あれ? ヴァルムントって部屋にきてたよな?
窓から眩しい太陽の光を受けながら、ぼんやりと昨晩あったことを思い返していた。
あんまりにも寝ぼけていた時にあったことだから、もしかして夢だったのか……?
体を起こして首を捻っていると、おれが起きたのに気がついた侍女さん達が寄ってきて、その中のユッタがうるうるとした顔で一番近くまで来た。
「おはようございます。ご体調はいかがですか……?」
「おはようございます、ユッタさん。わたくしは大丈夫です。少しばかり、ぼんやりとするくらいで……」
「それは大丈夫って言えないですよぉ!」
な〜んかぽやぽやした感じになっているだけで、昨日のくらくらする感覚はないんだけどな……。
う〜んとなりながらも、話題転換すべくリージーさんにヴァルムントのことを尋ねてみる。
「夜にヴァルムント様がいらしていましたか……?」
「はい、いらっしゃいました。ディートリッヒ様も僅かな時間ではございますが、カテリーネ様のご様子を確認されておりました」
うわ〜っ! お兄様も来ちゃってたのかぁ〜。
いや、そりゃそうだよね、お兄様も来るよね。
ううう、これは過保護が酷くなりそう……。
折角昨日助ける約束をこぎつけたのに、なしになりそうな予感しかしないぞ!
他の侍女さんが差し出してくれたコップから水を飲んでからため息をつくと、リージーさんがこの後の予定を言ってくる。
「カテリーネ様、この後ブラッツ先生と魔術師の方がいらっしゃいます。お身体に支障がなければ御着替えいたしましょう」
「ええ……。……魔術師?」
おれの体調をチェックしにブラッツ先生が来るのは分かるが、なんで魔術師の人が?
そんな当然の疑問に、すぐさま回答が入った。
「元より魔術関連に見られる症状ではないかと推測しておりましたが、ヴァルムント様がカテリーネ様よりお伺いした症状から、魔術関連で間違いないだろうと。ですので、お身体に問題がないか医療並びに魔術的観念から確認いたします。そして改めて本に魔術の仕掛けがないか綿密な確認をしたところ、何らかの……恐らく血筋に反応する魔術があったのではないか、という説が浮かび上がりました」
くらくらとし始めたのは本の仕掛けが発動したせいで、おれがあの本の内容を分からないはずなのに分かったのは、文章を強制的に理解させられていたからってこと?
こ、こわ〜……。勝手に翻訳してくれるのは楽ではあるが、もうちょっとこうさぁ、やり方ってもんがあるでしょ〜!
見つけた時にこうならなかったのは、本腰入れてなかったから発動しなかったのかも……?
兎にも角にも、さっさと着替えて診断をもらって問題ないって言ってもらわないと。
これ以上心配かけられるのはごめんだ!
「分かりました。では着替えをお願いします」
「かしこまりました」
そうして行われた診断は問題なしだった。
魔術師の人によると、外部からの魔術を受け入れる器に許容量以上のものが打ち込まれた結果、キャパオーバーしたって感じらしい。
そういった魔術があるらしく、手足の症状と関係している訳ではないとも。
んで、これから本の解読をする時には一日一文字くらいでやれば問題ないだろうとも言われた。
い、一日一文字!? 一日一文字!?
折角の手がかりなのにそりゃないよ〜って感じだが、無理して押し進めると心配一直線だ。
大変だが地道にやるしかないと、脱力しながら思うのであった。
◆
「お兄様」
「……だめだ」
「お願いです、お兄様……」
「だめったらだめだ」
診断からちょっとしてから、無理やり時間を作ったお兄様が部屋に突撃してきたので、先程の結果を報告して説得をしようとしたのだが……ご覧の有り様だ。
ソファに座っているおれの目の前で、お兄様は腕組みをし口をひん曲げて仁王立ちしている。
やっぱりこうなっちゃったなぁと遠い目をしながらも、必死でお兄様の説得を続けていく。
「今回はわたくしが何が起こるか分からないまま本を読み進めてしまったのが原因です。次からは一日に一文字だけ読み進めれば健康上問題ございません。ですので、先日の約束はそのまま進まさせてください」
今回起こったことはちゃんとセーブをすれば健康上に問題がないし、なにより自分やヴァルムントの問題解決に関わってくる。
だからおれは絶対にお兄様の力になりたいので客人の相手はしたいのだと、強くつよ~く訴えた。
「カテリーネ。本についてはそれでいいが、客人についてはやらなくてもいいことだ。手足のこともあるし、お前が健康に生きてくれていることが俺にとっての一番大事だからな。そもそも血筋に反応するってんだし、俺が読み進める方向で進めてもいい。そもそも暫定で皇帝に就いた以上、俺抜きでもある程度回るようにし始めているからな」
「だっ、駄目ですお兄様! 仮にお兄様が倒れてしまわれたら様々な物事に支障がでますし、何よりもわたくしがお兄様が倒れているところなど見たくありません……!」
立ち上がってお兄様の服を握り必死で訴えた。
魔術には人それぞれ適性があり、お兄様はできなくはないがあんまり向いていない方だ。
比べておれは向いており、普通の人だったら一文字で限界だとも言われていた。
そんなお兄様が本を読んだらぶっ倒れるし、あらゆる業務がどったんばったんするのが目に見えている!
いくらシステム組んでるって言っても突然そうなったら回らないもんなんだぞ!
そして一番危惧しているのは、おれに負担をかけまいと無理して一人で読み進めかねないことだ。
お兄様を助けたいって思っているのにお兄様に負担がかかるのは本末転倒だ。
「それは俺も同じだと分からないか?」
「お兄様とわたくしでは立場が違います! お兄様よりもわたくしは皇女として、皇族として仕事ができておりません。お兄様のお役に立てていません! わたくしはもっと、お兄様の力になりたいのです!」
一歩も引かないお兄様に負けじと反論するが、お兄様は眉間の皺を深めるばかりで一切おれの言葉に頷きを返してくれない。
「どうしてお前は自分自身の体に対して無頓着なんだ。育った環境のせいか? 本もやらなくていい、俺がやる! もっと危ないと恐れてくれ、体に気を遣ってくれ! 俺はお前に死んでほしくないんだ!」
「これくらいで死にはしません! わたくしはお兄様の為に、ヴァルムント様と皆様と共にある為に生きると誓ったのです! 自分の体です、加減は分かっております!」
「分かってないだろうっ!! お願いだ、大人しくしてくれ。……俺は、お前を失いたくない」
怒鳴りはしたものの、最後は悄然とした態度でおれを見つめてきた。
言いたいことは理解できるし、お兄様の心配も理解できる。
それでも今のおれは大人しくいることなんてできない。
ずっと、お兄様はおれの為に動いてくれていた。
ならおれもお兄様の為に動ける時は動いておきたい。
「今回わたくしは折れません。お兄様がどう言おうとも、他の方々はわたくしに味方してくださると思います。お兄様が諦めてください」
「カテリーネ!」
「嫌です」
もしお兄様が本を読もうとしても、そこで働いている人達はお兄様の重要性を理解しているから絶対に止めに入るのが見えていた。
おれは良くも悪くも『暇』なのだ、おれが読む方が都合がいいに決まっている。
そうやって折れない姿勢のままでいると、恐る恐るといった様子の兵士さんが中へと入ってきてお兄様に声をかけた。
「……失礼します。ディートリッヒ様、お時間です」
「……っ。カテリーネ駄目だからな。絶対に駄目だからな! 本も読ませない、客人にも会わせない! ヴァルにも言っておく!」
「お好きにどうぞ」
絶対におれが本を読み進めるし、客人にも会うし、ヴァルムントが今回の件でどう言ってこようが絶対にやめない。
おれはツンとした態度のまま、苦い顔をしているお兄様が部屋から去っていくのを見送ったのだった。