次の日になっても、その次の日になっても両親は帰ってこない。

 オレは教えられていたことを頑張ってやって、俺とユッタの食べ物を探して食べたりして凌いでいた。

 けれど来る日も来る日も帰ってこなくて。

 探しに行こうにも、ユッタを置いていけない。

 どうすればいいのか分からないまま、俺はその日その日をどうにかしのいでいた。

 ……でも、上手くいかない日が続いて、どうにもできない限界が来てしまって。

 

 逃げたかった。

 けど俺が、今ここで逃げだしたらどうなる?

 ユッタはどうなる? 絶対に死んでしまう。

 俺の両親が拾ってこなければそのままになっていた子だ。

 誰もユッタを助けないし、ただただ弱っていくだけになる。

 こんなに可愛いユッタが、……死んでしまう。

 だから俺は逃げることは許されない。

 俺自身が許さない。

 迷って、迷って、迷って。

 俺は、物知りだけれど口が悪すぎて煙たがられてる近所の爺さんに、両親がどこに行ったのか聞きにいくことにした。

 一度ものすごく怒られたことがあってから、怖くなって近づきたくない人だったけれど、やるしかないという気持ちが後押しとなったのだ。

 爺さんは自身のボロ屋の前で座り、文字通り道草を食べながら俺の質問にこう言った。

 

「ハハハハハハッ! おめえ馬鹿に馬鹿だな!! おめえの両親も大馬鹿だ!!」

「馬鹿じゃない!」

「馬鹿に決まってんだろ! 沢山金が稼げるだなんてあの馬鹿話に乗ったんだろ!? 見事に騙されたな!? ありゃただの詐欺だってのに!」

「……さ、さぎ……?」

「詐欺は詐欺だ! 一番楽して、一番簡単に金稼げるんが詐欺師ってやつだ! ハハハ、勉強になったなぁ? 今頃お前の両親は実質奴隷だな! ハハハハハ!!」

 

 その時は言われていることが正直よく分からなかった。

 両親が騙されたのと馬鹿にされているのだけは分かって、怒ってユッタの下に戻ったのを覚えている。

 とにもかくにも、こうなった原因の詐欺師ってやつは俺の両親を騙したやつで、一番で、……要するに一番お金を稼げて強いやつなんだって。

 なら俺が目指すべきものもそれだ。

 一番強くなりさえすれば、こんな風にはならない。

 俺は沢山食べ物を食べられるし、ユッタをちゃんと育てられる。

 騙されてどこかへ行ってしまった父さんと母さんが安心して帰ってこられる場所を作れる。

 きっとそうだ。そうに違いない。

 だから俺は一番強い詐欺師になるべきなんだ。

 詐欺師ってのは人の良さそうな喋り方をしていて、騙しているのがバレないようお上には逆らわないように頑張って、それでがっぽり稼いでいくものらしい。

 噂で聞いた詐欺師の真似をしながら、本物になれるよう努力を続ける。

 俺は、たった一人の妹を護りたいから。

 

 そう俺は、信じて生きてきた。

 

 

 ◆

 

 

 ぼやけた視界の中で、元帥が一心不乱に攻防を繰り広げているのが見えた。

 一緒に戦っていたみんなもほぼ倒れていて、ルチェッテが一生懸命治療をしている。

 皇女様の護衛である二人がみんなに代わって戦っていて、その皇女様は顔色が真っ青なまま、ラドさんとリージーさんに支えられながらみんなの治療をしようとしていた。

 

「カテリーネ、分かっていると思うが無理をしすぎるなよ」

「…………い、え。だ、め……ぅ、……です。ここ、で、や、……る、のです」

 

 リージーさんに背中をさすられながら、皇女様は治療魔法を続けていく。

 ……そして、ユッタが俺のいる場所へと走ってくるのが見えた。

 いくら元帥や護衛の人達が頑張っているとはいっても、いつ攻撃が飛んでくるか分からない状況だからユッタが怪我しないとは限らない。

 案の定、炎や瓦礫が飛び交って危ない瞬間があったものの、辛うじてユッタは怪我をせずに俺のところへと辿り着いた。

 

「兄さんっ! 兄さん、大丈夫、大丈夫だよ! あたしがみんなのところに連れていくから! それで、ルチェかカテリーネ様に回復してもらって、だから、だから……!」

「げほっ……、ユッ、タ、どーして、ここに? あぶな、いだろ」

「兄さんの方が危ないでしょ!!」

 

 ユッタは怒りながら俺の左脇に体を差し込み、体を支えてきた。

 あまり力はないというのに、一生懸命におれをみんながいる場所へと連れて行こうとする。

 

「ユッタ、お……俺は、いい、から、」

「うるさいバカ兄さん! 黙ってて!」

 

 ユッタの声は滲んでいて、体も恐怖で震えているのが伝わってくる。

 これからどうなるのか分からない、生きて帰れるかも分からない状況の中で、怖くならない訳がなかった。

 そうやって誰もが絶望しているのに、元帥は折れることなく戦い続けている。

 至る所に怪我を作りながら武器と氷を振い続けていた。

 

「私が……っ、私が、護る……! 決して失わせなどしない!!」

「あーはいはい、どうぞどうぞ」

 

 馬鹿にした声の魔術師と相対しながらそう叫ぶ元帥は、明らかに血だらけで。

 絶対にあんな沢山の血を流してたら、絶対に死んでしまうはずの量を撒き散らしている。

 どうして立ち続けていられるのか全然分からない。

 それでも元帥は何度も立ち上がり、座った目で前を見つめ、力強く剣を握ってすごい勢いで振るっていく。

 炎を浴びることになっても、攻撃を受け止めて吹き飛ばされても、元帥の目は死ぬことなく、次に向けて体を動かしていた。

 あそこまでいくと今の状況の中で一番怖く、最も強い存在は元帥だ。

 ……俺は、俺は。

 

「ユッ、タ、まって、くれ」

「兄さん?」

 

 全身に力を入れ、ユッタから離れてさっきいた場所に戻っていく。

 途中ユッタが体を支えてくれつつも、目的のものを右手に掴めた。

 

「に、兄さん! 一度治療してもらってから……!」

「それじゃ、遅い、んだ」

 

 転がっていた俺の武器である斧を取る。

 一番身近な存在だったからと選んだ斧は、いつでも俺に強さを与えてくれた。

 痛みが走ることも構わず、大きく息を吸って吐く。

 そうして、一体のエイデクゥを見定める。

 

「兄さん……?」

「下がって、ろ、ユッタ」

 

 少し乱暴にユッタを後ろへと押してから斧を両手で構える。

 俺のことは意識されていないのか、敵からは見向きもされていない。

 今、やるしかないんだ。

 

 歯を喰いしばり、一歩一歩大きく地面を踏みしめながら走る。

 護衛二人に気を取られているエイデクゥの後ろ足目掛けて、思いっきり斧を振り下ろす。

 

「だあああああああああああああ!」

『ギュイイイイイイイイ!!』

 

 深く斧が入り込んだ箇所から勢いよく血が溢れ出し、俺の体を汚していく。

 それと同時に、エイデクゥはさっきと同じく尻尾を振り回して俺を壁へと叩きつけようとした。

 

「やらせん!!」

 

 氷の槍が尻尾に降り注ぎ、尻尾を弾き飛ばしていく。

 元帥も護衛も手一杯で、叩きつけられるものだと思っていたので呆然していたら、後ろから引っ張られる感覚が伝わってきた。

 

「兄さん! 早く!」

「ゆ、ユッタ、お前、ど、して」

「兄さん!」

 

 されるがままにみんなのいる場所へと後退していく中で、俺は思い知った。

 本当の強さというものは、ああいう人が持っているものなのだと。

 

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