正直な話、今のおれは周囲に気を使えるほどの体調ではない。
マジで喉あたりの不快感が半端なく、おれ自身が美少女たろうとする気持ちと周りに迷惑をかけたくないという一心で吐くのを抑えていた。
けどさぁ! 周りがおれ達を護る為に怪我してんのに何もしてないってのは一番駄目なんだよ!
おれを護るのが仕事とはいえ、それで死んだりしちゃうのは絶対に嫌だ!
最終的におれが吐いちゃうのはいいとしても、こっちは絶対に駄目!
だから根性に根性を重ねて、無理言って怪我をしている兵士さん達の治療に回らせてもらったのだ。
ルチェッテと2名の兵士さんが治療に当たってるといっても、治療できる人数は怪我人に対して全く足りていない。
当然ラドおじさまを筆頭に渋られたが、おれが引かないと分かると逆にラドおじさまが率先して連れて行ってくれた。
流石ラドおじさまだ。解放軍拠点から出ていこうとした時といい話が分かる。
おえーとしたくなるのを必死で抑えつつ、リージーさんに背中をさすってもらいながら治療に当たっていく。
ちなみにユッタは本人の意向もあり、離れた場所へと飛ばされてしまったラハイアーの下へと走って行った。
言い方はアレだけど、ユッタが今おれの傍にいても何もできないからね。
兵士さんが怪我をしている場所に手を翳し、治療魔法をかけていく。手が血で汚れていくが気にしていられない。
なんか治療する度にどんどん何か削られていっているような感覚があるが、具合悪い中でやっているせいだと思う。
だからと言って止める気はないが!
けれどもいくらおれが治療をしたとて、現状が変わるかって言われたらそうではない。
マイナスがちょっとだけ戻るだけで依然としてマイナスのままだ。
そして血塗れになりながらヴァルムントが頑張ってくれているのに、おれ達に敵を近づけさせないよう戦っているから遠すぎて治療ができない。
ヴァルムントが謎の力で回復力が上がっているとはいえ、限界はあるはずだ。
何か……何かしなくちゃ、このままでは全員終わってしまう。
焦燥感と吐き気と体力低下がごちゃ混ぜになって訳が分からなくなっていると、魔術師が炎をヴァルムントへ放ちつつ、傷を庇いながらため息混じりの声をあげた。
「あ~~~~、ムカついたせいでさぁ、やること忘れちゃってたじゃん。だっる」
ふざけんなよ、と言いながら魔術師がおれへと視線を向けてきて、全身に悪寒が走っていった。
勘弁してくれ! おれもう体中ぐちゃぐちゃなんだが!?
ガチで吐きかける一歩手前までいき、治療を止めて口を抑えてようとしたらリージーさんがおれの代わりに口元をハンカチで抑えてくれた。
「失礼します、カテリーネ様。血のついたお手で口元を触るのはなりません」
すまんごめんありがとう……。
お礼も言えず、不用意に体も動かせないので、念だけ送っておいた。
そして魔術師はヴァルムントの方へと視線を動かし、深呼吸をしてからグッと口をひん曲げる。
「なんかさ〜、まだ足りないみたいじゃん? ならコレやるっきゃないよねぇ!?」
狂気の混じった声と共に、眩しい光と熱波がおれ達全員へ届いてくる。
魔術師の後ろには、今までとは比べものにならない太陽みたいな炎の塊が渦巻いていた。
アレが投げられてしまったら、何もかもが焼けてなくなる。
みんなが、みんなが、……ヴァルムントが、死んでしまう。
ラドおじさまがおれの体をぎゅっとしてくれるのが伝わってくる。
リージーさんが水魔法で膜を作ろうとしている。
ルチェッテが必死に治療を早めているのが見える。
ユッタがラハイアーを支えながら、急いでこちらへ来ようとしている。
ゲオフさんとカールさんが、ラハイアーの攻撃でバランスを崩したエイデクゥを倒そうとしている。
ヴァルムントが魔術師へ攻撃しようとして2体のエイデクゥに邪魔をされてしまっている。
……嫌だ。絶対に嫌だ。
みんな死んじゃうだなんて、ヴァルムントが死ぬだなんて絶対に駄目だ!!
おれはみんなと一緒にお兄様の下へと帰る!
絶対にヴァルムントと一緒に帰るんだから!!
……──ふと、不思議な感覚が全身を覆った。
おれとヴァルムントを繋ぐ『糸』が、鼓動を鳴らしたのだ。
同じ感覚を味わっただろうヴァルムントが、2体のエイデクゥの猛攻を凌ぎつつも首だけ動かしておれを見てくる。
そうしておれとヴァルムントの蒼い視線が交わった瞬間、冷たい雪が光を受けてキラキラと輝く光景が視界を覆い尽くしていった。
「なんだこれは!?」
突然起こった現象にラドおじさまが驚きの声をあげているのが聞こえる。
さっきまであった炎の塊による熱波も鋭い光もなくなり、ただ美しい雪の流れが全てを満たす。
体に当たる雪は冷たいはずなのに、どこか暖かく感じるものだった。
段々と舞っていた雪は鎮まりをみせてゆき、徐々に視界も開けていく。
おれ達には不思議と何にもなかったのに、エイデクゥや魔術師は雪の痛さを堪える姿勢になっていた。
……おれの目線は、ずっとヴァルムントがいた場所に向けたままだった。
ヴァルムントもきっと同じ状態のままだったと思う。
それでも見ていた場所に存在していたのは、銀色の毛並みと蒼の瞳が美しく輝いている巨大な一匹の狼で。
その狼は大きく目を見開かせた状態で、おれを見つめていたのだった。