TS生贄娘は役割を遂行したい!   作:雲間

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XIV

 

 会議中に「ヴァルムント様、何卒! 何卒お願いいたします……」と、焦燥した兵からの依頼でディートリッヒ様のいらっしゃる執務室へと足を向けたのだが、扉を開いた先には澱んだ空気の中で奇怪な光景が繰り広げられていた。

 奥に見えるディートリッヒ様は黙々と書類を捌いているが、真顔のまま涙を流し続けている。

 書類に涙が落ちぬよう、真っ直ぐな姿勢でこなしているのがより一層奇妙さを引き立てていた。

 ……涙で文字が見えにくいはずであるのに、処理できているのも尚解せない。

 

「ディートリッヒ様」

 

 私の呼びかけに答えぬまま、ただただ腕を動かしている。

 カテリーネ様と喧嘩をなされたと聞いたが、それで心に相当な傷を負ったのが手に取るように分かる様子だった。

 近づいてよくよく見てみると、書いている文字は普段の文字と比べると非常に崩れているのが見える。

 書類はこの状態の文字で使えなくはないが、あまり好ましいとはいえないのは確実だろう。

 一度目を軽く閉じてから、ディートリッヒ様へ再度声掛けをした。

 

「ディートリッヒ様。カテリーネ様とどのような喧嘩をなされたのですか」

 

 カテリーネ様の名前を出した途端に石像の如く固まり、無音の空間が形成されていった。

 回答を待ってはみたものの沈黙が横たわるのみで、一向にディートリッヒ様の口は開かれない。

 それでも根気強く待つと、ディートリッヒ様は握っていたペンを落とし腕を震わせ慟哭した。

 

「か、カテリーネが……っ! カテリーネが自分自身を大切にしてくれないからっ! お、俺は怒るしかなくて……っ! ぐ、ぐうううう……」

 

 とめどなく涙を流し続けながら、私に対して喧嘩した理由を説明をし始めた。

 大まかな内容を伺った後、冷静ではない友に順序立てての整理をしていく。

 

「まず本を読み解こうとするのはお辞め下さい。魔術は向いていないと思った出来事をお忘れですか」

「わっ……、わ、忘れてない。……やめだやめだこの話は!」

 

 赤ら顔になったディートリッヒ様は激しく首を左右に振り、魔術の話を流そうと必死になった。

 かつてのディートリッヒ様は私と同様の、魔術を併用した戦術を目指しておられたのだが、『色々』と上手くいかずに諦めた過去がある。一番有名なのは『十人感電事件』だ。

 ディートリッヒ様と親しい人物であれば既知の事実であるので、命令を飛ばして読もうとしても事前に阻止されるであろう。

 

「あーっと、その、俺のことじゃなくてだな!? ……ごほん。カテリーネをどうにかして休ませたいって話が重要なんだ。それはお前も分かってるだろ?」

 

 一度話を逸らしたことによってディートリッヒ様は幾分か落ち着きを見せ、その眼から涙は流れなくなっていた。

 

「ディートリッヒ様の懸念は最もです」

「だろう? だからヴァルからも説得してくれ……」

「それはできません」

「は!? 何でだ!? お前だってカテリーネのことは心配だろう!?」

 

 席から立って詰め寄ってくるディートリッヒ様に、私は動じることなく言葉を紡ぎ続けた。

 

「はい、心配です。私も、カテリーネ様を安全な場所へと閉じ込めていたいという気持ちはございました。ですがそれは我々の都合であり、カテリーネ様の御心を考えていない行為です」

 

 安静にしていて欲しいというディートリッヒ様のお気持ちは痛いほど理解できた。

 しかしながら、今の私の胸にはカテリーネ様より受けた言葉が存在している。

 

「カテリーネ様はディートリッヒ様のお役に立ちたいと願われています。それを全て跳ね除けてしまうのは違うのではないでしょうか」

「……だが、俺は、あいつが生きてここに居てくれるだけで幸せなんだ。それだけで俺が生きている理由になっている! 役に立っているんだ……っ!」

 

 カテリーネ様が生きていらっしゃると知ってから、ディートリッヒ様は変わられた。

 知る前は生きる為の気力が切れるか切れないかの瀬戸際で揺れていらしたのが、生存を知ったことで一本の強固な線へと変わっていったのだ。

 それだけディートリッヒ様のカテリーネ様への想いは大きいのだと知っている。

 だからと言って、カテリーネ様のお気持ちを汲まない理由にはならない。

 

「カテリーネ様が安静にしているだけが、カテリーネ様の幸せですか?」

「……っ。……それは、……違う……な……」

 

 ディートリッヒ様は片手を指を立てるように頭に置き、顔を俯かせた。

 これ以上の説得は不要だろう。

 

「ディートリッヒ様。カテリーネ様とお話をして、互いに納得ができる点を探して下さい。そうして決めたことを信じてあげてください」

「……だが、上手くいくかどうか……」

「私も共に参ります。ディートリッヒ様もカテリーネ様も問題ないと言える着地点を探しましょう」

 

 カテリーネ様が無理をなさらず、ディートリッヒ様が安心できる形に導く。

 今の私にできるのはそれだけだ。

 ディートリッヒ様は私の言葉に頷きを返してから、腹から大きく息を吐きながらしゃがみ込み、頭に両手を乗せて小刻みに揺らしながら疲れ切った声を漏らしていく。

 

「ちょっと……、ちょっとだけ憧れてたんだ、兄妹喧嘩ってやつを」

「……そう、ですか」

「こんなにも辛いものだとは思わなかった……。もう二度とやりたくない」

「今回のは流石に一般的な兄妹喧嘩とかけ離れていると思いますが……」

 

 兄弟のいない私でも違うと分かる。

 しかしディートリッヒ様は私の声を聞いていないのか、盛大なため息をつきながら髪の毛を手で更に酷く乱していくのであった。

 

 

 ◆

 

 

 夜遅くにカテリーネ様の下へと訪ねると決めてディートリッヒ様とのお話が終了し、私は多岐に渡る仕事の処理へと戻っていった。

 呼び出しされるまでは会議をしていたのだが、もう終盤であったし解散していると兵から報告を受けて次の場所へと移動をしていく。

 太陽の光が届きにくい城内の廊下を歩いていると、向こう側からヘルトが歩いてくるのが見えた。

 

「ヴァルムント!」

「ヘルトか。何かあったのか?」

「ううん。みんなから話を聞いてただけで、特に何にもな……あっ、ちょっといい?」

 

 ヘルトは内密に話をしたいからか周囲を見回し始めたので、近くにいた兵に空いている部屋がないか確認とり、誰もいない小会議用の部屋へと入っていった。

 そんなに時間をとらないからと言われ、どちらも座ることなく立ったまま話が始められていく。

 

「ラハイアーが元気になってくれたからお礼を言いたくって。どんな話をしたの?」

「……これといったきっかけは思いつかないのだが」

 

 思いついた事を伝えてはみたが、元気になったという出来事は全く思い当たりがない。

 ……そもそも、ラハイアーの元気な状態というのも正直よく分からなかった。

 いつラハイアーに接しても、怯えているか何か懇願をしているかの二択だったように思える。

 小首を傾げる私に、ヘルトは口角を大きく上げながら教えてくれた。

 

「一番強いってのは何なのかを教えてもらったって」

「そうか。見つけられたのならばそれでいい」

 

 詐欺師ではない別のものを一番だと定められたのであれば、今後については良い方向へと向かっていくはずだ。

 軽く笑みを返しつつも、疑問に思った事を口にする。

 

「……話したかったのはラハイアーのことだけか? これならば部屋で話す必要はなかったかと思うが……」

「えーっと、一応関係しているから話したかったんだよね。部屋で話すべきだって思ったのは、オシフさんについてなんだ」

 

 ……──オシフ。

 大会で対戦をし挑発してきた相手であり、ラハイアーを下した相手でもある。

 元々目立った活躍をしていなかった兵士だったのだが、大会にて頭角を表し勝ち上がってきた者。

 カテリーネ様がオシフを怪しみ調査依頼をされていたが、ただただ普通の兵士であることが証明されるばかりで何もなかった。

 皇都に戻るまでの様子も、特別変わった行動はしていなかったという。

 交友関係の広いヘルトにも調査依頼をしてこれだったのだ。

 

「何か分かったのか?」

「うん。でもちょっと変なことなんだ」

「変なこと?」

 

 ヘルトは両手を腰に当て首を傾げながら言葉を続ける。

 

「あのね、ラハイアーが話してくれたんだけど、塞ぎ込んでいたのはオシフさんとの対戦した時に話しかけられた内容が原因だったんだって」

「……挑発でもされたのか」

「挑発……、ではあるんだけど。要するに、『一番強い詐欺師を目指す者がこんな場所にいていいのか、妹に迷惑がかかるぞ』みたいなことを言われたって。……ラハイアーって人を騙そうとして騙せていないのを周りの人は大体知っているんだ。でもラハイアーが『一番強い詐欺師』を目指していたっていうのは僕も初めて知ったし、ラハイアーもヴァルムントに初めて喋ったって言ってたんだよ」

「……ただの推測ではなく?」

「推測できなくはないと思う。ラハイアー自身が喋ってないって思っているだけなのかもしれない。でも、僕はやっぱりおかしいなって思ったから共有しておこうって思ったんだ」

 

 誰にも話していないことを知っていたかもしれない。

 不可思議なことではあるが、オシフの警戒を強めた方が良さそうなのには変わりなさそうだ。

 

「ありがとう。こちらの方でも一層警戒しておく」

「……いいの? 自分がこう言うのもなんだけど、僕がおかしいなって思っただけだよ?」

「お前が変だと思ったからこそ信じるんだ」

 

 私の返事にヘルトは少し照れ笑いをこぼしてうんと頷いたのだった。

 

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