イザベラという名前は、孤児院でつけられた名前だった。
イブラント国だとよくある名前。
一々考えてらんないからって、適当に選ばれた名前。
それが、ワタクシの名前だった。
ワタクシは孤児院の前で適当な布に巻かれて捨てられていたって聞いた。
イブラント国じゃ、魔力が少ないと判断された子供が捨てられるのは珍しくない。
魔力が高ければ高いほど将来を期待されて投資されたりするから、貧乏な家では魔力がほどほどでも多少なりとも期待されて育てられるのがほとんど。
でもワタクシの魔力はそこそこあったのよ?
それでも捨てただなんで今考えてもホントありえない。
これで魔力が足りないって思ってるんだったら、どれだけ理想が高いのよって話。
だからワタクシは魔術師として名高い人間となり、ワタクシを捨てた両親を見返す為に一番を目指した。
一番を目指す上で友達を作った方がいいとか言われたこともあるけど、そんなもの幻想でしかなくて実際はワタクシを見下すだけの存在。
他人なんか無視して、ただただ訓練や勉強を重ねていった。
見た目だって常に綺麗にすることを心がけたのよ?
だって、ワタクシは一番になる人間なんだもの!
もっと上へと行く為に、別に好きではないけど上から覚えがめでたいハリソンへ結婚の誘いをかけまくりもした。
……カッコよくて頼れる男の人と結婚したかった気持ちはあったわ。
けど魔術で一番になれない願望に縋っていてもなんの意味もない。
ハリソンは最初こそ反応が乏しかったのに、続けていったら気が変わったのか結婚しようと言ってきた。
その甲斐もあって、ワタクシは更に上から目にかけられるようになったわ。
ほら! 見なさいよ!
今のワタクシはこんなにも綺麗な服に身を包んで、高い地位の男と結婚して、魔術師として国から認められている!
こんなワタクシを捨てた両親はきっと後悔している! 絶対に嘆いている!
もしも会うことがあったら、目の前で高笑いをしてあげるの。
アナタ達が捨てた子は国に認められた魔術師となっているのよ!
アナタ達が捨てなければ、きっといい生活を送れていたでしょうね! って。
……別に、死んでいたとしても構わない。
ワタクシを捨てなければワタクシの力で助けられたかもしれないってことでしょう?
まだ足りない、ワタクシはまだ一番足り得ていない。
どこかにいる両親に届くまで、ずっとずっと上を目指し続ける。
それが、ワタクシの生きる理由だから。
◆
天才がいることは知ってる。
むかつくことに、ワタクシがそうでないことも分かっている。
悩んでいた魔術の問題を天才がいとも簡単に解決していくのが何度もあった。
ハリソンもその部類で何度もムカついたことがある。
それでも、ワタクシは折れなかった。
解かれたものから発展させて、より良いものへと改良して評価をとっていく。
そうして評判を上げていって着実に上を目指していった。
なかでも解析の分類は他よりも得意で、これだけは負けない自信が誰よりもある。
だからこそ、ワタクシが皇女の症状解析を買って出た。
……女性同士だからって理由もあるけど、解析に一番詳しいのはワタクシだ。
ハリソンなんかにやらせる訳にはいかない。
あの面が良すぎる皇帝に頼まれた手前もあるし?
解析時に皇帝側の魔術師が勉学の為に同席し、初めて顔を合わせた時は反吐が出るかと思った。
……不安げに言葉を詰まらせて自信なさげな姿がロッセッラと似すぎてる。
本当にそこ態度に腹が立って仕方がなかったので、ワタクシには不快でたまらなかった。
追い出したいところだったけれど、立場としてはこっちが弱いから何も言えない。
全てを持ってる皇女にも、帝国の魔術師にもイライラしながら解析する日が続いた。
キレそうになっても、魔術師としての矜持が、一番になる為の夢がワタクシを押し留める。
そうやって解析をしていた時のことだった。
「だっ、だだだだ大丈夫! 大丈夫だ、よ、ルチェ! あ、あたしはできるから……!」
「ちょっとやめなさ……!」
ワタクシの止める声も聞かず、その魔術師は『見ていただけで』解析魔術を実行していった。
……あり得ない速さの魔術だった。
ワタクシにも、ハリソンにも、国の他の魔術師にもできない芸当だった。
だって、ワタクシが一番早かったんだもの。
呆然としていたらその魔術師はぶっ倒れて、その場は解散となった。
適当な言葉が口から出たものの、正直なんて言ったかは覚えてないし、その後どう過ごしたかも曖昧だった。
ただ、部屋へと帰ってしばらくしたら、ハリソンがその魔術師を褒めていたことだけを覚えていた。
だから次の日の謝罪も、何も、ワタクシは許せなかった。
あんな、あんな簡単に、ワタクシの得意分野をやってごめんなさい?
なにそれ? だって、ワタクシが一番だったはずなのに?
おかしいでしょ、……おかしいでしょ!!
怒りのままに言葉を皇女にぶつけた。
どうなろうとかまわない、ワタクシの矜持がぼろぼろにされたのだから!
ムカついてムカついてムカついてムカついて、言葉を投げまくったのに、皇女から返ってきた言葉にワタクシが凍りつく羽目になった。
「イザベラ様、わたくしにも取れない一番はありました。どんなに焦がれても、届かない果てに存在した一番です」
いつも見ていた皇女の瞳は異質ながらも煌々と輝いていて眩しくて仕方がなかったのに、隣に座ってきて近くで見た皇女の瞳は死んだ人間のような濁った色をしていた。
どっちも違う色のはずなのに、澱んでどちらも黒にしか見えない。
あまりの様相に言葉を失っていると、皇女は我を取り戻したように突然目を大きくして元の色を取り戻し、抱きついてきて普段の皇女らしい言葉をかけてきた。
「わたくしに沢山、お話を聞かせてください。お話をしたら自分自身とも向き合うことができ、自分でも分からなかった点が整理できたりしますから」
……もう、訳が分からない。
この皇女はなに?
自分の感情も、今起こったことも整理ができなくて、ワタクシは喉から迫り上がってきた涙を流すことしかできなかったのだった。