おれは時空か何かが歪んだのかと思った。
だってさぁ!? なんでこんな突然プロポーズしてくるの!?
そんな雰囲気なかった……あ、ああ、いやあったわ。
村の人達からやたら囃し立てられてたな……。
ヴァルムントくんってばしらーっとした顔だったから効いていないと思っていたのに、意外と効いてたのかよ!
でっ、でもでもでも、こっ、子どもとかはまだ早いと思うんだよな〜っ! な〜!?
おおおおおおれだってまだまだお兄様に貢献できてないし!?
けど、あの、あの、あの、あの……、……おっ、おれは、その、望んでくれている以上は、や、やぶさかでもないというか何というか……。
思考があっちこっち行ったり来たりを繰り返し、何度も瞬きしたり指先をもじもじさせていたら、ヴァルムントは強く拳を握り締めたまま重苦しい心情のこもった声で理由を述べてきた。
「カテリーネ様には安全で静かな場所にて療養をしていただきたいのです。手袋で隠そうとも、いずれはカテリーネ様の手足について露見する日が来るでしょう。謂れもない噂で貴方が傷付くなどあってはいけない。ましてや私が獣へと変化できると判明した際には、貴方へ心ない言葉が飛んできてしまうでしょう。……私は、貴方に傷ついてほしくない。だからこそ私と結婚をし、公務が不要な立場となっていただきたいのです。そして貴方が健康なお姿に戻れるまで、不要な言葉の届かぬ安全な場所で待っていただけないでしょうか。必ず私が、貴方が元に戻れる方法を探し出します」
憔悴した顔から紡がれる、陰鬱ながらも真摯な感情が伝わってくる言葉に慄きつつ、脳内で頭を抱えた。
そうだった。ヴァルムントは超超超超大真面目さんだったわ……。
わっ、わ、分かってたし! 知ってたし!
なんていうか、その、こんな大変な時に幸せいっぱいみたいなプロポーズしてこないもんね!?
そう考えると村の人達からの声も聞いてるようで聞いてなかったんだろうな。
おれを護る為にも言わなきゃ言わなきゃって思ったのが簡単に想像できる。
……はぁ〜、どうするかな〜。
おれを心配してくれるのは嬉しい。うん。
大真面目に考えて考えて出した答えがさっきのなんだろう。
けどさ、大事なことが抜けてるんだよね〜。
「ヴァルムント様」
「……はい」
「その理由で、わたくしが納得するとお思いでしょうか」
淀みが見えるヴァルムントの瞳をじーっと見つめながら言ってやった。
傷ついてほしくない、護りたいって思ってくれるのはいいが、おれがどう思うかってのが抜けてるんだよね。
おれ自身は手足がやべー色になったのをそこまで気にしてない。
周囲への影響とかを考えたら隠し通した方がいいのは当然だけど、今回そこは別問題だから置いておく。
ヴァルムントが狼になったのだって、おれ的にはウェルカムだ。かっこいいじゃん!
偏見だったりとか飛んできても、おれのヴァルムントくんはこんなにもカッコよくて美しくてとびきりに強いんだってのを力説する。
大体さ、おれのせいで狼になっちゃったかもしれない以上、おれが責任とるのが筋ってものだ。
それこそ巫女で聖女で皇女なおれのパワーでゴリ押しして、怖いとか恐ろしいとか言う人達の声を目立たなくさせてやる。
巫女様が神より与えられしうんぬんかんぬん〜って適当に言ったら信じてくれる人はいるでしょ。
お兄様やヘルトくん、あんまり信用しにくいけど闇深軍師だって協力してくれるはずだ。
おれ自身を護る場所については諸説あると思うけど、症状を治すって点で考えると人が大勢いる場所の方が知見は集まりやすいだろうし。
嫁げば当然公務とかで公の場にでる機会は減るだろうけど、適当に理由をつけて領地で引きこもってる嫁さんってなるのもそれはそれでなんか嫌だな……。
だから……、なんつーのかな。う〜んと、そうだわ。
「お一人で悩まないでください。お一人で決断されないでください。これは、ヴァルムント様だけの問題ではございません。わたくしと、ヴァルムント様との問題です」
おれは立ち上がってヴァルムントの隣に座り、きつく握り締められている片方の拳に両手を重ねる。
そうして陰りの見えるヴァルムントの顔を見上げながら、強く主張をし始めた。
「わたくし自身は腕が立つ訳でもなく、護っていただいている立場なのは確かです。ですが、今のわたくしはお兄様や一緒にいてくださる方々、そしてヴァルムント様がいるからこそ、心は強く保てています」
前までのおれは『何者かになりたい』という一心で馬鹿一直線に走っていた。
だから周囲のことなんか気にせず動いていたが、それは心が強いからだったとは到底言えない。
今のおれにはお兄様がいて、ヘルトくんやラドおじさま、リージーさん達に護衛2人がいて、ルチェッテ達みんながおれの傍にいてくれている。
隣に、ヴァルムントがいる。
おれはおれのことを愛してくれている人達の為に、近くにいて恥ずかしくない存在であろうと思っている。
立派にお兄様を支えられる人物であろうと思っている。
だからどんなことを言われたとしても、そんな簡単に折れたりなんかしない。
「わたくしを信じてください。わたくしはどのようなことがあろうとも立ち続けると、信じてください。わたくしもヴァルムント様を信じています。ヴァルムント様がいついかなる時も強くあり、己を保ったままわたくしの下へ必ず帰ってきてくださると。……あなたが好きなわたくしを、信じてください」
おれは絶対に揺いだりしないという気持ちでヴァルムントを見つめ続ける。
逆にヴァルムントはおれの言葉で揺らいだらしく、歯をギュッと噛み締め戸惑っているのが分かった。
「ヴァルムント様、わたくしはただ弱い存在ですか? 何にも耐えられない存在でしょうか?」
「……いいえ。私が驚くほどの気丈さがカテリーネ様にはございます」
ゆっくりと首を左右に振り、そうではないと否定してくれた。
よし、この調子だ! 押すぞ、おれは押すぞ!
今後の為にも恥ずかしさなんか投げ捨てろーっ!
おれは体をヴァルムントにくっつけるように倒し、ピトッと寄りかかる体勢にした。
「……それにわたくしは、大手を振って祝福される状況での結婚をしたいのです」
後ろ向きな理由での結婚とか、おれは嫌だね!!
だからその、あの、……結論としてはこれに尽きる。
政治的理由とかそういうのならまだ分かるよ、ちょっぴりそれが入ってるのも分かってる。
でもでもでもでも、でも!
今はまだその選択をとらなくてもいい状況だと思うんだ!
どんどん体温が上昇していっているのを感じながら、おれはひたすらヴァルムントからの返事を待った。
「……カテリーネ様」
「はい」
おれの返事と共に、ヴァルムントが空いていた手をおれの手へ重ねてくる。
深い呼吸が寄りかかっている体から伝わってきた後に、しっかりとした口調で声が飛んできた。
「不甲斐ない私で申し訳ございません。……今回の全てが解決しましたら、私と結婚していただけないでしょうか」
「……はい、喜んで」
了承を返した途端、おれの頭にヴァルムントからの口付けが降ってきた。
しばらくそれが続いたかと思ったら、ゆっくりと手を解いてからぎゅっと肩を抱き寄せられる。
おれもヴァルムントも特に何か言うことなく、しばしそのままでいたのだった。