お兄様はおれが否定したから落ち着いたのか、はぁ〜と大きな息をつき頭の後ろに両手をやってヴァルムントへ視線をやった。
「あ〜、ヴァルのことだから『責任を取らなければ〜』みたいに言ったんじゃないかと思ってな? ただ俺はそんな理由で許しはしないぞ?」
ちょっと違うけど大体合っているのが怖いわ。
だからヴァルムントは反論も何もできず、気まずそうに斜め上へと目を動かしていた。
「まさかお前……、おいヴァル。……おい、おい!」
「お、お兄様」
立ち上がって詰めに行こうとしたお兄様の服を掴んで押し留めていると、ヘルトくんが状況が分からないなりに話の転換をしてくれた。
「え、えっと! 言わなきゃいけないことってなんだったの?」
ナイスだヘルトくん! 流石だヘルトくん!
脳内でスタンディングオベーションをしつつ、再度お兄様を座らせて元の話題をしようとヴァルムントを促した。
ヴァルムントは一度咳払いをしてから居住まいを正して口を開いていく。
「お話したいのは私の変化についてです。以前より力の加減が上手くいかない事がございましたが、それに加えて私の身が獣へと──巨大な狼へと変化する事態が起こりました。その結果、窮地を脱することができましたが、異常事態であるのには変わりません。恐らくカテリーネさまと私を繋ぐ呪いの力が原因かと思われますので、目撃をした兵達へはカテリーネ様のお力によるものだと説明しました。……概ね、それで納得しているようです」
お兄様が「正気か?」って目でおれを一度見てから、もう一度ヴァルムントへ目をやった。
おれもヴァルムントも大真面目続行なのを見て、お兄様はゆーっくりと首を横に捻った後、唸り声を上げながら天を仰いだ。
嘘は言ってないと分かっているのに信じられないんだろうなぁ。
反対にヘルトくんはすんなりと信じてくれたみたいで、ヴァルムントに向かって頷きを返している。
「ヴァルムントと姉さんのことを信じているから、僕は信じるよ。言いにくいことなのに、僕にも言ってくれて嬉しい」
「ヘルト……」
「待て待て待て待て! 信じてない訳じゃないからな! 違うからな! ただちょっと受け止めきれてないだけで……!」
光のヘルトくんにヴァルムントが焼かれている空間を切り裂くように、お兄様が腕を振って否定をしてきた。
お兄様の反応が真っ当だとおれは思うよ。うん。
落ち着かせようとお兄様の肩をぽんぽんとしていると、お兄様はふぅと息を吐いてから片手で頭をかいた。
「それが事実なら……あ〜、まだ変に広まったりはしないだろ。実際に変化しているのを見ない限りは信じられないだろうし、言ったやつの頭がおかしくなったと思われるだけだ。で、その変化ってのはどんな時に起こりそうなんだ? きっかけは? 次第によってはやらなきゃならんことが沢山ある」
「帰還の道中に様々な手法を試してみましたが、どれも変化には至りませんでした。……少なくとも危機的状況下が条件のようです」
おれが変身しろ〜と念じてみたり、ヴァルムントくんが単独で魔物退治に行って試してみたりと思いつくものをやってみたが、どれも狼への変身には繋がらなかった。
だからピンチの時でないともう一度変身するのはないんじゃないかなぁと。
……戻ることについては曰く「感覚を掴んだ」らしいから大丈夫だとも。
そっ、そうですかぁ〜! ふ、ふ〜ん。
「なら普段過ごしてる分には問題なさそうか? はぁ〜、分からんことばっかで頭痛くなってくるぞ……」
「ディートリッヒさん、僕たちも手伝いますから心配しないでください」
「ヘルト〜! お前は本当に心強いな……!」
お兄様もヘルトくんの光具合に焼かれていた。
現時点でどうにもできないことを悩んでばっかりいても仕方ないので、本当にヘルトくんの前向きさには救われるわ〜。
「ヴァルについて現状できるのは、カテリーネが持って帰ってきた本を解読するくらいか? 後はイブラントの者にも聞ければいいが、そこまで内情を知られるのもな……。なんかありゃ話は別なんだが」
国として弱点になりうる『情報』を簡単に渡せないということだろう。
お兄様の個人的感情は別として、最悪おれについては国としてどうとでも処理できるけど、国防たる顔についての変な話は避けたい……ってところか?
逆に威嚇にはなり得そうとはいえ、なにが起こるかなんて分からないから駄目って考えたっぽい。
……本当にそう考えてなのか分からないし、素人考えでしかないけど!
「どちらにせよ今日は本当にこれで終わりな! ごめんな〜カテリーネ。疲れただろ?」
「いいえ、お話すべきことでしたから。お兄様もヘルトくんもありがとうございます」
「協力できて嬉しいから、僕は大丈夫だよ!」
明るく返事をしてくれたヘルトくんに癒されつつも、今日のところはひとまず解散となった。
お兄様はこのまま残り仕事を続け、ヘルトくんは早速何かできないかとどこかへ走っていく。
おれは手袋を装着してからヴァルムントに連れられ、外で待機していたリージーさんと護衛と共に部屋へと向かっていったのだった。
◆
帝都に着く前日の夜にヴァルムントと話していたことがある。
悪夢を見るからと、一緒の場所で寝続けていたのについてだ。
流石に帝都で一緒に寝るだなんてことは醜聞にも関わるしできない。
それに、事件が起こって村へ帰った時、疲れたからと1人で仮眠をとったのを思い出したのだ。
その時は悪夢なんて見なかったし、きっと大丈夫だろうとこれを根拠に説得をした。
結果として、悪夢を見たら報告を絶対にすると約束を交わすことで一旦終わりとなったのだ。
ヴァルムントも様々な対応をするらしく、おれの部屋まで送ってくれはしても入る気はないらしい。
ちなみにここで別れると今日はもう会うことはないはずだ。
そんなことを思いながらも部屋に到着し、そのまま解散する予定だったのだが……。
「カテリーネ様」
「はい、なんでしょうか」
リージーさんに扉を開けられ、後はおれが入るだけとなった瞬間にヴァルムントから呼び止められた。
体をヴァルムントへ向けて首を傾げると、当人は少し気まずそうに視線を揺らしてから一度首を振り、居住まいを正しておれを見つめてくる。
どうしたんだと不思議に思いながら見つめ返していたら、急に距離を詰めてきておれを包み込むように抱きしめてきた。
「ゔぁ、ヴァルムント様……!?」
人前でそういうことやめてって〜!?
おれが慌てふためいている内に、ヴァルムントがおれの耳元で『あること』を囁いてからあっさりと離れていく。
そうしてヴァルムントはしっとりとした微笑みを浮かべてから、「失礼します」と去っていった。
反対におれは胸をバックバクにさせつつ、周囲に見守られながらおぼつかない足取りで部屋の中へと入っていきソファに体を投げる。
両手のひらで真っ赤になった顔を隠すように当ててながら、じわじわと湧き上がってくるものを必死に堪えた。
頭の中でさっき言われた言葉がリフレインして止まらない。
『少々、寂しいです』
だなんて、お前、……お前〜っ!!
結局ある程度気持ちが落ち着くまで、ソファに体を埋め続けることしかできないのだった。