ヴァルムントがいた位置に巨大な狼がいて、ヴァルムント本人の姿は見えない。
もしかしたら狼の後ろに隠れているだけかもしれないけれど、そうではないとおれの心が訴えかけてくる。
──この狼は、ヴァルムント自身であると。
その場の時が止まっているかのように、みんな何が起こったのか分からなくて一時停止状態になっていると、ピクリと狼であるヴァルムントの耳だけが動いた。
それを皮切りとしてヴァルムントは疾風のごとく走り出す。
冷たさにやられたからか動きの遅いエイデクゥへと向かっていき、薄水色に光っている鋭い爪を振りかざしていく。
『グギィイイイイイ!』
最も簡単にエイデクゥの胴は爪で大きく引き裂かれ、悲鳴と共にその血と体が転がっていく。
ヴァルムントは素早く軽やかに反転をすると、もう一体のエイデクゥを倒しにかかっていった。
何もなければそのまま倒せたはずだが、案の定と言えばいいのか魔術師が炎の槍を複数飛ばして阻止してくる。
「はっ、あはははは! いーじゃんいーじゃん、そーいうのを待ってたんだよねえ!」
狂気の笑みを浮かべた魔術師が怒涛の勢いで槍を落としていくものの、ヴァルムントは軽く首を振って冷風を巻き起こし炎をかき消していく。
「ウォオオン!」
重低音の狼の鳴き声が響いたと思ったら、ヴァルムントの頭上に大きな氷の槍が形成されて流星のごとく魔術師へと飛んでいった。
辛うじて魔術師は炎の壁を作り上げ防御をしたが、完全には防ぎ切れずに身体中が氷の破片によってズタズタにされている。
「ふっざけ……ッ! あああああああ!!」
ヴァルムントは痛みで叫ぶ魔術師を気にすることなく、2体目のエイデクゥを始末にかかっていた。
1体目とは違ってある程度動けるようになっていたエイデクゥは、その大きな口を開けて丸呑みにでもするかのような動きをとり始めた。
しかしあえてなのか、ヴァルムントは真っ直ぐエイデクゥの真正面へと突進をしていく。
ほぼ目の前という距離まで差し迫った時、ヴァルムントの前方に多量の氷の牙が生成され、エイデクゥの口の中へと穿ち込まれていった。
『グ、ゴッ、……ァ』
牙はとめどなく撃ち込まれ続けられ、エイデクゥは碌な断末魔の叫び声もあげられずに静かな終わりを迎えていく。
ヴァルムントはもう問題ないと判断したのか体をくるりとし、ゲオフさんとカールさんが対処をしているエイデクゥへと走り始める。
「ウォオオオン!」
寒さに加えてラハイアーの一撃を喰らっていたエイデクゥは一番動きが遅く、主にゲオフさんによって傷を増やして弱り果てていた。
そのエイデクゥへトドメをさすべく、後ろ側から来たヴァルムントは勢いをつけてジャンプをし、1体目と同じく胴体へと深く爪を突き刺していく。
『グ! ギイィィ……』
最初こそ大きな声を出したものの、その後の声は掠れて聞こえなくなっていったのだった。
これで全てのエイデクゥが倒れ、残る敵は魔術師だけ。
ヴァルムントは深く食い込ませていた爪を引き上げ、体を回し魔術師へと脚を運んでいく。
対する魔術師は息をぜーはーとさせながらこちらを、……おれを睨みつつ言葉を吐き始める。
「は、あははははっ! もういい、いい。確かめなきゃいけないのは確かめたからさぁ……! じゃぁ〜ね」
蔑んだ笑みを浮かべながら壁際まで下がると、何もなかったように見えた壁から魔法陣が赤く光って出現していく。
どうやら魔術師が魔力を注いで見えなかった魔法陣を発動させたようだ。
ヴァルムントが空中に浮かべた無数の槍と共に魔術師へ切迫するものの間に合わず姿を消し、槍は虚しくも壁へと突き刺さっていったのだった。
「……お、終わったの?」
治療をしながら事態を見ていたルチェッテの声が響く。
ついヴァルムントの動きに注目してしまっていたが、まだまだ兵士さん達の治療をしなければならないのを思い出し、急いで治療魔法を発動させていった。
本当にごめん本当にごめん本当にごめん……!
同時に気持ち悪さもぶり返してきたが、治療魔法をかける度に気持ち悪さも薄まっていく。
なんでだ? 慣れなのか?
おれが治療を続けている間に他の人達は怪我人を移動させていたり、各自問題がないのかチェックしたりをしていたのだが、ゲオフさんとカールさんは難しい顔をして狼の──ヴァルムントを見つめていた。
ヴァルムントはしばらく魔術師のいなくなった場所を見つめ続けていたが、踵を返してこちらを遠くからじっと見つめるだけに留まっている。
な、何をしているの……?
ラハイアーも兵士さんもあらかた治療が終わり、おれはラドおじさまとリージーさんに心配されながらも一人でしっかりと立ち上がった。
そしてヴァルムントを見つめながら、ゲオフさんとカールさんのいるところへと歩いていく。
「あの……、どうかされたのでしょうか? ヴァルムント様も、どうして離れているのですか?」
「……ヴァルムント様で間違いないのでしょうか?」
「え?」
ゲオフさんの困惑した問いかけに、おれは目が点になった。
え? いや、だって、明らか状況的にもヴァルムントくんでしょうよ?
確かに人間から狼になるって信じがたいことではあるけれど、護ってくれた以上は間違いないじゃん!?
なぜなぜと頭をひねらせていると、カールさんが頭を掻きながらおれに補足をしてくれた。
「あ〜、その、ヴァルムント様であろうことは分かっとるんです。分かっとるんですが……、我々としては警戒しない訳にはいかなくてですね……」
状況としてはヴァルムントであることは分かっていても、絶対にそうとは言い切れないから職務上警戒しない訳にはいかないと……。
ヴァルムントもそれが分かっているから近づいてこなかったり?
逆にここで警戒解いてたら、後でしこたまヴァルムントから怒られそうだもんなぁ。
けどこのままの状態を続けてもいられない。
ヴァルムントが人間に戻ってくれれば話は早いんだけど、戻る方法を知らなそうである。
多分……、多分あの『糸』の反応からして、おれのせいでヴァルムントはこうなってしまったんだし、おれが近づいたら案外なんとかなるのかもしれない。
希望的観測でしかないが、それ以外に方法という方法もないしな!
「あの狼はヴァルムント様であるとわたくしが保証いたします。そして、わたくしがヴァルムント様を元のお姿に戻れるようにしますので、付いてきてくださいますか?」
「……はい、無論です」
二人もずっとこの状態ではいられないと分かっているのか、おれの言葉に頷きを返してくれたのだった。