おれの真後ろにラドおじさま、前方左右にゲオフさんカールさんという陣形で狼ヴァルムントへと近づいていく。
いざという時にささっと動けるようにと、この人選になった。
リージーさんは付いてきたがったんだけどね~。一応危険を考えて駄目になった。
静かにこちらを窺っていたヴァルムントは、おれ達が近づいてくることに難色を示しているのか小さく低い唸り声をあげている。
来るなっていう威嚇なんだろうけど、なんか……。
ヴァルムントがやってるってなるとさ……。
その、か……いや、言っちゃ悪いよな。
そうやってヴァルムントの近くまでくると、ヴァルムントは諦めたようで唸るのを止めて耳をへなっと下げていた。
やっぱかわ、……うん。うん!
しかし間近になると本当にでっかいのがよく分かる。
流石に黒龍ほどの大きさはないものの、成人男性二人分くらいのデカさはある。
ほえーっとしながらも、どうにか意思疎通を図るべく声をかけてみた。
「ヴァルムント様」
「ウウ」
分かっちゃいたことだが、言葉という言葉を喋れないらしく返事の鳴き声しか返ってこない。
それでいてどういう体勢でいればいいのか迷っているのか、ヴァルムントは四肢をうろうろとさせ始めた。
最終的には体全体を低くし、頭をおれの目の前に下げる体勢をとることにしたようだ。
耳を後方にペタンとさせつつ、瞼をほんのり下げて困惑した様子の蒼い瞳でじっとおれを見つめてきている。
「わたくしはあなたがヴァルムント様であると確信しておりますが、確認をさせて下さい。ヴァルムント様ですよね?」
「ウォフッ! ……ウウ」
ちゃんとした回答が出来ないのがもどかしいのか、不満そうな声を出した。
……あ~~~~~~。あ~~~~~~!
我慢できなくなってきた!
正直言っていいか? いいよな?
……可愛すぎない?
なんか喋ろうとして「ウォフ」って言ってるの可愛いし、目を右往左往させてるのが丸わかりで可愛いし、耳がへなってて可愛い。
血で汚れちゃってる部分があるとはいえ毛並みがマジで良いし、おれも手が血で汚れてるからわしわしとしないけど絶対にもっふもふだ。
う、うおー! 目の前に差し出されてる鼻先撫でてえー! よしよししてえー!!
なんだこの最強の生き物。
戦ってる姿はガチでカッコよかったし、なんか爪が薄青く煌めいていて美しいし。
この爪、多分……ヴァルムントが愛用してる剣と同じ色してるよな?
そこに融合かなんかしてるのか?
てかさあ! 草原とか駆け抜ける姿とか絶対に様になるじゃん!
それでもって背中に乗ったりできたら更に最高だな?
夢に溢れすぎてるぞ、ヴァルムントくん!
そんなおれの感情がダダ漏れているのかなんなのか、ヴァルムントくんが小首を傾げながらおれを見始めた。
あ、あ、あざとい! 最高!!
……じゃなくて! ヴァルムントが元に戻る方法を考えなくちゃ!
こほんとひと息ついてからヴァルムントへ言葉を投げかける。
「ヴァルムント様、元のお姿には戻れますか?」
ヴァルムントは何回か目をパチパチさせた後、ゆっくり首を左右に振った。かわいい……。
う〜ん、しっかしなぁ。
ヴァルムント自身が戻り方を分かっていないだけなのか、ヴァルムントだけでは元に戻れないのか分からんな〜。
「わたくしから魔力を送ってみます」
ものは試しと、手を翳して魔力を送ってみる。
戻れ〜戻れ〜と念じてみたが、ヴァルムントは特に効果を感じないようで首を傾げるだけだった。
ええ〜〜? どうすればいいんだ……?
おれも同じく首を傾げていると、カールさんから声がかかった。
「あの〜、治療魔法かけてみるのはどないです?」
「異常を治す、ということか」
ラドおじさまの言葉で納得がいった。
確かに今の状態って、ゲームでのいわゆる『状態異常』にあたるのかもしれない……!
トラシクには姿の変わる状態異常とかなかったから思いつかなかったわ!
ならばと早速治療魔法と変化治療の魔法をかけてみたのだが……。
「……戻りませんね」
ゲオフさんの言う通り、依然ヴァルムントは狼のままだ。
傷が癒えた感覚はあったが変化治療の方はスカった感覚がしたので、状態異常ではないっぽい。
うわ〜〜〜ん! マジで! どうしてあげたらいいんだ〜!?
え〜っとえ〜〜〜っと、ヴァルムントくんは狼でしょ?
人狼ではないもんね? 月とか関係なさそうだし?
ウィルスや人体実験……じゃないじゃない、多分おれのせいだし。
飛躍しすぎてるな!? もっと根本に戻って……、戻って……。
狼じゃん? 獣じゃん? ……獣。獣…………あ゛っ。
……いや、まさか、まさかねぇ〜!?
まさかそんな、そんなこと、そ、そんなこと……。
何度も瞬きしながらヴァルムントを見る。
綺麗な蒼い瞳が、じっとおれを映していた。
このままだとヴァルムントのことだから、ずっとここにいるとか実際には言えないけど言いかねない。
狼の姿もカッコいいし可愛いし好きではあるけれども、おれは、……人間であるヴァルムントが、ヴァルムントの笑顔が何よりも好きだ。
だっ、だ、だから! だから試せることは試しておかなくちゃいけないよな!?
羞恥心が天元突破しそうなので、護衛の3人に必死のお願いをする。
「あ、あの……。試してみたいことがございますので、少々後ろを向いていただけないでしょうか……?」
「カテリーネ様、流石にそれはなりません」
「まぁまぁゲオフ、ここまできたらヴァルムント様には違いないやろ。……ですけどカテリーネ様、全員後ろを向くってのはアカンので誰か1人だけでも……!」
ぐ、ぐぬぬ……。譲歩してもらってるんだし、カールさんの言ってる通りのことが落とし所か……。
ラドおじさまには一番見られたくないので駄目、ゲオフさんかカールさんだったら……。
ゲオフさんかなぁ。多分ゲオフさんは誰にも言わないだろうし。
偏見の偏見だけど、カールさんはお兄様やリージーさんに言いそうな気がする。
「では……、ゲオフさん。お願いします」
「承知いたしました」
深い頷きを返してくれたが、多分これから顔真っ赤にさせちゃうと思うんだよな。
おれも顔真っ赤になるがな! は、ははは……。
そんなことを思いつつ、カールさんとラドおじさまが後ろを向くのを確認してからヴァルムントに向き合う。
どうするのかという問いかけの目をしているのを見ながら、おれは汚れてしまっている手を狼ヴァルムントの顎下辺りに添えていく。
「ヴァルムント様……」
自分の顔を鼻先間近まで持っていくと、ヴァルムントの動揺が寄り目になった目から伝わってきた。
もう勢いでやるしかない! く、くらえー!!
思いっきり目を瞑り、勢いよく鼻下にある口……唇へとキスを送る。
だって!! 童話とかであったじゃん! キスしたら解けるとかそういうの!!
一気に全身が発火し尽くして、へろへろになりながら一歩後ろに下がる。
あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜やっちゃったやっちゃったやっちゃった……!
羞恥で目が開けられずにぷるぷると震えていると、ふっと空気が変わった感覚がした。
「あ……、ヴァルムント様」
ゲオフさんの声が聞こえ。
一歩の靴音が、おれの目の前から響いた。
その人はおれの両頬に手を置き、額をそっと触れ合わせてくる。
ゆっくりと目を開くと、いつものヴァルムントがおれの鼻先に見えた。
そうしてヴァルムントは柔らかな微笑みを浮かべると、静かにおれの唇へキスを落としてくる。
おれが固まっている間に少し離れたヴァルムントは、若干目を逸らしながらこう言ってきた。
「……先程カテリーネ様がされたのは、私の上唇でしたので。……これが、最初です」