ジネーヴラがぶっ倒れ、イザベラの形相が怒りですごいことになっていたのもあって今日の調査は中止となった。
医務室へと運ばれていったジネーヴラは2時間くらいで元に戻ったらしい。
ルチェッテが心配しすぎたのではと思うほど本人はケロリとしていていたが、念を入れて休ませることにはなっている。
当人からは次の日も普通に参加できると連絡がきた。
でも、でもなぁ……。
色々と思うところがあり、明日の調査にはジネーヴラとルチェッテには来ないでもらうことにした。
イザベラが駄目だって言っていたのに、ジネーヴラは突然始めちゃったからね。
ならまずはイザベラに自分の管理不行届きとして正式な謝罪をするべきだと思ったのだ。
勿論、取りやめになった時に謝りはしたが、それはそれである。
身内のしたことなんだから、一番の責任者にあたるおれが菓子折り持って謝罪しないと体裁を保てない。
そうして謝罪をした上で、ジネーヴラがまた参加をしていいかイザベラに聞く。
……ちゃんとジネーヴラ自身からイザベラに謝るのは必要だと思っているよ。
思っていても、ジネーヴラがイザベラの神経を無意識に逆撫でしそうだから、一旦イザベラにある程度落ち着いてもらわないとダメかなって……。
ジネーヴラにはしっかりダメなことはダメだと別で指導されるとはいえね! 本人の気質的にね!
う、うう、謝罪で頭が痛くなるぅ〜!!
◆
翌日、様々な都合で午前中にイザベラが来る予定になり、おれは朝起きてからずっと胃がキリキリとしていた。
ただでさえイザベラはおれに対して敵意持ってるのに、今回でもっと当たりが激しくなりそうだわ……。
服やら朝食やらを済ませ、イザベラを迎える準備中にユッタが寄ってきた。
「カテリーネ様、ジネちゃんがご迷惑をおかけして本当にすみません……!」
「いいえ、わたくしが止められていればよかった話なのです。気にしないでくださいね」
昨日からユッタは友達だからとジネーヴラのことを謝り倒していた。
謝られまくるのも辛いところあるから、本当に気にしないで欲しいんだよなぁ。
リージーさんからリラックスできるお茶を淹れてもらって心を落ち着かせ、他の侍女さんに詫びの品を脇に用意してもらう。
そうしてユッタから「応援しています」と励ましを貰いマジで頑張るぞと気合いを入れ、イザベラを部屋へ迎えた。
「………………よろしく、お願いしますわ」
入ってきたイザベラは、全身から気が立っていると信号を発していた。
いつもより声だってかなり低いし、わざわざよろしくなんて挨拶も言ってこなかったのに!
冷や汗ダラダラしながら、定位置へとそれぞれ座っていく。
よ、よーし、が、頑張るぞ〜っ!!
「改めましてイザベラ様。この度はジネーヴラの身勝手な行い、誠に申し訳ございません」
しっかりと頭を下げ謝罪をしてからイザベラを見ると、ずっと唇を噛んで下に目線をやり黙っていた。
ひーん、おれに対して攻撃的な方がマシだぁ〜。
心でドバドバ涙を流しながら謝罪の続きをしようと再度口を開こうとした時、イザベラがぼそりと呟きを発した。
「……よ」
なんつった?
聞き返すのも失礼かなと思って無言で続きを待っていると、イザベラは膝の上に置いた両拳を震わせながら叫んだ。
「なんでアイツが一番上手く解析をしたっていうのに謝られるのよ! ものの一回で完璧な魔術を行使して、ハリソンが賞賛していて、ワタクシなんかよりも才能があって、ふざけないでよ!! ワタクシが一番でなければいけないのに、こんな、こんなっ……!!」
涙交じりの怒鳴り声が、おれの鼓膜を震わせてきた。
えと、ええと……?
ジネーヴラが天才すぎてキレてる? ってことでいいのか?
自分がジネーヴラに及ばなくて、それが悔しくて辛いから吐き出してしまった……?
イザベラの言葉を噛み砕いて状況を理解すればするほど、どうしてかおれの体は段々とぐわんぐわん揺れている感覚に陥っていった。
心も絞られたようにキュッと苦しくなってきて、何故かイザベラから視線を逸らせない。
「分かっているわよ、ワタクシが一番でないことなんて! それでもワタクシは魔術で一番を目指さなきゃいけないのよ!! だから一番になる為にハリソンと結婚もしたし、取れる仕事は取ってここまで上り詰めた! なのにどうして、こんなところに上がまだいるのよ!?」
やりきれない顔をしたイザベラがドン、ドンと、拳を何度も自身の太ももに叩きつける音が鳴る。
音が耳に届く度、おれの中から苦く苦しいものが迫り上がって脳内をぐちゃぐちゃにしていく。
一番、一番、一番。
一番が、一番を、一番は、一番に、一番で、なければ。一番でなければ。
全身が掻き乱される気持ち悪さに苛まれながらも立ち上がり、イザベラの隣へと腰を下ろした。
「イザベラ様」
「何よ! アンタは全部持ってていいわね!? カッコいい婚約者も、護ってくれる家族も、地位も! 全部全部!! アンタは一番になれているじゃない!!」
一瞬で世界が黒で塗りつぶされたような気がして、は、と口から息が漏れる。
何も考えられなくなってくる中で、ぽつりと1つだけ浮かび上がってきたことがあった。
……──それは。
──俺が欲しかった一番とは、違う。
瞬間、黒は離散していき、代わりにイザベラの悲哀に寄り添いたいという気持ちがわき上がってきた。
脳内に靄がかかったような感覚のまま、俺は自傷を続ける拳をそっと上から包んで止めさせる。
安心させる為に、口角を上げながらゆっくりと語りかけていく。
「イザベラ様、わたくしにも取れない一番はありました。どんなに焦がれても、届かない果てに存在した一番です」
どんなにどんなにどんなになりたいと願っても努力しても無理で、駄目だった。
無力で、ただただ足りなかった。
何者にもなれなかったんだ、俺は。
だから俺は、俺は──……。
──ガツン!
と、脳が直接叩かれたかのような衝撃が伝わってきて、おれは目を白黒とさせた。
あっ、あ、あれ? おれ今何してた!? 何考えてたんだっけ!?
ええええええーっと、あの、その、てっ、適当に誤魔化さなきゃ!
涙目ながらも信じられないような顔でおれを見てくるイザベラに、慌てているのがバレないよう抱きしめて顔が分からないようにした。
こっからどうすればいい!? なんか言わなきゃ、言わなきゃー!?
「わたくしに沢山、お話を聞かせてください。お話をしたら自分自身とも向き合うことができ、自分でも分からなかった点が整理できたりしますから」
イザベラの背中を摩り、どうどうと宥めにかかる。
ちゃんと話し合いすることで解決できるって学んだから、多分、きっと、これでいけたりするんじゃないか!? 違うか!?
内心わたわたしながらもイザベラを宥め続けると、押し殺したような声がイザベラから聞こえた後、啜り泣く声が聞こえてきたのであった。