隣に来てくれたヴァルムントくんは冷静そうな顔をしているものの、物理的に冷んやりとした空気をほんのり放っていた。
ちょっと怒ってたりする……?
戦々恐々としながらヴァルムントとパスクアルの様子を静かに窺う。
パスクアルは「ふむ」と言ってからクッと片方の口角を上げて笑った。
「……あぁ、アナタが元帥でしたか。貴国の中でも抜きん出てお強いとの噂は聞いておりました。そんなアナタの名前は我が国でも響いておりましたよ、ええ。是非とも我が国で剣舞を披露していただきたいものです」
ぜ〜ったい本心で言ってねえなこれ!
しかも強いとか言っているのに御前試合とかじゃなくて剣舞なのは、「ただの見せ物ダンスでもしてろよ」的な含みあるだろ!
……ていうか、ヴァルムントくん本当に剣舞ってできるの?
なんか剣舞は『戦闘技術』っていうより『芸術』って感じがして、あんまりできそうなイメージなかったわ。
うわ〜、できるんなら見たい〜!
かっこいいのが確定しているし、今度できるか聞いてみよ……。
「そうですね。貴国と我が国が良き関係を結び続けられたならば、その機会も訪れましょう。ですので、是非とも我が国とは末永く良好な関係を築けていければと思います」
やっぱ微妙にヴァルムント怒ってるよな……?
契約交渉を長引かせてるんじゃねーぞってお怒り?
そっ、それとも、お、おれへちょっかい出してんじゃねーぞってやつ?
へ、へへへへ。て、照れるなぁ~!?
とっ、とはいえね! 初っ端から若干攻撃的なのは本当にどうしたの。
パスクアルはマジで不遜なヤツではあるが、こういう相手でも表面上は取り繕ったりしなかったっけ。
「ハハハ、そうですねえ。是非とも是非とも。その為にもオレはカテリーネ様とは親睦を深めたいと思っているのですよ」
「なれば私も同行いたします。貴賓たるパスクアル様と、我が国の宝であり私の婚約者であるカテリーネ様を御守りするのが、私の務めです」
言外で「だから隣は譲れない」って聞こえたのはおれの幻聴ですか?
うわー、こんな幻聴聞こえる程おれの頭はピンクになっちゃってるのか!?
自分で自分が恥ずかしくなってきたわ。
「嫌だなぁ、訓練場に向かうだけですよ。まさかまさか、自国の警備は不十分なのですか?」
「警備は常に万全を期しております。彼らだけでも問題はございません。ですが近頃カテリーネ様は体調を崩されていることが多い為、迅速にお部屋へと移動ができるよう控えておらねばなりません」
「そこに護衛がいるのに変な話ですねえ。護衛にもカテリーネ様のお身体を触らせたくないと?」
「私がその場で対応できないのであれば致し方ないことだと割り切っております。しかしながら対応可能である時に触らせる程、私の心は広くないのです」
ひぃ! 人の前であまりにも堂々と言いすぎでしょ!
触れるのは自分だけがいいってそんな、そんな、う、うわぁああぁあ……。
全身があちあちになってきたよ!
小っ恥ずかしくて顔を下へ向けていると、全く気にしていない様子のパスクアルが反撃してきた。
「はぁ、なるほど。元帥は随分とお暇なようですねえ」
「休憩時間ですので何も問題はございません。それに時間がある時こそ、愛する者の傍にいるのが一番の疲労回復となるのです」
爽やかで幸せそうな笑顔をおれに向けてくるのが見えた。
ゔっ! それはダイレクトアタックがすぎますよヴァルムントくん!
心臓がバックバクになってそのまま黙りかけたのをすんでのところで押し留める。
こ、ここで黙っちゃ駄目駄目駄目駄目!
おっ、おれとヴァルムントくんが相思相愛のラブラブで、付け入る隙間なんて存在しないってことを見せつけないと……!
うおおおおおお! おれはバカップルおれはバカップルおれはバカップル!
周囲なんて関係なくイチャつくバカップルなんだああああ!
頭も心も爆発しそうな中、おれからヴァルムントの片腕を両腕で抱きつきに行った。
「そのように思っていただき嬉しいです。わたくしも、ほんの一時だとしてもヴァルムント様と過ごせる時間はかけがえのないものだと思っております。……結婚できる日が待ち遠しいです」
だめだ限界だ限界限界限界限界っ!
すぐさま顔をヴァルムントの腕に埋めて誰にも見られないようにした。
おれも誰から見られているか分からないから実質無効! 残念だったな!
はーっはっはっはっはっは……。……うう。
爆発寸前な頭と心を守る為に、頭を腕に押し付けてグリグリとし擦れる音で周囲の音もかき消していった。
そうしてもぞもぞと動いていると、ヴァルムントくんがもう片方の手でおれの頭を撫で始める。
……どっ、ど、どうだパスクアル!! これでもまだおれを諦めないって言うのか!?
周囲を見るに見れずそのまま同じ体勢を続けていると、パスクアルの方から軽くパンと手を叩くような音がした後、一等低い声がヴァルムントに向けられるのが聞こえた。
「────が」
あまりにも低すぎて聞き取れなかったが、ヴァルムントは判別できたみたいで抱きしめている腕に力が入ったのが伝わってくる。
そのままパスクアルは「興が削がれたので、また今度」と言い残し、しっかりとした足取りで場を去っていく音が聞こえた。
「……パスクアル様は移動されましたか?」
「はい。……もう大丈夫です」
抱きつくのをやめてヴァルムントの顔を見ると、険しい表情でパスクアルが立ち去ったであろう方向を見つめていた。
「あの、わたくしには聞こえなかったのですが、パスクアル様は最後に何と言っていたのでしょうか?」
「……些細なことですよ。それよりもカテリーネ様、次のご予定は大丈夫でしょうか?」
なんか訓練場へ行く流れになっていたけれど、おれは症状を診てもらう予定が普通にあった。
時間はまだあるにはあるとはいえ、万が一遅れてイザベラを待たせるとあーだこーだ言われそうだと思ったので、おれは急いで部屋へと戻ることにしたのだった。