TS生贄娘は役割を遂行したい!   作:雲間

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三十五

 

 兄さんは、『できない』人だ。

 

「ユッタ、大丈夫だ! 俺が一番の詐欺師になってお前を守ってやるからな!」

 

 いつもそう誇らしげに宣言していた兄さんは、あたしが覚えている中で一度も詐欺をできたことがない。

 最初は詐欺とかじゃなくて交渉が上手くできてるんだって思っていたけど、成長していくとそうじゃないのが分かってきた。

 いつも兄さんは詐欺をするつもりだったのに逆に利用されてばっかりだった。

 兄さんは利用されているのに気づかないけど、あたしには分かる。

 兄さんを利用している人は大体、薄っすら笑って怖い顔をしてた。

 何回か兄さんに詐欺をしないで言っても「詐欺師が一番強い」って言って聞かない。

 それに、生活費を稼ぐにはこれが一番だからと言われて、あたしは説得を諦めた。

 

 あたしは知ってる。

 兄さんがあたしを育てる為に、苦労しているってことを。

 あたし達には両親がいない。

 聞いても話してくれないから、多分あたし達を捨てていなくなっちゃったんだと思ってる。

 なのに兄さんは自分1人だけでも大変なのに、完全にお荷物な小さいあたしをここまで育ててくれた。

 あたしなんか見捨てて行っちゃえば、もっと余裕のある生活をできたはず。

 それをあたしは分かっているから、兄さんを止めきれないし、兄さんの役に立ちたいって思ってる。

 もちろん、詐欺については本当にやめてもらいたいって思ってるけど……。

 いくらできてないって言っても、捕まっちゃうかもしれないし!

 ヘルトさんや周りのみんなが兄さんのことを分かってくれているから、今はなんとかなっているって分かってるのかなぁ……。

 

 でも、最近気がついたんだ。

 兄さんが詐欺をできていないのは、兄さんが優しいからなんじゃないかって。

 本当はいけないことだって分かっているから、『本当の詐欺』をしたくないからできていないんだって。

 ただ、バカ……っていうのは本当にそうだと思うよ。

 そうじゃなきゃ詐欺師なんて目指したりしないもん。

 

 そんな優しい兄さんは、今日も優しい兄さんだった。

 

 村に帰ってから、カテリーネ様は少し休みたいと仰って早々ベッドでお休みになられた。

 あんなことがあったし、お休みになられるのは当然だと思う。

 リージーさんからは一度心を落ち着かせてきなさいと言われて、あたしは家から出て村の中を適当に歩いていた。

 そのまま侍女としての仕事をするって言ったのに、駄目の一点張りをされてしまったのだ。

 そんなに落ち着いてないのかなぁと落ち込みながら歩いていると、今回の出来事があってから比較的元気な兵士さん達と兄さんが端っこの方で話をしていた。

 なんだろうって思いながらこっそり近づいていくと、あんまりよくない雰囲気が漂っている。

 

「だが、あれは正直……」

「違うだろ!?」

 

 難しそうな顔をする兵士さん達に兄さんが怒っていて、他の何人かは兄さんの意見と同じみたいで頷いていた。

 怒られた人達は気まずい顔をしていて、兄さんが言っていることは分かっているみたいだ。

 

「分かってるさ、ああ、分かっているとも。けどよ、あんな人間……いないじゃないか」

 

 下を向きながらそう言った兵士さんの言葉に、あたしは真っ先にヴァルムント元帥が思い浮かんだ。

 ……言ってる通り、人が大きな獣になるだなんてことは聞いたことがない。

 物語とか昔話とかではあるけど、現実ではあり得ないってみんな分かってる。

 なのに今日元帥に起きた出来事は正しくそれで、びっくりしたし信じられなかった。

 けれどカテリーネ様だけは元帥であるのを疑ったりしないで、真っ先に行こうとしたのはすごかったと思ってる。

 なんて言えばいいのかなぁ……。すごくすごく元帥のことを信頼しているからなのかなって。

 カテリーネ様がそう信じているなら、あたしも狼は元帥なんだってすぐに思えたんだよね。

 

「助けてもらっただろ! 元帥は命懸けで俺らを守ろうとした! それに元帥は俺達を襲うこともなかった! だから、だから怖いって思うのは違うだろ!?」

「分かってるって言ってるだろう……!」

 

 兄さんはあんなに元帥のことを怖がっていたのに、できれば近づきたくないって言っていたのにこんなにも怒ってる。

 そんな兄さんの様子に心がじんときたのを感じながらも、あたしも本当のことを教えてあげようと思って兄さん達に堂々と近寄っていってた。

 

「ユ、ユッタ、お前どうして……」

「聞いてください!」

 

 あたしは戸惑っている兄さんをよそに、胸を張り腰に両手を置いて全員に聞こえるように言ってあげた。

 

「元帥がああなったのは、聖女たるカテリーネ様のお力なんです! カテリーネ様が元帥にもっとお力をと願われたから、強くて大っきい生き物になったとお聞きしました!」

 

 戻っている途中でカテリーネ様にこっそり元帥がどうして変身したのか聞いてみたら、そういう答えが返ってきた。

 元帥も「そうかもしれません」って言ってたから間違いないはず!

 ふん! と鼻を鳴らしながら主張をすると、元帥を怖がっていた人達はぽかんと口を開けてあたしを見ていた。

 なぜか兄さん達側までぽかんとしてると思ったら、勢いよく頷きを返してくる。

 

「せ、聖女様だぞ! そんくらい……簡単にできちまうはずだ!」

「ああ、戦争を止めちまったんだ! できないことはない!」

「いや、お前ら……。はぁ。あー、そう言われるとそうかもしれねえな……」

「……聖女様だしな。ヴァルムント様だって、あんなに強いお方だから変身するのも不思議じゃねえか」

「なんにしても愛があるからねえ」

「愛ならあってもおかしくねえなぁ」

 

 うんうんと頷いて納得してくれたので、あたしも同じようにうんうんと頷いたのだった。

 

 

 ◆

 

 

 その後、あたしはカテリーネ様の下に戻って、起床されたらしいカテリーネ様が入浴されて部屋に戻ってこられるのを待っていた。

 狭いからとリージーさんだけがカテリーネ様とご一緒されて、あたし達はお部屋で寝具を綺麗にしつつ、タオルとかの準備をする。

 そやってカテリーネ様が戻ってこられ、ベッドに腰掛けられた時にあたし達は息を飲んだ。

 

「か、カテリーネ様……」

 

 カテリーネ様の指先が紫色になってしまったのは知っていたけれど、足先まで紫色になっていた。

 滅多に足先は他の人に見られないって言っても、足までこうなっていたらびっくりするし悲しいはず。

 心配してカテリーネ様を見上げると、カテリーネ様は困ったようにお顔を傾けてからみんなに笑顔を振りまきながらこう仰った。

 

「大丈夫です。手も足も、痛みがあったり気分が悪くなることもありません。……ですが、皆様にお見苦しい姿をお見せして懸念を抱かせてしまうのが心配です。貴方達も、怖かったら離れていいのですよ」

 

 カテリーネ様はお兄さんである皇帝陛下想いで、自分のせいで陛下に悪い評判が出るのをすごく嫌がっている。

 普通は一番自分の体がどうなっているのか不安なはずなのに、真っ先に心配しちゃうのがお兄さんやあたし達のことでこっちが不安になってくる。

 けど兄さんにもっと迷惑かけてないかって思っちゃうのはあたしも同じだから、カテリーネ様のお気持ちがすごく分かった。

 

「カテリーネ様、大丈夫です! あたし達は全然怖くないですし、絶対に隠し通します!」

「その通りです。厚手で透けない手袋はございますので、御着用いただければ問題ないかと。御御足も同様です」

 

 リージーさんがそう言うと、カテリーネ様は柔らかく微笑んでからあたし達に御礼を言ってきた。

 

「……ありがとうございます。手間をかけさせてしまいますが、よろしくお願いします」

 

 全然そんなことはないって言おうとしたら、衣服担当のレニャさんがいっぱいの笑顔で宣言をする。

 

「問題ないですよ、カテリーネ様。私はカテリーネ様のお洋服を考えるのが一番楽しいんです」

「そうですよ、カテリーネ様」

「皆様……。ありがとうございます、わたくしは幸せ者です」

「幸せ者なのはこっちですよっ!」

 

 前皇帝のせいで人生を振り回されて、突然皇女としてのお立場になって、今回こんなことがあって。

 それでもカテリーネ様はいつでもお優しい方で、こんなあたしまで気遣ってくれる。

 貴族の人に仕えるのはとても大変だけれども、もっとこのお方に恩返ししたいって思ったのはカテリーネ様が初めてだ。

 だからあたしは、カテリーネ様の為に頑張りたいっていつも思ってる。

 腕をぐっとして主張をすると、カテリーネ様はあたしを見てにっこりと笑った。

 

「ふふふ、ユッタさん。か……、嬉しいです」

「なっ、何でしょうか……?」

 

 カテリーネ様が何かを言いかけてやめて、いきなり嬉しいと言ってきてよく分からなくなったあたしは首を傾げた。

 一方のみんなは分かっているみたいで同じように笑っている。

 ……たまにこういうことがあって、あたしは毎回首を傾げるか口を尖らせることしかできないのだった。

 

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